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思わぬ再会
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「おいしかったー」
食べすぎて膨らんだお腹を気にしつつ、隣を歩くたろちゃんを横目で見た。たろちゃんは、そんな私ににっこり微笑む。
「ね、ここ結構うまいでしょ」
「うん、大満足!」
楽しい時間はあっという間で、私たちがレストランで夕食を取り終わった頃には、もうすっかり日も落ちて暗くなっていた。太陽が隠れたことにより気温はぐんと下がり、ストールを持ってこなかったことをいささか後悔した。
でもそんな私を気遣ってか、たろちゃんがそっと肩を抱いて、温めてくれた。
「もう着くよ、ホテル」
「そ、そ、そうだね……」
ホテル……そりゃそうだ、『泊まりで』っていう約束だもの。わかっていたことなのに、なんでだろう、妙にドキドキする。
いつも同じ部屋で寝ているはずなのに、場所が変わるだけでいつもと違う気がしてしまうんだ。
ベッドはツインだろうかダブルだろうか。一緒に寝るんだろうか別々だろうか。そんなくだらないことばかり考えてしまう。
そんな私の心の中を読んだのか、たろちゃんがニヤつきながら私の顔をのぞき込んだ。
「安心して、千春さん。変なことはしないから」
「は、え……それってどういう──」
言い返す途中でハッとした。変なことって、セックスのことだ。
たろちゃんの『安心して』が心に突き刺さる。たろちゃん、私、変なことしてほしいのに、たろちゃんはしたくないのかな……──
「着いたよ」
「え、あ……」
考え事をしている間にホテルに着いていたらしい。
一歩中に入るとそこは別世界だった。広々としたロビーには柔らかなブラウンの絨毯がしきつめられ、天井から吊るされたランプは周りを球体のバンブー細工で囲まれ、その細工から光が漏れる様子がなんとも幻想的だ。
ラウンジにはゆったりとしたソファがいくつも置かれており、所々に立てられたシンボルのようなスタンドライトが金色の光を放っている。
どう考えても安いホテルではなさそうだ。
「た、たろちゃん……ね、ここに泊まるの……?」
「そうだよ? あ、でもスイートじゃないから。ごめんね」
「いや、それは全然構わないんだけど……」
でもお金が──。
私の心配をよそに、たろちゃんは慣れた様子でずんずん進んでいく。エレベーターに乗り込むと、その内部までもが高級な装いで、なんだか変に緊張してしまう。たろちゃんは、そんな私の手をそっと握ってくれた。
「………………」
「………………」
二人とも無言の中、エレベーターは目的の階へと昇っていく。ふわりとした浮遊感が、なんだか私の浮かれた様子を表しているようだった。
浮かれすぎなんだ、私。年甲斐もなく馬鹿みたいに浮かれて、はしゃいで、『したくないのかな』なんてはしたないこと考えて。私の方が大人なんだもの、しっかりしなくちゃ。
たろちゃんはたろちゃんのペースがあるんだし、『彼女』って言ってくれただけでも今回の旅行は意味があった。そう思おう。
ふと隣を見上げると、同じくこちらを見下ろしていたたろちゃんと目が合った。密室で二人きりで手を繋いでいる、という状況が恥ずかしくって、目をそらす。
さっき『しっかりしなくちゃ』と考えたばかりだというのに、たろちゃんの前だと『大人な私』を作ることができないみたいだ。どうしてだろう。なんでこんなにも心乱されるんだろう。
エレベーターは十五階で静かに止まり、ゆっくり扉が開いた。ロビーに敷いてあったものと同じ絨毯が、長い廊下に敷き詰められていた。
見慣れたラブホテルとは違う景色に、やっぱり緊張感が募る。
部屋に入り、カードキーを差し込み電気をつけた。正面の大きな窓から、夜のビル群の灯りが煌めいて見えた。
さすがいいホテルの十五階だけあって、景色はバッチリだ。窓に近づきうっとり眺めていると、後ろからたろちゃんに抱きしめられた。
「……っっ! たろちゃん?」
いきなりのことで身動きが取れない。たろちゃんの両手は、私のお腹に回されている。
頭の中はパニック寸前だ。『さっき食べすぎてお腹出てるのにどうしよう』とか、どうでもいいことばかり駆け巡る。
アホなことを考えている場合じゃない。この雰囲気はもしかして、もしかすると──
息をするのも忘れてじっとしていたら、たろちゃんの吐息を首元で感じた。
「あ……」
「千春……」
首筋に唇の柔らかい感触が。チュッチュッと音を立てながら、私の首にキスを落としていく。くすぐったいような妙な感覚に襲われて、耐えられなくなって振り向いた。
「ま……待って……たろちゃん……変なことしないって」
私の問いに、たろちゃんは妖しく微笑んだ。
