Sorry Baby

ぴあす

文字の大きさ
上 下
24 / 25
6.悪戯

映画

しおりを挟む

「明日俺、練習行かねーわ。」

「え?大丈夫?
あたしも学校サボろうとしてたけど。」

届いたピザを食べながら二人で似たようなこと言って爆笑。
映画は子どもの頃からやってるシリーズ物のアニメ映画。

「…ビール美味しい?」

「飲みたいの?」

「興味はある。」

まあ家でなら…と思って未蘭乃のコップに半分くらい注いでみる。

「…多分最初はあんまり美味しいとは思わないと思う。」

「もう18だよ?子どもじゃないもん。」

未蘭乃がビールを一口飲んで眉間にシワを寄せた。
 
「これは…何?」

「まずい?
冷蔵庫にあるサイダー勝手に飲んでいいしジュースもあるよ。」

「まずい。
他の飲み物持ってくる。」

でももったいないから残りも飲むと言って捨てないあたり律儀だなとか思ったり。

「明日、おもちのペットシーツ買いにいきたいんだけどどこか売ってる場所ある?
ペットシーツが今敷いてるのがラストなの。」

「歩いて十分もしないところにドラッグストアあるよ。 
てか猫トイレ買えばいいじゃん。
明日一緒に行こう。」 

…なんか不思議だな。
つい最近夜の街でフラフラしてるところ助けた子が家にいるって。

ふと未蘭乃の服に目が行く。
制服が汚れたら大変だ。

「そういえばパジャマとかないの?
そのまま寝たらシャツにシワがつく。」

「ホテルのパジャマ着るからいいやと思って持ってきてない。 
本当に最小限の荷物で来たから…。」
 
見かねた俺は寝室のクローゼットを開けてみた。

「なんでもいいなら貸すけど…。
ジャージとかTシャツでもいい?」

「ジャージといえば、ハルキ。 
卒業式で女子に囲まれて制服のボタン全部無くなってベルトまで取られてたよね?
まさかジャージもあげたとか?」

「やめてくれよ、昔の話だろ。
ほら、ジャージはさすがにある。」

体育の授業の時着てたジャージ。
今じゃもう部屋着。
なんでか履き心地がよくて家でよく履いてる。

「ありがとう。
着替えてくる。寝室入ってもいい?」

「どうぞ。」

リビングから繋がる寝室にはダブルベッドが一つと本棚と机と椅子のセット。 

「…あぁそっか。
来客用の布団…。」

彼女とか、遊んでた女の子とか…。
過去に関係があったような女の子とは同じベッドで寝てるし、友達やチームメイトが泊まりに来ても寝ずに起きて騒いで遊んでって感じだから来客用の布団とかそんなのはうちにはない。

「ねぇ、ハルキ。」

未蘭乃がジャージとTシャツを抱えたまま俺を振り返った。

「俺はリビングのソファで寝るから。
ベッド使いなよ。」

「…今日はあたしと一緒に寝て。」

は…?正気か?
男と同じベッドで寝るってどういうことかわかってんの?

「今日は映画を3本見て、明日は買い物に行ってちょっと休憩してカフェに行こう。
久しぶりにゲームセンターにも行きたい。
あと新しくできたファッションビル。
小さいサイズも置いてる可愛いお店があるんだって。」

未蘭乃はそう言ってはにかんだ。 
着替えるね。という声にハッとすると寝室のドアが閉まる。

…なんか色々起こりすぎて消化できてないんだろうな。

ダイニングチェアに腰掛けて未蘭乃の着替えを待つ。 
未蘭乃は甘いものが好きだと言っていた。
冷凍庫にアイスがある。それを食べたらさっき言った馬鹿みたいに危ないことも忘れてくれんのかな…。

「着替えた。
さすがにでかすぎて笑っちゃった。」

未蘭乃が笑いながら近づいてきて目の前に立ってくるりと回って見せる。

ジャージの裾はこれでもかというほど捲られ、Tシャツもお尻まで隠れていた。 

「子どもが大人の服着てるみたいだな。
何着てても可愛いよ。」

未蘭乃に手が伸びそうになったとき、未蘭乃が俺の手をぎゅっと握って頬に押し付けてきた。

「馬鹿にしてる?
ほら、映画、続き見ようよ。
この次はあたしもう決めてあるんだ。」

…今の何?
さすがにあざとすぎないか?

