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第四章 傀儡師と緑瞳の王
31 傀儡師と死した王
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血の反乱は終わった。
城は血に染まった。
ゼノは廊下に出てチラリと俺の方を見る。そして誰もいない部屋の方へと入っていく。俺は静かに彼の後に入り、ドアを後ろ手に閉める。
「ジーク!」
まだ赤色に染まって震える指先を掴んで自分の胸に抱きかかえる。彼は俺の背中に腕を回して強く抱き返す。お互いにまだ激しく鳴っている鼓動に聞き入る。それはまだお互いが生きている事の証明。
「やっと……終わったな」
「ずっと、私を助けてくれた。君は約束通り私の側にいてくれた」
ゼノは崩れ落ちるように俺に寄り掛かり、その体温と体重を預ける。
彼の体は熱く、まだ興奮している。
空気は血と汗と涙の匂いが混じり、重く圧し掛かる。
ゼノの唇が俺のと重なり、熱い舌が唇を割って入ってくる。僅かに震えていたそれはすぐに俺の舌を愛撫するように何度もなぞり、絡み付く。彼の指先が背中から胸へと流れ、俺のシャツを掴む。
それは欲望というよりも、俺の存在を確かめているかのようだ。
「遠慮なく俺を使え。直接は会えないが、使いを寄越したら必ずお前の望みを叶える。……俺もお前も、それで生きているって確認出来る」
「でも……やっぱり、直接は会えないのか」
「あぁ、駄目だ。……だが、数年は俺の気持ちが感じられるはずだ。魔力を注げないから少しずつ薄れてくるが、暫くは、繋がっていられる」
「良かった……」
彼は小さく呟くと俺の心臓に自分のを押し付ける。まるで鼓動を合わせて一つに融け合おうとしているかのように。
「でも……離れたくない。離れたく、ない」
彼の声が掠れ、震える。
俺は答えずに、彼の額に唇を押し付ける。
強く。
そして自分の魔力を流し込めるだけ、流す。
深く。
呪われた傀儡師に許されたただ一つの白魔法――――俺の幸運を少しでも彼に。
それは俺からの祝福であり、誓いであり、愛だ。
「愛している」
唇を離した時にはもう彼は泣いていない。目の奥には強い信念と、覚悟と、俺への愛が灯っている。
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
外の鐘が鳴る。
愚かな王の終わりと、新たな王を告げる音だ。
お互いの名残惜しく、腕を離す。
「ずっと、お前を見ている」
俺の言葉に彼は唇を噛み、俺を見つめたまま数歩下がる。そして最後に微笑む。とても美しく、強く。
「ずっと、見ていてくれ。私も、君を、ずっと心に抱く」
そして光の差す王座の間へと歩いていく王の背を、見えなくなってからも暫く見送った。
その数時間後。
むせ返るような血と火薬の匂いが石畳の隙間に深く浸透してしまっている。それでも上空を飛び回る鳥や鷹の澄んだ歌い声が新国王の戴冠式を祝福するように遠くまで響く。
真っ赤な床に跪いたシアン王の頭に、重い黄金の王冠が乗せられる。彼は真っ直ぐに立ち上がり、王座に座る。あの優しく繊細なシアン王子の面影がないほどに冷たく、強い視線で王座の間に集まった人達を見る。
「……負の鎖は、断たれた」
大勢の貴族と議員達が恐る恐る跪く。一番立場の弱かった王子の前に。
今は鋭い眼光を放つ残忍な王しかいない。その王は息を飲むほど美しく、強い。一時間もしない内に彼の家族の全員を捉えたか殺し、大勢の兵士も残忍に切り裂いた。彼の噂は尾ひれが付き、怒らせてはならない恐怖の王として恐れられるだろう。
外の光が差し込み、王の背を照らす。
一匹の迷い込んだ蝶が王の周りを舞い、その足元に止まる。
「約束の時まで」
