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第1章 存在の意義
35話 記憶の旅
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☆
ー 北の森 最深部 ー 巨狼視点
悲哀
其れがこの波の力だと知ったのは、彼から10mほどの近さに来た時である。
最初は胸に振動が来る程度の衝撃しかなかった。しかし、波は胸を打ち、心臓に訴え、精神にまで介入してきた。
中心で佇む彼は胸に両手を当て、目を瞑っている。詠唱している様には見えない。こんな魔術は見たこともなければ聞いたこともない。
まるで感情が魔術として現れているかの様だった。理性の崩れる間際に見た風の魔術は本来のものかもしれない。
しかし、その後変身した彼から出されたのは圧倒的な怒り、憤怒の旋風であった。
そして今、悲哀の波が周囲に影響を与えている。木々がざわめき葉が落ち、水は勢いを増し濁流の様に下流へ流れていく。
彼に向けて一歩、また一歩と歩みを進める。これまで体験してきた悲しい記憶が頭に浮かび上がる。
・
・
・
最初に浮かび上がったのは、まだ狼として母や兄弟に囲まれ幸せに暮らしていた風景だ。
しかし、其れも長くは続かずある日遊びから帰ってくると皆んな忽然と姿を消していた。
地面や草についた血から皆んな逝ってしまったことを悟った。目の前が真っ暗になった。
次の浮かんだのは森で何とかだが静かに暮らしていた時の風景だ。
ただ、狼だということだけで人間に追いかけ回される。道中私だけで無く他の動物も標的にされた。
まだ子供だった私は其れを見つけるたびに、悲しさと悔しさが沸き立っていたことを思い出した。
其れからも大人になるまでの様々な記憶が蘇ってきた。
槍の先が腹の脇を掠めたり、罠に嵌り一晩中抵抗し何とか抜け出したこと、初めて人を殺めた時のこと・・・。
気づけば私は涙を流していた。しかし、ここまでの記憶は森の主とし巨狼に成った時に割り切ったことだ。歩みを止めはしない。
彼から5mを切った。不意にそれまで流れてた記憶が消え、光の中に飲み込まれる。
気づけば人間として村の中に立っていた。誰だろうか、まだ少年の様だ。
「おい、無能力。・・・、おい、お前に言ってるんだよ、アイル」
後ろから髪を掴まれ地面に倒される。見上げると体つきの良い少年が二人私を見下ろしていた。
『ごめん、考え事してて・・・』
『あぁ?お前は俺たちの雑務さえしてくれれば良いんだから考える必要ないだろ?』
その時、胸に深い、深い悲しみが広がる。それでもこの少年は悲しみを顔に出さない。頭の中に彼の声が響く。
『大丈夫、大丈夫。きっと皆んなの役に立つ天職が顕現するはずだ。それまでは我慢だ』
それからも彼は少年2人組から陰湿なやり取りを受ける。その度に深い悲しみが広がる。
まるで仮面の様に笑った顔が出てくる。このままではこの少年の心が壊れてしまう。
体験しているだけの私がここまで悲しいのだ。本人は悲しみだけで無くとも感情が欠如した状態で成長してしまう。
明らかに異常な精神である。
それから少年と娘が森の中で狼獣人と戦闘をし深い絶望を味わう。
気づけば私の歩みは止まり、彼から1mのところに来ていた。涙で視界が滲む。もう目の前には紅の輪が見える。紅から金や紫に近い赤へと変色を繰り返している。
最後の一歩を踏み出そうとする。不意に目の前に壁のようなものが広がる。顔をつっこむ。粘着質の様な質感で前に進み辛い。まるで泥沼を進んでいるかの様だ。強度が強く、弾力性があるためなかなか前に進めない。
耳に幼い鳴き声が聞こえた気がする。振り返ると滲んだ視界の向こうから幼い狼4匹、成体の狼1匹が座っていた。涙が溢れ出す。
彼らはそれぞれ遠吠えをすると光の中に消えていった。
それは遥か昔に亡くした兄弟と親であった。彼らからの激励をもらった私が再度前を向く。
不思議と壁は感じなかった。
狙いを定め、紅の輪を大きな牙で噛み砕いた。
次の瞬間、蒼の波紋は消え彼が崩れ落ちる。
