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「あれ、どこ行くの」
「自販機」
「モンエナ買ってきて」
「ねえわ」
自分でコンビニ行けと同居人を一蹴して家を出た。十月終わりの今夜は冷え込むようで、薄手のパーカーでは少し足りない。まあすぐそこだ、いいだろう。
明日明後日は久し振りに連休だが、特に予定は入っていない。珍しく同居人兄弟も揃っているが、奴らとしたいこともあるわけもない。本格的に寒くなる前に車でも洗っておくかなどと考えながら、ほんの少しの散歩をする。
このあたりは都心部からやや遠いベッドタウンで、距離のぶんだけ一軒家が多くのんびりとした雰囲気がある。アパートの近所をうろうろすれば畑もあるし、河川敷のある川へも歩いて行けた。はんぱな田舎で育った正午にとっては馴染みがあって落ち着く町だった。
コンビニは遠いけど、まあ近すぎても変なのが集まるしな。
そう考える正午もはたから見ればそこそこやんちゃしてきた風貌なのだが。
最寄りの自動販売機はあるアパートの敷地内にあって、やる気がないのか陽も差さない小道に設置されており、売れ残りを寄せ集めたようなラインアップなのでいつも誰もいない。いないのだが今日は珍しく先客がいて、しかも若い女性だった。
まずい。俺おるだけで不審者や。
彼女の方はこちらに気づいた素振りはない。自分の外見が威圧的な自覚はある、すぐに離れるなら曲がり角に身を隠して待つか。いやそれでは完全に不審者だと思い直して、渋々コンビニへ行くかと思った時に涙声が聞こえてきたのだ。
「なんで買えないのお~~」
ん? 壊れているのだろうか。金を入れたはいいが戻ってこないとかそういうことか? と反射で見やった時、もうひとつ気がついた。
小道の奥にバンが停まっている。
お水~~~、と声は続いていてのんきなほどだが、正午は直感的に不穏なものを感じ取った。この角度からははっきりとは視認できないがスモークを貼っているようだ。そしてナンバープレートがさりげなく汚されている。危ない。
近寄って、女に声をかけた。
「どうしたん?」
出てこんの、と問うのに背を伸ばして振り向いた女性は完全に酔っ払いで、しかも前後不覚に見え、正午はそもそも家を出てきたことを悔やんだ。
「お水出てこない…」
めんどくせえの見つけたな。
べったりと寄りかかった自販機を、壊れてるーと不満げにばんばんと叩く。うるさいのでとりあえず止めた。背が高い。どちらかといえば地味ななりで酔い潰れるようなタイプには見えないが、しかしだから酔い慣れていなくて大虎なのか。
「金入っとらんやん」
「入れたよぉ」
値段が点灯してないんだから入ってねえんだよ。
「はい」と彼女が差し出してきたのは財布で、正午はぎょっとした。お水買って、お金あるもんと駄々をこねるように言う。
「水な? 分かったから、水ぐらい買ってやるからしまえ財布は」
知らない女の財布など触れたもんじゃないに決まっている。尻ポケットから自分のICカードを出して買ってやると、嬉しそうに頬に当てて、冷たくて気持ちいいと言って平和に笑った。自分の分も買って開け、一向に水を開封しない酔っ払いを眺めながら、さてどうしたものかと思う。
飲まないのかと訊くと飲む!と威勢よく言い勢いのまま開封して、軟らかいペットボトルが盛大に潰れて水が溢れた。
「あーあー」
見事な酔っ払いだ。どこに出しても恥ずかしくない。
「あんた大丈夫か? 家ちゃんと帰れる?」
大丈夫ーと言いながら濡れた手や服も気にせず、彼女はぐいぐいと水をあおった。白いシャツの胸元にも零れて、インナー越しに下着のラインがはっきり分かった。無防備だ。
満足したのかふうと息をして一瞬冴えた目をして、足元に投げ出していた大きな鞄を拾おうと勢いよく屈んだ女は動かなくなった。
「おい」
ぴくりともしない。まさか寝たのか。ここで。一瞬で。
怪しいバンがいるのを分かっていて放置はできないが、女にしては大柄だ。抱えていくのはなかなか骨だろう。しかし抱えていくとしても行く先はどうするのだ。自分の家か。男三人のアパートに?