声は発せられていないが、彼の唇が僅かに動く。そして彼の言葉は確かに俺に届いた。
「約束だ。愛しているよ、シアン」
俺は王を見守っていた影から微笑み、蝶の傀儡を解放する。
そして静かに姿を消した。
◇◇◇◇◇
星のない、どこまでも静かな夜だ。
王都の城壁の外、誰も近寄らぬ丘の上に一つだけ灯りが灯っている。半分崩れた古い礼拝堂の遺跡の中に、その光は弱々しく風にあおられる。
『私が死んだ晩、王都の外に体を置け』誰もが疑問に思った王の遺言だ。刺客か、病か、自殺か。シアン王の死因は知られていない。だが国に全てを捧げてきた偉大な王の遺言は、しっかりと執行された。家族を持たなかった王は、王族ではない青年を新王に任命した。それは今までの王権を覆すものだった。
――――やっと、一緒にいられる
グンギは礼拝堂の外で待っている。あの日のように。彼も家族の帰りを楽しみにしている。
彼の亡骸は冷たい石の上に安置されていた。バラに囲まれた彼の顔は疲労の色が濃い。
だが表情は安らかだ。苦しまず、僅かに微笑んでいる。
「……お前は、やっと、自由だ」
指先で頬をなぞると、その冷たさが皮膚の奥に沈みこんでくる。だが、俺はまだ、あの夜の熱を心に秘めている。
静かに唇を重ね、魔力を注ぎ込む。
空気がざらりと震える。あの世とこの世を繋げた影響で空間がグニャリと曲がる。
「ゼノ、愛おしい、愛おしい、俺の恋人」
その瞬間、胸のあたりがわずかに動いた。空気が吸い込まれ、遺体が震える。
目蓋がゆっくりと開く。あの頃と同じような、綺麗なエメラルド。
「約束だ。もう二度と離さねぇぞ」
ゼノは僅かに微笑む。
まだ動きづらそうに持ち上がった手が、俺の頬を愛おしそうに撫でる。
『ジーク、ジーク。……一緒。ジーク。会いたかった。ジーク……』
流れ込んでくる激しい愛情に、嗚咽が漏れそうになる。
どちらともなく唇を重ね、彼の腕が俺を抱き寄せる。
「愛している」
それは傀儡師と死した王が同時に感じた想いだ。
完
城は血に染まった。
ゼノは廊下に出てチラリと俺の方を見る。そして誰もいない部屋の方へと入っていく。俺は静かに彼の後に入り、ドアを後ろ手に閉める。
「ジーク!」
まだ赤色に染まって震える指先を掴んで自分の胸に抱きかかえる。彼は俺の背中に腕を回して強く抱き返す。お互いにまだ激しく鳴っている鼓動に聞き入る。それはまだお互いが生きている事の証明。
「やっと……終わったな」
「ずっと、私を助けてくれた。君は約束通り私の側にいてくれた」
ゼノは崩れ落ちるように俺に寄り掛かり、その体温と体重を預ける。
彼の体は熱く、まだ興奮している。
空気は血と汗と涙の匂いが混じり、重く圧し掛かる。
ゼノの唇が俺のと重なり、熱い舌が唇を割って入ってくる。僅かに震えていたそれはすぐに俺の舌を愛撫するように何度もなぞり、絡み付く。彼の指先が背中から胸へと流れ、俺のシャツを掴む。
それは欲望というよりも、俺の存在を確かめているかのようだ。
「遠慮なく俺を使え。直接は会えないが、使いを寄越したら必ずお前の望みを叶える。……俺もお前も、それで生きているって確認出来る」
「でも……やっぱり、直接は会えないのか」
「あぁ、駄目だ。……だが、数年は俺の気持ちが感じられるはずだ。魔力を注げないから少しずつ薄れてくるが、暫くは、繋がっていられる」
「良かった……」
彼は小さく呟くと俺の心臓に自分のを押し付ける。まるで鼓動を合わせて一つに融け合おうとしているかのように。
「でも……離れたくない。離れたく、ない」
彼の声が掠れ、震える。
俺は答えずに、彼の額に唇を押し付ける。
強く。
そして自分の魔力を流し込めるだけ、流す。
深く。
呪われた傀儡師に許されたただ一つの白魔法――――俺の幸運を少しでも彼に。
