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魔神とシスターの徒然

ルナベレッタの日常④

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『Mobius Cross_メビウスクロス徒然:ルナベレッタの日常④』


 医療を求めて彷徨うルナベレッタと魔神ギルト。辿り着いた先で出会ったのは…
夏に汗ばむ一悶着と、変わり者の女医·ヒポポクラティス8世。
「アタイのこたぁドクターって呼びな。よろしくなッねーちゃんッ!」

 ドクターは口が悪く、人の名前を覚えるのが苦手らしい。しかも患者に対して容赦が無い。その偏屈な人柄のせいか医者としての集客は少ないので、仕立屋で生計を立てている。
「縫い直すのは得意さッ!
…新しく服をデザイン?カバタレッ!ファッションには興味無いよッ!」

 また、理解不能なほど聡明で、医療の流布には寛容だった。ルナベレッタはドクターの治療を間近で見、手伝える事は手伝い、時々気分を悪くする。その、未だ理解不能な治療に…。


 ある日、突然軽い地震を感じ、窓の外が数度陰った。それらは直ぐに収まったが、暫くしてドクターの元に傷ついた兵士が担ぎ込まれた。
「医者は居るか!?砂漠のバカデカい魔物に仲間がやられた!」

「ぃよしキタッ!」
ちょっと嬉しそうに容態を確認するドクター…
「っ…!!
…こいつぁ派手にイカれたねぇ…」

「そうだ。傷を縛っても中々血が止まらん。助けろ。」
団長らしき男が、うめき声をあげる負傷兵を顎で差して冷静に言った。

ドクターは腕によりをかける!
「ねーちゃんッ!」

「はい…!」
 もはや顎で使われるルナベレッタ。きつめの酒と、木綿布を持てるだけ持ってドクターと患者の元へ駆け寄る…
「っ…!?…ぁしが…」
「カバタレ早く渡さんかいッ!助ける気が有るなら黙ってな!ッ」
ドクターは布と酒をぶんどるように奪うと、太腿につけたソーイングセット?から細小の片刃ナイフを抜き据える。
「兵士ども。もう少し足の付け根側を思いっきり縛りな,腐って取れやしないよアタイが処置してる間だけだッ」

 兵士の一人が指示通り強く縛るとドクターの施術が始まった。ドクターは木綿で血を拭いながら、酒で消毒したナイフで傷口をプ…プ…と静かに切り開いていく。
赤赤と照る皮膚の内側の肉を目のあたりにしてルナベレッタは顔を青くして口を押さえた。

そんな様子には一切目もくれず、手は動かし続け、患部を凝視しながら眉一つ動かさずにドクターは言う。
「吐くなカバタレ。滅多に見れるもんじゃないから見な,血管てのは肉にも張り巡らされてるがそれは毛細な支流に過ぎない,切れても血の凝固で容易に塞がる。問題はこっち」
ドクターが指差す肉の裂け目の奥には、他より白みがかった血の滴る管が見えていた。
「此れが体内の血の運河の本流,血の力だけじゃとても止まらない」

「ぅぷぷ…ゴクンッ…。
で、ではどうするのですか…?」
ルナベレッタが恐る恐る訊くと、ドクターは太腿のソーイングセットから反った小さな針と糸を引き出し酒を振りかけた。


「縫う」


「…。」
場は硬直した。
…そんな…服じゃあるまいし…。
しかしドクターは、その太い血管と、もう一本の太めの血管を繋ぐように寄せ、まち針を肉に刺し位置を固定すると、両拳と顔を傷口に近接させた。
それ以降、傍目にはドクターは微動だにしていないように見えた。その体はまるで“殻”、蝸牛がゆっ…くりと角を出し入れするかのようににじる爪の先のみの微細な運動。しかし極小の針は確かに血管の表面を往復し、糸を通していく。


「ねーちゃん…汗。

ねーちゃん汗。」



2回呼ばれるまで気づかなかった。
室内のじくじくとした熱気か、極細手技の緊張か、ドクターは全身に汗をかいていた。白い衣が肌に張り付き、額に浮かぶ大粒の汗が流れて目に入る。それでも微動だにしていない。
ルナベレッタは震える手でドクターの額をしとしとと拭く。


暫くして…と言っても固唾をのみ続けるには永い時間の後。

「止まった…本当に…」

 傷の内部は全て繋がり、傷も縫合され、清潔な布で“包装”されて施術は終了した。

「ッズフゥゥゥゥーーーーッ……完了ッ…」
溜まった熱を噴射するように、ドクターは息を吐いた。
「ねーちゃん薬草5ばん…」
ドクターの指示の前に薬草袋を取ってきていたルナベレッタが、その袋を小首の横まで持ち上げて“これ…ですよね?”と目で訊く。ドクターは口角を少し上げて肯いた。

「これは鎮痛作用のある葉です。飲み込まずに咀嚼し続けて下さい。」
そう言うルナベレッタの後にドクターも続けた。
「今は麻痺してるだろうが、暫くしたら生きてるのも辛くなるような痛みと熱が来るよ。生きてる証拠だからそれでしっかり食いしばりなッ」

負傷兵は「ありがとう…」と呟くと、ルナベレッタが口に入れてくれた葉をゆっくりと噛みしだいた。


 「さッ!コイツは此処で預かるから、兵士どもはもう帰んなッ!むさ苦しくてかなわんッ!不潔だしねッ!」
ドクターの悪態混じりの指示に、団長は冷静な顔のまま返した。
「いや、すぐに連れて帰る。応急の処置、大義であった。」

