3 / 22
上
3 水中から生まれるもの
しおりを挟む
月が高く昇って来た時より更に明るい。先ほど搔き分けて進んできた獣道を戻る。途中で気付かなかった分岐を進んでみると徐々に木が減り、立ち上がっている雑草も短くなってきたと思った瞬間。
――――海だ
一気に開けた視界に、とても静かで綺麗な海が映る。風が弱く、月の明かりで波の上が輝く。宝石の輝きか、はたまた0と1で出来たコンピューターの暗号かのように光を絶えず弾き散らしながらゆっくりと水面が変化していく。岩礁が疎らにあり、低めの断崖が左右で海を囲い込んでいる。
気持ち良さそうな水面に引き寄せられてサンダルのまま水の中に足を踏み入れる。
ザーザザザー ザァァァァァ
足の指の間の砂や小石が気持ち良く引き潮と共に海の方へと流れる。
とても静かな穏やかさ。虫の声も遅い時間になりここでは聞こえない。波の畝りと小石が互いにぶつかり合って澄んだ音だけの世界。
――――……世の中はこんなに平穏なのにな
途端。
視界の端で断崖から、何かが、水面に落ちるのが見える。
「――――え?」
ザ……ボン
何かが水に落ちる重たい音と、岩礁に向かって走り出すのが同時だった。
足がもつれて早く前に進めない。
早く!
サンダルが石の裂け目に引っ掛る。砂では足が体重でズブズブと沈んでいく。岩礁は滑っていて足が滑りもつれる。
海に飛び込む。
熱い体をヒンヤリとした波が強く押し返す。前に進むのを拒まれる。岩礁辺りの海は焦りが出るぐらい変化なく波が蠢く。
波の音以外は何も聞こえない。静か過ぎる。
何もいない。
誰もいない。
膝がすぐ横の硬い岩にぶつかる。ガリッと皮膚の表面が剥ける。どこだ!
ザボン!
潜る。
また潜る。
そして、また潜る。
何もいない。
――――クソ!
何回も水面に出てはすぐに潜る。焦燥感に水の中で激しく腕を回して探す。岩礁に何度も腕や足がぶつかる。
――――絶対に、人が落ちた!
そんなに深くはない。潜ればすぐに海底に手が着く。でも岩礁が影になって何も見えない。
また息を止めて下まで潜る。
真っ暗な海は何も見えない。
ゴボゴボゴボ……
耳が塞がる。海藻が体に絡み付く。何も見えない世界。一生懸命広げて伸ばした指先が、肌に触れる。
それはとても冷たく、重い。
咄嗟にそれを掴んで引き上げる。顔が水面を割って一気に息を吸うのと男の頭を引き上げるのが同時だった。
「おい! 大丈夫か!」
首がダランと力の抜けた男を無理矢理浜へと引っ張りあげる。頭をぶつけたのか、血がこめかみから滲んで暗い砂へと吸い込まれる。意識がない身体は重く、大きく、無理矢理岩の上を引き摺って行く。張り付いた黒髪の下で蒼ざめた瞼や唇がきつく閉じられている。
「おい! 聞こえるか⁉ おい!」
頬を何度か強く叩く。鼻の下に手を翳して呼吸をしているかどうかを確認する。何も感じない。俺は急いで海水を含んで重たそうなシャツの胸元に耳を押し付ける。自分の荒れた呼吸しか聞こえず焦燥感が増す。うろ覚えの心臓マッサージをし始める。
――――反応がねぇ!
二本指で顎を引き上げて唇を重ねた。冷たくって動かない。
思いっきり息を吹き込み、心臓マッサージを始める。
一! 二! 三! 四! 五! 六! 七! 八! 九! 十!
両手を重ねて力を込めて押す。十でまた急いで唇を重ねる。息を吹き込む。
まだ反応がない。
俺のか彼のか、どちらのか分からない血の味がする。俺は自分の焦りに促されてまた強く心臓マッサージを繰り返す。
一! 二! 三! 四! 五! 六! 七! 八! 九! 十!
その冷たい口に息を吹き込む。急いで唇を重ねた前歯がカツンと当たり軽い振動が伝わる。再度肺活量が許す限り息を吹き込む。シューと空気が彼の体内に流れ込む音がする。
「クソ!」
右拳を振り上げて強く彼の胸の上に降り下す。
水がゴボゴボ激しく湧き上がる音と共に黒っぽい水が男の口から一気に噴き出て顔を濡らす。血と砂が流れて精鍛な顔が現れる。首がカクンと後ろに折れる。急いで顔を横向きにして気道の中の水も吐かせる。
「おい! 聞こえるか! おい!」
今度は軽めに男の顔を叩く。
「……ぐ」
「目を開けろ!」
ゴボッゴボッとまた小さく水を何度か吐き出し、男の体が小さく跳ねる。くぐもった声がして男の瞼が開く。
――――綺麗な目
これが第一印象だ。
珍しい、灰色の虹彩。とても透明で、夜の海みたいな色合いで引き込まれる。
――――海だ
一気に開けた視界に、とても静かで綺麗な海が映る。風が弱く、月の明かりで波の上が輝く。宝石の輝きか、はたまた0と1で出来たコンピューターの暗号かのように光を絶えず弾き散らしながらゆっくりと水面が変化していく。岩礁が疎らにあり、低めの断崖が左右で海を囲い込んでいる。
気持ち良さそうな水面に引き寄せられてサンダルのまま水の中に足を踏み入れる。
ザーザザザー ザァァァァァ
足の指の間の砂や小石が気持ち良く引き潮と共に海の方へと流れる。
とても静かな穏やかさ。虫の声も遅い時間になりここでは聞こえない。波の畝りと小石が互いにぶつかり合って澄んだ音だけの世界。
――――……世の中はこんなに平穏なのにな
途端。
視界の端で断崖から、何かが、水面に落ちるのが見える。
「――――え?」
ザ……ボン
何かが水に落ちる重たい音と、岩礁に向かって走り出すのが同時だった。
足がもつれて早く前に進めない。
早く!