ギギ、と軋みが聞こえてきそうなのろさで顔を上げた女は吐く、と虚ろな目で言った。
災難だ。
もちろん女はげえげえ吐いた。急に頭を動かすからだ。
吐くだけ吐かせたら口をすすがせ、正午は水をもう一本買ってやった。面倒見がいいことだ。俺は一体何をやっとるんかこんな夜中にと、ひとつ息をついて彼女の顔を覗き込んだ。
「あんたほんとに大丈夫か? 家帰れる?」
「あんたじゃない。紗季」
落ち着いたらしく目は虚ろでこそなくなったが、酔っ払いであることはビタ一文変わらない答えが返ってきた。
「はいはい、さきちゃんね」
「信じてないでしょー」この噛みあわなさが酔っ払いだ。同居人のひとりが時々なる、甘え絡みタイプと見た。
しかしこれは危ない。俺が変なやつだったらお前今頃服も着てないし金も抜かれとるぞと、正午はさっきよりも深いため息をつく。そこに何か差し出された。
「ほらぁ」
免許証だった。
これは本当に駄目だ。置いていったらどうなるか分からない、事件にでもなったら胸が悪すぎる。
歩けると言い張るので信用し(するしかない)鞄は持ってやって背中に腕を回して、ふらふら歩を進める紗季を送っていくことにした。家についたら玄関に放置や放置。俺はもう知らん。
正午の住むアパートと自動販売機を挟んで逆方向、同じぐらいの距離に紗季のマンションはあった。オートロックにドアストッパーが噛ませてあって開いていて、入るには楽だったがあまり良い気はしない。入った後で遠くへ蹴り飛ばしておいた。
単身者向けの四階建てで、紗季の部屋は二階の一番奥だった。
歩くうちに酔いがさめたのか、階段をしゃきしゃきと上りまっすぐに部屋に向かったのでこれなら大丈夫かと思いきや、部屋の鍵を鍵穴に差せずに無言でがしゃがしゃとやっている。醒めていない。
「開かない!うちじゃない…皆私のことなんかきらいなんだああ」
「静かにな、ほら貸してみ。本当にあんたんちなんだろうなここ」
皆って何の話だ、とっ散らかりよって。
ドアを叩き出さんばかりの紗季をなだめて、かわりに開けてやる。素直に開いて胸を撫で下ろした。今までのどの彼女にもしたことねえぞ、こんなこと。
部屋に入ると、締め切られていた室内は冷気が遮断されて暖かい。花のようなほの甘い香りに包まれて、女の部屋だなと思う。
「もういいな? 鍵閉めといてやるから貸し、ちゃんと布団で寝ろよ」
手を差し出したらやだ!と言いながら紗季が抱きついてきた。
「やーーーだー、帰んないでー」
「おい」
「わー背えおっきいね、すごーいー背伸びできるー」
正午の背中に腕を回してぎゅうぎゅうと抱きしめ、潤んだ目で見上げて可愛らしくねだる。何センチ? すごいね、ヒールなのにこんなに差がある、いいなーいいなー。
何がいいのだ。腕を離せ、がっちり首に絡めたその腕を。
「まだいてよ、一緒に飲みなおそ」
「お前なあ」
「お酒あるよー」
「寝ろ!」
じゃあ一緒に寝よ、と爆弾が落とされた。
固まった正午の背を紗季の腕が這い、そのまま流れるように尻ポケットから鍵が抜かれた。
「おい!」
「えへへへ」
パンプスを適当に脱ぎ散らかして部屋に入った紗季は、ベッドにぼふんと音を立ててなだれ込んだ。酔っ払いのくせに俊敏だ。俊敏で、厄介だ。
ドアの鍵だけかけて、正午も上がり込んだ。電気をつけようとして止める。さっきのバンがもしついてきていたら、マンションをまだ見ていてもおかしくない。
「おーい」
「おーいじゃなーい」
どっと疲れた気がして、ベッドサイドに立ち尽くしてため息をつく。
「…紗季ちゃん、鍵返して」
「やだ。返したら帰っちゃうじゃん」
「そりゃ帰るやろ」
「やーだぁ…」
泣き出しそうな声になった。
「さびしーいー、こっち来てよう」
紗季はジャケットのままで無防備に横たわり、ベッドサイドに立つ正午のジーパンを掴んで離さない。指をとって剥がそうとすれば、今度は指を絡められた。
「こら」
「やだ」
手おっきいねえなどと言いながら頬を寄せてくる。
「煙草のにおいする」
「おい、舐めるな」
「……」
「噛むな!」
「えへへ」
レースのカーテンが閉められていたが、街灯が近くて部屋は真っ暗ではない。目が慣れてきて、めくれ上がったスカートから柔らかそうな腿が見えているのも分かってしまった。女の体は太腿から尻にかけてが至高と思っている正午の欲望に、ダイレクトに訴えてくる姿だ。本人は何も分かってないだろうからたちが悪い。こんな状態の女に手を出す気にはなれないが、もし付き合っている相手がこんなふうに甘えてきたら正午の理性は吹っ飛ぶだろう。
まさか彼氏はいないだろうなとふと思う。
指を絡めたまま床に座り、目線を合わせて話すことにした。もし話す方に気がそれるか寝るかしたらすかさず鍵を奪うつもりだ。
「なんかあったんか、嫌なことでも」
「…あった」
ふくれっ面の声が返ってくる。
「なんでだろうね…がんばってるのにな…」
三十歳だったな、結婚目前でフラれでもしたか?
