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守りたいものがある
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慌てて駆け寄ると、王太子は隣の椅子をレオニーに勧めた。
言われるがまま腰掛けながら、レオニーは目を白黒させた。
「王太子殿下、どうしてこちらへ?」
「若い人達で盛り上がっているらしいと小耳に挟んでね。聞けば主宰者はリュカじゃないか。友人の僕を招待しないとは、彼にも困ったものだ。だからこちらから勝手に遊びに来てしまったよ」
確かに王太子も今日集まっている面々と同世代ではある。が、一貴族が、ましてやまだ何の地位も持たないリュカが、王太子を自邸に招待などできるわけがない。
わかっていて言っているのだろう、王太子はくくっと楽しそうに声を上げて笑った。
「たまにこんな格好で人目を忍んで街に出ることがあるんだ」
見れば王太子は、普段の姿からは考えられないような、男爵か子爵位の者が着るような簡素な衣装を身にまとっている。いつもの金髪は何で染めたのか、暗い緑色に変わっている。
確かに遠目には普通の若い貴族男性に見える。しかし近くで見ればどう見ても王太子その人だ。
「よく似合ってるだろう?」
「ええ、お似合いです……」
得意げに胸を張る王太子に、レオニーはそう返すしかなかった。
「それはそうと、せっかく来たついでにレオニーに伝えたいことがあってね」
「私にですか?」
「ああ。今度王宮で納涼祭と称した夜会がある。そこにぜひとも出席してほしい」
真夏に行われる王宮の舞踏会は、窓を全て開放したオープンエリアで、とても盛大に行われるという。
「会の締めくくりとして王宮の庭から花火が打ち上げられる。1年がかりで用意された特別なものだ。それを君と一緒に見たい」
「そんな……勿体ないお言葉です」
「僕が個人的に君に興味がある、と言ったら?」
レオニーを見つめる王太子の目がきらりと妖しく光り輝いた。
そこへ割って入る声があった。
「恐れながら」
それまでブランシュの隣でことの成り行きを見守っていたマティアスだ。
「衆目に触れるような場所で、そのような発言はいかがかと」
見ると、王太子の存在に気づき始めた人達が少しずつ騒ぎ始めていた。
「忠告ありがとう」
一介の青年に進言されたにも関わらず、王太子は悠然としたまま微笑んだ。
「これで失礼するとしよう。レオニー、ではまた」
固まってしまったレオニーの肩にそっと手を置くと、王太子は颯爽とその場を後にした。
後に残された3人は呆然とその後ろ姿を見送る。
一番最初に我にかえったのはブランシュだった。
「あーびっくりした。まさか王太子殿下がこんな場所にいらっしゃるなんて。驚きすぎて声も出せなかったわ。レオニー……大丈夫?」
「ええ……」
レオニーはまだ自分に起こったことが理解できないでいる。
(なぜ殿下が私を? しかも殿下の方からわざわざこちらに出向いてまで……)
「何だったのかしら? 嫌がらせ? 私そんなに失礼なことしたのかしら?」
「そんなわけないでしょう。失礼って言ったらマティアスの方がよっぽど失礼だったわ。よくあんな堂々と発言できたわね。正式な場だったら断罪されるわよ」
「いやつい。我慢できなかった。それよりレオニーどうするんだ? 行くのか?」
マティアスの真剣な瞳に射抜かれてレオニーは口籠った。すかさずブランシュが声を上げる。
「どうするも何も、殿下から直々にお誘いいただいて無視するわけにはいかないでしょう。そのうち正式な招待状が届くはずよ」
「そんな……」
(どうしよう、何だか大変なことになってきちゃった……)
何故だか王太子に興味持たれているらしい。
とても光栄なことだけれど、何も身に覚えがないのだから不思議だ。いっそ怖いくらいである。
震える手をぎゅっと握りしめ、レオニーは俯いた。
「だったら俺が一緒に行く」
黙り込んだレオニーを見かねて、マティアスが静かに呟いた。
「俺がずっとそばにいて、レオニーを守る」
(え……?)
