22時のひとみみぼれ~底辺社員と冷徹社長は只今ヒミツの収録中です~

ワタリ

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第17話:依頼人

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 メールで案内された部屋の番号を目指して、長い廊下を歩く。人がいる気配が全くしない。静かで、黒いベロア素材の絨毯に吸収されて自分の足音すら聞こえない。淡いオレンジ色の間接照明に照らされ落ち着いた雰囲気と窓がない分余計に今が日中だということを忘れそうになる。

「3001……ここだ」

 天井につく程の高く大きい扉の前に立つ。ごくりと息を飲んで、無記名のネームプレートの上にあるインターフォンを押した。

「はい」

 インターフォン越しの第一声は男性の声だった。

「あっ! あの! こんにちは! “おいしいおみみ”の“おみみ”です」

 念のため本名は名乗らずに配信者ネームを通していた。相手の素性もまだハッキリと分からないうちに自分の本名を名乗るのは抵抗があった。

 インターフォンがブツッと切れ、しばらく待つと目の前の扉がゆっくりと開いた。

「初めまして、おみみさん……いや、“白石”さん」


 出てきたのは乾社長だった。








 部屋に入るなり目の前に飛び込んできたのはまるで映画のスクリーンのような景色だった。

 東京を一望するパノラマビュー。爽やかな秋晴れの空に東京を一望できる景色。カーテンはなく、目の前を遮るような建物もない。

 本当なら、きっと心躍るような情景なのに今の自分にはひとつも心は動かされなかった。それどころかこの高層マンションから真っ逆さまに突き落とされる寸前のような絶望的な気分だった。

「どうぞ」

 目の前のローテーブルの上にコーヒーを置いて、乾社長は私と対面する形でソファに座った。自身もコーヒーを飲み、リラックスした様子でゆったりと腰掛ける姿はここが乾社長の自宅なのだろうとすぐに分かった。分かったところで状況を打破する術は何もないけれど。

「あ……あの、」
「驚きました」

 私からの問いかけを聞く前に乾社長は答えた。

「……まさかうちの社員がこんないかがわしい副業をしていたなんて」

 感情の読み取れない淡々とした声色と皮肉気な笑顔を向けられ、反射的に自分の顔が酷く歪む。言い逃れなんて出来ない。お金に目がくらんでなんてことをしてしまったんだろう。

「ほ……本当に申し訳ありませんでした……あの……こんな……会社の信用を失うようなことをしてしまって……」

 声が震えてうまく喋れない。ソファから立ち上がり、乾社長に向かって深々と頭を下げる。

 私が謝らないといけない相手は他にもいる。

 きっと私はクビ……ううん、下手したら懲戒解雇だ。そうなったら派遣登録先にも迷惑を掛けることになってしまう。しいなちゃんにも一気に仕事のしわ寄せがいく。

 なによりひよりと健に申し訳がなさすぎる。大学進学の背中を押したのは私なのに私が二人の足を引っ張ってしまった。

「か……会社は辞めさせていただきます。もちろんどんな処分も全て受け入れます」
「なぜ? まだ始まってもいないのに」
「え……?」

 顔をあげると意外そうな顔をして私を見上げる乾社長と目が合った。

「白石さんは就業規則に則って副業申請をされています。人事評価を拝見しましたが、副業に比重を置きすぎて通常業務に支障が出ているという報告も一度も上がっていませんでした。勤務態度も問題ない。処分に該当する懸念事項はありません」
「え……じゃあ辞めなくてもいいんですか?」
「ご自分の責務を真っ当してくださるならね?」

 上品な話し方、淡々とした声色とは対照的に乾社長の眼差しはいつも力強い。獲物を前にした獰猛な獣を連想させるような、静かに、だけど確実にじっとりとこちらを見据えている。獣のような凶暴性が瞳の奥で燃え盛っているようにも錯覚する。

「早速始めましょうか」
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