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ローザの申し出は『王子様』にとって意外なものだったようで、常に微笑を称えていたその顔に一瞬だけ戸惑いが浮かんだ。
「文通……ですか?」
「はい、もしご迷惑でなければ」
恋愛について学ばせてほしい、と唐突に切り出しても怪しまれるに決まっている。
それよりは友人として親しくなって少しずつ距離を縮め、お互いのことを色々話せるようになってから恋愛相談を持ち掛ける方が、親身になって助言してもらえるのではないか。
そして、手っ取り早く心の内を話せる友人関係になるには、手紙のやりとりが一番。
と、ローザは考えた。
「素敵な方にお会いできたことが嬉しくて。良かったら私と友達になってください」
年頃の令嬢が、同じく年頃の青年に『友達になってほしい』なんて、貴族社会では色恋だけでなく親同士の派閥争い等、様々な憶測が飛び交う。
王子様もその辺りを訝しんでみたようだが、ローザのきらきら輝く瞳からは何の下心も感じられず、そもそもお互いの素性も知らないのに権力争いも何もないだろうと、すぐに警戒を解き、くすりと小さく笑った。
「手紙なんて形式的なものしか書いたことがないから上手くできるかわからないけれど、それでも良ければ」
「ありがとうございます!」
飛び跳ねんばかりに喜ぶローザに、王子様はますます笑みを深めた。
「面白い方だ。名前を聞いても?」
「もちろんです。私の名は……マリーです」
「マリー、良い名前だね」
本当の名を明かさなかったのは、計画のうち。
ここでローザ・アリンガムだと名乗ってしまえば、いつか恋愛相談を持ちかけた時にその相手がジーク・ターラントだとすぐにバレてしまう。
目の前の彼を信用していないわけじゃないけれど、万一何か起きた時に、ジークにまで迷惑がかからないようにしておきたい。
もちろん、ずっとすべてを隠しておくつもりはない。
彼を心から信頼しても大丈夫だと思えた時、そしてすべてがうまくいった折には、きちんと本当の名を明かすつもりでいる。
それまでは、大好きな恋愛小説に出てくるヒロインの名前を借りておこう。
ほんの少しだけ生まれた沈黙に、ローザが名前以外を口にする気はないということが伝わったのだろう。
「ボクの名は……ミカエル。これからどうぞよろしく」
同じように名前だけを名乗り、差し出された大きな手。
ローザが恐る恐る自分の手を重ねると、ふんわりとした温もりが胸の鼓動を落ち着かせてくれた。
「それで、手紙のやりとりはどうやって?」
王子様改めミカエルの問いに、ローザはにっこりと笑みを返した。
通常の手紙は、家の使用人同士を介して行われる。けれどローザが素性を明かさなかったから、その方法は使えない。もちろんそこに関してもローザはきちんと考えていた。
ローザの艶やかな黒髪に結ばれたいくつもの小さな赤いリボン、その一つを絡まらないように丁寧に解き、ミカエルに差し出した。
「これをミカエル様のお部屋の軒先のどこかに、結んでいただけますか」
「どこか? どこでも良いの?」
「人目が気になるようでしたら、植え込みに隠れるような見えにくいところでも構いません。解けないようにしっかり結んでいただけるなら」
「うん、承知したよ。それで、これを目印に何が僕のところにやってくるのかな」
ミカエルは楽しそうにくすくすと笑い声を漏らす。
「……知りたいですか?」
「いや、我が家にやってきた時の楽しみにとっておくよ」
同じ方法でサラとも時々やりとりしているから、失敗することはないだろう。
オープンな会話は通常の手紙で、誰にも知られたくない内密な話は、この方法で。そんな風に使い分けて親友とは予定が合わない日々も絶えず信仰を深めている。
「さっそく明日、書いても良いですか?」
前のめりに詰め寄るローザに、あくまでも笑みを崩さず優しく接するミカエル。
「じゃあ僕も明朝にはこれを結んでおかないとだね。待ってる」