「それが良いわね。もし何か危ない目に遭いそうになったら、マティアスを盾にして逃げれば良いのよ」
隣のブランシュも良い考えだと大きく頷いた。
「そんなこと……良いの?」
「全然問題ないわ。少しくらい怪我したって、レオニーが怪我するよりはずっと良いでしょ。そんなもの名誉の負傷よ。問題なし」
「何でお前が勝手に乗り気なんだ」
やいのやいの言い合うブランシュとマティアスを、レオニーは交互に見比べた。
親切なマティアス。
優しいブランシュ。
2人はレオニーの気持ちを知らない。
(だからって、人の婚約者を借りるような、そんなこと……)
戸惑い言い淀むレオニーに、ブランシュが満面の笑みで詰め寄った。
「遠慮することないのよレオニー。困った時は助け合わないと。私達友達でしょ?」
若干不服そうながら、マティアスもうんうんと頷いた。
そのまま2人に押し切られる形で、当日は会場の入り口でマティアスと待ち合わせすることになった。
(何でこんなことに……)
家に帰るなり、レオニーは侍女のクロエに泣きついた。要領を得ないながらも必死に話す主人の言葉をすべて聞いてから、クロエも難しい顔をした。
「もしかしたら……」
珍しくクロエが言葉に詰まっている。
「何? 遠慮なく言ってみて」
「いえ、私の考えすぎだったら良いのですが……もしかしたら王太子殿下はお嬢様を妃に、とお考えなのでは」
「ええ、そんなまさか」
「けれど、殿下自らが女性の元に直接足を運ぶなど、今まで一度も聞いたことがございません」
「それは確かにそうだけど、いくら何でも考えすぎよ」
王太子とレオニーが会ったのは、初めて王宮に招待された日と今日の2回だけ。
(それだけで結婚まで考えるなんて、有り得ないわ)
当たり障りない会話をしただけで、王太子を喜ばせるようなことは何もしていない。
「もしクロエの考えた通りだったとしたら、まず私より先にお父様に連絡がいくはずよ」
貴族の結婚は、恋愛結婚でもまず親同士で話し合いが行われ、のちに本人達に正式に通知されるのが一般的だ。
「お嬢様の仰る通りです。ですから私もどうかとは思ったのですが……殿下はことを強引に進めるおつもりかもしれません」
「どういうこと?」
「夜会という公の場で、お嬢様に求婚してしまえば既成事実を作ったも同じです」
レオニーははっとした。
(クロエの言う通りだわ)
父を通してきた話なら、やんわり理由をつけて断ることもできなくはない。けれど衆人監視の元で直接求婚されれば、レオニーの立場で断ることなど不可能だ。レオニー自身だけではなくホワイト家の存続に関わる。
何がどうして王太子に気に入られたのかはさっぱりわからないが、今日の王太子の不可解な行動を思い返すと、求婚されるかも、という話は一理あった。
「私まだ結婚なんて無理。考えられないわ」
いずれ誰かと結婚しなければいけないことはわかっている。
マティアスを忘れなければいけないことも。
でも今はまだ無理だ。すぐに割り切ることなんてできない。もう少しの間このまま、友人として近くにいたい。いつか自然に、この気持ちを捨てようと思えるようになるまで。
「そうだマティアス。当日一緒にいてくれるって、約束しちゃったのよ」
「それは危険かもしれませんね」
クロエの表情がますます険しくなった。
「万が一マティアス様が、お嬢様と王太子殿下の間に割って入るようなことがあれば、どんなお咎めがあるか」
レオニーは昼間のことを思い出した。
王太子の言葉を遮ってまで、レオニーを助けようとしてくれたマティアス。
「マティアスを止めなきゃ……」
マティアスは政務官候補と噂されるほど優秀な青年だ。しかし公の場で王太子と一悶着あったとなれば、間違いなくその道は潰える。
(マティアスの将来を、私なんかのために台無しにさせるわけにはいかない)
そう思った途端、レオニーの頭の中は霧が晴れたかのようにさっとひらけフル回転を始めた。
レオニーが王太子と接触すれば、マティアスはきっと今日のように庇おうとしてくれる。それは避けなければ。
しかし王太子に直接お誘いいただいた以上、レオニーが行かないというわけにはいかない。
(考えるのよレオニー。どうしたらマティアスを守れるか)
必死に考えを巡らせながら、レオニーは窓の外を見やった。視界に入ってきたのは、小さな温室。
「クロエ」
