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はじめまして
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はじめまして
桜が咲いて、葉桜になるにはまだ少し肌寒くなった頃、新しい一年はやってくる。少人数制を誇る我が春ヶ丘高校では入学式に全校生徒を集めるのだが、在校生代表として登壇したのは同じクラスになったはずの彼女だった。シワひとつないシャツをブレザーからチラ見せするその人は壇上のマイクの前でこう、話した。
「桜咲き、天候にも恵まれたこの季節にご入学される皆様、誠におめでとうございます。生徒を代表してお祝い申し上げます。新たな年の始まりである春では沢山の催し物がございます。新入生の皆様は是非楽しんでください。そして後悔のない三年間をお過ごしください。以上、在校生代表、生徒会会長、長月彩菜」
端的で品のいい挨拶に思わず俺も拍手をした。無駄に長い挨拶を振る舞うおじさん達にうんざりしていたからかなり好印象だ。これだけで彼女が生徒会長になった事が納得できる。
教室に戻り、改めて彼女から挨拶がある。と言ってもこれはクラス内での自己紹介で、先ほどの堅苦しさはなくなっている。
「私長月彩菜と言います。この一年間、ぜひ仲良くさていただければと思います。」
と語った。そして
「夢原ここなです。副会長してます、よろしく!」
「浦田静雄です。みんなー!仲良くしてなー!」
「……高橋祐介です。よろしくお願いします」
俺たちはそれぞれ自己紹介をした。俺は静雄の姿勢に若干の裏切られ感を抱きつつも大人しく彼らの自己紹介を聞いていた。長月彩菜、美人だな。うちのクラスどころか学校で一番の美形を持つ彼女はその存在感であらゆる人の視線を惹きつけた。おまけに堅苦しい口調とは違って柔軟に生徒会の方針を決めるから彼女を知らない人も彼女を支持している。
俺とは違う、光に生きる人だ。
「祐介、この後空いてるか?」
静雄が俺に尋ねる。
「空いてるけど……」
「良かった、今日アレの発売日なんだ。付き合ってくれるか?」
彼の追いかけてるアイドルのシングルの発売日だ。俺は彼の行動原理を理解しているので、素直にそれに付き合うことにした。
あいつの上手いプレゼンのお陰で俺までシングルを買ってしまった。やっぱり人前に立つやつは違う。人に与える説得力があるのだ。一頻り彼に感心したところで俺は家路に着いた。何にも起こることは無く穏やかな住宅街だった。しかし、思いの外遅くなってしまったため、普段よりかなり暗い。あいつに連れられてカラオケまで行ってしまったからだ。まあでも、楽しかったが。さあさっさと帰って昨日の動画の続きでも見よう。そう思っていた。
人が倒れている。しかも見たところ重症だ。慌てて駆け寄ると息を吹き返したように俺に声をかけた。
「おい、ここはどこだ!」
「えっ。〇〇3丁目だけど」
少し間をおいてそう言うと、その人は安心したようにため息を吐いた。
「良かった……逃げ切れたみたい」
「あの大丈夫ですか?」
「……」
返事がない。まさか、と思いその人に触れると微かに呼吸の動きを感じ取れた。
「よかった」
気を失ったのだろうか。面倒だがこんなところで放っておくわけにもいかないだろう。俺は彼女を背負って自宅まで歩いた。女の子のやわい肌が背中に触れることなんて気にしていられなかった。なぜならその人は見たところ怪我を負っていて出血しているからだ。なんとか家まで辿り着くと俺は彼女をベッドに寝かせた。服を外して怪我をしている部分に包帯を巻いた。ただ、これは一時的なもので本来なら病院に行くべきなのだろう。打撲や内出血をしているみたいなので湿布でも探そうと思ったその時、彼女は目を覚ました。
「ここは……」
「あっ、気がついた?」
「お前は、誰だ。ここはどこ?」
