(R18G完結)吊り橋効果、上等

如月紫苑

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3 水中から生まれるもの

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 月が高く昇って来た時より更に明るい。先ほど搔き分けて進んできた獣道を戻る。途中で気付かなかった分岐を進んでみると徐々に木が減り、立ち上がっている雑草も短くなってきたと思った瞬間。

――――海だ

 一気に開けた視界に、とても静かで綺麗な海が映る。風が弱く、月の明かりで波の上が輝く。宝石の輝きか、はたまた0と1で出来たコンピューターの暗号かのように光を絶えず弾き散らしながらゆっくりと水面が変化していく。岩礁が疎らにあり、低めの断崖が左右で海を囲い込んでいる。
 気持ち良さそうな水面に引き寄せられてサンダルのまま水の中に足を踏み入れる。

ザーザザザー ザァァァァァ

 足の指の間の砂や小石が気持ち良く引き潮と共に海の方へと流れる。
 とても静かな穏やかさ。虫の声も遅い時間になりここでは聞こえない。波の畝りと小石が互いにぶつかり合って澄んだ音だけの世界。

――――……世の中はこんなに平穏なのにな

 途端。
 視界の端で断崖から、何かが、水面に落ちるのが見える。
「――――え?」

ザ……ボン

 何かが水に落ちる重たい音と、岩礁に向かって走り出すのが同時だった。
 足がもつれて早く前に進めない。
 早く!
 サンダルが石の裂け目に引っ掛る。砂では足が体重でズブズブと沈んでいく。岩礁は滑っていて足が滑りもつれる。
 海に飛び込む。
 熱い体をヒンヤリとした波が強く押し返す。前に進むのを拒まれる。岩礁辺りの海は焦りが出るぐらい変化なく波が蠢く。
 波の音以外は何も聞こえない。静か過ぎる。
 何もいない。
 誰もいない。
 膝がすぐ横の硬い岩にぶつかる。ガリッと皮膚の表面が剥ける。どこだ!

ザボン!

 潜る。
 また潜る。
 そして、また潜る。
 何もいない。

――――クソ!

 何回も水面に出てはすぐに潜る。焦燥感に水の中で激しく腕を回して探す。岩礁に何度も腕や足がぶつかる。

――――絶対に、人が落ちた!

 そんなに深くはない。潜ればすぐに海底に手が着く。でも岩礁が影になって何も見えない。
 また息を止めて下まで潜る。
 真っ暗な海は何も見えない。

ゴボゴボゴボ…… 

 耳が塞がる。海藻が体に絡み付く。何も見えない世界。一生懸命広げて伸ばした指先が、肌に触れる。
 それはとても冷たく、重い。
 咄嗟にそれを掴んで引き上げる。顔が水面を割って一気に息を吸うのと男の頭を引き上げるのが同時だった。
「おい! 大丈夫か!」
 首がダランと力の抜けた男を無理矢理浜へと引っ張りあげる。頭をぶつけたのか、血がこめかみから滲んで暗い砂へと吸い込まれる。意識がない身体は重く、大きく、無理矢理岩の上を引き摺って行く。張り付いた黒髪の下で蒼ざめた瞼や唇がきつく閉じられている。
「おい! 聞こえるか⁉ おい!」
 頬を何度か強く叩く。鼻の下に手を翳して呼吸をしているかどうかを確認する。何も感じない。俺は急いで海水を含んで重たそうなシャツの胸元に耳を押し付ける。自分の荒れた呼吸しか聞こえず焦燥感が増す。うろ覚えの心臓マッサージをし始める。

――――反応がねぇ!

 二本指で顎を引き上げて唇を重ねた。冷たくって動かない。
 思いっきり息を吹き込み、心臓マッサージを始める。

一! 二! 三! 四! 五! 六! 七! 八! 九! 十! 

 両手を重ねて力を込めて押す。十でまた急いで唇を重ねる。息を吹き込む。
 まだ反応がない。
 俺のか彼のか、どちらのか分からない血の味がする。俺は自分の焦りに促されてまた強く心臓マッサージを繰り返す。

一! 二! 三! 四! 五! 六! 七! 八! 九! 十!

 その冷たい口に息を吹き込む。急いで唇を重ねた前歯がカツンと当たり軽い振動が伝わる。再度肺活量が許す限り息を吹き込む。シューと空気が彼の体内に流れ込む音がする。
「クソ!」
 右拳を振り上げて強く彼の胸の上に降り下す。
 水がゴボゴボ激しく湧き上がる音と共に黒っぽい水が男の口から一気に噴き出て顔を濡らす。血と砂が流れて精鍛な顔が現れる。首がカクンと後ろに折れる。急いで顔を横向きにして気道の中の水も吐かせる。
「おい! 聞こえるか! おい!」
 今度は軽めに男の顔を叩く。
「……ぐ」
「目を開けろ!」
 ゴボッゴボッとまた小さく水を何度か吐き出し、男の体が小さく跳ねる。くぐもった声がして男の瞼が開く。

――――綺麗な目

 これが第一印象だ。
 珍しい、灰色の虹彩。とても透明で、夜の海みたいな色合いで引き込まれる。
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