「変なことじゃないでしょ? お詫びはするって言ったじゃん?」
そう言って、私の唇に唇を重ねた。
食べすぎて膨らんだお腹を気にしつつ、隣を歩くたろちゃんを横目で見た。たろちゃんは、そんな私ににっこり微笑む。
「ね、ここ結構うまいでしょ」
「うん、大満足!」
楽しい時間はあっという間で、私たちがレストランで夕食を取り終わった頃には、もうすっかり日も落ちて暗くなっていた。太陽が隠れたことにより気温はぐんと下がり、ストールを持ってこなかったことをいささか後悔した。
でもそんな私を気遣ってか、たろちゃんがそっと肩を抱いて、温めてくれた。
「もう着くよ、ホテル」
「そ、そ、そうだね……」
ホテル……そりゃそうだ、『泊まりで』っていう約束だもの。わかっていたことなのに、なんでだろう、妙にドキドキする。
いつも同じ部屋で寝ているはずなのに、場所が変わるだけでいつもと違う気がしてしまうんだ。
ベッドはツインだろうかダブルだろうか。一緒に寝るんだろうか別々だろうか。そんなくだらないことばかり考えてしまう。
そんな私の心の中を読んだのか、たろちゃんがニヤつきながら私の顔をのぞき込んだ。
「安心して、千春さん。変なことはしないから」
「は、え……それってどういう──」
言い返す途中でハッとした。変なことって、セックスのことだ。
たろちゃんの『安心して』が心に突き刺さる。たろちゃん、私、変なことしてほしいのに、たろちゃんはしたくないのかな……──
「着いたよ」
「え、あ……」
考え事をしている間にホテルに着いていたらしい。
一歩中に入るとそこは別世界だった。広々としたロビーには柔らかなブラウンの絨毯がしきつめられ、天井から吊るされたランプは周りを球体のバンブー細工で囲まれ、その細工から光が漏れる様子がなんとも幻想的だ。
ラウンジにはゆったりとしたソファがいくつも置かれており、所々に立てられたシンボルのようなスタンドライトが金色の光を放っている。
どう考えても安いホテルではなさそうだ。
「た、たろちゃん……ね、ここに泊まるの……?」
「そうだよ? あ、でもスイートじゃないから。ごめんね」
「いや、それは全然構わないんだけど……」
でもお金が──。
私の心配をよそに、たろちゃんは慣れた様子でずんずん進んでいく。エレベーターに乗り込むと、その内部までもが高級な装いで、なんだか変に緊張してしまう。たろちゃんは、そんな私の手をそっと握ってくれた。
「………………」
「………………」
二人とも無言の中、エレベーターは目的の階へと昇っていく。ふわりとした浮遊感が、なんだか私の浮かれた様子を表しているようだった。
浮かれすぎなんだ、私。年甲斐もなく馬鹿みたいに浮かれて、はしゃいで、『したくないのかな』なんてはしたないこと考えて。私の方が大人なんだもの、しっかりしなくちゃ。
たろちゃんはたろちゃんのペースがあるんだし、『彼女』って言ってくれただけでも今回の旅行は意味があった。そう思おう。
ふと隣を見上げると、同じくこちらを見下ろしていたたろちゃんと目が合った。密室で二人きりで手を繋いでいる、という状況が恥ずかしくって、目をそらす。
さっき『しっかりしなくちゃ』と考えたばかりだというのに、たろちゃんの前だと『大人な私』を作ることができないみたいだ。どうしてだろう。なんでこんなにも心乱されるんだろう。
エレベーターは十五階で静かに止まり、ゆっくり扉が開いた。ロビーに敷いてあったものと同じ絨毯が、長い廊下に敷き詰められていた。
見慣れたラブホテルとは違う景色に、やっぱり緊張感が募る。
部屋に入り、カードキーを差し込み電気をつけた。正面の大きな窓から、夜のビル群の灯りが煌めいて見えた。
さすがいいホテルの十五階だけあって、景色はバッチリだ。窓に近づきうっとり眺めていると、後ろからたろちゃんに抱きしめられた。
「……っっ! たろちゃん?」
いきなりのことで身動きが取れない。たろちゃんの両手は、私のお腹に回されている。
頭の中はパニック寸前だ。『さっき食べすぎてお腹出てるのにどうしよう』とか、どうでもいいことばかり駆け巡る。
アホなことを考えている場合じゃない。この雰囲気はもしかして、もしかすると──
息をするのも忘れてじっとしていたら、たろちゃんの吐息を首元で感じた。
「あ……」
「千春……」
首筋に唇の柔らかい感触が。チュッチュッと音を立てながら、私の首にキスを落としていく。くすぐったいような妙な感覚に襲われて、耐えられなくなって振り向いた。
「ま……待って……たろちゃん……変なことしないって」
私の問いに、たろちゃんは妖しく微笑んだ。
「変なことじゃないでしょ? お詫びはするって言ったじゃん?」
そう言って、私の唇に唇を重ねた。
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