「俺は祐介。ここは俺の家です。大丈夫ですか?怪我をされていたみたいですけど」
俺がそう言うと少し気持ちを落ち着かせたのか軽く体を起こそうとする。
「ああっ、起きちゃダメですよ。軽症じゃないんですから」
「いや、大丈夫。あの、携帯って持ってる?」
「持ってる。ほら」
スマホを彼女に渡す。すると彼女は電話をかけて誰かに連絡した。ただ電話の内容は全部英語でされていて何を話しているかわからなかった。
「……ありがとう。助けてくれて。もうすぐ仲間が来るから、良ければ一緒に来てくれない?お礼がしたいの」
「別にいいよ。人として当然のことをしただけだし」
「謙虚なのね。でも私を匿うと大変なことになるからやっぱり来てちょうだい。貴方を守る人を見つけないと」
「そんな危ない目に遭ってるんですか?」
「まあね。今回の件で少し巻き込む形になってしまうかもしれないけど、絶対に守りきってみせるから。……おっ、もう来たかな?」
彼女は窓の方に視線を向ける。俺には何も聞こえないが。そしてその後すぐに呼び鈴が鳴る。俺は玄関を開けてスーツ姿の男達を目の当たりにした。
「ボスをお救いくださった方ですね?あの方はどちらにおられますか」
「あっ、えっと。奥の方です」
男達は律儀に靴を脱いでベッドの方に行った。自然に彼女を抱き抱えてしまうと彼らは俺にお辞儀をして外に出た。そして入れ替わるようにスラリとした男性が話しかけてきた。
「ボスの御恩人、この度は本当にありがとうございます。いきなりで申し訳ありませんが、貴方は彼女を庇ったことによって危険に晒される可能性があります。その危険から身を守るために一旦私たちの拠点に来ていただきたいのですが宜しいですか?」
「えっ、」
突然の申し出に驚いた。しかしそれは彼女も同じようなことを言っていたため俺は素直に
「わかりました」
と言った。
黒塗りの車に乗って自宅を離れる。窓から外を見る事ができずどこに向かっているのかわからないが、俺が不安にならないように年の近そうな青年をそばに置いたりして、配慮はされていることがわかる。それに彼女はおそらく一番先に走った車に乗って姿は見えなくなっているだろう。ボス、と言われていたっけ。彼女はいったいどんな人物なのだろうか。
車から降りてみると、こちらに、と言われ案内される。周りの景色はわからない。壁に覆われていて外が見えない。おまけに視線を建物内の機械に向けようとすると声をかけられて逸らすように促される。厳重だ。案内に従って進むと椅子とテーブルのある一際豪華な部屋に案内される。俺は紅茶とお菓子を出されて、しばらく待ってもらうよう頼まれた。彼女は無事だろうか。そんなことを思っているとまた移動を頼まれる。その先にはベッドに横たわる彼女がいた。包帯やら点滴やらを身につけたその人はかなり痛々しく俺の視界に入ってきた。
「おっ、来たわね。おいで」
俺を手招いた。
「いやー怒られちゃった。部下の囮になるボスがあるかって。でも私それくらいしか出来ないもの」
彼女は自分に自信がないのだろうか。
「ふふっ弱気よね。呆れてもいいわ。私も自分に呆れてる。人って一人だとこんなに無力なんだって、また思い知らされた」
「辛いですか」
無言で小さく頷いた。
そう言えばこの人の顔、どこかで見た事がある気がする。黒髪黒目の女性なんてどこでも見るだろうけど、この人はとびきり美人だ。うちのクラスの生徒会長……そうだ、生徒会長にそっくりなんだ。
「あの」
「ボス!御恩人のことについてなのですが……」
誰かが割り込んできた。
「ああ、彼だ。そういえば名前を聞いていなかったな。なんて言うの?」
「高橋祐介」
「高橋祐介……ね。なるほど、私は、そうだな。この組織のボス、アヤよ。でもきっと会うのはこれきり。私と関わらない方がいいわ。貴方が巻き込まれたのは私たちの不手際だから、貴方がこれ以上危険にならないように何とかする」