それは俺からの祝福であり、誓いであり、愛だ。
「愛している」
唇を離した時にはもう彼は泣いていない。目の奥には強い信念と、覚悟と、俺への愛が灯っている。
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
外の鐘が鳴る。
愚かな王の終わりと、新たな王を告げる音だ。
お互いの名残惜しく、腕を離す。
「ずっと、お前を見ている」
俺の言葉に彼は唇を噛み、俺を見つめたまま数歩下がる。そして最後に微笑む。とても美しく、強く。
「ずっと、見ていてくれ。私も、君を、ずっと心に抱く」
そして光の差す王座の間へと歩いていく王の背を、見えなくなってからも暫く見送った。
その数時間後。
むせ返るような血と火薬の匂いが石畳の隙間に深く浸透してしまっている。それでも上空を飛び回る鳥や鷹の澄んだ歌い声が新国王の戴冠式を祝福するように遠くまで響く。
真っ赤な床に跪いたシアン王の頭に、重い黄金の王冠が乗せられる。彼は真っ直ぐに立ち上がり、王座に座る。あの優しく繊細なシアン王子の面影がないほどに冷たく、強い視線で王座の間に集まった人達を見る。
「……負の鎖は、断たれた」
大勢の貴族と議員達が恐る恐る跪く。一番立場の弱かった王子の前に。
今は鋭い眼光を放つ残忍な王しかいない。その王は息を飲むほど美しく、強い。一時間もしない内に彼の家族の全員を捉えたか殺し、大勢の兵士も残忍に切り裂いた。彼の噂は尾ひれが付き、怒らせてはならない恐怖の王として恐れられるだろう。
外の光が差し込み、王の背を照らす。
一匹の迷い込んだ蝶が王の周りを舞い、その足元に止まる。
「約束の時まで」
声は発せられていないが、彼の唇が僅かに動く。そして彼の言葉は確かに俺に届いた。
「約束だ。愛しているよ、シアン」
俺は王を見守っていた影から微笑み、蝶の傀儡を解放する。
そして静かに姿を消した。
◇◇◇◇◇
星のない、どこまでも静かな夜だ。
王都の城壁の外、誰も近寄らぬ丘の上に一つだけ灯りが灯っている。半分崩れた古い礼拝堂の遺跡の中に、その光は弱々しく風にあおられる。
『私が死んだ晩、王都の外に体を置け』誰もが疑問に思った王の遺言だ。刺客か、病か、自殺か。シアン王の死因は知られていない。だが国に全てを捧げてきた偉大な王の遺言は、しっかりと執行された。家族を持たなかった王は、王族ではない青年を新王に任命した。それは今までの王権を覆すものだった。
――――やっと、一緒にいられる
グンギは礼拝堂の外で待っている。あの日のように。彼も家族の帰りを楽しみにしている。
彼の亡骸は冷たい石の上に安置されていた。バラに囲まれた彼の顔は疲労の色が濃い。
だが表情は安らかだ。苦しまず、僅かに微笑んでいる。
「……お前は、やっと、自由だ」
指先で頬をなぞると、その冷たさが皮膚の奥に沈みこんでくる。だが、俺はまだ、あの夜の熱を心に秘めている。
静かに唇を重ね、魔力を注ぎ込む。
空気がざらりと震える。あの世とこの世を繋げた影響で空間がグニャリと曲がる。
「ゼノ、愛おしい、愛おしい、俺の恋人」
その瞬間、胸のあたりがわずかに動いた。空気が吸い込まれ、遺体が震える。
目蓋がゆっくりと開く。あの頃と同じような、綺麗なエメラルド。
「約束だ。もう二度と離さねぇぞ」
ゼノは僅かに微笑む。
まだ動きづらそうに持ち上がった手が、俺の頬を愛おしそうに撫でる。
『ジーク、ジーク。……一緒。ジーク。会いたかった。ジーク……』
流れ込んでくる激しい愛情に、嗚咽が漏れそうになる。
どちらともなく唇を重ね、彼の腕が俺を抱き寄せる。
「愛している」
それは傀儡師と死した王が同時に感じた想いだ。
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