黒覆面の若旦那は嘘つき花嫁をほだして愛する

ワタリ

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第45話

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 三上に呼ばれ二人は階段を降りる。蕎麦屋の岡持が館へ到着し、三上が対応していた。一葉は駆け足で降りて三上を手伝う。

「三上さん、庭師の方はまだお庭ですか?」
「はい、作業をしながら召し上がられたいそうです」
「分かりました。私、持って行ってきますね」

 一葉は一人前の蕎麦をお盆に乗せて庭へ出る。庭師の男は脚立の上に上がり木々の剪定をしていた。

「お疲れ様でございます! どうぞ休憩なさってください。お蕎麦、こちらに置いておきますね!」

 下から声を掛け、庭の丸テーブルに蕎麦を置く。庭師は静かに一葉に会釈した。

 緒方家の庭は広大だ。今日からしばらく庭師は毎日作業をすると三上は言っていた。

(お茶菓子とか用意した方がいいよね。三上さんと相談して今度買い物に行こうかしら)








「一葉さん今日買い物に行くんでしょう? 僕も付いて行こうかな」

 はたきを掛けている一葉の元へ保胤がやってきて声を掛ける。

「保胤さん……そろそろ出発されなくていいのですか……もう9時過ぎていますよ……?」

 背広を着てはいるものの保胤はまだ自宅にいた。普段ならとっくに出社している時間帯だ。

「そんなうっとおしそうな顔しないでくださいよ。今日は有給です」
「ソウデスカ……」

 一葉は呆れ顔を隠しもせず黙々と掃除を続ける。

「お菓子買いに行くんでしょう? 車出しますから一緒に行きましょうよ。美津越へ行く? 帰りにまた三善屋にも寄ろうか」

(こうなると思ったから保胤さんが居ない時を見計らって話したはずなのに……)

 庭師へのお茶菓子を買いに行くことを三上に相談しているのを保胤は盗み聞きしていたようだ。出掛けることを知られれば絶対に面倒なことになる。一葉には確信があった。そしてその確信は現実となりそうだった。

「要りません。一人で行きます。保胤さんは有給を有意義にお過ごしください」
「一葉さんと一緒に過ごすことが有意義な休日になります」
「あなたはお休みでも私は仕事があります」
「掃除でしょ? 三上さんにお願いすればいいじゃない」
「馬鹿言わないでください! 三上さんもお仕事中です!」

(ああ、緒方商会の重役にまた馬鹿って言っちゃった……)

 一葉は内心ドキドキしたが、言われた本人はやはりニンマリとしている。

「じゃあ、午前中は僕もちゃんと仕事します。だから、午後からは僕と出掛けましょう? ね? お願いです」
「……またそういう甘えた声を出す」
「ふふ……僕を甘やかしてくださいよ」
「あ! ちょっとどこ触ってるんですか……!!」

 いつの間にか背後に回った保胤に、一葉は臀部をするりと撫でられる。

「ちょ……いい加減に……!!」

 はたきをぶんぶんと振り回して抵抗すると、ブーッとブザー音がした。正門扉の呼び音だった。

「お、お客様ですよ! どいてください! ほら!」

 はたきで保胤を追い払い、一葉は玄関へと急ぎ足で向かう。保胤も後ろから付いてきた。 一葉はボタンを押して応答する。

「はい! どちら様でしょう?」
『私です、一葉ちゃん』

 たおやかな女性の声に一葉は息を飲む。

 背後にいる保胤に悟られたくなくて、一葉はすぐに気を取り直し“今、開けます”と短く答え正門扉の解除ボタンを押す。

 窓の外を見ると、ゆっくりと一台の車が緒方家の敷地内へと入っていく。

「おや、あの車」

 保胤もすぐに気付いた。車が入ってきて間もなく正面玄関の呼び鈴が鳴った。

「ごめんなさいね、急に」

 扉を開けると玲子が立っていた。

「お養母様……どうなさったんです……?」
「どうって、あなたの顔を見に来たのよ。元気にしてるか心配で」

 つい先週会ったばかりなのに。一葉は一瞬そうと思ったが聞かずとも玲子の本当の目的など分かり切っている。

「保胤さん!」

 一葉の後ろにいた保胤の姿が見えた途端、玲子の声が華やぐ。

「突然申し訳ありません……近くまで来たものだから一葉の様子を見に来たんです。お邪魔かな、とは思ったんですけど……」
「邪魔だなんて。一葉さんのご両親は僕にとっても家族です。ようこそいらっしゃいました」

 保胤に出迎えられ、玲子は嬉しそうに部屋の中へ入っていく。

「保胤さん今日はご在宅なんですね。お仕事は?」
「今日は休みなんです」
「あら! 良いタイミングに伺えましたわ。これ、お土産です。贔屓にしている店の洋菓子なんです。貴方のお口に合うといいのだけれど」

 こじんまりとした綺麗な紙袋を保胤に見せる。

「これはわざわざすみません。いただきます」

 一葉は保胤から袋を受け取る。一葉は二人にお辞儀をする。

「私、お茶の準備をしてまいります」
「いいよ。僕が」
「や、保胤さんはお養母様を応接間へお願いします」

 先日の件もあり、なるべく玲子と二人きりになりたくなかった。それに、客人の茶の用意を保胤にさせるだなんて後で何を言われるか分からない。

「なら三上さんにお願いしましょう」
「保胤さん! お庭、素敵ですわね。あの白い花は何ですの?」

 玲子が窓の外を見ながら保胤に声を掛ける。

「あ、ああ。あれは秋明菊です。丁度先日花が咲いたばかりで」
「見に行ってもいいかしら? 案内してくださる?」

 この隙に! とばかりに一葉は素早く二人から離れて台所へと向かった。

(あ……)

 台所へ入る寸前、ちらりと後ろを振り返るとサンルームへ向かう二人の後ろ姿が見えた。

 嬉しそうに保胤を手招きする玲子。
 苦笑しながらも彼女について行く保胤。
 ふたりが並ぶ姿に一葉は胸がきゅうっと痛み、顔を背けた。


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