強い瞳で見つめられる。薄々気がついていた。ここが普通の場所じゃないことくらい。そして巻き込まれる、とはきっと危険なことなのだろう。だからここまで言ってくれるのだ。怪我をしているのは自分で助けたのは俺なのに。
「私についてる護衛を貴方につけさせるわ。あとは私も近くで監視するし……。うん。守ってみせる。だから安心してほしい。今までの生活がなくなることはないわ」
「大丈夫ですよ。そこまで気にしなくても、だってあなたを助けると決めたのは俺ですから」
「ありがとう。優しいのね、祐介は。」
「ボス、例の報告がございますが」
「ああそうか。なら祐介くん、ここでお別れだ。お家に帰ってゆっくり休むといい」
そう言われてまた車に乗せられた。車に乗ると俺は溜まった疲れが瞼を閉ざしてきて、その流れで眠ってしまった。目を覚ますと見慣れたアパートが朝日に照らされてぼんやりと視界に映っていた。部屋に戻るように伝えられる。部屋に着くと俺は黒スーツの男達に頭を下げられて戸惑った。しかし彼らはすぐに立ち去ってしまった。……これは夢だったのだろうか。
春ヶ丘高校の屋上は誰でも入れる場所だ。この学校の屋上から飛び降りた人間は一人もいないしそもそも降りられない。ここから下を見下ろすと門の鋭い棘が見えて足がすくむようになっている。柵だって俺たちの二倍の高さはある。ここは人が死ぬには相応しくない。教室に居場所がないとき、俺はここに来る。風が俺を慰めてくれるから。だけど今日は風だけじゃない。友人の静雄がいるんだ。彼は持ち前の明るさと陽気さで人々を惹きつけているが元々は俺と同じ影者だ。それがこうなったのはとあるアニメがきっかけらしい。素晴らしいオタク精神だろう。俺はこの間の夢を話すまでもなく、くだらない話をしていた。
「はあ、退屈だなあ。高校ってもっと楽しいもんだと思ってたよ」
俺はまた吐き出した。
「ま、二次元みたくならねえよな。でもお前もう少し愛想良くしねえと構ってもらえなくなるぞ」
静雄が答える。
「なんだよお、お前まで。お前はいいよなああいつらと仲良く出来て」
「お前もできるって。優しいし気遣いは出来るし。あいつら、お前が思ってるよりも冷たくねえよ」
「そんなわけないって」
「ホントだよ。話してみな」
「無駄無駄。俺みたいな日陰者のことをきっとあいつら見下してるぜ」
「……ま、お前がそれでいいならいいけどさ。そろそろ行くわ。」
「え?授業まだでしょ」
「ああ。だが次美術だろ。準備しないと」
「あっ!」
俺は慌てて屋上の扉を出た。その時一瞬だけ見えた。それはツインテールの女の子で、同じクラスの子だったはず。でも幻かもしれない。だってもうそこには居ないから。気のせいだった、と思おう。
授業の教室に行くとあの長月彩菜がいた。珍しい、眠っているみたいだ。周りはたくさんの人が喋っていて騒がしいのに。俺の席は彼女の近くだったから、そっと起こしてみることにした。チャイムも鳴っているし問題ないだろう。
「長月さん、授業始まるよ……?」
静かに声をかける。反応はない。
「チャイム鳴っちゃったし、起きないと」
寝息が聞こえる。これはまずい。先生にもバレてる気がする。どうしたらいいんだろう。
俺が右往左往していると俺の正面に座っていた夢原が長月さんの耳を引っ張った。
「いったあ!」
跳ねるように彼女は起きた。
「おはよう、会長。授業始まってる」
「へっ!?あっ……」
周りの状況に気付いたのか彼女は顔を赤くしてしまった。
「ご、ごめんなさい」
周囲は笑いに包まれた。完璧に見える彼女の抜けた部分。人には誰でも面には見えない姿がある。それは見かけよりも明るく綺麗に見える時もあるし、汚く脆くなっているように見えることもある。だけどその姿を見せることは今の世の中において自殺行為なのだ。自分がどう見えるかが価値になる世界で自分の裏側をどこで出すか、どうやって現すかが大事になる。そしてそれを受け入れてもらった時はじめて自分は全てを受け入れられた、と言える。そんな存在に俺はなれるのだろうか。
