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第三章
第十四話
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「灯りを封じる手」
翼は、便箋に触れる指先が少し冷えていることに気づいた。
それはいつもの紙ではなかった。
誰かが綴ることを諦めたような、折り目のない余白だった。
棚に挿されていたその便箋には、インクの痕跡がない。
ただし、紙の中央部分にわずかな筆圧だけが残っていた。
(書こうとして、止まった。)
その記憶が、語り手のものか、読者のものかは分からない。
でも、翼には理解できた。
「書いてしまえば、声になる。
でも、声になれば、誰かに触れてしまう。」
語らないことで守れる記憶がある。
それを、いま翼は感じはじめていた。
マスターが背後から言葉を選びながら、ゆっくりと語り出す。
「封じた記憶は、
語られなくても灯ることがあります。
それは、誰かが沈黙の形に触れることで、
読み返されずに残る声となるのです」
翼は一度だけ、便箋を裏返した。
そこに何も書かれていないことを確認したあと、
新しい紙に、こう綴った。
「この声は、語ることなく返します。
読み手が灯りを求めたとしても、
わたしはこの沈黙ごと封じて残します。」
書かれた言葉は、ごく短く、そして意味の途中で止められていた。
それは、語りの終端ではなく、語らない記憶の入り口だった。
未明書房にその紙片を届けたとき、店主は何も言わなかった。
ただ、棚の奥の分類されない領域へ、
それを灯りを封じる仕草で差し込んだ。
「読まれない語りが、誰かの記憶を守ることがあります。
語られないことで灯りになる声も――あるのです。」
翼は目を閉じる。
秋史の名も、語ることなく。
ただ、あの記憶が声にならなかったことを、赦すように。
翼は、便箋に触れる指先が少し冷えていることに気づいた。
それはいつもの紙ではなかった。
誰かが綴ることを諦めたような、折り目のない余白だった。
棚に挿されていたその便箋には、インクの痕跡がない。
ただし、紙の中央部分にわずかな筆圧だけが残っていた。
(書こうとして、止まった。)
その記憶が、語り手のものか、読者のものかは分からない。
でも、翼には理解できた。
「書いてしまえば、声になる。
でも、声になれば、誰かに触れてしまう。」
語らないことで守れる記憶がある。
それを、いま翼は感じはじめていた。
マスターが背後から言葉を選びながら、ゆっくりと語り出す。
「封じた記憶は、
語られなくても灯ることがあります。
それは、誰かが沈黙の形に触れることで、
読み返されずに残る声となるのです」
翼は一度だけ、便箋を裏返した。
そこに何も書かれていないことを確認したあと、
新しい紙に、こう綴った。
「この声は、語ることなく返します。
読み手が灯りを求めたとしても、
わたしはこの沈黙ごと封じて残します。」
書かれた言葉は、ごく短く、そして意味の途中で止められていた。
それは、語りの終端ではなく、語らない記憶の入り口だった。
未明書房にその紙片を届けたとき、店主は何も言わなかった。
ただ、棚の奥の分類されない領域へ、
それを灯りを封じる仕草で差し込んだ。
「読まれない語りが、誰かの記憶を守ることがあります。
語られないことで灯りになる声も――あるのです。」
翼は目を閉じる。
秋史の名も、語ることなく。
ただ、あの記憶が声にならなかったことを、赦すように。
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