そして、オオカミカノジョは僕を食う

のらのなれはて

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5.お部屋探し

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食休みもほどほどに、僕たちは駅前にある不動産屋へと向かった。
 無論、先述した物件探しのためである。

「たぁりん、ここなに? この汚くて小っちゃいビルでなにするの?」
「新しい家探しだ。っておい、あんまし見たまんまのことを口にしちゃダメだぞ? 東京は土地が少ない割には人や物が溢れかえっている。だからこういうふうに建物に色々な店を詰め込んでいたりするもんなんだ」
「ふぅん。……てか、改めてまわり見てみると、めっちゃゴミゴミしてて人多くない? 車もパないし……息苦しい。空気の悪さエグっ」
「文句ばかり言うな。行くぞ」
「はぁい」

雑居ビルも知らない世間知らずのギャルお嬢様にとって、ここはある意味別世界なのだろう。
 長閑(のどか)な風景や四季折々が奏でる情景など何一つなく、人と車と乱立するアスファルトの建物、おまけに空気も悪い。
 東京生まれ東京育ちの僕は何とも思わないが、今後彼女にとってはストレスにもなり得る。
 故に、少しでもいい物件を探してやろう! と、鼻息荒く意気込んだのだったが……

「てかまぁ、あたしたぁりんいれば安心だし、おじちゃんとおばちゃんの顔はスマホで見れるし、ハンバーガー美味しいし、まぁどこでも大丈夫かな」

 適応力たかっ! ジェーケーおそるべし。

 そして僕らは不動産屋のテナントがある雑居ビルへと入った。

「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件で?」

 店に入るとすぐさま、メガネをかけた貫録のある女性に声をかけられた。
 書類を手に、店内を歩き回っているタイミングで僕らが目についたらしい。
 
「はい、えぇと、この子を預かることになりまして、あ、親戚なんですけどね。それで今の間取りでは少々狭いかなと。で、新しい物件を探しにぃ……」
「あらまぁ、とても可愛らしくてお似合いだから、と思ったんですが、そうでしたかぁ。お兄さんもお若いのにご立派ですね。ささ、こちらの席へどうぞ」

 うちのお袋もそうだが、この手の女性は色恋ネタが大好きだ。

「ねねっ、うちらお似合いだってさっ」

 追い打ちをかけるように身を寄せ、小声で語りかけてくるハナ。
 可愛すぎるっ! ……がしかし、現(うつつ)を抜かさずおじちゃんとの約束を貫徹することが最優先だ。僕は大人の男としての態度を貫徹した。

「……よかったね」
「うんっ!」

 どこが大人の男だ。
……ジェーケーをあしらうことしか出来ない現実。実に情けない。
そして、そんな僕の心情はお構いなしに、彼女は健気に嬉々として笑っていた。
 ……と、ここで、あることに気が付く。

「おい」
「ん?」
「うで、なんで組んでんの?」
「えぇ~、だめぇえ?」
「……」
「……いやぁだぁ?」

 こんな猫なで声、誰しもイチコロだろうっ!
いちいち気にしていたら心がもたんっ! そう思い、僕は話を適当に流して女性の後へついて行った。

 そこまで広くはない店内だが、テーブルとイスが整然と並んでいるせいか、不思議と圧迫感はなかった。
 僕らは奥の席へと案内された。

「さぁ、お掛けください。……あらまぁ、腕なんて組んじゃってぇ。お兄さんのこと、ほんと大好きなのねぇ」

 なんでそっちがときめいてんだよっ!

「はいっ! 大好きですっ。今日から一緒に暮らすの楽しみなんでぇっす!」
「まぁ~っ! そうなんですかぁ」

 だから、何でこの人がときめくんだってぇの。

「さ、ここ座りなさい」
「はぁい!」
「それと……」
「ん?」
「うで……離しなさい。喋り難いから」
「……はぁい」

 口を尖らせながら渋々と腕を離すハナ。
その愛くるしさに少し可哀想な気もしてしまったが、いかんいかんとすぐに我に返り、賃貸の話を切り出した。

「えぇっと、今日は……」
「改めまして、先崎(せんざき)と申します。このままお二方の担当をさせて頂きますので宜しくお願い致しますっ!」
「あっ、名刺、どうも。こちらこそ宜しくお願い致します。でぇですね、今住んでいる部屋は、ここの三丁目あたりで……」