桜が咲いて、葉桜になるにはまだ少し肌寒くなった頃、新しい一年はやってくる。少人数制を誇る我が春ヶ丘高校では入学式に全校生徒を集めるのだが、在校生代表として登壇したのは同じクラスになったはずの彼女だった。シワひとつないシャツをブレザーからチラ見せするその人は壇上のマイクの前でこう、話した。
「桜咲き、天候にも恵まれたこの季節にご入学される皆様、誠におめでとうございます。生徒を代表してお祝い申し上げます。新たな年の始まりである春では沢山の催し物がございます。新入生の皆様は是非楽しんでください。そして後悔のない三年間をお過ごしください。以上、在校生代表、生徒会会長、長月彩菜」
端的で品のいい挨拶に思わず俺も拍手をした。無駄に長い挨拶を振る舞うおじさん達にうんざりしていたからかなり好印象だ。これだけで彼女が生徒会長になった事が納得できる。
教室に戻り、改めて彼女から挨拶がある。と言ってもこれはクラス内での自己紹介で、先ほどの堅苦しさはなくなっている。
「私長月彩菜と言います。この一年間、ぜひ仲良くさていただければと思います。」
と語った。そして
「夢原ここなです。副会長してます、よろしく!」
「浦田静雄です。みんなー!仲良くしてなー!」
「……高橋祐介です。よろしくお願いします」
俺たちはそれぞれ自己紹介をした。俺は静雄の姿勢に若干の裏切られ感を抱きつつも大人しく彼らの自己紹介を聞いていた。長月彩菜、美人だな。うちのクラスどころか学校で一番の美形を持つ彼女はその存在感であらゆる人の視線を惹きつけた。おまけに堅苦しい口調とは違って柔軟に生徒会の方針を決めるから彼女を知らない人も彼女を支持している。
俺とは違う、光に生きる人だ。
「祐介、この後空いてるか?」
静雄が俺に尋ねる。
「空いてるけど……」
「良かった、今日アレの発売日なんだ。付き合ってくれるか?」
彼の追いかけてるアイドルのシングルの発売日だ。俺は彼の行動原理を理解しているので、素直にそれに付き合うことにした。
あいつの上手いプレゼンのお陰で俺までシングルを買ってしまった。やっぱり人前に立つやつは違う。人に与える説得力があるのだ。一頻り彼に感心したところで俺は家路に着いた。何にも起こることは無く穏やかな住宅街だった。しかし、思いの外遅くなってしまったため、普段よりかなり暗い。あいつに連れられてカラオケまで行ってしまったからだ。まあでも、楽しかったが。さあさっさと帰って昨日の動画の続きでも見よう。そう思っていた。
人が倒れている。しかも見たところ重症だ。慌てて駆け寄ると息を吹き返したように俺に声をかけた。
「おい、ここはどこだ!」
「えっ。〇〇3丁目だけど」
少し間をおいてそう言うと、その人は安心したようにため息を吐いた。
「良かった……逃げ切れたみたい」
「あの大丈夫ですか?」
「……」
返事がない。まさか、と思いその人に触れると微かに呼吸の動きを感じ取れた。
「よかった」
気を失ったのだろうか。面倒だがこんなところで放っておくわけにもいかないだろう。俺は彼女を背負って自宅まで歩いた。女の子のやわい肌が背中に触れることなんて気にしていられなかった。なぜならその人は見たところ怪我を負っていて出血しているからだ。なんとか家まで辿り着くと俺は彼女をベッドに寝かせた。服を外して怪我をしている部分に包帯を巻いた。ただ、これは一時的なもので本来なら病院に行くべきなのだろう。打撲や内出血をしているみたいなので湿布でも探そうと思ったその時、彼女は目を覚ました。
「ここは……」
「あっ、気がついた?」
「お前は、誰だ。ここはどこ?」
「俺は祐介。ここは俺の家です。大丈夫ですか?怪我をされていたみたいですけど」
俺がそう言うと少し気持ちを落ち着かせたのか軽く体を起こそうとする。