「なんでだと思う?」
「知らんよ」
「男の人から見たら、やっぱり細くて小さくて可愛らしい子がいいものなの?」
フラれたな。
「人によるやろ」
「皆そう言うー!」
いきなり明瞭に喋り始めたと思ったらまた酔っ払いに戻る。こんなになるまで飲まなくてもいいだろうに。
「…ほら、そろそろほんまに寝ろ。鍵出しな。閉めんと困るのあんたやぞ」
「ない」
「ない?」
「かくした」
正午の鍵は左手に握っているのが見えている。自宅の鍵ならまあ最悪鍵をかけずに出るか、しばらく経てばバンが着いてきていたとしても去るかもしれないし。この際仕方ないと諦め半分に思い、じゃあ俺のだけでいいから返せと言うとふくれっ面が返ってきた。やだ、と言う。やだばっかりじゃねえかと言えば、何が楽しいのかへらへら笑ってこう言った。
「かくす」
「は?」
あっという間だった。
強固な意思で絡められていた指がほどけていって、その手でシャツのボタンがするすると外され、はだけられた胸元に正午の鍵束は突っ込まれた。雑な酔っ払いの手つきのせいか、鍵が引っ掛かって思い切りブラジャーがずれ、白くて小振りな胸と先端が見えた。ぷっくり膨らみのある頂に、すぐそばにあるほくろも。
天を仰ぎたくなる気分だ。気分だけは。目は逸らせなかった。
「自販機」
「モンエナ買ってきて」
「ねえわ」
自分でコンビニ行けと同居人を一蹴して家を出た。十月終わりの今夜は冷え込むようで、薄手のパーカーでは少し足りない。まあすぐそこだ、いいだろう。
明日明後日は久し振りに連休だが、特に予定は入っていない。珍しく同居人兄弟も揃っているが、奴らとしたいこともあるわけもない。本格的に寒くなる前に車でも洗っておくかなどと考えながら、ほんの少しの散歩をする。
このあたりは都心部からやや遠いベッドタウンで、距離のぶんだけ一軒家が多くのんびりとした雰囲気がある。アパートの近所をうろうろすれば畑もあるし、河川敷のある川へも歩いて行けた。はんぱな田舎で育った正午にとっては馴染みがあって落ち着く町だった。
コンビニは遠いけど、まあ近すぎても変なのが集まるしな。
そう考える正午もはたから見ればそこそこやんちゃしてきた風貌なのだが。
最寄りの自動販売機はあるアパートの敷地内にあって、やる気がないのか陽も差さない小道に設置されており、売れ残りを寄せ集めたようなラインアップなのでいつも誰もいない。いないのだが今日は珍しく先客がいて、しかも若い女性だった。
まずい。俺おるだけで不審者や。
彼女の方はこちらに気づいた素振りはない。自分の外見が威圧的な自覚はある、すぐに離れるなら曲がり角に身を隠して待つか。いやそれでは完全に不審者だと思い直して、渋々コンビニへ行くかと思った時に涙声が聞こえてきたのだ。
「なんで買えないのお~~」
ん? 壊れているのだろうか。金を入れたはいいが戻ってこないとかそういうことか? と反射で見やった時、もうひとつ気がついた。
小道の奥にバンが停まっている。
お水~~~、と声は続いていてのんきなほどだが、正午は直感的に不穏なものを感じ取った。この角度からははっきりとは視認できないがスモークを貼っているようだ。そしてナンバープレートがさりげなく汚されている。危ない。
近寄って、女に声をかけた。
「どうしたん?」
出てこんの、と問うのに背を伸ばして振り向いた女性は完全に酔っ払いで、しかも前後不覚に見え、正午はそもそも家を出てきたことを悔やんだ。
「お水出てこない…」
めんどくせえの見つけたな。
べったりと寄りかかった自販機を、壊れてるーと不満げにばんばんと叩く。うるさいのでとりあえず止めた。背が高い。どちらかといえば地味ななりで酔い潰れるようなタイプには見えないが、しかしだから酔い慣れていなくて大虎なのか。
「金入っとらんやん」
「入れたよぉ」
値段が点灯してないんだから入ってねえんだよ。