レオニーに名前を呼ばれると同時にクロエはさっと踵を返した。
「連れてまいります」
そうして連れてこられたのは、件の魔法使いである。
「どうした、もう薬が切れたか?」
「ジェラルド。貴方、私のためなら何でもしてくれるって言ったわよね? あれってまだ有効?」
「別に1つだけとは言ってないからな。願いがあるならこの際2つでも3つでも叶えてやろう」
「ありがとう」
「で、今度は何がしたいんだ」
ジェラルドの訝しむような声音に、レオニーはにっこりと美しい微笑みを浮かべた。
言われるがまま腰掛けながら、レオニーは目を白黒させた。
「王太子殿下、どうしてこちらへ?」
「若い人達で盛り上がっているらしいと小耳に挟んでね。聞けば主宰者はリュカじゃないか。友人の僕を招待しないとは、彼にも困ったものだ。だからこちらから勝手に遊びに来てしまったよ」
確かに王太子も今日集まっている面々と同世代ではある。が、一貴族が、ましてやまだ何の地位も持たないリュカが、王太子を自邸に招待などできるわけがない。
わかっていて言っているのだろう、王太子はくくっと楽しそうに声を上げて笑った。
「たまにこんな格好で人目を忍んで街に出ることがあるんだ」
見れば王太子は、普段の姿からは考えられないような、男爵か子爵位の者が着るような簡素な衣装を身にまとっている。いつもの金髪は何で染めたのか、暗い緑色に変わっている。
確かに遠目には普通の若い貴族男性に見える。しかし近くで見ればどう見ても王太子その人だ。
「よく似合ってるだろう?」
「ええ、お似合いです……」
得意げに胸を張る王太子に、レオニーはそう返すしかなかった。
「それはそうと、せっかく来たついでにレオニーに伝えたいことがあってね」
「私にですか?」
「ああ。今度王宮で納涼祭と称した夜会がある。そこにぜひとも出席してほしい」
真夏に行われる王宮の舞踏会は、窓を全て開放したオープンエリアで、とても盛大に行われるという。
「会の締めくくりとして王宮の庭から花火が打ち上げられる。1年がかりで用意された特別なものだ。それを君と一緒に見たい」
「そんな……勿体ないお言葉です」
「僕が個人的に君に興味がある、と言ったら?」
レオニーを見つめる王太子の目がきらりと妖しく光り輝いた。
そこへ割って入る声があった。
「恐れながら」
それまでブランシュの隣でことの成り行きを見守っていたマティアスだ。
「衆目に触れるような場所で、そのような発言はいかがかと」
見ると、王太子の存在に気づき始めた人達が少しずつ騒ぎ始めていた。
「忠告ありがとう」
一介の青年に進言されたにも関わらず、王太子は悠然としたまま微笑んだ。
「これで失礼するとしよう。レオニー、ではまた」
固まってしまったレオニーの肩にそっと手を置くと、王太子は颯爽とその場を後にした。
後に残された3人は呆然とその後ろ姿を見送る。
一番最初に我にかえったのはブランシュだった。
「あーびっくりした。まさか王太子殿下がこんな場所にいらっしゃるなんて。驚きすぎて声も出せなかったわ。レオニー……大丈夫?」
「ええ……」
レオニーはまだ自分に起こったことが理解できないでいる。
(なぜ殿下が私を? しかも殿下の方からわざわざこちらに出向いてまで……)
「何だったのかしら? 嫌がらせ? 私そんなに失礼なことしたのかしら?」
「そんなわけないでしょう。失礼って言ったらマティアスの方がよっぽど失礼だったわ。よくあんな堂々と発言できたわね。正式な場だったら断罪されるわよ」
「いやつい。我慢できなかった。それよりレオニーどうするんだ? 行くのか?」
マティアスの真剣な瞳に射抜かれてレオニーは口籠った。すかさずブランシュが声を上げる。
「どうするも何も、殿下から直々にお誘いいただいて無視するわけにはいかないでしょう。そのうち正式な招待状が届くはずよ」
「そんな……」
(どうしよう、何だか大変なことになってきちゃった……)
何故だか王太子に興味持たれているらしい。
とても光栄なことだけれど、何も身に覚えがないのだから不思議だ。いっそ怖いくらいである。
震える手をぎゅっと握りしめ、レオニーは俯いた。
「だったら俺が一緒に行く」
黙り込んだレオニーを見かねて、マティアスが静かに呟いた。
「俺がずっとそばにいて、レオニーを守る」
(え……?)