「ああっ、起きちゃダメですよ。軽症じゃないんですから」
「いや、大丈夫。あの、携帯って持ってる?」
「持ってる。ほら」
スマホを彼女に渡す。すると彼女は電話をかけて誰かに連絡した。ただ電話の内容は全部英語でされていて何を話しているかわからなかった。
「……ありがとう。助けてくれて。もうすぐ仲間が来るから、良ければ一緒に来てくれない?お礼がしたいの」
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「謙虚なのね。でも私を匿うと大変なことになるからやっぱり来てちょうだい。貴方を守る人を見つけないと」
「そんな危ない目に遭ってるんですか?」
「まあね。今回の件で少し巻き込む形になってしまうかもしれないけど、絶対に守りきってみせるから。……おっ、もう来たかな?」
彼女は窓の方に視線を向ける。俺には何も聞こえないが。そしてその後すぐに呼び鈴が鳴る。俺は玄関を開けてスーツ姿の男達を目の当たりにした。
「ボスをお救いくださった方ですね?あの方はどちらにおられますか」
「あっ、えっと。奥の方です」
男達は律儀に靴を脱いでベッドの方に行った。自然に彼女を抱き抱えてしまうと彼らは俺にお辞儀をして外に出た。そして入れ替わるようにスラリとした男性が話しかけてきた。
「ボスの御恩人、この度は本当にありがとうございます。いきなりで申し訳ありませんが、貴方は彼女を庇ったことによって危険に晒される可能性があります。その危険から身を守るために一旦私たちの拠点に来ていただきたいのですが宜しいですか?」
「えっ、」
突然の申し出に驚いた。しかしそれは彼女も同じようなことを言っていたため俺は素直に
「わかりました」
と言った。
黒塗りの車に乗って自宅を離れる。窓から外を見る事ができずどこに向かっているのかわからないが、俺が不安にならないように年の近そうな青年をそばに置いたりして、配慮はされていることがわかる。それに彼女はおそらく一番先に走った車に乗って姿は見えなくなっているだろう。ボス、と言われていたっけ。彼女はいったいどんな人物なのだろうか。
車から降りてみると、こちらに、と言われ案内される。周りの景色はわからない。壁に覆われていて外が見えない。おまけに視線を建物内の機械に向けようとすると声をかけられて逸らすように促される。厳重だ。案内に従って進むと椅子とテーブルのある一際豪華な部屋に案内される。俺は紅茶とお菓子を出されて、しばらく待ってもらうよう頼まれた。彼女は無事だろうか。そんなことを思っているとまた移動を頼まれる。その先にはベッドに横たわる彼女がいた。包帯やら点滴やらを身につけたその人はかなり痛々しく俺の視界に入ってきた。
「おっ、来たわね。おいで」
俺を手招いた。
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「辛いですか」
無言で小さく頷いた。
そう言えばこの人の顔、どこかで見た事がある気がする。黒髪黒目の女性なんてどこでも見るだろうけど、この人はとびきり美人だ。うちのクラスの生徒会長……そうだ、生徒会長にそっくりなんだ。
「あの」
「ボス!御恩人のことについてなのですが……」
誰かが割り込んできた。
「ああ、彼だ。そういえば名前を聞いていなかったな。なんて言うの?」
「高橋祐介」
「高橋祐介……ね。なるほど、私は、そうだな。この組織のボス、アヤよ。でもきっと会うのはこれきり。私と関わらない方がいいわ。貴方が巻き込まれたのは私たちの不手際だから、貴方がこれ以上危険にならないように何とかする」
強い瞳で見つめられる。薄々気がついていた。ここが普通の場所じゃないことくらい。そして巻き込まれる、とはきっと危険なことなのだろう。だからここまで言ってくれるのだ。怪我をしているのは自分で助けたのは俺なのに。