「はぁ?!カバタレッ!それじゃあこんな貴重な大怪我の治療経過が観察できんじゃないかッ!!それにまだまだ余談は許さない状況だ!清潔を保たないといけないし、何かの拍子にまた内出血したら誰が処置すんだいッ!」
 前半に余計な本心が出てた気もするドクターの制止も聞かず、帰り支度を進める兵士達。
「無用な心配だ。血さえ止まれば、こんな簡素な場所でなく、軍の医療機関で正当な治療が可能。世話になったな腕の良い逸れ医者よ。」
最後にそう吐き捨てて兵士達はゾロゾロと出て行った。


「こんのカバタレがーッ!せめて金払えカバタレがーッ!」

と喚きつつも、ドクターにとっては慣れっこだ。此処に医療目的で来るのなんて、大抵救急者…。そんな者達が言い値を持ち合わせている事などむしろ奇跡である。まあ症例と経験と言う名の金(きん)を得た。と、ドクターは思うようにしている…。



ザッ



 砂の大地に、細いながらも力強い足音。
そう、今ここには、“奇跡的に”“救急でもなく”“医療を求めてやって来た”“特殊な奴”が居た。

「「…オイ待て。卑怯者の兵士共。」」

 振り返る団長の首を、右肩、胴ごと掴みあげる巨大な手。ルナベレッタの左腕は魔神と化していた。
「「全員動くな。」」
さらにルナベレッタの背から魔神ギルトの翼が生え、巨大な8本の鎖を周囲に向けて兵士達を制する。

「ぐ…なんだ貴様…!?」

「「別に危害は加えない。その怪我人がどうなろうが知ったこっちゃあない。だが、救われた分の対価は払うべきじゃないか?」」

「なんだ化け物…金が欲しいのか…?
うぐッ…!」
「アァ?!」
「ま、まぁ落ち着け…。わかった。今は持ち合わせていないが、今度、真神軍…デビトゥム兵団を訪ねよ。謝礼を払おう…。」

「「ふん。嘘だな。周りの奴らの罪悪感がそう言ってるぞ。」」

「疑り深いな…。ではどうする?こちらも、負傷兵を一刻も早く軍医に見せねばならん…。貴様らとて、せっかく助けたコイツをこんな無駄な時間で悪化させたくはないだろう…?」

「「俺はかまわ
「では証拠に手形を置いていってください。この紙にお願いします。」
ギルトに被せてルナベレッタが言った。

 こうして団長はルナベレッタの言う通り、治療の際大量に血を含んだ布で血判とサインを残してそそくさと帰っていった。


 「非道い人達…心が痛みます…。」
ルナベレッタがポツリともらす。

「「そうか?お前よりマシだぞルナベレッタ。お前はもう少しであの怪我人を殺すところだった。」」
ギルトの発言にぎょっとするルナベレッタ。

「「あの段階で、あの怪我人がもし“自分の足の状態を知ったら”…恐らく正気でいられずそのまま死んでただろう。俺はそれでも良かったが、お前の不用意な発言を遮ったヒポポクラティスが上手かった。」」

言われてルナベレッタは一気に血の気が引き、瞳を震わせた。

「「人間にとって、精神が肉体に及ぼす影響は計り知れない。医者も、兵士達も、その事は重々理解していた。無知なお前と違ってな。」」

ルナベレッタの心からジュクジュクと罪の味が溢れ出す。

「「第一、奴らの仕事は、敵を倒し、損害を少なく生還することだ。医者に金を払うことじゃない。怪我はしたくてしたわけじゃない。その点から見て、奴らの行動には無駄も矛盾も無かった。やや傲りは過ぎるが、お前ほどじゃあない。」」

 ルナベレッタはとうとう涙を流して震え出す。ギルトに罪をうまうまと啜られたあと、ドクターのもとへと戻った。
「カバタレッ!ぼーっとしてんじゃないよッ!木綿布が減っちまったから買ってきなッ!ほい駄賃ッ!
あーまったく痛い出費だッ!医療品だって安くないってのにカバタレめ…」

「あの…ドクター。これ…兵士さんの手形です。これがあれば今回のお金を払っていただけるそうです…。」
ルナベレッタがそう言って渡した手形と袋には、シャラシャラと貨幣が入っていた。

ドクターが問う。
「手形の方はわかったけどこの金はなんだい?」

「あの…今は私のお金を貰ってください。あの人を救ったドクターは何か報われなければ…」

「?…ハァッ??
カバタレねーちゃんッ!そんな金の使い方してたら不幸になるよッ?アンタ医療を学びに来たんだろッ?アタイの手伝いしてりゃそれでいいんだよッ!」

「でも…私…いつまでも無知で…役に立たなくて…」
「ああッ。度胸無いし肉苦手だし優し過ぎるし、どー考えても医者には向いてないねッ!!」
「うにゅう…(´;ω;`)」


「でも成長はしてるさ。ちゃんと反省する。覚えもいい。」

ルナベレッタの瞳が少し輝く…。
ドクターに評価されている部分がある!嬉しい!だから尚更…
「じゃ、じゃあ!服を縫って頂けませんか…!それに対して、お金を払います!」

「カバタレッ!ファッションには興味無いよッ!使えないねとっとと買いに行かんかいッ!!」

(´;ω;`)

あんまりうまくいかないルナベレッタであった。

to be continued? (あと1話だけ…誠意執筆ちぅ´・ω・`;)
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