契約を締結させることが彼女、先崎さんの目的であり仕事なのだから、前のめりになることは必然だろう。
……少々強引な気もするが、その方がこっちもあまり気を遣わずに言いたいことが言えそうだし、良しとするか、と自身に言い聞かせた。
そして、今住んでいる物件の情報を口頭で伝えると、先崎さんは慣れた手つきでパソコンにそれらを入力し、モニターへと映し出した。

「今のご入居先は良い物件ではありますが、確かにご家族二人でお住まいになるというのならば、少々狭いかもしれませんねぇ」
「はい、こいつは高校生ですし、学業に集中させるためにもちゃんと一部屋用意してやりたいんですよね」
「……あたしは今のまんまでもいいんだけどぉ」
「まぁ~ステキっ! 相葉様はほんっと素晴らしいですねっ! 解りました、この先崎が責任を持ってお探し致します」

 三人噛み合っているのかいないのか、それはもうどうでもいいとして、僕は引っ越し先の条件を先崎さんへと伝えた。

「なるほどぉ、真上様が通われる学校の場所がここで、今の場所からあまり離れず、それでいて相葉様のお勤め先からもそこまで遠くなく、と」
「……大丈夫ですかね?」
「はいっ! 問題ございませんっ! となりの区の、ここらへんが場所としては宜しいかと。ただ、隣の区ではありますが、同じ副都心なので、それでいて今よりも間取りを広く、というのが条件ですと……家賃の方が」
「はい、家賃も初期費用も問題ありません。あと、出来れば今日中に契約してすぐにでも引っ越したいんですよねぇ」
「えっ……えぇええええええええええええっ!」

 必要以上に驚く先崎さん。って、それも無理ないか。
というのも、すぐに契約ともなれば、家賃が二重に発生してしまう可能性もあるだろうし、そもそも引っ越しや物件の契約などは、ちゃんと段取りをしてから行うものだ。

「……先崎、大変感動致しました! うぅう、お嬢様のことを本当に大切に考えておられるんですねぇ……。わかりました! 少しでも初期費用を抑えられ、且つ、ご希望に沿った物件をお探し致しますっ!」

 あ、あれ?……

「は、はぁ……どうも」

 どうあれ、先崎さんのやる気に繋がったというのならば良しだ。
客商売である以上、お客様第一、というのは当たり前のことではあるが、人間誰しも好き嫌いがあるだろうし、多少の贔屓(ひいき)は必然だろう。
僕らがそのお気に入り、所謂(いわゆる)推しに認定されたのならば、それは幸運なことだ。

 ここから先崎さんは水を得た魚のように生き生きと、多少強引に業務を進めてくれた。

「おおさすが、ここ、すっごいいいですね」
「ありがとうございますっ! でしょでしょ?」
「はい、すごくいいっ! 築十年未満で八畳二部屋に十六畳のリビングにはシステムキッチン、しかもバストイレ別で独立洗面台! さらに最寄りの駅までも徒歩六分! で、この賃料ならば申し分ありませんっ」

 もともと先崎さんは仕事が出来る方なのだと思うが、彼女の妄想(僕らの家族愛的な?)が、さらにブーストをかけてくれたのでは? と、ひとり得心したのだった。

「なぁハナ、いいだろ? ここ。今よりもすっごく広くなるしさ、お前の学校ももっと近くなるぞっ!」
「……うん、まぁ、いいんじゃない?」

 こ、こんのやろっ! こんだけやってやってんのに! 
と思ったが、彼女の淋しそうな瞳を見て、我に返った。
僕は一人で飛ばし過ぎていたのだ。おじちゃんの電話と軍資金を得て、どこか、やってやろう、という風に驕ってしまっていたのだ。
彼女のため、彼女のため、と、僕は一人で善がっていただけだったのだ。
……彼女は今のままでいい、と言ってくれていたのに。

不安を胸に、始発で東京まで来て、着いたと思ったら、すぐに引っ越しの準備だとか。
そりゃあ、心が追い付かない。せっかく美味しいものを食べて、初めての体験に心を躍らせていたというのに……
全ては僕の独りよがりだったのだと、そう痛感した。 
……途端、やるせなさと情けなさがこみ上げ、気づけば僕は隣に座る彼女に身体を向け、瞳を見つめながら語りだしていた。
 
