目指すは婚約破棄!〜冷徹王子と天然王女の色恋戦記〜

Futaba

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王家の謎

29. 王室の綻び 〜リーゼロッテ〜

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 殿下が戻られ、夜がすっかり明けてしまっても、私はぼうっとしたままベッドから起きる気になれないでいた。

(殿下はもしかして私のことを……?)

 いえ、そんなことがあるはずがない。地上を忌み嫌い政略結婚を嫌がっているはずの殿下が。きっと私の勘違いだ。

(いいえでも……)

 ぐるぐると何度も同じ考えが頭の中を駆け巡る。いつの間にか朝食の時間になっていたようで、ちっとも起きてこない私を気遣い、ユリウスがフルーツの盛り合わせを取り寄せて運んできてくれた。

「これならリゼ様も食べられますよね。今日はここでお召し上がりください」
「ありがとう」

 てきぱきとベッドの横にテーブルをつけて準備してくれるユリウスに、今日は甘えることにした。



 結果的にはそれがいけなかった。
 朝食の席に姿を現さなかった私を心配して、国王ご夫妻が直々に私の部屋までお見舞いにお越し下さることになったのだ。

「こ、こりゃ大変だー! 大掃除してゴミ捨てして、それから……」
「ととととと、とりあえずあの額縁は外そう」

 アンナとユリウスはテンションが振り切れておかしなことになっている。ばったんばったんと埃を巻き上げながら室内を改装する勢いで動き回り、ようやく片付いたところで、タイミングを見計ったかのように扉をノックする音がした。

「はい、ただ今!」

 すっと立ち上がったユリウスが、まだ開けてもいない扉に向かって敬礼する。何故かアンナもそれに倣い敬礼姿勢をとっている。

「ユリウス」

 声を押し殺し呼びかけると、ユリウスは慌てて扉に手をかけた。

「やあリーゼロッテ、体調はどうかね」
「ロッテちゃん無理しないで、寝てて良いのよ」

 にこにこと朗らかな笑みを浮かべた国王陛下と妃殿下に、私もにっこりと笑みを返した。

「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」

 まだ多少ふわふわする感じはあるけれど、国王ご夫妻をベッドに寝たままお迎えするわけにはいかない。私はリビングの応接セットにお二人を招き、自分も一人掛けソファに腰掛けた。

「ヴィンから報告を聞いた時にはひどく心配したものだが、思ったより元気そうで安心したよ」

 白髪混じりの髭を撫で付けながら、陛下は満足そうに微笑んだ。その隣で妃殿下も大きく頷いている。

「この際だから、リーゼロッテとはちゃんと話をしておこうと思ってな。うちの愚息はどうだ。何か酷いことをされたりしていないか」

 何気ない会話を装いながら、陛下の瞳には強い光が混じっていた。威圧的にも感じられるような力強い意志の漲った瞳。オリバー様とタイプは違えど、この方もまた立派な国王だ。

「いえ……殿下はとてもお優しい方だと存じております」

 これは私の本音だ。
 今朝お会いした殿下は雰囲気がとても柔らかくて、優しかった。

「そうか、それなら良いんだが」
「ほら、貴方の心配しすぎよ」

 もごもごと言葉を濁す陛下と、それをせっつく妃殿下。私は不思議に思い首を傾げた。

「何かございましたか」
「聞いてロッテちゃん、この人は二人が実は結婚を嫌がってるんじゃないかって心配をしてるのよ。二人が一緒にいるところを見たって人があまりいないもんだから、本当は仲が悪いんじゃないかって」
「いや……私がオリバー殿と意気投合し関係を深めたいばかりに、ヴィンとリーゼロッテには結果的に政略結婚のような婚姻を強いる形になってしまったからな。しかし二人に不満があるなら、このままにはしておけない」

 一時期はディルクの噂もあったしな、と小さく呟く陛下に、身も縮む思いがした。

(まさかあの噂が陛下にまで伝わっているなんて)

 人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。そんな噂何ともないと高を括っていたけれど、これからは気を付けよう。

「お気遣いありがとうございます。でも私は、殿下に対して何の不満もございません。本当に良くしていただいております」

 にっこりと微笑めば、嬉しそうに目を細めた妃殿下が、体を乗り出し私の手をぎゅっと強く握った。

「良かったわ。ロッテちゃんのような可愛い女の子がヴィンのお嫁さんになってくれて。きっとびっくりするくらい綺麗な顔の赤ちゃんが生まれるわね」
「赤ちゃ……?」
「おい、それは気が早すぎるだろう」