「私についてる護衛を貴方につけさせるわ。あとは私も近くで監視するし……。うん。守ってみせる。だから安心してほしい。今までの生活がなくなることはないわ」
「大丈夫ですよ。そこまで気にしなくても、だってあなたを助けると決めたのは俺ですから」
「ありがとう。優しいのね、祐介は。」
「ボス、例の報告がございますが」
「ああそうか。なら祐介くん、ここでお別れだ。お家に帰ってゆっくり休むといい」
そう言われてまた車に乗せられた。車に乗ると俺は溜まった疲れが瞼を閉ざしてきて、その流れで眠ってしまった。目を覚ますと見慣れたアパートが朝日に照らされてぼんやりと視界に映っていた。部屋に戻るように伝えられる。部屋に着くと俺は黒スーツの男達に頭を下げられて戸惑った。しかし彼らはすぐに立ち去ってしまった。……これは夢だったのだろうか。
春ヶ丘高校の屋上は誰でも入れる場所だ。この学校の屋上から飛び降りた人間は一人もいないしそもそも降りられない。ここから下を見下ろすと門の鋭い棘が見えて足がすくむようになっている。柵だって俺たちの二倍の高さはある。ここは人が死ぬには相応しくない。教室に居場所がないとき、俺はここに来る。風が俺を慰めてくれるから。だけど今日は風だけじゃない。友人の静雄がいるんだ。彼は持ち前の明るさと陽気さで人々を惹きつけているが元々は俺と同じ影者だ。それがこうなったのはとあるアニメがきっかけらしい。素晴らしいオタク精神だろう。俺はこの間の夢を話すまでもなく、くだらない話をしていた。
「はあ、退屈だなあ。高校ってもっと楽しいもんだと思ってたよ」
俺はまた吐き出した。
「ま、二次元みたくならねえよな。でもお前もう少し愛想良くしねえと構ってもらえなくなるぞ」
静雄が答える。
「なんだよお、お前まで。お前はいいよなああいつらと仲良く出来て」
「お前もできるって。優しいし気遣いは出来るし。あいつら、お前が思ってるよりも冷たくねえよ」
「そんなわけないって」
「ホントだよ。話してみな」
「無駄無駄。俺みたいな日陰者のことをきっとあいつら見下してるぜ」
「……ま、お前がそれでいいならいいけどさ。そろそろ行くわ。」
「え?授業まだでしょ」
「ああ。だが次美術だろ。準備しないと」
「あっ!」
俺は慌てて屋上の扉を出た。その時一瞬だけ見えた。それはツインテールの女の子で、同じクラスの子だったはず。でも幻かもしれない。だってもうそこには居ないから。気のせいだった、と思おう。
授業の教室に行くとあの長月彩菜がいた。珍しい、眠っているみたいだ。周りはたくさんの人が喋っていて騒がしいのに。俺の席は彼女の近くだったから、そっと起こしてみることにした。チャイムも鳴っているし問題ないだろう。
「長月さん、授業始まるよ……?」
静かに声をかける。反応はない。
「チャイム鳴っちゃったし、起きないと」
寝息が聞こえる。これはまずい。先生にもバレてる気がする。どうしたらいいんだろう。
俺が右往左往していると俺の正面に座っていた夢原が長月さんの耳を引っ張った。
「いったあ!」
跳ねるように彼女は起きた。
「おはよう、会長。授業始まってる」
「へっ!?あっ……」
周りの状況に気付いたのか彼女は顔を赤くしてしまった。
「ご、ごめんなさい」
周囲は笑いに包まれた。完璧に見える彼女の抜けた部分。人には誰でも面には見えない姿がある。それは見かけよりも明るく綺麗に見える時もあるし、汚く脆くなっているように見えることもある。だけどその姿を見せることは今の世の中において自殺行為なのだ。自分がどう見えるかが価値になる世界で自分の裏側をどこで出すか、どうやって現すかが大事になる。そしてそれを受け入れてもらった時はじめて自分は全てを受け入れられた、と言える。そんな存在に俺はなれるのだろうか。
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