かくして、マリーとミカエルの出会い、その後のやりとりはここから始まった。
「文通……ですか?」
「はい、もしご迷惑でなければ」
恋愛について学ばせてほしい、と唐突に切り出しても怪しまれるに決まっている。
それよりは友人として親しくなって少しずつ距離を縮め、お互いのことを色々話せるようになってから恋愛相談を持ち掛ける方が、親身になって助言してもらえるのではないか。
そして、手っ取り早く心の内を話せる友人関係になるには、手紙のやりとりが一番。
と、ローザは考えた。
「素敵な方にお会いできたことが嬉しくて。良かったら私と友達になってください」
年頃の令嬢が、同じく年頃の青年に『友達になってほしい』なんて、貴族社会では色恋だけでなく親同士の派閥争い等、様々な憶測が飛び交う。
王子様もその辺りを訝しんでみたようだが、ローザのきらきら輝く瞳からは何の下心も感じられず、そもそもお互いの素性も知らないのに権力争いも何もないだろうと、すぐに警戒を解き、くすりと小さく笑った。
「手紙なんて形式的なものしか書いたことがないから上手くできるかわからないけれど、それでも良ければ」
「ありがとうございます!」
飛び跳ねんばかりに喜ぶローザに、王子様はますます笑みを深めた。
「面白い方だ。名前を聞いても?」
「もちろんです。私の名は……マリーです」
「マリー、良い名前だね」
本当の名を明かさなかったのは、計画のうち。
ここでローザ・アリンガムだと名乗ってしまえば、いつか恋愛相談を持ちかけた時にその相手がジーク・ターラントだとすぐにバレてしまう。
目の前の彼を信用していないわけじゃないけれど、万一何か起きた時に、ジークにまで迷惑がかからないようにしておきたい。
もちろん、ずっとすべてを隠しておくつもりはない。
彼を心から信頼しても大丈夫だと思えた時、そしてすべてがうまくいった折には、きちんと本当の名を明かすつもりでいる。
それまでは、大好きな恋愛小説に出てくるヒロインの名前を借りておこう。
ほんの少しだけ生まれた沈黙に、ローザが名前以外を口にする気はないということが伝わったのだろう。
「ボクの名は……ミカエル。これからどうぞよろしく」
同じように名前だけを名乗り、差し出された大きな手。
ローザが恐る恐る自分の手を重ねると、ふんわりとした温もりが胸の鼓動を落ち着かせてくれた。
「それで、手紙のやりとりはどうやって?」
王子様改めミカエルの問いに、ローザはにっこりと笑みを返した。
通常の手紙は、家の使用人同士を介して行われる。けれどローザが素性を明かさなかったから、その方法は使えない。もちろんそこに関してもローザはきちんと考えていた。
ローザの艶やかな黒髪に結ばれたいくつもの小さな赤いリボン、その一つを絡まらないように丁寧に解き、ミカエルに差し出した。
「これをミカエル様のお部屋の軒先のどこかに、結んでいただけますか」
「どこか? どこでも良いの?」
「人目が気になるようでしたら、植え込みに隠れるような見えにくいところでも構いません。解けないようにしっかり結んでいただけるなら」
「うん、承知したよ。それで、これを目印に何が僕のところにやってくるのかな」
ミカエルは楽しそうにくすくすと笑い声を漏らす。
「……知りたいですか?」
「いや、我が家にやってきた時の楽しみにとっておくよ」
同じ方法でサラとも時々やりとりしているから、失敗することはないだろう。
オープンな会話は通常の手紙で、誰にも知られたくない内密な話は、この方法で。そんな風に使い分けて親友とは予定が合わない日々も絶えず信仰を深めている。
「さっそく明日、書いても良いですか?」
前のめりに詰め寄るローザに、あくまでも笑みを崩さず優しく接するミカエル。
「じゃあ僕も明朝にはこれを結んでおかないとだね。待ってる」
かくして、マリーとミカエルの出会い、その後のやりとりはここから始まった。
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