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6.お夕飯と、ドライヤーの音

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「それではどうぞ宜しくお願い致します……ほら、ハナ、寝ぼけてないで挨拶しなさい」
「よろしくおねがいしまぁーすっ」
「はぁい、こちらこそありがとうございましたっ! それでは愛の巣の手配、早急に済ませてメールでご連絡致しますねぇ~」
「ん? あいのす?」
「さ、帰るぞぉ」

 何でも恋愛作品に繋げたがるが仕事は出来る、そんな先崎さんに送ってもらい家路へつこうとしていた。
 とここで、ある重要なことに気が付いた。そう、一番僕が気にしていたことだ。

「あぁ、ハナ」
「ん? なぁに? お夕飯は何が食べたいかって? う~ん、そうだなぁ。朝早く食べて、九時過ぎにハンバーガー食べてぇ、それでバタバタして気づいたらお昼食べてなかったしぃ、今四時過ぎててぇ……」
「パジャマとか、そういう日用品って持ってきてあるのか?」
「うんっ! 大丈夫だよぉ。お洋服も、生活必需品も揃えてある」
「……ってことは、あとはやっぱ寝床かぁ」
「ん?」

 友人付き合いも少なく、彼女もいない僕の部屋に客人用の布団などあるわけがない。
がしかし! これまた都合よくフラグが立つのがお約束ってなもんだ。
以前、といっても大分前なのだが、幼馴染とのキャンプで使用した寝袋があるのだ。
そう、それを使えばとりあえずは事足りる! ……はずだと信じたい。いやいや、事足らせなくてはならない。

「まぁ、大丈夫かな。でぇあとは、何か必要なものあるか?」
「ん~……お夕食はお米がいいなぁ。あと、それまで時間あるとおもうし、少しおやつ食べたい。なんだかすっごいお腹すいたぁ」
「うん、わかった。って、おやつぅ? なんだぁ、女子高生のおやつって」
「ん~……干し芋とか、おせんべいとか、あとは旬の果物とかかな」
「……りょ、りょーかい」

 ダイエットだの食物繊維だので、干し芋、とは聞いたことはあるが、まさか女子高生の口から、純粋なおやつとして干し芋が出てくるとは思わなかった。

 僕たちは駅前からの帰宅途中にある大型スーパーに立ち寄り、晩御飯の材料や飲料、そしておやつの干し芋を購った。

 パンとスイーツのコーナーではしゃぐハナを、そこから引き剥がすのには一苦労した。
 終始、おやつを食べすぎても晩御飯は別腹、という訳のわからない言い訳をしていたが、無論、却下した。
 近代食、というか、高カロリーな食べ物や加工食品はあまり食べさせないようにしたかったからだ。
 わざわざ健康志向なおやつを食していたというのに、こっちに移り住んだからといって、それらを無理やり変えさせる必用はない。(そもそもハマってしまう恐れもある)
 何より、おじちゃん、おばちゃんのハナに対する思いやりをしっかりと引き継ぎたかったのだ。

「絶対食べられたのにぃ」
「だぁめ」
「なんでぇ?」
「ああいうのは食べ過ぎると身体に悪いから」
「そうなのぉ?」
「そうなの」
「ふぅ~ん。じゃあ、わかった」
「いい子だ」
「えへへぇ~」

 ハナはグズりながらも、袋詰めや荷物持ちなど率先して動いてくれた。
 改めて彼女の育ちの良さや性根の良さ、純朴さを感じた。本当にいい子だ。
 そして二人で両手に荷物を持ち、家路についた。

「たっだいまぁ!」
「ただいまぁ」
「おっかえりぃ!」

 莞爾と笑う彼女に笑みがこぼれる。
 ハンバーガーショップから帰ってきた時と同じ光景だった。

「もう一々確認しなくていいから、自分ちだと思って洗面所とか使いなさい」
「はぁい!」
「あと、テーブルに干し芋置いておくから食べてなね。お茶は自分で適当にやってくれ」
「ありがとうっ! たぁりん優しいねぇ」
「はいはい」

 不思議なものだ。まだ出逢ってから半日も経っていないというのに、なぜこんなにも一緒にいて違和感を覚えず、心地が良いのだろうか。
 まぁあれだ、夢で見たこともない異性と恋人関係になっている夢のようなもの……なのかぁ?
 ……うん、深く考えても仕方がない。と、考えることをやめた。

「いっただっきまぁす!」
「召し上がれぇ」
「うんうんっ、おいひぃっ!」
「ああ、食いすぎんなよ? もう晩飯の支度始めるし」
「だいじょぉぶぅ」

 美味しそうに干し芋を頬張るハナを見ながら、すげぇ食欲だなぁと感心した。
そして、僕は晩御飯の支度を始めた。
 
 内容は、お米に豚の生姜焼き、山盛りキャベツの千切り、根菜の味噌汁。あとはおひたしか漬物。
 いつも独りでの食事なので、それなりに自炊もするのだが、適当に済ませてしまう節もある。(おかずと香の物をつまみに一杯飲む、とかだけ)
 元々料理が嫌いという訳ではないので、食べてくれる相手がいてくれることは素直に嬉しい。

