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第三章
第十五話
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「灯りを閉じる頁」
翼は、便箋を綴ることなく、
喫茶 木霊の窓辺でただ、風の音を聞いていた。
それは、語る前に感じていた記憶の気配とよく似ていた。
音にならない語り。
名前を呼ばない時間。
何も語らずに、それでも何かが残っていく空気だった。
マスターはその日、棚の分類を一段ずつ整えていた。
その手の動きが、どこか“記憶の重さ”を測るように見えた。
翼は声をかけず、棚の一番奥に足を運んだ。
そこにあった一冊――封筒にさえ入れられなかった便箋。
頁は綴じられていない。
ただ、一枚ずつが名前を避けるように並べられていた。
未明書房では、店主が静かに翼を迎える。
「今日は棚に何も届いていないように見えますが、
昨日、誰かが声を残さず、ただ灯りだけを置いていかれました」
翼は店主の言葉に微かに震える。
それは、語られなかった声の返却だった。
誰も名乗らず、誰の声でもなく、
それでも灯りとして棚に届いてしまった記憶。
翼は自身の語りが、
読み返されずに残ったほうが、深く届く可能性に触れ始めていた。
棚の最奥から、一冊の白い紙束が滑り落ちた。
翼はそれを拾い上げる。
その中には、誰の名前もなく、
ただ読まれなかった文体だけが薄く残っていた。
「この灯りは、あなたに読まれることを望みません。
それでも、ここに残すことで、記憶になることを願います」
翼はその文体が、
もしかすると自分がかつて綴ろうとして綴らなかった語りの端だったかもしれないと気づいた。
そしてその瞬間、彼女は理解した。
語りは、語られなかった場所に最も深く残る。
喫茶 木霊へ戻ると、マスターは一枚の空白紙を棚に収めていた。
その紙は、何も語っていなかった。
ただ、誰かがそこに何かを残そうとして、やめた記憶だけが滲んでいた。
翼はその紙の隣に、そっと自身の無記名の灯りを滑り込ませた。
名前は書かなかった。
声も使わなかった。
ただ、記憶の余白に触れるように――
それが、翼の語りの終わり方だった。
翼は、便箋を綴ることなく、
喫茶 木霊の窓辺でただ、風の音を聞いていた。
それは、語る前に感じていた記憶の気配とよく似ていた。
音にならない語り。
名前を呼ばない時間。
何も語らずに、それでも何かが残っていく空気だった。
マスターはその日、棚の分類を一段ずつ整えていた。
その手の動きが、どこか“記憶の重さ”を測るように見えた。
翼は声をかけず、棚の一番奥に足を運んだ。
そこにあった一冊――封筒にさえ入れられなかった便箋。
頁は綴じられていない。
ただ、一枚ずつが名前を避けるように並べられていた。
未明書房では、店主が静かに翼を迎える。
「今日は棚に何も届いていないように見えますが、
昨日、誰かが声を残さず、ただ灯りだけを置いていかれました」
翼は店主の言葉に微かに震える。
それは、語られなかった声の返却だった。
誰も名乗らず、誰の声でもなく、
それでも灯りとして棚に届いてしまった記憶。
翼は自身の語りが、
読み返されずに残ったほうが、深く届く可能性に触れ始めていた。
棚の最奥から、一冊の白い紙束が滑り落ちた。
翼はそれを拾い上げる。
その中には、誰の名前もなく、
ただ読まれなかった文体だけが薄く残っていた。
「この灯りは、あなたに読まれることを望みません。
それでも、ここに残すことで、記憶になることを願います」
翼はその文体が、
もしかすると自分がかつて綴ろうとして綴らなかった語りの端だったかもしれないと気づいた。
そしてその瞬間、彼女は理解した。
語りは、語られなかった場所に最も深く残る。
喫茶 木霊へ戻ると、マスターは一枚の空白紙を棚に収めていた。
その紙は、何も語っていなかった。
ただ、誰かがそこに何かを残そうとして、やめた記憶だけが滲んでいた。
翼はその紙の隣に、そっと自身の無記名の灯りを滑り込ませた。
名前は書かなかった。
声も使わなかった。
ただ、記憶の余白に触れるように――
それが、翼の語りの終わり方だった。
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