王子様、この恋を叶えてください!

Futaba

文字の大きさ
4 / 9

ここから始まる物語

しおりを挟む
ローザの申し出は『王子様』にとって意外なものだったようで、常に微笑を称えていたその顔に一瞬だけ戸惑いが浮かんだ。

「文通……ですか?」
「はい、もしご迷惑でなければ」

恋愛について学ばせてほしい、と唐突に切り出しても怪しまれるに決まっている。
それよりは友人として親しくなって少しずつ距離を縮め、お互いのことを色々話せるようになってから恋愛相談を持ち掛ける方が、親身になって助言してもらえるのではないか。
そして、手っ取り早く心の内を話せる友人関係になるには、手紙のやりとりが一番。

と、ローザは考えた。

「素敵な方にお会いできたことが嬉しくて。良かったら私と友達になってください」

年頃の令嬢が、同じく年頃の青年に『友達になってほしい』なんて、貴族社会では色恋だけでなく親同士の派閥争い等、様々な憶測が飛び交う。
王子様もその辺りを訝しんでみたようだが、ローザのきらきら輝く瞳からは何の下心も感じられず、そもそもお互いの素性も知らないのに権力争いも何もないだろうと、すぐに警戒を解き、くすりと小さく笑った。

「手紙なんて形式的なものしか書いたことがないから上手くできるかわからないけれど、それでも良ければ」
「ありがとうございます!」

飛び跳ねんばかりに喜ぶローザに、王子様はますます笑みを深めた。

「面白い方だ。名前を聞いても?」
「もちろんです。私の名は……マリーです」
「マリー、良い名前だね」

本当の名を明かさなかったのは、計画のうち。
ここでローザ・アリンガムだと名乗ってしまえば、いつか恋愛相談を持ちかけた時にその相手がジーク・ターラントだとすぐにバレてしまう。
目の前の彼を信用していないわけじゃないけれど、万一何か起きた時に、ジークにまで迷惑がかからないようにしておきたい。
もちろん、ずっとすべてを隠しておくつもりはない。
彼を心から信頼しても大丈夫だと思えた時、そしてすべてがうまくいった折には、きちんと本当の名を明かすつもりでいる。
それまでは、大好きな恋愛小説に出てくるヒロインの名前を借りておこう。

ほんの少しだけ生まれた沈黙に、ローザが名前以外を口にする気はないということが伝わったのだろう。

「ボクの名は……ミカエル。これからどうぞよろしく」

同じように名前だけを名乗り、差し出された大きな手。
ローザが恐る恐る自分の手を重ねると、ふんわりとした温もりが胸の鼓動を落ち着かせてくれた。

「それで、手紙のやりとりはどうやって?」

王子様改めミカエルの問いに、ローザはにっこりと笑みを返した。

通常の手紙は、家の使用人同士を介して行われる。けれどローザが素性を明かさなかったから、その方法は使えない。もちろんそこに関してもローザはきちんと考えていた。

ローザの艶やかな黒髪に結ばれたいくつもの小さな赤いリボン、その一つを絡まらないように丁寧に解き、ミカエルに差し出した。

「これをミカエル様のお部屋の軒先のどこかに、結んでいただけますか」
「どこか? どこでも良いの?」
「人目が気になるようでしたら、植え込みに隠れるような見えにくいところでも構いません。解けないようにしっかり結んでいただけるなら」
「うん、承知したよ。それで、これを目印に何が僕のところにやってくるのかな」

ミカエルは楽しそうにくすくすと笑い声を漏らす。

「……知りたいですか?」
「いや、我が家にやってきた時の楽しみにとっておくよ」

同じ方法でサラとも時々やりとりしているから、失敗することはないだろう。
オープンな会話は通常の手紙で、誰にも知られたくない内密な話は、この方法で。そんな風に使い分けて親友とは予定が合わない日々も絶えず信仰を深めている。

「さっそく明日、書いても良いですか?」

前のめりに詰め寄るローザに、あくまでも笑みを崩さず優しく接するミカエル。

「じゃあ僕も明朝にはこれを結んでおかないとだね。待ってる」


かくして、マリーとミカエルの出会い、その後のやりとりはここから始まった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

エレナは分かっていた

喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。 本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。

【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 7月31日完結予定

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

処理中です...