そして、オオカミカノジョは僕を食う

のらのなれはて

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1.ヒロイン属性マックスJKとは住みたくない

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「たぁ~りぃいいんっ! お腹空いたから早く朝ごはんにしてぇええ!」
「……」
「たぁああああありぃいいいいいんっ!」
「うるせぇえええええっ! あとそのたぁりんってのやめろ!」

 穏やかで平穏な朝が一変した。その原因はこのジェーケー。真上(まかみ)ハナであった。

 艶めかしい、潤わしい、そんな形容がぴたりとハマる、透き通るような肌。
あざとさのない、緩く、ふんわりとしたアンバーのショートボブ。そこに時折アッシュのような、ブロンドようなメッシュがちらつき、淡いキラメキを放つ。
パッチリとした大きな瞳は琥珀色に輝き、今にも吸い込まれそうで、眉毛の位置も形もクセなく申し分ない。
鼻梁はすっと通り、高すぎず、低すぎず、形の整った鼻へと行きつく。
唇は嫌味なく、厚すぎず、薄すぎずほど良く膨らみ、色彩も鮮やかで愛くるしさそのものである。
そしてそれらを包み込む程よく丸い可愛らしい輪郭。
笑うと見える八重歯と上がっている口角は女性が持ち得る幼さと可愛さを共存させていた。
とまぁ、長ったらしくつらつらと気持ちの悪い説明をしてしまったが、要するにだ、彼女はヒロイン属性マックスのジェーケーなのである。
さらに補足をすれば、彼女は僕の妹ではないし、血の繋がりもない。今どきのギャルっぽさが多少垣間見える、正真正銘十七歳のジェーケーなのである。
そして、そんな彼女と同棲している僕は、相葉正(あいばただし)。二十八歳、会社員。もちろん独身で彼女も居ない。
さぁ、世の諸君、特に男性諸君よ、どう思うかね。羨ましいかね? 
彼女が通う高校は女子高で、浮いた遊びをすることもない。無論、異性とお付き合いした経験もない。
そんな清廉潔白ちょいギャル超絶ヒロインな彼女との同棲。どうかね……本当に羨ましいかね?
あと一年待てば結婚出来る歳にもなる彼女。さてさて……本当に、本当の本当に、諸君は羨ましいと思うかね?
……彼女がライカンスロープ、狼人間であったとしても?

数週間前

「ごめん、これ、夢だよね?」

 人はあまりの衝撃を目の前に、現実を否定する。僕もそうだった。

「夢ぇ? ただしぃ、あんた大丈夫?」
「そうだぞお前。久しぶりに会ったっていうのに」

 お袋に急に呼び出されて来てみたら、親戚のおじちゃんがいた。煩わしい家庭の事情で十年ぶりの再会となる。

「えぇっと、ちょっと整理させてね」
「うむ」
「はい、どうぞ」
「お袋の家と、おじちゃんの家は親戚という関係ではなく、主従関係のある家で、おじちゃんの真上家がお袋の三竹家の防人(さきもり)なのだと」
「うむ」
「そうそう」
「まぁさ、ここまではいいんだよ、ここまでは……」

 そう、ここからが問題なのである。

「で、でだ。……お、おじちゃんの一族が元々、じ、人狼? それもそもそもは大きな狼で、お袋のご先祖さんが悪さしたおじちゃんのご先祖さんをやっつけて手懐けて……その、あれだ、さ、防人? にした?」
「正確には異なるな。俺の一族の始祖は所謂(いわゆる)荒神の類で、人に悪さをしていた。それを見かねたさなえの先祖がその荒神、ってか俺のご先祖さんを退治し、改心させ、真上という名を与えたんだ」
「そうそう」
「……」

 「なのよぉ」みたいなノリでお袋もよく相槌打つよな……。

「で、真上という名をくれただけでなく、色々と面倒見てくれた三竹のご先祖様に恩返しをしようと人の姿になり、防人となった。っちゅー話だ」
「そうそう」

 問いたい。こんなアニメや漫画、ライトノベルでしかないような設定を、つらつらとだいの大人が語るものかね。……そんな現実、あるのかね。

「……これ、何かのドッキリ企画だよね?」
「こらっ! ただしっ!」
「あんたなんてこというのよっ!」

 マ、マジかよこいつらっ!
 怒りてぇのはこっちだよっ! 受け入れろって方がオカシイだろっ!
 とりあえず僕はその場しのぎに会話を合わせた。

「……わぁーった、ってことにするよ。で、結局僕を呼び出した理由ってなんなの? これからおじさん連れて鬼退治でもしろっていうの?」

 もう半ば自棄になりながら受け答えをした。それがそうだというのならば、そうか、と受け入れるしかないだろう。
 たとえ動画サイトやテレビのドッキリ企画だったとしても、会社の笑われ者になったとしても、それはそれで、受け入れるしかないのだ。