「ハナ」
「うん?」
「何か、勝手に一人で色々と進めちゃってゴメンな? 本当に大丈夫か? お前、始発でここまで来たんだものな。偉いよ。着いてからまだ時間もそんなに経っていないしさ、色々不安とかあると思うんだ」

 ぱぁっと顔を赤らめてうつむく彼女。

「う、うん。……急に、どうしたの? な、なんか、顔、近くないっ?」
「いやぁ、それなのにさ、お前の気持ちも考えないでせかせかと独りで突っ走ってさ」
「…………」
「何か、振りまわしているような気がしてさ、ごめんな。ほんと、辛かったら何でも言うんだぞ? 僕にとって一番大切なのはハナの未来だし、だからそれを守ることが……」
「ダメぇえええええっ」
「うぐっ」

 小声だが強い語気でハナは僕の口を両手でふさいだ。

「な、なんか……その、熱くて、くすぐったいから……」
「ん?」
「も、もう言わないで大丈夫。そういうこと、言わないで……あたし、ただしさんいてくれれば、大丈夫だから」
「……う~ん、まぁあんましわかんねぇけど、わかった」
「わかれっ!」
「いてっ! 叩くなよぉ」

 熱い視線の先には先崎さんがうっとりとした表情でこちらを伺っていた。

「あ、どうも、すみません。お見苦し……」
「なんてステキなんでしょうっ!」
「へっ?」
「もぉう、ほんっとお似合いですよ? お二人っ! 親族なのが勿体ないくらい!」

 さらに顔が赤くなり、うつむくハナ。

「いやぁ、あははは……」

 まぁ良くはわからんが、とりあえず物件探しは上手く行ったのかな? と思った。
 普通予約が必要なことが多々ある内覧なのだが、運よくすぐにでも見学に行けるということだったので、先崎さんに車を出して頂き、ハナと二人で現地へと送って貰った。



「広くてキレイだねぇ!」
「ああ、ここならいいな。お前の通う学校からも近いし」
「ありがとうございます! それでは、即入居と言うことで、お手続きを始めても宜しいでしょうか?」
「はい、こちらこそご無理言ってすみません。どうぞ宜しくお願い致します。……ほら、お前も」
「宜しくおねがいしまーすっ!」

 帰りの車の中でハナは僕にもたれかかりながら寝ていた。どこか懐かしさを覚える可愛さだった。
 何故だろう、初対面のはずなのに。
 はにかみ、頭を撫でようとしたとき、ルームミラーから強い視線を感じたので、さっと手を戻した。

「それにしても相葉様」
「は、はい、なんでしょう」
「お二人は心の底から繋がられているような感じが致します」
「……へっ? ……といいますと?」
「この仕事も長くやっているとですね、ああ、とくにカップルなどの場合ですが、何となく雰囲気でわかるのですよ」
「雰囲気?」
「はい。今だけの上辺なのか、どちらに主導権があるのか、本気なのか、それとも一時の何かなのか」
「……」
「お二人は親族とのことですが、本当にお似合いですよ? 兄弟のような、恋人のような、夫婦、のような」
「……」
「形はいずれにしろ、大切なことは相手を尊重し、思いやり、そしてそれらに伴った行動をとることにあるのだと、私はそう考えております」
「……行動、ですか」
「そうです、行動です。相手の目を見つめて、言葉に出す、これも行動の一つです。相葉様が真上様に対して行ったそれのことですよ?」
「ん? 僕、なんかしましたっけ?」
「無意識の内ならば、相葉様はさぞかし素敵な男性であり、真上様を心の底から想ってらっしゃるのだと見受けられます」
「は、はぁ……」
「末永く、お幸せに」
「あ、どうも。……って、結婚じゃないですから! しかも相手はジェ……高校生ですよ?」
「うふふふ、ごめんなさいねぇ。からかうつもりはございません。それと……」
「……はい」
「歳は関係ありませんからね? って、お二方はご親族でしたねっ! はぁこれはまさに禁断の愛っ? ご馳走さ……い、いえ、失礼いたしました!」
「先崎さん、前っ! ちゃんと前見てっ!」
「うぉっとっ!」

 茶化されたのか何なのか、どこまでが本気なのか、とにかくつかめない人だなぁ、と感じたが、それと同時に、思ひ止む、という言葉がぽっと心に浮かんだ。
 外はもう日が暮れ始めていた。
 差し込む斜陽が眩しいのか、彼女の寝顔が眩しいのか。僕にはそれが、わからなかった。
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