目指すは婚約破棄!〜冷徹王子と天然王女の色恋戦記〜

Futaba

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王家の謎

34. 奇襲 〜ヴィンフリート〜

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 ただならぬ気配を漂わせながら、少女は微笑を浮かべたままずっと俺を見つめている。その間にも地面は大きく軋みどこからともしれない地鳴りが耳をつんざく。
 父上が素早く周りに指示を出し、貴族達を退避させる。

「よもやシュルツ伯爵の娘が黒幕の親玉とは、なかなかに予想外だな。なあ、ヴィン?」
「面白がってる場合ですか」
「私は最早王座を下りたも同然の身。少々気が急いたようだが違法ではない。存分に相手して差し上げたら良かろう。どの道いずれは差し違える相手だ」

 皆が無事に避難したことを確認し、父上も母を伴って礼拝堂を出て行った。

「外には漏れないよう結界を張っておこう。健闘を祈る」

 がちゃん、と大きな音を立てて、父上自身の手によって扉が閉められた。直後、その隙間から閃光が走り本当に結界が張られたとわかる。

「国王って親馬鹿に見せかけて実は放任主義?」
「それだけ信頼してるってことじゃないか?」
「えー単に面倒臭いだけなんじゃ」
「あー……あり得るな」
「次の王が誰になってもディルクがいればオッケー的な」
「言えてる」

 この状況下で好き勝手に喋る二人に呆れてしまう。

「余裕かましてるとどうなっても知らんぞ」

 淑やかなリゼは、こんな喧しい二人と始終一緒にいて疲れないのだろうか。
 
 ビアンカの魔力は一段と増し、巨悪な力がむくむくと漂い始めた。禍々しい黒紫の火玉が彼女の左右に飛び交っている。少女らしい丸く幼い顔は歪んで醜く崩れ始めている。

「人相変わっちゃってるじゃん。魔力やばーい、いくら強くてもあれはノーセンキューだわね」
「怒ったアンナもあれと似たような顔してるぞ」
「喧嘩売ってるなら買うよ」
「事実を述べたまでだ。ていうか殿下、俺ら防ぐので精一杯なんで、早く何とかしてください」
「今やってる。二人とも少しは静かにできんのか」

 思わず舌打ちが漏れる。 

 次王の選定の儀までできるだけ魔力は封印しておくつもりだった。本来、魔力はやたらと放出するべきものではない。リングエラが創立した太古ならいざ知らず、現在は魔力に頼らずとも充分に暮らしていける。いざという時のために温存しておくのが普通だ。
 幼い頃、自分で制御できず魔力が垂れ流し状態だった俺を見かねて、父上が一通りの魔術と制御術を教えてくれた。以来、まともに魔力を使ったことはない。リゼに渡した指輪にかけたような防御術を小出しに何度か使ったくらいだ。
 十年以上も前の感覚を必死に探り、自分の奥深くに眠る全魔力を呼び起こす。懐かしい感覚が手足に電流のように走る。
 
 ビアンカの操る黒紫の火玉が、こちら目掛けて飛んできた。咄嗟に防御術をかけようとするが、その前にユリウスが持っていた剣で火玉を跳ね除けた。
 俺は驚いてユリウスをまじまじと見やる。それ以上に驚いた様子のビアンカは、血走った目で自分の前に立ちはだかるユリウスとアンナを睨み付けた。

「お前達のような魔力を持たない者に、私の術が効かないはずがない」
「防ぐ方法を徹底的に習っただけだから。殿下も呆けてないで自分のやることに集中してくださいよ」
「私達を守ろうと余計な気回さなくて良いですからね? 鬼ディルクに死ぬほど特訓受けたの姫様のためだったんだけどなあ……まあ姫様の命令に役立つなら結果オーライってことにしとくか」

 ディルクが仕込んだのか。
 成程、余裕綽々なわけだ。それなら問題ないと判断して俺は自分の魔力開放に全意識を向けた。

「私は殿下より強大な魔力を手にしたのです。次の王は殿下ではなくこの私が務めさせていただきます」

 より巨大な火玉が次々と襲いかかってくるも、ユリウスとアンナがすべて防ぎ切る。

「初実戦堪りませんなあ……血が滾るわ」
「アンナ、血じゃなくて涎が垂れてるぞ」
「こりゃ失敬」

 アンナがふへへ、と下卑た笑い声を上げ、どっちが悪役なんだと突っ込みたくなる。

「殿下……ずっとお慕い申し上げておりました。こうして相見えることができて大変嬉しゅうございます」
「いやいやお嬢さん、言ってることとやってること真逆じゃんかー」
「可愛さ余って何とかってやつか」