「いやいや、俺の姪っ子と一緒に暮らしてほしいんだ」
「ふ~ん、そか…………ってなにぃいいいいいいいいいいいいっ?」

 やっぱり夢だ。僕は悪い夢を見ているのだ。そう思った。というか、もうそう願うしかないだろう。

「そうなのよぉ。神託が出てねぇ、久しぶりよね? あら、あたし生まれてから出たって聞いたの初めてかも。でね、あの子が次の当主だっていうのよ。あ、真上家の話ね」

 このババア、近所のスーパーで立ち話してる感覚で喋ってやがる。しかもあの子って誰だよっ! 

「神託ってのはなぁ、まぁ、お告げのようなものだな。代々両家共通で世話になっている巫女がいて、毎年祈とうがてらに占ってもらっているんだが、俺も実際聞いたのは二回目だよ」
「あら、兄さん二回目だったの?」
「うん、だって前回俺だったんだもん。選ばれたの。だから末っ子次男の俺が家督継いだんだよ」
「ああ、そうだったのねぇ! だから兄さん若いころずっとうちに住んでたんだ」
「そうそう、そういうこと」
「ああ、そうだったのねぇ」

 ……本当に帰りたい。夢ならば醒めてほしい。そしてこいつらは、何でここまで能天気でいられるんだ。

「真上家の家督相続も、基本的には一般家庭とは変わらん。但し、その神託が降りた時のみ、選ばれた一族の人間が三竹家の男と同居するという習わしになっているんだ」
「なのよぉ」
「…………」

 言葉が出てこない。

「今まで黙っていたのはな、真上家も人狼の血が大分薄まってきて、ほぼ人間みたいだし、まぁこのまま仲良く親戚付き合いしてたほうが気楽でいいかなと思ってな! がははは!」
「たしかにそうよねぇ。あはははは!」
「…………」

 泣く子と地頭には勝てぬ、という言葉がまっさきに浮かんだが、それでも、はいそうですか、と聞く気にはなれず(つぅかそんなの当たり前だろっ!)、自身を納得させるためにも重い口を開いた。

「あの、ちょっと質問いい?」
「おう、何でも聞いてくれ」
「うんうん」
「何で当主に選ばれた人間は三竹家の男と住むの?」
「うむ、選ばれたということはそれだけ人狼の血が濃いということなんだ。つまり……」
「……つまり?」
「いつ狼人間に変身するか解らないってことなんだなっ!」
「あらやだ、大変」
「えっと、んじゃ、帰ります」

 死、死だ。うん、死。絶対ヤダ。

「バカもんっ!」

 普段怒らず温厚な人ほど声を荒げた時は怖い。というか、おじちゃんの一喝はそれこそ咆哮だった。

「それでも三竹の男かぁ!」
「……あの、僕、相葉、なんですけど」
「あ、そっかぁ。で、さなえ、なんで正だったんだっけ?」
「ほらぁ、うちの実家、なんか知らないけど女系でしょ? で、気づいたら男あんただけじゃない」
「…………」
「うむ、ということだ。三竹直系の血を引く男は、もうお前しかおらんっ!」
「そうねぇ。あたしが長女で、あんたと静(しずか)生んだでしょ。二番目と一番下も娘二人と三人でしょ? で、家督継いで残ってくれた三番目と、婿に来てくれた智一(ともかず)さんとこには娘一人だけじゃない。ってやだ、ほんっと女ばっかねっ! あははははっ!」
「そうだなっ! がははははっ!」

