未明書房

はぐ

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第三章

第四話

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「灯りの継ぎ目」

喫茶 木霊に入った瞬間、翼は空気の手触りに異変を感じた。
夕暮れの光が窓を淡く染めていたが、それはいつもの柔らかさと少し違っていた。
音が減っていた。
語る声ではなく、残されなかった声の気配だけが、店内に残っていた。

マスターはカウンター越しに小さな箱を手渡してきた。
その上には、一枚の紙片がそっと置かれていた。

「秋史さんが最後に読んだのは、この一文でした。
  返却の意思はなく、ただ灯りだけが残されたままです」

翼は目を落とした。
筆跡には見覚えがあった。
けれど、その便箋が自分のものだったのか、はっきりとは思い出せなかった。

それはこう綴られていた。

「あなたが読まなかったとしても、
  この灯りがそのまま残ってくれれば、それで充分です」

読まれたのか、読まれなかったのか。
その曖昧さが、翼の胸の奥で静かに軋んだ。

マスターは続けて語る。

「彼はこの席で、誰のことも見ず、
  ただ灯りが揺れるのを見ていた時間がありました。
  それが、彼の最後の語らない声だったように思います」

翼はその席を見つめる。
椅子の脚が少しだけずれていて、
まるで誰かがそこにいたという痕跡だけを残していた。

彼は語ることなくその灯りに手を触れていたのか。
それとも、誰かの声を読むことなく、
記憶の余白を見つめていたのか。

その問いに答えはなかった。
そしてその答えのなさが、
語る準備をしていた翼の筆を、そっと止めた。

語りたいのではない。
ただ、灯りを触れ直すために、
記憶に名前をつけずに佇む時間が、今必要だった。

その紙片を翼は受け取り、棚には戻さなかった。
便箋は語られず、
それでも灯りの継ぎ目として、次の頁へと残された。
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