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第六話 残業タイム

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資料作成がまだ残っている道夫は残業確定だった。

でも今日はまだ数名残っている。その中に萌絵ちゃんもいたと、笑顔になっていく自分がいた。

一時間、二時間と過ぎた頃、課長が赤木主任と佐々木さんの所に行き何か小声で話している。

次は僕の所へやって来た。

「イケミチ、資料できたのか?」

「いえ、まだ…です」

「え~、見回してごらん、あんただけだよ…私と赤木君達、この間の店行くから!」

道夫も「え~、そんなぁ」と涙声。

「バカ、イケミチも行くかって聞いてんの?」

こくりと頷く道夫。

「じゃ、早く終って…行くよ!」

もはや課長の下僕げぼくの様な扱いになって来ている。

4人で店に着いた。課長が大将に上を指差して何か言っている。

この店の2階に個室があったのだ、常連しか知らない正に密会場所に4人は入った。

掘り炬燵式の座敷で、課長と僕、赤木主任と萌絵ちゃんがそれぞれ並んで座った。

お決まりのビールで乾杯し、お互い初飲みなので知らない事を聞いたりした。

赤木主任が「山田君だよね?、何でイケミチって呼ばれてるの?」

そらそうだ、「か、課長が…」

「私が付けたの、同じ山田だから、課員が呼びにくいでしょ…山田って呼ぶの」

皆んな笑っている、酒の席ではこう言う軽い話しがよく盛り上がる。

萌絵ちゃんまでが、「じゃ何で"ヤマミチ"じゃなくて"イケミチ"なんですか?」

「それは、彼イケメンでしょ?…そう思わない

萌絵ちゃんがテーブルに両手を突いて身体を乗り出し、じっ~と僕の顔を見てくる。

「そう、そうですよね…」と忖度した様な歯切れが悪い。

「それで"イケミチ"なんですね…」とこの話題を切って捨てる様に終わらせた。

萌絵ちゃんの顔が近づいた時に、赤面した僕の顔も、忖度した言葉で直ぐに元の色に戻り、心なしか元気も無くなった。

課長が横から肘で突いて、喜んでる。

「佐々木さんは、彼氏とかいるの?…」

「私、関西の大学に通ってたんですけど、その時の彼氏はいるんですが、今は遠距離になって自然消滅ですね…」
ちょっと寂しそうな顔の萌絵ちゃん

「じゃあ、社内でいいなぁって想う人いないの?」

道夫は返事を待つ間、"ゴクリ"と喉を鳴らした。

「まだ入社したばかりでわかりません」

誰も傷付けない妥当な回答だ。

「いいなぁって人が出来たら山田課長に相談しますね?…」

これも社会人としては、上手い回答だ。

道夫は萌絵ちゃんの回答の評価して何になるんだと、首を横に振った。

そして頭を抱え妄想した。

でも、もし萌絵ちゃんが僕の事をいいなぁって思って本当に山田課長に相談に行ったらどうなるんだ?

「ダメよ、あの男は顔だけで、仕事は出来ないし、女の扱いも下手だよ」って課長なら言う筈だ。

「そうね、あえて先に言うなら、赤木君や山田君みたいな、イケメンは注意ね、他の女の子のライバルがいるだろうからね?」

山田課長が僕にウインクしながらそう言った。

最後は、このプロジェクトを成功させましょうねと、仕事の話しで締めくくった。

帰りは、赤木主任と萌絵ちゃんが同じタクシーに乗って帰り、僕は課長ともう一件付き合う事になった。

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