 はぁ……さようなら、本当に、本当にさようなら。

「し、質問です」
「うむ、なんだ」
「おじちゃんは、その、人狼化、したの?」
「おう、バリバリなっ!」

 白目向いて気絶しそうになった。

「ん? 正、大丈夫か?」
「う、うん、で、それで、その、大丈夫、だったの?」
「何がだ?」
「ひ、被害」
「ああ、親父殿にぶちのめされて仕舞いだっ! がはははっ! お前のじいさんは強かったぞぉ?」
「ああ、あの背中と胸にあったスゴイ傷は兄さんがつけたものだったのね」
「そうそう」
「あの時はびっくりしたわよぉ。寮から戻ってきたら死んでも死なないような父さんが入院したって言われてねぇ。何事だぁ、って慌ててお見舞いに行ったら、包帯グルグル巻きにになりながら、熊と格闘してぶっ倒したぁああ! って、言うんだもん。もう笑っちゃったわよっ! あははははっ!」
「がははははっ! いやぁスマンスマン。しかし豪儀な方だなぁ。それとなし、俺とさなえが仲良かったことも知っていたし、俺への気遣いと、お前への気遣いからそんなことを言っていたなんてな。しかし、熊とはなっ! 狼だってぇのになっ! がははははっ!」

 いや、あんた熊ぐれぇ獰猛でデカく化けたのかよっ! そもそもガタイ良いし、運動神経抜群なおじちゃんが変身とか、もう悪夢でしかねぇよっ! しかもそれを倒したじいちゃん、どんだけだよっ!

「とまぁ、そんなところだ」
「うぉぉおおおおおおおおおいっ! 待って! 待って待って待って!」
「まぁだ何かあるのか?」
「そうよぉ、説明は十分したんじゃない?」
「…………」

 きっとこの人たちは、僕とは違う並行世界から来たのだろう。否、僕がどこか別の並行世界に迷い込んでしまったのだろう。
 そんなことは置いといて、もう逃げられそうにもない。僕は最後の悪あがきを始めた。

「まずはね、話が急すぎる。僕だって、もう三十近いんだ。今は独り暮らしだけど、いつ結婚するか解らない」
「あら、あなた真帆ちゃんにフラれたばかりでしょ?」
「ぐっはぁああああああああっ! 親が言うかそれ!」
「なんだお前、フラれたのか」
「おじちゃんも乗らないでっ! ……コホン、で、今は確かに独りもんだけど、いつどうなるか解らないでしょ?」
「まぁ、血の繋がりもないし、姪との結婚も悪くはないかぁ。正なら、性根は真っ直ぐだし、安心して任せられるなぁ」
「まぁ、いいじゃないそれ! ステキステキっ!」
「お袋も恋愛女子みてぇに目をキラキラさせんなっ!」
「まぁ正よ、聞いてくれ。あの子はな、両親を事故で亡くして、それで俺に引き取られたんだ。俺と女房の間には子供は出来なかったから、本当の娘のように育てたよ」
「……」
「それで今、自分は人狼の血が流れていると聞かされ、そのためにまた家族を失うのかもしれないと嘆いているんだ」

 そうだったんだ。……ってダメダメダメっ! ペース持ってかれてるっ! 丸め込まれようとしているっ!

「そんな事実があっただなんて、確かにおじちゃんは立派だし、その子も可哀想ではあるよ。せっかく新しく家族になったのに、また引き離されちゃうんだからね」
「……うむ」
「う、ううぅ……」

 何でお袋が泣くんだよ……

「だからさ、離れることは無いんじゃないかな? その、おじちゃんちの近くに僕が引っ越すとかして……」
「お前、奈良まで越してくるのか?」
「……えっ? おじちゃんち、都内じゃなかったの?」
「あら、あんた知らなかったの? 真上家は奈良よ?」
「うむ、先祖代々そうだ」

 詰んだ、ああ、詰んだ。……僕の考えが甘かった。
せっかくホワイトな企業に転職したばかりだというのに、このためだけに全てを棒に振って奈良へは引っ越せない。

「正ぃ、あんたそんなに嫌がる理由ある? 人助けみたいなもんでしょ? 可愛い女子高生を数年お預かりするだけよ。あたしも静も手助けするし、何より兄さんがしっかり援助してくれるっていうのだから問題ないでしょ?」

 問題あるっ! 聞きそびれていたっ! というか、そこまで頭が回らなかったっ! 小さい女の子だと勘違いしていたっ! だから結婚とか訳わかんねぇ話もしていたのかっ!
 混濁、という言葉がなぜか浮かんできた。
 ……もう、何が何だか解らない。ただ、これは全て現実なのだ。それだけは解った。あと、面倒をみる同居人がジェーケーだということも。

「あんた何顔にやけてんの? いやらしいこと想像してんじゃないわよ? ハナちゃん、まだ十七歳なんだからね? いい加減にしなさいよ、おっさん」
「ば、違ぇよっ! そんなんじゃねぇしっ! 未成年には興味ねぇしっ! ダメ、犯罪!」
「うむ、お前のことは信用も信頼もしているが、万が一にでもあの子を傷物にしたら……わかってるな?」
「は、はぃいいいっ! もちろんですともっ! 大切に育てまふっ!」
「うむ、重畳! 正、しっかり頼むぞ」

 あれれれれれれぇ、なぁんか、なぁんか、これ、もう片付いちゃってない?