「それが良いわね。もし何か危ない目に遭いそうになったら、マティアスを盾にして逃げれば良いのよ」
隣のブランシュも良い考えだと大きく頷いた。
「そんなこと……良いの?」
「全然問題ないわ。少しくらい怪我したって、レオニーが怪我するよりはずっと良いでしょ。そんなもの名誉の負傷よ。問題なし」
「何でお前が勝手に乗り気なんだ」
やいのやいの言い合うブランシュとマティアスを、レオニーは交互に見比べた。
親切なマティアス。
優しいブランシュ。
2人はレオニーの気持ちを知らない。
(だからって、人の婚約者を借りるような、そんなこと……)
戸惑い言い淀むレオニーに、ブランシュが満面の笑みで詰め寄った。
「遠慮することないのよレオニー。困った時は助け合わないと。私達友達でしょ?」
若干不服そうながら、マティアスもうんうんと頷いた。
そのまま2人に押し切られる形で、当日は会場の入り口でマティアスと待ち合わせすることになった。
(何でこんなことに……)
家に帰るなり、レオニーは侍女のクロエに泣きついた。要領を得ないながらも必死に話す主人の言葉をすべて聞いてから、クロエも難しい顔をした。
「もしかしたら……」
珍しくクロエが言葉に詰まっている。
「何? 遠慮なく言ってみて」
「いえ、私の考えすぎだったら良いのですが……もしかしたら王太子殿下はお嬢様を妃に、とお考えなのでは」
「ええ、そんなまさか」
「けれど、殿下自らが女性の元に直接足を運ぶなど、今まで一度も聞いたことがございません」
「それは確かにそうだけど、いくら何でも考えすぎよ」
王太子とレオニーが会ったのは、初めて王宮に招待された日と今日の2回だけ。
(それだけで結婚まで考えるなんて、有り得ないわ)
当たり障りない会話をしただけで、王太子を喜ばせるようなことは何もしていない。
「もしクロエの考えた通りだったとしたら、まず私より先にお父様に連絡がいくはずよ」
貴族の結婚は、恋愛結婚でもまず親同士で話し合いが行われ、のちに本人達に正式に通知されるのが一般的だ。
「お嬢様の仰る通りです。ですから私もどうかとは思ったのですが……殿下はことを強引に進めるおつもりかもしれません」
「どういうこと?」
「夜会という公の場で、お嬢様に求婚してしまえば既成事実を作ったも同じです」
レオニーははっとした。
(クロエの言う通りだわ)
父を通してきた話なら、やんわり理由をつけて断ることもできなくはない。けれど衆人監視の元で直接求婚されれば、レオニーの立場で断ることなど不可能だ。レオニー自身だけではなくホワイト家の存続に関わる。
何がどうして王太子に気に入られたのかはさっぱりわからないが、今日の王太子の不可解な行動を思い返すと、求婚されるかも、という話は一理あった。
「私まだ結婚なんて無理。考えられないわ」
いずれ誰かと結婚しなければいけないことはわかっている。
マティアスを忘れなければいけないことも。
でも今はまだ無理だ。すぐに割り切ることなんてできない。もう少しの間このまま、友人として近くにいたい。いつか自然に、この気持ちを捨てようと思えるようになるまで。
「そうだマティアス。当日一緒にいてくれるって、約束しちゃったのよ」
「それは危険かもしれませんね」
クロエの表情がますます険しくなった。
「万が一マティアス様が、お嬢様と王太子殿下の間に割って入るようなことがあれば、どんなお咎めがあるか」
レオニーは昼間のことを思い出した。
王太子の言葉を遮ってまで、レオニーを助けようとしてくれたマティアス。
「マティアスを止めなきゃ……」
マティアスは政務官候補と噂されるほど優秀な青年だ。しかし公の場で王太子と一悶着あったとなれば、間違いなくその道は潰える。
(マティアスの将来を、私なんかのために台無しにさせるわけにはいかない)
そう思った途端、レオニーの頭の中は霧が晴れたかのようにさっとひらけフル回転を始めた。
レオニーが王太子と接触すれば、マティアスはきっと今日のように庇おうとしてくれる。それは避けなければ。
しかし王太子に直接お誘いいただいた以上、レオニーが行かないというわけにはいかない。
(考えるのよレオニー。どうしたらマティアスを守れるか)
必死に考えを巡らせながら、レオニーは窓の外を見やった。視界に入ってきたのは、小さな温室。
「クロエ」
レオニーに名前を呼ばれると同時にクロエはさっと踵を返した。
「連れてまいります」
そうして連れてこられたのは、件の魔法使いである。
「どうした、もう薬が切れたか?」
「ジェラルド。貴方、私のためなら何でもしてくれるって言ったわよね? あれってまだ有効?」
「別に1つだけとは言ってないからな。願いがあるならこの際2つでも3つでも叶えてやろう」
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