 妃殿下を諫める陛下の声をどこか遠くに感じながら、ようやく言葉の意味を理解して、身体中の熱が顔に集中する。

(いやいやそんな、まあたしかに結婚って、そういうことだけど、でも)

 初めてこんな直接的な言葉で指摘されて、動揺せずにはいられなかった。

「ともかく、だ」

 陛下の咳払いで場の空気がさっと元に戻った。

「私が決めたことだが、二人に無理に結婚を強いるつもりはない。嫌なら嫌だとはっきり言ってくれて構わない」

 優しさと厳しさが混在する深い眼差し。見た目と言いその言動と言い、今朝方の殿下とよく似ている。やっぱり親子なんだなあと自然に笑みが零れた。

「嫌だなんて、そんな……私を選んでいただき光栄です」

 本気で婚約破棄を望むのなら、ここで嫌だと主張するのもありだったのかな。そうすれば、この穏やかで優しい国王陛下は事を荒立てずに話を進めてくれたかもしれない。
 頭の片隅でそんなことを考えつつも、やんわりと否定した。今この場で殿下との繋がりがなくなってしまうのは嫌だ、と直感的に思ってしまった。
 殿下から直接婚約破棄を言い渡されたら、その時は大人しく引き下がろう。嫌われている状況で結婚は辛い。
 でも私からはきっともう、婚約破棄することなんてできない。公言した一ヶ月ももう過ぎてしまった。

「それなら良かった。ヴィンは少々思い込みが激しいところはあるが、国を統べるだけの力は充分にある。まだ公には何とも言えないが、ヴィンが次期国王で大方決まりだろう。となるとリーゼロッテは次期王妃だ。万が一ヴィンが国王になれなかったとしても、あいつの能力を持ってすれば食うに困ることはないだろう、その辺りは私が保証しよう」

 陛下はにこにこと嬉しそうな笑みを浮かべ、妃殿下と顔を見合わせた。妃殿下もにっこりと優しい笑みを浮かべている。

「さあさあ、あんまり長居するとロッテちゃんの身体に障るわよ」
「そうだな、これで失礼するとしよう。何かと慣れない生活で疲れが出たんだろう。しばらくゆっくり休むと良い」

 アンナが淹れたお茶を二人揃ってぐいっと一気に飲み干し、せこせことお二人は帰って行った。
 扉が閉まった途端、大きな溜息が部屋内に充満した。

「き……緊張した……とりあえず何のミスもなくて良かった」
「おんなじ国王でも、いっつもヘラヘラしてるオリバー様とはまるで違いますね。もうなんか……威厳の塊? 怖い、生まれながらの王族本当怖い」

    ずっと背後に控えていた二人が、さっきまで国王ご夫妻が座っていたソファにどさりと座り込み口々に感想を述べた。

「二人ともお疲れ様。私のせいで昨日から変なことばっかり起こって、本当にごめんなさい」
「いやそんな、リゼ様が謝ることじゃないですよ」
「そうそう、姫様のために私達がいるんですから。あ、私達用にお茶淹れ直しますね」

 アンナがさっと立ち上がり、ポットにお湯を入れに行く。
 私は残されたユリウスに視線をやった。

「ユリウスはどう思う? さっきの国王陛下のお言葉」
「妙でしたね」

 私の言いたいことが伝わったようで、ユリウスは難しい表情で壁を睨んでいる。それを受けて私も小さく頷いた。

 政略結婚のような婚姻、と陛下は仰った。ような、も何も正真正銘これは政略結婚のはず。どうしてあんな曖昧な言い方をなさったんだろう。
 ヴィンフリート殿下が王になれない可能性についても言及されていた。殿下にはご兄弟はいないはず、他に王位継承権を持つ人なんていないのでは。
仮に殿下の他に王位継承者がいたとしても、陛下が殿下を次期国王に任命し即位させてしまえば良いだけのことなのに、陛下の物言いはどこか他人事のように聞こえた。

「リングエラには俺達が知らない何かがまだ隠されているんでしょうか」
「探りを入れることはできるかしら」
「アンナなら、おそらく」

 新しいティーセットを運んできたアンナに、心苦しくも新しい大仕事をお願いすることになる。


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