「ちょ、ちょちょっ!」
「なぁんだ、正。この期に及んで二言か? お前はもっと正義漢だろう。シャキッとせんかぁ」
「……えっとね」

 ジェーケーとラブコメよろしく展開、ジェーケーとラブコメよろしく展開、ジェーケーとラブコメよろしく展開。
 そう頭の中で呪文のように唱えた。
 正直、女子高生は可愛いと思うが、そういった対象には見えないし、そもそもそういう色目で見ている大人には嫌悪感を催す。
 但し、今この状況を鑑みれば、というか、打破、するためには、そんなアニメやラノベみたいな世界が待っているのだと自分自身を洗脳する他なかった。

「ううん、そうじゃないんだ、大丈夫。わかったよ、おじちゃん。みんなも協力してくれるっていうしさ、謹んで僕もお役目をまっとうしようと思うよ」
「おおそうかぁ! ありがとう正!」
「正、知らぬ間に成長したわね……う、うぅ」
「ただね、そのジェー、じゃなかった、ハナちゃん? がさ、万が一変身した時って、僕に流れている三竹の血がどうにかしてくれるのかな? その呪文とか、特殊能力的な?」
「バカかお前。漫画見すぎだろ。そんなのこの世にある訳ねぇだろ」
「そうよあんたぁ。真面目に話なさい」

 さんざ手前ぇらがファンタジーよろしくだろうがよぉおおおおおおおおおおおっ!
 と怒鳴りつけたい気持ちを抑え改めて聞き直した。

「ああ、ゴメンゴメン。いや、だってさ、その、狼人間だよ? 爪とか牙とか、凄まじい力でしょ? それ、どうすりゃいいの?」
「三竹の力でねじ伏せる!」
「うんっ!」

 だぁああああかぁあああああらぁあああああっ!

「み、三竹の力? っていうか、とにかく、腕力でってこと?」
「それ以外あるまいっ! まぁ、ハナは女の子だしな。顔は殴っちゃいかんぞ。そこらへん、上手くやってくれ」
「正、ふぁいとっ!」

 こうして僕は、半ば強引にファンタジーの並行世界へと引きずり込まれたのだった。
 御幣ではない。それは、何があってもこんな現実受け入れられるか、と言う僕の慎ましい抵抗なのだから。

「もう帰るのか、正」
「兄さん泊まっていくらしいし、もう少しゆっくりしていけば?」
「……い、いや、いいよ。明日も仕事、早いからさ。二人で久しぶりの兄妹再会みたいな感じで楽しんでね」

 フラフラと玄関へ赴き靴を履く。そして挨拶をしようと振り返り驚愕した。そこにはお袋と、紛れもなく熊(のような男)が居たからだ。
卓を囲み椅子に座っていたから、というだけでなく、話の内容があまりにも衝撃的過ぎたために気にもしなかったが、うん、改めて、おじちゃんは人外で間違いなし。
 僕も身長は低い方でなく、180近くはあるのが、そんな僕でも見上げる程の高さと、そして何より山のような体躯のデカさ。
 はぁ~、この血が流れている女の子ってことは……やっぱ、そういうことになるんだよなぁ。
 と、淡い夢は早急に拭い去り、おじちゃんのようなジェーケーを想像し、さらにはその子が変身した姿も想像した。
自ずと防具やらバットを購い備えておこう、という気持ちで胸がいっぱいになった。

「そ、そいじゃあね~」
「おう、正、またな! よろしく頼むぞ!」
「気を付けてね~。またいらっしゃいねぇ~」

 気が付いたら帰宅していた。記憶が朧気だった。そして、そのままベッドに身体を預けて、うなされるようにして眠りについた。
 この日の夜のたった数時間の出来事が、一瞬のようにも永遠のようにも、はたまた夢幻のようにも感じられた。