「へぇ。どれ見るの?」

「ずっとこれ見たかったんだけど、クラスの人がやめておけって言われてるの見て。
見るなら一人で見た方がいいんだって。」

未蘭乃のスマホの画面を見るとR18の文字。
これめちゃくちゃ見るのしんどいって評判の邦画じゃん…。

「あー、これか…。
これは一人で見ろってなるわ…。」

「え、ハルキ見たことあるの?」

…性的描写が過激でかなり多い。
とはなんとなく言いづらかった。

舞台は東京の繁華街。
風俗で金を稼いだ金をホストに貢いでどんどん墜ちていく女性の話だ。
もちろんその中には人間ドラマもあるし、最後は泣けるらしいんだけど。

「あらすじは…知ってるんだもんな?」

「うん。」

18時半。 
なんとなく照明を暗くする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


いつも朝10時に起きる。
13時に間に合うように家を出て、3駅。

13時半から私はハルカになる。

 『おはようございます。』

駅について坂を上がって左に曲がった路地。
このあたりに集まる人達はみんな同じように店に吸い込まれていく。

昨日、エミが飛んだらしい。

お店のカウンターの奥からそんな話が聞こえた。

エミ…ねぇ。
どんな子かも忘れちゃった。

カウンターの横に在籍の子の写真が貼ってあったのを見てようやくわかる程度。

『ハルカちゃん、おはよう。』
 
『店長。』

店長があたしにピースサイン。 
指名は2本。

『何分ですか?』

『90分、どちらも初来店の人だよ。』

初来店の人、という言葉に思わずため息が出た。

なんていったって初来店の人には割引が聞くからあたしに入る給料=バックが少ない。

それに危ない客もいる。
この仕事を始めて3年。
色々と危ない目にはあってきたけどそのたび、お店に助けられてなんとかなっている。

最低でも1日3万の保証がある。
楽して稼いでるとは言われがちだけど、
それ相応の辛さとかしんどさはあるわけで。
 
 『ハルカちゃんは本当に真面目だよね。
     3年もいてくれるなんて珍しいんだから。』

店長に愛想笑いをして部屋に入った。
今日は木曜。
多くて20万。少なくて5万。

ため息をついて鍵を締める。
服を脱いで、身体が良く見えるポーズを撮って甘ったるい言葉を画面に羅列する。

汚いオヤジが来ても、調子に乗った大学生が来てもやることは一緒。

好きでやってるんじゃない。
3年前に出逢ってしまったあの人のため。

 《今日、会いたいんだけど会える??》

予約が入っていた5分前に通知が来て、ケータイをぎゅっと抱きしめた。

《9時頃行ってもいいかな?》

《わかった!閉店後も一緒にいてね。
亜梨奈の好きな席、取っておくから。》

…今日はアフターの約束までしてくれた。

5000万Player  幹部補佐 玲弥
玲弥とあたしが作り上げたの。
他の女の子だってたくさんいるけど、その日の売上がもう少しで店で1番って時に頑張ったのは決まってあたし。

週に3回は店に足を運んでいるし、この業界でもお給料は高いお店に在籍させてもらってる。

全部玲弥のため。

他の女の子と同伴とかアフターしても別に嫉妬はしないけど、絶対にあたしに戻ってきてね。
いつも玲弥は頷いては頭をなでて抱きしめてくれる。
…営業なのも全部わかってる。
でも本当に好きで、好きで。

『こんにちは。今日はご来店ありがとうございます。ハルカです。』

『写真よりも実物の方が可愛いねぇ。』

一緒にシャワーを浴びて、ベッドに入って、言いたくないセリフを吐いて、やりたくないことたくさんして。

全て終わっても意味のない会話をして。

何を言われても刺さらなくて。何をされても不快で気持ち悪くて。

でもお金だけは裏切らないから。
あと5時間後には玲弥に会えるから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しおりを挟む

処理中です...