記憶の旅が、終わった。
ー 北の森 最深部 ー 巨狼視点
悲哀
其れがこの波の力だと知ったのは、彼から10mほどの近さに来た時である。
最初は胸に振動が来る程度の衝撃しかなかった。しかし、波は胸を打ち、心臓に訴え、精神にまで介入してきた。
中心で佇む彼は胸に両手を当て、目を瞑っている。詠唱している様には見えない。こんな魔術は見たこともなければ聞いたこともない。
まるで感情が魔術として現れているかの様だった。理性の崩れる間際に見た風の魔術は本来のものかもしれない。
しかし、その後変身した彼から出されたのは圧倒的な怒り、憤怒の旋風であった。
そして今、悲哀の波が周囲に影響を与えている。木々がざわめき葉が落ち、水は勢いを増し濁流の様に下流へ流れていく。
彼に向けて一歩、また一歩と歩みを進める。これまで体験してきた悲しい記憶が頭に浮かび上がる。
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最初に浮かび上がったのは、まだ狼として母や兄弟に囲まれ幸せに暮らしていた風景だ。
しかし、其れも長くは続かずある日遊びから帰ってくると皆んな忽然と姿を消していた。
地面や草についた血から皆んな逝ってしまったことを悟った。目の前が真っ暗になった。
次の浮かんだのは森で何とかだが静かに暮らしていた時の風景だ。
ただ、狼だということだけで人間に追いかけ回される。道中私だけで無く他の動物も標的にされた。
まだ子供だった私は其れを見つけるたびに、悲しさと悔しさが沸き立っていたことを思い出した。
其れからも大人になるまでの様々な記憶が蘇ってきた。
槍の先が腹の脇を掠めたり、罠に嵌り一晩中抵抗し何とか抜け出したこと、初めて人を殺めた時のこと・・・。
気づけば私は涙を流していた。しかし、ここまでの記憶は森の主とし巨狼に成った時に割り切ったことだ。歩みを止めはしない。
彼から5mを切った。不意にそれまで流れてた記憶が消え、光の中に飲み込まれる。
気づけば人間として村の中に立っていた。誰だろうか、まだ少年の様だ。
「おい、無能力。・・・、おい、お前に言ってるんだよ、アイル」
後ろから髪を掴まれ地面に倒される。見上げると体つきの良い少年が二人私を見下ろしていた。
『ごめん、考え事してて・・・』
『あぁ?お前は俺たちの雑務さえしてくれれば良いんだから考える必要ないだろ?』
その時、胸に深い、深い悲しみが広がる。それでもこの少年は悲しみを顔に出さない。頭の中に彼の声が響く。
『大丈夫、大丈夫。きっと皆んなの役に立つ天職が顕現するはずだ。それまでは我慢だ』
それからも彼は少年2人組から陰湿なやり取りを受ける。その度に深い悲しみが広がる。
まるで仮面の様に笑った顔が出てくる。このままではこの少年の心が壊れてしまう。
体験しているだけの私がここまで悲しいのだ。本人は悲しみだけで無くとも感情が欠如した状態で成長してしまう。
明らかに異常な精神である。
それから少年と娘が森の中で狼獣人と戦闘をし深い絶望を味わう。
気づけば私の歩みは止まり、彼から1mのところに来ていた。涙で視界が滲む。もう目の前には紅の輪が見える。紅から金や紫に近い赤へと変色を繰り返している。
最後の一歩を踏み出そうとする。不意に目の前に壁のようなものが広がる。顔をつっこむ。粘着質の様な質感で前に進み辛い。まるで泥沼を進んでいるかの様だ。強度が強く、弾力性があるためなかなか前に進めない。
耳に幼い鳴き声が聞こえた気がする。振り返ると滲んだ視界の向こうから幼い狼4匹、成体の狼1匹が座っていた。涙が溢れ出す。
彼らはそれぞれ遠吠えをすると光の中に消えていった。
それは遥か昔に亡くした兄弟と親であった。彼らからの激励をもらった私が再度前を向く。
不思議と壁は感じなかった。
狙いを定め、紅の輪を大きな牙で噛み砕いた。
次の瞬間、蒼の波紋は消え彼が崩れ落ちる。
記憶の旅が、終わった。
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