サンダルが石の裂け目に引っ掛る。砂では足が体重でズブズブと沈んでいく。岩礁は滑っていて足が滑りもつれる。
海に飛び込む。
熱い体をヒンヤリとした波が強く押し返す。前に進むのを拒まれる。岩礁辺りの海は焦りが出るぐらい変化なく波が蠢く。
波の音以外は何も聞こえない。静か過ぎる。
何もいない。
誰もいない。
膝がすぐ横の硬い岩にぶつかる。ガリッと皮膚の表面が剥ける。どこだ!
ザボン!
潜る。
また潜る。
そして、また潜る。
何もいない。
――――クソ!
何回も水面に出てはすぐに潜る。焦燥感に水の中で激しく腕を回して探す。岩礁に何度も腕や足がぶつかる。
――――絶対に、人が落ちた!
そんなに深くはない。潜ればすぐに海底に手が着く。でも岩礁が影になって何も見えない。
また息を止めて下まで潜る。
真っ暗な海は何も見えない。
ゴボゴボゴボ……
耳が塞がる。海藻が体に絡み付く。何も見えない世界。一生懸命広げて伸ばした指先が、肌に触れる。
それはとても冷たく、重い。
咄嗟にそれを掴んで引き上げる。顔が水面を割って一気に息を吸うのと男の頭を引き上げるのが同時だった。
「おい! 大丈夫か!」
首がダランと力の抜けた男を無理矢理浜へと引っ張りあげる。頭をぶつけたのか、血がこめかみから滲んで暗い砂へと吸い込まれる。意識がない身体は重く、大きく、無理矢理岩の上を引き摺って行く。張り付いた黒髪の下で蒼ざめた瞼や唇がきつく閉じられている。
「おい! 聞こえるか⁉ おい!」
頬を何度か強く叩く。鼻の下に手を翳して呼吸をしているかどうかを確認する。何も感じない。俺は急いで海水を含んで重たそうなシャツの胸元に耳を押し付ける。自分の荒れた呼吸しか聞こえず焦燥感が増す。うろ覚えの心臓マッサージをし始める。
――――反応がねぇ!
二本指で顎を引き上げて唇を重ねた。冷たくって動かない。
思いっきり息を吹き込み、心臓マッサージを始める。
一! 二! 三! 四! 五! 六! 七! 八! 九! 十!
両手を重ねて力を込めて押す。十でまた急いで唇を重ねる。息を吹き込む。
まだ反応がない。
俺のか彼のか、どちらのか分からない血の味がする。俺は自分の焦りに促されてまた強く心臓マッサージを繰り返す。
一! 二! 三! 四! 五! 六! 七! 八! 九! 十!
その冷たい口に息を吹き込む。急いで唇を重ねた前歯がカツンと当たり軽い振動が伝わる。再度肺活量が許す限り息を吹き込む。シューと空気が彼の体内に流れ込む音がする。
「クソ!」
右拳を振り上げて強く彼の胸の上に降り下す。
水がゴボゴボ激しく湧き上がる音と共に黒っぽい水が男の口から一気に噴き出て顔を濡らす。血と砂が流れて精鍛な顔が現れる。首がカクンと後ろに折れる。急いで顔を横向きにして気道の中の水も吐かせる。
「おい! 聞こえるか! おい!」
今度は軽めに男の顔を叩く。
「……ぐ」
「目を開けろ!」
ゴボッゴボッとまた小さく水を何度か吐き出し、男の体が小さく跳ねる。くぐもった声がして男の瞼が開く。
――――綺麗な目
これが第一印象だ。
珍しい、灰色の虹彩。とても透明で、夜の海みたいな色合いで引き込まれる。
31
あなたにおすすめの小説
鬼の愛人
のらねことすていぬ
BL
ヤクザの組長の息子である俺は、ずっと護衛かつ教育係だった逆原に恋をしていた。だが男である俺に彼は見向きもしようとしない。しかも彼は近々出世して教育係から外れてしまうらしい。叶わない恋心に苦しくなった俺は、ある日計画を企てて……。ヤクザ若頭×跡取り
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる