強欲なリリンは××が欲しい

吉村巡

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強欲なリリンは××が欲しい

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 その日、リリンは不機嫌だった。
 大嫌いなシスターにおやつ抜きだと言われ、教会の庭に一人だけ追い出されたからだ。
 週に一度しかないおやつの日は、教会の子供にとって一番の楽しみだ。
 それを分かっていて、そんなことを言う性根の悪いシスターは、きっと地獄に落ちるだろう。
 リリンに向かって口癖のように「お前はこのままだと地獄行きだ」と言うシスター。
 そんなシスターが地獄に落ちれば、私は天国に行こうと地獄に行こうと痛快に決まっている。
 もしもシスターなんかが天国に行ってみろ。私が天国にいたら蹴落としてやるし、地獄にいるなら引きずり落としてやる。
 誰もいない庭で迷うことなくそう決意したリリンは、次に、どうすればおやつを食べられるのか考えた。
 しかし、考えるばかりではおやつにありつけない。
 そこで、教会の庭を出て、街を歩き回ることにした。街には何だってあるからだ。
 おやつの時間の街は、いつもより人通りが少なかった。
 当然だろう。おやつは家で食べるのだから。
 リリンだって、おやつを食べていたら街になんて出ていない。
 街の中を歩き続け、やがて人通りの多い場所に出た。おつかいで何度も来たことがある市場だ。
 市場には沢山のものがあって、私が欲しいと思うものもいっぱいだ。
 もちろん、今欲しいと思うものだって市場にはちゃんとあった。
 リリンが近づいていく屋台では、小麦粉を練って油で揚げて、砂糖をいっぱいまぶした甘くておいしそうなおやつが並んでいる。
 リリンはおやつの店のおじさんに向けて言った。

「そのおやつがひとつ欲しい」

 おじさんは困った顔をして、こう聞き返した。

「お金を持っているかい?」

 リリンが持っているのは、服のポケットの中のきれいな色のつるつるとした石と、秋に教会の庭に植えるためのどんぐりだけだ。
 石をお金と呼んだことはないし、どんぐりをお金と呼んだこともない。

「お金はない」

 正直に答えると、おじさんは残念そうな顔で、

「だったら、あげることはできないんだ」
 
 と言った。
 リリンはあきらめられなくてこう聞いた。

「どうしても?」

 おじさんは答えた。

「どうしてもだよ。お金を貰わないと、お嬢ちゃんにはあげられないんだ」

 ふむ。
 言われてみれば、おつかいに来たとき、一緒についてくる年上の子供が、物を買う代わりに毎回、何かを渡していた。
 あの渡しているものがお金なのだろう。

「わかった。お店のおじさん、ありがとう」

 教えてくれたお礼を言って頭を下げ、どうすればお金を手に入れられるかを考え始める。
 お金とは石のように地面に落ちているのもなのだろうか。
 それとも、木の実のように植物に生っているものなのだろうか。
 うーん、と考えながらあることをひらめいた。

「そうだ! どのお店でも、ものを渡してお金を手に入れてる!」

 お金を渡さないと欲しいものが手に入らないように、お金を手に入れるためにはみんなが欲しがるものを集めて交換すればいいんだ。
 そうと決まれば近くの森に行こう。
 お店と違って、森で見つけた欲しいものはお金と交換する必要がないからだ。
 歩いて歩いて、近くの森に辿り着いたリリンは、欲しいものを探した。
 まだちょっとすっぱい木苺。揉んで擦り傷に貼る草。蛇の抜け殻に、きれいな花など、リリンが欲しいと思った物をポケットに入りきらないくらい詰め込み、両手いっぱいになっても探し歩き続けた。
 ふと気づくと、リリンは来たことのない場所まで歩いてきていた。
 右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、木々しか見えない。
 それはおかしいことだった。
 だって、リリンが知る森は、木々のない開けた草原が近くに見える森だから。
 きっと、森の妖精のいたずらだ。
 怖がらずに歩いていれば、森の妖精もいたずらをやめるだろう。
 リリンはそう考えて、森の中を歩き続けた。
 木漏れ日が夕焼け色に染まっていく。
 森の妖精は早くいたずらをやめてくれないか、と怒りながら歩き続けていたリリンは、木々の隙間から見える夕焼けを見上げていてあるものに気づいた。
 高い高い木の上に、赤く熟した甘い果物がある。
 
(あれは絶対に、お金と交換できる!)

 ずっと持っていた蛇の抜け殻と花をそっと地面に置いて、果物が生っている木に上ろうとする。
 しかし、リリンの手はどんなに飛び跳ねても一番近くの枝にすら届かなかった。
 しばし考えた後、木はたくさんあるのだから、登れる別の木を見つけて、この木に飛び移ればいいのだと思いつく。
 周りを見渡し、少し離れたところに枝に手が届きそうな木を見つけた。
 急いで走り寄って、手が届いた枝を支えに、上へ上へとよじ登っていく。
 てっぺん近くの枝が細くなっている場所まで来て、隣の木のどこに飛び移るかを慎重に見定める。
 いざ、と足に力を込めた時、

「何やってるの!?」

 遠くからそんな叫び声が聞こえて、驚いた鳥がバサバサと羽を鳴らして飛んでいく。
 リリンが声の正体を確かめようと周囲を見回せば、思った以上に距離がある地面が目に入って、急に怖くなる。
 下を見たくなくて目をつむり、ギュッと枝を掴む手に力を込めた。
 走り寄ってくる足音がして、やがて息を切らせた呼吸音まで聞こえるようになった。

「登って、降りられなく、なったの?」

 息継ぎのおかしい質問に、目をつむったままリリンははっきり、

「ちがう」

 と答えた。
 すると、見知らぬ声の人は、

「だったら、どうして木の上に?」

 と聞いてきた。リリンは正直に、

「むこうに美味しそうな果物があったの。採ろうと思ったけど登れない木だったから、別の木に登って飛び移ろうと思ったの」

 と教えてあげた。
 見知らぬ声の人は、それを聞いて、

「地面に落ちるかもしれない。危ないよ」

 と、教えてくれた。

「その果物、登れそうだったら僕が採ってきてあげるから、君はその木から降りておいで」

 リリンはよく考えた後、見知らぬ声の人の親切な申し出を断るしかないと思った。だって、

「おりられない」

 目を開けたら怖いから、目をつむっている。目をつむったまま動くのが怖いから、動けない。
 リリンの目からは涙が出てきた。
 
「えっ!? 僕が登ると枝が折れそうだし……」

 私よりも困った声で思案する言葉を聞いて、リリンはちょっとだけ目を開けてみようという気になった。
 木の下には、見知らぬ背の高いお兄さんが困った顔でリリンを見上げていた。

「一番下の枝までは降りられる? ずっと、木の上に居たくはないだろう?」
「木から降りたい」
「だったら、勇気を出して。一番下の枝まで降りて、その枝に両手でぶら下がってくれたら、きっと僕の手が届くから」

 枝を掴む手を離すのが怖い。

「大丈夫。もしも、途中で落っこちても、絶対に受け止めてあげるから」

 それでも、私は降りたいと思った。
 だから、背の高いお兄さんの言葉を信じた。
 ゆっくり、ゆっくり、おしりと手をずらして幹に辿り着いたところで、幹を支えにして下の枝へ降りていく。
 一番下の枝まで辿り着いたとき、まだ高い地面が怖くて目をつむったけれど、背の高いお兄さんに言われた通り、枝にぶら下がった。
 すると、足に手が添えられて、

「もう手を離してもいいよ」

 と声をかけられた。言われた通りに手を放すと、グンと下に落ちた気がしたけど、すぐに止まった。
 目を開けると、リリンは背の高いお兄さんの腕の中にいた。

「よく頑張ったね。でも、降りられなくなるような木登りをしてはだめだよ」

 リリンは泣いた。
 教会の子供たちに見られたら、絶対にからかわれるくらいワンワン泣いた。
 背の高いお兄さんは、背中をトントンと叩いたり、体を揺すったり、いろんな言葉をかけて慰めてくれた。
 やがてリリンの涙が止まった頃に、

「そういえば、僕が果物を採ってきてあげるっていったよね。どこにあるのかな?」

 と、聞いてきた。
 リリンは少しだけ考えた後、首を横に振った。

「採ってくれなくていい。果物が手に入らないより、お兄さんがおりられなくなるほうが、ずっとやだ」
「優しい子だね」

 でも、もう手に入れた蛇の抜け殻やお花は持って帰る。
 そうしないと、お金が手に入らなくて、おやつも手に入らない。
 そう話すと、背の高いお兄さんはリリンをだっこしたまま、蛇の抜け殻やお花を置いている果物の木の下まで連れてきてくれた。
 地面におろしてもらって、このふたつを大切に手に持つと、リリンは背の高いお兄さんにお礼を言った。

「たすけてくれて、ありがとう」
「いいや。君が無事でよかったよ。それから、君と少し相談があるんだけど」
「なあに?」

 背の高いお兄さんは、リリンと目線を合わせてこういった。
 
「僕はこの森にお花を取りに来たんだ。でも、もうすぐ暗くなって見つからないかもしれない。だから、そのお花を僕に譲ってくれないかな? お金は持っていないけど、そのかわりに、僕の家にはケーキがあるから、それを君にひとつあげる」

 背の高いお兄さんはお花が欲しくて、おやつを持っている。
 リリンはおやつが欲しくて、お花を持っている。
 それを交換するということだ。
 リリンはもちろんうなずいた。



 背の高いお兄さんの家で、背の高いお兄さんと一緒においしいケーキを食べた。
 背の高いお兄さんのお嫁さんは「晩ごはんも食べていく?」と言っていたけど、晩ごはんは教会で出るので断った。
 そして背の高いお兄さんに抱っこされて教会に帰ると、顔を真っ赤にした大嫌いなシスターが目を三角にして待っていた。シスターはリリンが嫌いな雷みたいな大声でこう叫んだ。
 
「リリン!! 今日の夕食は抜きですよっ!!」

 どうしてリリンがシスターに、そんなひどいことをされなければならないのか。
 あまりのことに、リリンは何も考えられず、自分を抱っこする背の高いお兄さんに助けを求める目を向けた。

 背の高いお兄さんは困った顔を浮かべるばかりで、私を助けてはくれなった。



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