薮一蔵の体験教室

riktan

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山内 雪矢

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 雷打らいだの家に行くバスの中で「やぶ一蔵かずくら」と検索して出てきた画像はスーツ姿が数枚だけだった。
 データでは身長173センチってあって「もっとデカくないか?」って思ったけど、玄関から出てきた実物は確かに170センチの夏目先生と変わらない。背筋を伸ばしてもそんなもんだろう。180に見えるのはそこそこスタイルが良いのとスーツのおかげだな。

 それでも印象は少し違う。写真と同じスーツを着てはいるものの、髪にアイロンをかけた様子はないし一瞬で人見知りと分かる空気を発している。
 俺を見ても普通の人見知りっぽい反応だから、こういう外見に変な気を起こすタイプではないようだ。

「どうした!?スーツなんて着て」
 夏目先生の声に、新年の挨拶をしようとしていた雷打らいだが止まってホッとする。
「新年だからじゃないんですか?
 よかった~。普通の服で来ちゃったよどうしようって思ってました」

「普段は新年もジャージか作務衣です」
 静かに雷打らいだに言ってから俺を見る。
雷打らいだくんの一番の保護者と伺いました。あの」
「大げさだよ!」

 プロポーズみたいな空気を夏目先生が止める。
「それでスーツを着たのか?
 そうやって言えば初対面でも会いやすいと思ったんだよ」
 夏目先生は俺からスーツを隠すように間に立って俺を見た。
「ごめんな。こういう真面目な奴だから」

 確かに甘え下手な大型犬みたいだ。
 なんて言ったらダメだよな。どう返そうかと思っていたら車が一台やってきた。
 ここは工房らしい建物と普通の家がL字になるようにくっついて建っていて、玄関前に長方形のスペースができている。そこにきれいに止めてある夏目先生の車とは対照的に、特に考えずに適当な場所でエンジンを切って運転席から降りてきたのは40歳くらいの女の人。

 女の人は夏目先生に少し驚いてから、呆れたようにスーツを見た。本気じゃないのは誰が見ても分かる。きっと怒ったり不機嫌になったりというのを人に見せることがない人だ。
「新年早々おさむ君の手を焼いてるの?」
 ネット情報によると姉はいないから、たぶんスーツの母親だな。夏目先生が慌てる。
「いえ、逆ですよ。僕の生徒が見学したいと言ったので」

 おばさんは首を傾げた。スーツが29歳でその母親ってことは50歳くらいかそれ以上だろうに、素直にかわいいと思えるしぐさ。
「三が日は火を着けられないのに?」
「作品を見たいだけなので」
「今から見るの?見終わったの?
 大事な話があるんだけど」

 スーツも夏目先生も答えてないのに、というか答えを待つ様子もなく後部座席のドアを開けた。
「ほら、降りて」

 降りて来たのはガリガリでくせ毛のハタチくらいの男。気まずそうに小さく会釈をすると先生が「どうした?」って言った。スーツと先生はこの人を知ってるみたい。

 部外者である俺たちに聞かれたくない話をしたい言い方だったのに、普通に話し続けるおばさん。
「二階を下宿に使うことにしたの。入居者第一号でーす!」

 明るく言われてスーツ以上に陰キャが驚く。
「違います、違います!
 今日は面接みたいなもので、合わなかったら全然ナシでいい話です!」
「え~、いいじゃな~い。卒業したら本格的に畑を手伝うんだから、毎日通うの大変でしょ?」
 不満そうに陰キャに向けた顔を「ねえ?」とスーツに動かした。

 全員反応に困ってすごい空気になっている。

 俺は発砲スチロールをスーツに見せて営業スマイルを作った。
「お正月に刃物を使うのも気にしますか?
 うち漁師をやってて、手土産代わりにぶりを持って来たんですよ。お食事しながらゆっくり話されたらどうですか?
 僕たちはギャラリーで待ってますから」

 スーツは状況の整理が終わらない表情で一応答える。
「いえ。そういうのにこだわるのは工房だけです」
 おばさんが純粋な疑問って感じでスーツを見る。
「漁師さんってことはそのまんま?
 カズ君お魚さばけるの?」

 スーツは答えられないでいる。こういう流れになったらいいなって思ってた。
「いてもいいのなら僕たちで作りましょうか?」
「あら~、できるの?若いのにすごいのね~」

 もう切ってあるけどそれは黙っとく。やっと家の中に入ることができた。
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