「はい」と彼女が差し出してきたのは財布で、正午はぎょっとした。お水買って、お金あるもんと駄々をこねるように言う。
「水な? 分かったから、水ぐらい買ってやるからしまえ財布は」
知らない女の財布など触れたもんじゃないに決まっている。尻ポケットから自分のICカードを出して買ってやると、嬉しそうに頬に当てて、冷たくて気持ちいいと言って平和に笑った。自分の分も買って開け、一向に水を開封しない酔っ払いを眺めながら、さてどうしたものかと思う。
飲まないのかと訊くと飲む!と威勢よく言い勢いのまま開封して、軟らかいペットボトルが盛大に潰れて水が溢れた。
「あーあー」
見事な酔っ払いだ。どこに出しても恥ずかしくない。
「あんた大丈夫か? 家ちゃんと帰れる?」
大丈夫ーと言いながら濡れた手や服も気にせず、彼女はぐいぐいと水をあおった。白いシャツの胸元にも零れて、インナー越しに下着のラインがはっきり分かった。無防備だ。
満足したのかふうと息をして一瞬冴えた目をして、足元に投げ出していた大きな鞄を拾おうと勢いよく屈んだ女は動かなくなった。
「おい」
ぴくりともしない。まさか寝たのか。ここで。一瞬で。
怪しいバンがいるのを分かっていて放置はできないが、女にしては大柄だ。抱えていくのはなかなか骨だろう。しかし抱えていくとしても行く先はどうするのだ。自分の家か。男三人のアパートに?
ギギ、と軋みが聞こえてきそうなのろさで顔を上げた女は吐く、と虚ろな目で言った。
災難だ。
もちろん女はげえげえ吐いた。急に頭を動かすからだ。
吐くだけ吐かせたら口をすすがせ、正午は水をもう一本買ってやった。面倒見がいいことだ。俺は一体何をやっとるんかこんな夜中にと、ひとつ息をついて彼女の顔を覗き込んだ。
「あんたほんとに大丈夫か? 家帰れる?」
「あんたじゃない。紗季」
落ち着いたらしく目は虚ろでこそなくなったが、酔っ払いであることはビタ一文変わらない答えが返ってきた。
「はいはい、さきちゃんね」
「信じてないでしょー」この噛みあわなさが酔っ払いだ。同居人のひとりが時々なる、甘え絡みタイプと見た。
しかしこれは危ない。俺が変なやつだったらお前今頃服も着てないし金も抜かれとるぞと、正午はさっきよりも深いため息をつく。そこに何か差し出された。
「ほらぁ」
免許証だった。
これは本当に駄目だ。置いていったらどうなるか分からない、事件にでもなったら胸が悪すぎる。
歩けると言い張るので信用し(するしかない)鞄は持ってやって背中に腕を回して、ふらふら歩を進める紗季を送っていくことにした。家についたら玄関に放置や放置。俺はもう知らん。
正午の住むアパートと自動販売機を挟んで逆方向、同じぐらいの距離に紗季のマンションはあった。オートロックにドアストッパーが噛ませてあって開いていて、入るには楽だったがあまり良い気はしない。入った後で遠くへ蹴り飛ばしておいた。
単身者向けの四階建てで、紗季の部屋は二階の一番奥だった。
歩くうちに酔いがさめたのか、階段をしゃきしゃきと上りまっすぐに部屋に向かったのでこれなら大丈夫かと思いきや、部屋の鍵を鍵穴に差せずに無言でがしゃがしゃとやっている。醒めていない。
「開かない!うちじゃない…皆私のことなんかきらいなんだああ」
「静かにな、ほら貸してみ。本当にあんたんちなんだろうなここ」
皆って何の話だ、とっ散らかりよって。
ドアを叩き出さんばかりの紗季をなだめて、かわりに開けてやる。素直に開いて胸を撫で下ろした。今までのどの彼女にもしたことねえぞ、こんなこと。
部屋に入ると、締め切られていた室内は冷気が遮断されて暖かい。花のようなほの甘い香りに包まれて、女の部屋だなと思う。
「もういいな? 鍵閉めといてやるから貸し、ちゃんと布団で寝ろよ」
手を差し出したらやだ!と言いながら紗季が抱きついてきた。
