王子様、この恋を叶えてください!

Futaba

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1st letter fromマリー

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あの後、突然置いてきぼりを喰らったサラの怒りを鎮めるのに少しだけ苦労した。
食べ慣れない味の料理を、お腹がはち切れそうなほどいっぱい堪能し、すれ違う人達の仮面に隠された素顔を妄想して、くすくす笑い合い。軽くダンスも踊ったり、初対面の人と他愛無い話で盛り上がって意気投合したり。
会場をたっぷり3周くらい動き回ったところで、ようやくサラの機嫌も戻り、夜も深まってきたところでお開きとなった。


そして翌朝。
昨夜の舞踏会で疲れたから、今日はごろごろのんびり過ごしたいな……というローザの独り言に、アンは早々とローザの部屋を後にした。1伝えれば10までわかってくれるベテランの専属メイド、多分ランチの時間まで戻ってこないだろう。
アンとは幼い頃からずっと一緒にいる姉妹のような関係、大切な存在だけれども、たまにはお互いに1人になる時間も必要だ。

少しの罪悪感を抱えつつも、ローザはそう自分に言い聞かせて、机に向き直った。


浮ついた気分から一夜明けて冷静になってみると、我ながら初対面の人に大それたお願いをしたなあ、と感心してしまう。童話の王子様みたいな人向かって、お友達になってください、なんてあの雰囲気の中じゃなかったらむしろ言えない。
適当にあしらわれそれっきりになってしまってもおかしくなかったのに、ミカエルは快く承諾してくれた。面白がられていたという方が正しいか。それでもイエスと言ってくれたのだから、良しとしよう。

ただ、あちらも昨夜はその場の雰囲気に流されて承諾してくれただけだったら?
今朝になって、面倒なことを引き受けたと後悔しているかもしれない。

(そうすると、お返事が返ってこない可能性あり、か……)

そもそもローザが渡したリボンを約束通り、部屋の外に結んでおいてくれるかどうかさえ怪しい。軽い気持ちで適当に受け取っていたならそんな約束すっかり忘れているだろうし、覚えていたとしてもやっぱり手紙なんて面倒だと思えば、ローザのリボンは捨てられているかもしれない。

ローザが本名を明かさなかった時、ミカエルは不快感を表すどころかむしろどこかほっとした様子だった。
あちらにも名前を知られたくない事情が何かあるのかもしれない。となると、一夜明けてこんな怪しいリボンは要らないと捨てられてしまっている可能性だってある。

どんな理由にしろ、あのリボンがきちんとミカエルの居場所で目印としての役目を果たさなければ、ローザが書いた手紙は届かない。


「どうしようかしらねえ……」

足下からリンリンとか細い鈴の音が聞こえて、ローザはペンを持とうとした手を止め、足下に手を伸ばした。

「何だ、いたのねノアール。静かだからどこか散歩にでも行ってるのかと思ったわ」

ごろごろとローザの手に擦り寄るのは黒猫。その首には、金色の小さな鈴がついた真っ白な首輪がある。
ローザの大切な友人であり、この部屋の同居人でもある黒猫のノアール、彼女こそがローザのリボンを目印に手紙を届ける役目を担っている。

ローザはひょいと片手でノアールを抱き抱え、自分の膝の上に乗せた。ノアールはころころと気持ちよさそうに喉を鳴らしながら丸く蹲った。

「ノアールは変なところで真面目だから心配だわ……」

ノアールは国内であればどこでも自由に行って帰って来られる。大体の地図があの小さな頭にインプットされている。
ローザのリボンの色や匂いをしっかり覚えていて、木の影や窓の下などどこに吊るされていてもすぐ見つけることができる。だからローザのリボンのある場所まで手紙を届け、返事を貰ってくることくらい何てことない。
お互いに本名を明かさずに手紙のやりとりをする秘策とは、このノアールのことだったのだ。

ただ、ミカエルが目印となるリボンをどこにも結んでくれていないとなると、ちょっと厄介だ。
ノアールは大好きなローザの喜ぶ顔が見たくて、その一心で必死にリボンを探すだろう。この国のどこかに必ずローザのリボンがあるはずだと信じて疑わず、もしかしたら何日も必死探し回って帰って来ないかもしれない。
ノアールは猫の割に生真面目で頑固なのだ。

膝の上でじゃれつくノアールを撫でてあげながら、ローザはしばらく迷った末にペンを握り、手紙を書き始めた。

改めて昨夜助けてもらったお礼と、手紙のやりとりをしてくれることのお礼。昨夜の立ち居振る舞いに感銘を受けたこと、友人としてこれから親しくなりたいと思っていること。簡単な自己紹介と、手紙を届ける予定のノアールのこと。
それから昨夜の仮面舞踏会は友人に誘われて初めて参加したこと、料理が美味しかったことや面白い人に出会ったことなど、つらつらと書き連ねているとそれなりの枚数になってしまった。

できるだけさっぱりシンプルな手紙にしようと思っていたはずが、ペンを握ると書きたいことが次々と浮かんできて止まらなくなってしまう。
しょっぱなからこの量は重すぎる
そもそも受け取ってもらえるかどうかも不明だけれど、万一無事に届いたとしてこれはあまりにも長すぎる。ひかれるかも。

今書いたものをいったん机の端に寄せ、ローザは新しい便箋を手にとった。
先程のを要約して半分くらいの量にまとめ上げ、まあこれで良いか、と細長く折り畳んでノアールの首輪に結び付けた。

「ノアール無理しないでね。見つからなかったら見つからなかったで良いから、暗くなる前に帰っておいでよ」

艶々と輝く毛並みを撫で鼻先に赤いリボンを垂らすと、ノアールはクンクンとその匂いを嗅ぎ、そっとローザの膝から降りてそのまま窓から外に飛び出した。

時刻はもうすぐお昼。
ちょうどアンが戻ってくる頃だ。
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