悪魔は天使の面して嗤う

汐月 詩

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秘密

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 怪我の手当そっちのけで、たろちゃんをなんとかソファまで運んだ。男で、しかも長身のたろちゃんを一人で運ぶのには苦労した。だけどあの様子を見てしまった後では、いつもみたいに適当にあしらうわけにもいかなかった。
 あの取り乱したたろちゃんは、なんだったんだろう。明らかにいつもと違う。何かに怯えるような、それでいて絶望しているような、そんな様子だった。
 ちらりとたろちゃんを見ると、いつも通り、きれいな顔で眠っている。さっきまでの激しさがまるで嘘のようだ。
 ゆっくりと、彼の頬に触れた。よかった、さっきよりは熱が戻っている。血色もいい。そのまま頬をひと撫でしたら、たろちゃんの瞳が静かに開いた。

「……ち、はるさん」

 掠れた声で名前を呼ばれた。まだ思考がハッキリしないのか、ぼんやりしている。

「気がついた? たろちゃん、濡れてたから……その……下だけ変えといたから」

「した……?」

「べ、別に変なことはしてないからね? ていうかこれ、前にも同じことあったよね。あの時は私だったけど……あはは」

 早口で喋り終えると、たろちゃんがフッと目を細めた。その姿に少しホッとする。

「これ、飲んで? あったまるよ」

 テーブルに作ったばかりのココアを置いた。心を落ち着かせるためには温かい飲み物が一番だ。これは二十九年間生きてきて学んだことだった。

「……りがと」

 小さくこぼすと、たろちゃんは手をゆっくり伸ばした。まだ微かに震える手でぎこちなくマグカップを手に取ると、コクンと一口飲み込んだ。

「……あったかい」

「でしょ! それ飲んだらしばらく横になってたらいいよ。私はとりあえず夕飯作るけど、無理して食べなくていいからね?」

 たろちゃんに向けて微笑みかけるも、彼はココアを見つめたまま動かなかった。
 話せるようになるまでそっとしておこう。そう思い、立ち上がった時だった。

「引いたでしょ」

 今までからは想像もつかないくらいハッキリとした声で、たろちゃんがそう言った。

「え……?」

 思わず足を止め聞き返す。たろちゃんは目を伏せ、自嘲気味に笑っていた。長い睫毛がマグカップに影を落とす。

「だから、引いたでしょ? って。女の子はいつもこんな俺を見て引くよ? 『マザコン』だって。『キモイ』って」

 あ────

 その時、アヤが言っていた言葉の意味がわかった気がした。

あんなの・・・・を見ちゃうとね……ぶっちゃけ、いくら顔が良くてもドン引きだし』

『怪我に気をつけてね』

 たしかアヤはそう言った。このことだったんだ。辻褄が合い納得すると共に、どうしようもない怒りが湧いてくる。たろちゃんが付き合ってきたという女の子たちに、だ。

「……私、引いてなんかいないよ」

「なんで? マザコン男が好きなの? 変わってるね千春さん」

 ハハッと乾いた笑いが部屋に広がった。
 いつも通りの棘のある言葉。私に向けられているはずなのに、その棘はたろちゃん自身を攻撃しているように思える。

「あれは……マザコンとか、そういうのじゃないもの。何があったか知らないけど、あれはマザコンっていう言葉で片付けていいものじゃない。だから私は引かない」

 たろちゃんは何かに傷ついている。それは間違いない。
 それなのに、あの状態を目にした上で『マザコン』とか『キモイ』とか吐き捨ててきた女の子たちが許せなかった。
 たろちゃんはゆっくり顔を上げると、毒気が抜けたような顔で「変な女」と呟いた。
 そして眉根を寄せ一瞬苦しそうな表情を見せると、何かを覚悟したのか私を真っ直ぐ見据えた。

「千春さん……ちょっと座って」



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