 ビアンカの攻撃は更に激しさを増し、痛烈な攻撃に二人が構える剣捌きも次第に荒くなってくる。

(あと少し……それまで持ち堪えられるか)

 集中力を保ったまま横目で二人を見やると、アンナは軽く肩で息をし始めているが、ユリウスはまだ余裕がありそうだった。

(体力をつけてきたか。余程悔しかったと見える)

 いつぞや鍛錬場で剣を交えたことが今は懐かしく思い出される。

 魔力は無限ではない。使えば使っただけ消費し、回復するにはそれなりの時間がかかる。
 ユリウスとアンナが相手をしている間、ビアンカは着実に魔力を消費している。闇魔術を行使していると言えど、いつか必ず魔力は底をつく。

(闇魔術で不相応な魔力を手に入れて、計算できていなさそうだな)

 普段の魔力がどれほどか知らないが、あんなにも大技を連続で繰り出していれば、いずれ保てなくなる。ビアンカは闇魔術を過信しすぎている。
 それに闇魔術を会得した代償についても軽視しすぎている。

(愚かな娘だ……)

 父親に言われこんな暴挙に出たのか、それとも自らの意思なのか。いっそ哀れにすら感じられるものの、こちらとて手を抜く気はない。

 ユリウスとアンナの驚くべき鉄壁の防御により、ビアンカは徐々に苛立ちを見せ始め術も荒々しく雑になってきた。

「命中率下がってきてないか」
「おう、あらぬ方向に飛んでったわ。なんじゃありゃ」

 冷静に相手を分析する二人に対し、頭に血が上っているビアンカ。予想通り、精細さに事欠き始めている。

(もう少し……)

 魔術の開放は完了した。懐かしい感覚が身体中を駆け巡り一人興奮を噛み締める。
 残るはタイミングだ。ビアンカが弱り切ったところを一発で仕留める。

(あの娘はよりにもよってリゼを巻き込んだ。容赦はしない)

 前方を睨み付ける。
 疲れを見せ始めたビアンカ。実力以上の魔力を手にしただけでろくな訓練もしていないのだと窺い知れる。あれで俺に勝ちに来たとは、短慮にも程がある。少しは思い知るが良い。

 ビアンカの目がうつろになった瞬間を逃さず、俺は叫んだ。

「下がれ!!!」

 ユリウスとアンナが素早く後ろに後退したと同時に、力を一気に放出した。
 紅い稲妻が指先から湧き起こり、それを力一杯前方へ投げつけた。切り裂くような雷鳴と共にビアンカに襲いかかる。
 ほんの一瞬の出来事。

(仕留めた……!)

 爆風がビアンカを包み、埃や塵を巻き上げてその姿が見えなくなる。

「これが殿下の魔術……」
「半端ないわ。こりゃ敵う人いないでしょー」

ステンドグラスががたがたと激しく揺れ音を立てるが、父上の結界のおかげで割れることはなさそうだ。
 やがて大きな砂煙が引いてきた頃、どさりと何かが倒れる音がした。ビアンカが立っていられず床に突っ伏した音だ。

「勝負あり、ですね」
「さすが王子、お見事でした」

 雷鳴が遠くなり辺りを静けさが包む。ぱちぱちと小さく拍手をしながら、アンナが一歩前に躍り出た。

「あの子、どうします?」
「処罰はしない。父上も違法ではないと言っていたからな。しばらく様子を見てシュルツ伯爵に迎えに来させるか」

 ただし闇魔術は禁忌中の禁忌。その辺りはいずれしっかり取り調べる必要があるだろう。

「外に騎士団が控えているだろう。後のことはそちらに任せる。それよりリゼはどうなんだ」

 二人は同時にはっと顔を上げた。その様子で察せられる。

(やはり無傷というわけにはいかなかったか)

「ディルクが処置をしてくれていますが……」
「すぐに向かう。お前達も一緒に来い」

 いくらビアンカを倒しても、リゼの様子を確認するまでは気を緩められない。

(リゼ……守れなくてすまない)

 俺の婚約者だったばかりに、酷い目に遭わせてしまった。もっと早くから、ディルクがシュルツ伯爵の話をした時から、ビアンカにもっと気を付けておくべきだった。後悔は尽きない。
 きっと俺はもう嫌われているだろう。ただの厄介な、名目だけの婚約者。それでも構わない。ただリゼが心にまで傷を負っていないことを祈った。
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