「やーーーだー、帰んないでー」
「おい」
「わー背えおっきいね、すごーいー背伸びできるー」
正午の背中に腕を回してぎゅうぎゅうと抱きしめ、潤んだ目で見上げて可愛らしくねだる。何センチ? すごいね、ヒールなのにこんなに差がある、いいなーいいなー。
何がいいのだ。腕を離せ、がっちり首に絡めたその腕を。
「まだいてよ、一緒に飲みなおそ」
「お前なあ」
「お酒あるよー」
「寝ろ!」
じゃあ一緒に寝よ、と爆弾が落とされた。
固まった正午の背を紗季の腕が這い、そのまま流れるように尻ポケットから鍵が抜かれた。
「おい!」
「えへへへ」
パンプスを適当に脱ぎ散らかして部屋に入った紗季は、ベッドにぼふんと音を立ててなだれ込んだ。酔っ払いのくせに俊敏だ。俊敏で、厄介だ。
ドアの鍵だけかけて、正午も上がり込んだ。電気をつけようとして止める。さっきのバンがもしついてきていたら、マンションをまだ見ていてもおかしくない。
「おーい」
「おーいじゃなーい」
どっと疲れた気がして、ベッドサイドに立ち尽くしてため息をつく。
「…紗季ちゃん、鍵返して」
「やだ。返したら帰っちゃうじゃん」
「そりゃ帰るやろ」
「やーだぁ…」
泣き出しそうな声になった。
「さびしーいー、こっち来てよう」
紗季はジャケットのままで無防備に横たわり、ベッドサイドに立つ正午のジーパンを掴んで離さない。指をとって剥がそうとすれば、今度は指を絡められた。
「こら」
「やだ」
手おっきいねえなどと言いながら頬を寄せてくる。
「煙草のにおいする」
「おい、舐めるな」
「……」
「噛むな!」
「えへへ」
レースのカーテンが閉められていたが、街灯が近くて部屋は真っ暗ではない。目が慣れてきて、めくれ上がったスカートから柔らかそうな腿が見えているのも分かってしまった。女の体は太腿から尻にかけてが至高と思っている正午の欲望に、ダイレクトに訴えてくる姿だ。本人は何も分かってないだろうからたちが悪い。こんな状態の女に手を出す気にはなれないが、もし付き合っている相手がこんなふうに甘えてきたら正午の理性は吹っ飛ぶだろう。
まさか彼氏はいないだろうなとふと思う。
指を絡めたまま床に座り、目線を合わせて話すことにした。もし話す方に気がそれるか寝るかしたらすかさず鍵を奪うつもりだ。
「なんかあったんか、嫌なことでも」
「…あった」
ふくれっ面の声が返ってくる。
「なんでだろうね…がんばってるのにな…」
三十歳だったな、結婚目前でフラれでもしたか?
「なんでだと思う?」
「知らんよ」
「男の人から見たら、やっぱり細くて小さくて可愛らしい子がいいものなの?」
フラれたな。
「人によるやろ」
「皆そう言うー!」
いきなり明瞭に喋り始めたと思ったらまた酔っ払いに戻る。こんなになるまで飲まなくてもいいだろうに。
「…ほら、そろそろほんまに寝ろ。鍵出しな。閉めんと困るのあんたやぞ」
「ない」
「ない?」
「かくした」
正午の鍵は左手に握っているのが見えている。自宅の鍵ならまあ最悪鍵をかけずに出るか、しばらく経てばバンが着いてきていたとしても去るかもしれないし。この際仕方ないと諦め半分に思い、じゃあ俺のだけでいいから返せと言うとふくれっ面が返ってきた。やだ、と言う。やだばっかりじゃねえかと言えば、何が楽しいのかへらへら笑ってこう言った。
「かくす」
「は?」
あっという間だった。
強固な意思で絡められていた指がほどけていって、その手でシャツのボタンがするすると外され、はだけられた胸元に正午の鍵束は突っ込まれた。雑な酔っ払いの手つきのせいか、鍵が引っ掛かって思い切りブラジャーがずれ、白くて小振りな胸と先端が見えた。ぷっくり膨らみのある頂に、すぐそばにあるほくろも。
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