「たぁりん、何か手伝う?」
「今は大丈夫だよ」
「はぁい」

 こんな他愛もない会話にどこか安心する。
 
 つかぬ話だが、料理の支度や洗い物は面倒だが、頭の中が真っ白になるのでそれなりに気分転換にはなる。
 今回の一件にしても、考えてもみれば、どう仕様もないほどにファンタジーだのに、彼女とやっているのはご新規家族ごっこそのものである。
 さらに、これで初日だというのだから驚きだ。(これに関しては急すぎるおじちゃんとハナが悪いのだが)

 とにかく、一緒に美味しいご飯を食べて、それでゆっくりしよう。
 なんせ、明日はまだ日曜日なのだから。と、タイムリープでも起きそうなセリフを胸中独りごちた。

「ああ、そうだハナ。先に風呂入っちゃえば? まぁ狭いけどさ」
「え、いいの?」
「いいよ」
「だって、一番風呂は家主じゃないの?」

 ……はぁ、素晴らしい!

「うん、基本はそうかもしれないけど、うちらは二人きりだし、僕は晩飯の支度しているから、ハナ入って大丈夫だよ。掃除はしてあるけど、軽くシャワーで浴槽流してから、自動ってボタン押してお湯ためてね」
「はぁい」

 ハナは居間から洗面所に隣接してある風呂場へと足早に駆け抜けていった。
 まぁ、十七歳にもなるし、問題ないかと放っておいたが……

「ねぇたぁりん、この洗剤と、このスポンジで浴槽磨けばいいよね?」

 キッチンにいる僕のところまでそれらを確認しにやってきたハナ。完璧である。

「おう、良くわかったな。宜しく頼むわ。水垢とかないし、ササっとでいいからなぁ」
「はぁい」

 当初は押しかけジェーケーとの同棲にどうなることかと思っていたが、ちゃんと共同生活出来ているじゃないか。と、胸を撫でおろした。
 
 ハナは慣れた手つきで風呂場の掃除を行い、風呂をわかした。

「もうすぐお風呂に入れます」という自動音声が部屋に響いた。

「あ、そうだ。脱いだもの入れるかご出してやる。洗濯物はそのまま洗濯機に入れてくれ。色分けとか大丈夫だよな? あと、ネットも置いておくから使うなら使ってくれ」
「はぁい! たぁりんすっごい手際も準備もいいね! さすがだね!」
「……あ、ああ。うん、まぁな」

 ……単純に同棲していた痕跡ってだけだけどなぁ。つぅか、なに年頃の乙女にそんなぶっきらぼうなこと言ってんだよ! 普通に気持ち悪がられるぞ?
 イヤ、家族としての同居なのに、そんなこと一々意識している自分のほうが気持ち悪いか……

「のぞかないでね?」

 唐突に笑いかけるハナに驚いた。

「……早く入って来なさい」
「ふぅん。……一緒に入るぅ?」
「早く入って来いっ!」
「あはははっ! はぁい!」

 きゃっきゃとイタズラな笑い声をあげながら風呂場へかけてゆくハナ。

「……はぁ、こんなものなのか? いや、からかわれてるだけなのか……まぁ、いっか」

 毎日だ。そう、これから毎日生活を共にしなくてはならないのだ。
 平常心、平常心。
僕は大人の余裕を持ちながら、ある程度の距離感を維持してゆかねばらなないのだ。一々細かいことは気にしない! 思春期特有? の地雷を踏んだら素直に謝る。以上だ!
何故だか熱量高く自身に言い聞かせたのだった。

暫くして、晩御飯の支度も済んだころ……

「たぁりん、ドライヤーあるぅ?」

 風呂場からハナの声がした。

「ああ、洗面台の下の棚開けるとあるだろぉ?」
「……ああ、あったあった! 使わせてもらうねぇ!」
「どうぞぉ!」

 キッチンと風呂場での声だけのやり取りの後、やたらと煩いドライヤーの音が聞こえた。
 なんだか懐かしくて切なくなった。
 もう終わったことなのに、なにを今更。と、自身の女々しさに打ちのめされそうになった。

 ドライヤーの音が止んで、我に返った。

「わぁいい匂い! お夕飯なにぃ?」
「豚の生姜焼きだよ」
「やったぁあああっ!」
「風呂入ってくるから、先食ってていいぞ」
「えっ、なんでぇ?」
「腹、減ってんだろ?」
「ダメだよ、一緒に食べなきゃ。淋しいじゃん」
「…………」
「大丈夫、なんかドラマでも観て待ってるから、ゆっくり入ってきていいよ?」
「うん、わかった。ありがとな」

 彼女の言葉と、温かい風呂で、僕は身も心も温まることが出来た。


「いやぁやっぱ風呂は気持ちいいなぁ! ……って、おい」
「ん、……ん?」
「お前、口の周り、なんで汚れてんだ?」
「ん~~~~?」
「微妙にモグモグしてんなぁ」
「…………」
「ったく、高校生にもなって」
「……もぐもぐ……」
「……で、味見はどうだった?」
「おいしかったぁああああああ!」
「ならばよし。さぁ、お待たせ。晩飯にしようか」
「はぁあああああああああいっ!」
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