 やがて朝になり、金曜日。
 何事もなかったかのように、ではなく、ないことにしようと必死に仕事モードへと頭を切り替えた。
 時勢のそれでリモート、つまり、自宅でも仕事が出来るのだが、毎週金曜日は一週間の〆と諸々の進捗報告や確認、打ち合わせのために出社をしていた。
僕が勤めているのは映像制作会社ではあるが、一応一部上場企業を親会社に持つだけに、時代にならい、真っ白な業務形態をスタンダードとしていた。

僕は卒なく業務をこなした。時計はもうすぐ十九時を回ろうとしていた。
多忙は希望だ。がむしゃらに駆け抜け、それでいて常に答えを見出すために、明日を見据えることが出来るのだから。

「さぁてと……」
「お、相葉さん、さすがすね」
「おぉう、前島さん。さっきはありがとね」
「いえいえっ! ところでどうです? 今晩は」
「あぁああ……悪い、今日パスで。次、誘うから」

週末と言うこともあり、普段なら後輩や同僚を誘って一杯ひっかけるか、来週の頭を円滑に進めるために多少の残業をするのだが……この日ばかりは異様なまでの疲れと怠さでそそくさと退勤しようと思った。

「えっ、相葉さん……まさかっ? おん……」
「ないない。やめてよ。そんじゃまたね。お先です」
「あらら、お疲れ様でーすっ!」

……イヤ、きっと昨日のアレが原因だ。この後本当にどうなるのか、不安でいっぱいだった。
だって、ジェ……。やめよう。今はただ、流れに身を任せることにした。

 電車を乗り継ぎ三十分後。帰宅。
 途中、おじちゃんの見た目のジェーケーが大熊に変身して僕を食い殺すような、そんな映像が脳内で描画されては身震いをした。

「ただいま……」

 返事もない、誰も居ない、ほとんど家具もない、そんな伽藍洞とした2DKの我が根城。

「……もうやだ。明日は休みだ。風呂入ってビール飲んで寝よ」

 僕はゆっくりと風呂につかりながら、雑念(という熊のお化け)が現れては消すという新手の修行に励んだ。

「いただきまぁす。今日も一日お疲れ、ただし」

 ただいま、と、いただきます。は、誰も居なくても何もなくても行うのが僕のルールだ。(というか、いただきます、は当たり前だろう)
 ビールのサンゴー缶を三本と白ワイングラス一杯、魚肉ソーセージにめかぶとオクラの和えたやつ。笹かまぼこ、カットしたトマト。……こんなもんだ。
 そしてただボンヤリとリモコンをいじりながらサブスクでアニメを視聴した。
 つまみがまだ残っていたが、ビールを二缶、ワインをグラス一杯飲み終えたところで睡魔が夢の世界へと誘い始めてきた。
二十二時前、歯を磨き、床についた。

「……考えてもしかたねぇな。寝よう。おやすみ~」

 何とも詰まらない、味気のない週末であろうか。でも、これが現実そんなものである。
……この日までは。
 ……僕は知る。その他愛もない、面白味の欠片もない日常こそが僕にとっては至福だったということを。

 夢を見た。
 陽ざしが眩しく相手の顔が見えない。
 外だ。
 生い茂る草木と、清々しい夏のニオイがした。
 
「……やっぱりオレ君は、どこまで行ってもオレ君で、オレ君が好きなんでしょ? ねぇ、たぁくん」
「……」
「……バイバイ」
「……何でお前は俺のこと、オレっていうんだよ」

 ピンポーンっ! ピンポーンっ! ピンポーンっ! 

ずっぎゅぅううううううううんっ! と内側から心臓に何か刺されたような痛みで目を覚ます。
酷い夢だった。

ピンポーンっ! ピンポーンっ! ピンポーンっ!

そしてインターホンが酷く、うるさい。

「あ……さ、かぁ……うぅ~ん……胸が痛い」

夢の世界から無理やり引きずり出され、ドクッ、ドクッっと聞こえる程の鼓動で酷く胸が痛む。
 ふらつく身体と意識を繋ぎとめながら玄関へと向かう。

ピンポーンっ! ピンポーンっ! ピンポーンっ!

「あいあぁーい、今行きますよぉ。って……なんか頼んでいたかな?」

 ガチャっと開けたその先には……

「あっ! こんちゃー! ただしぃ? あたし、ハナ! おじちゃんから聞いてるでしょ?」

 ガチャっ!
 何故か勢いで閉めてしまった。

 ドンドンドンドンっ!

「ただしひどぉおおおおいっ! マぁジなくねぇ? そぉいうのっ!」

 近所迷惑だと察し、嫌々もう一度開けることにした。この地獄の門を。そう、一切の希望をす……

 ガチャっ!

「なぁんだ、鍵かけてないじゃぁん。……あれ? どしたの?」
「……いってぇ。……お前が勢いよく開けたからデコ打ったんだよ!」
「はははっ! もうただしマジうけんねぇ。てか、今日からよろぉ」
「ああああ、おいおい!」
「へぇえええ、男の一人暮らしってこんな感じなの? 淋しすぎじゃない? てか、むしろ刑務所っしょ! あははは! なぁああんもないっ」
「勝手にあがるなって」
「へっ?」
「へっ? じゃないバカっ!」
「おじちゃんから聞いてないの?」
「……ぃてる」
「えっ?」
「聞いてるよっ!」
「ほぉら、やっぱ聞いてんじゃぁああん。あ、あたしがちょっとタイプだったから、イジワルしちゃった的なぁ? アレあんま良くないよ、ただしそれじゃあモテないよ」

 二つだ。僕は人の話を聞かない女性と、品のない女性が大嫌いだ。

「ふぅ……」
「んっ?」
「ハナさん、だよね?」
「そうでぇっす! 真上ハナ! よろしくねぇ!」
「……僕は相葉正だ。今日来るという話は聞いて……」
「あ、ただしぃ、スマホなってるよ」

 ご都合主義、予定調和、どこまでも、イヤ、つい先日から、僕の世界はこんなにもデタラメになったんだ。

「はい、正です」
「おぉおおおお! ただしかぁっ!」

 言わずもがなの、熊おじちゃん。

「丁度ハナが着く頃かなと思ってなっ!」
「もう、部屋に勝手に侵入してきています」
「がははははっ! 重畳! うむ、さすが俺が育てただけはあるな!」

 ……どういう意味だよ。

「おじちゃんぁああああんっ! ついたよぉお! あたし居なくて淋しくなると思うけど、いっぱいいっぱい連絡するからねぇぇ! おばちゃんにも伝えてねぇええええ!」
「か、顔ちかいっ!」
「う、うぅうううう……ハナぁああああああああああっ!」
「み、耳いたいっ!」

 あっ、これ夢だよね? きっと、夢の続きだよね? 

「お、おじちゃん? ちょっと急すぎませんか?」
「ああ、気にするなっ!」

 アンタが言う台詞じゃねぇだろっ!

「ハナがな、正の話をしたら気に入ったらしくてな。もうすぐにでも出るときかないもんでなっ!」
「は、はははははは……」

 こいつぁ親バカじゃなくて、バカ親だな。

「なぁただし、改めて礼をいう。ありがとう。本当に世話をかける。命を賭するほどに、お前に感謝をしている」
「おじちゃん……」
「また近く東京に行くことがあるのだがな。その時に伝えておきたいことがある」

頼むからにおわせんでくれよぉ……それフラグじゃぁあああああんっ!

「おお、そうだ、うちの家内も偉く喜んでいてなぁ。本当に、ただし、ありがとうなっ!」
「う、うん。いいよおじちゃん、大丈夫」
「ふつつかで未熟な娘だが、その分誰よりも純粋だ。これからはお前が主として、しかと躾けてやってくれ。よろしく頼むぞっ! じゃあな!」
「はい、それではまた」

 ……って主とか躾けとか、もぉおおおおおう、相手じぇーけー! えろいしあぶないぃいいいい! 言い方言い方ぁ! 今の時代厳しいっ!

「……って、お前は勝手にテレビつけてくつろいでんなよっ!」
「えへへへ、テレビだけはデカいんだね! てか、地上波つかないの?」
「うん、興味ねぇからアンテナ繋いでねぇんだよ」
「へっ? なにそれマジぱないんだけど。マジ囚人じゃん?」
「あぁああ、はいはい、ほら、このボタンおしゃーネッフル観られるから。で、このボタンからアメプラね」
「おっ、さんきゅー! ただしぃ、やっさしぃいいっ」
「はぁ………」

 こうして彼女と僕の、共同生活は始まった。
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