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二章
11 酒場
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酒場はとても騒がしく、屈強な男たちがそこら中で酒を酌み交わしていた。
席と席の間の狭い道を進み、ウィリアムはカウンターに向かった。カウンターに立っていたのは肌がこんがり焼けた、いかにも快活そうな男だった。ウィリアムはよそ行きの愛想笑いを浮かべて男に声をかけた。
「すみません、宿は空いていますか?今夜から泊まりたいんですけど」
「おお空いてるぜ。店が空き始めたら案内してやるよ。その辺の席に座って待ってな。注文はビールでいいかい?」
「ええ、お願いします」
カウンターを後にしたウィリアムは、目立たないよう隅の席に座っているエルマーの元にやってきた。彼は深く帽子をかぶっており、周りを警戒しているようだった。
「私はビールなんて飲まないよ」
「酒場でなにも頼まなかったら怪しまれるだろ」
二人はこそこそと小声で話し、存在感を消そうと必死になっていた。
ウィリアムはポケットからガルにもらった書類を取り出し、目を通し始めた。殺害された天使の情報が簡潔にまとめられている。偶然なのか、天使はみな同じ髪色であり、体型も似ているようだった。天使は亡くなっても骨が残らないらしく、遺体が完全に消滅しているため証拠は不十分であると書き記されている。
事件はどれも教会の近くで起こっていて、同時に何者かによる教会の放火も起きていた。
「どうしてこの宿を拠点にしたんだい?君はこういう騒がしいところが苦手なのに」
「人が多いところのほうがうまく紛れられる。ものが溢れかえった街に住んでる奴らは、刺激に疲れて周りを気にしている余裕もないんだ」
「へえ、そういうものなのか」
エルマーは物珍しそうにあたりを見渡した。人間の暮らしに興味津々のようだった。ワクワクと目を輝かせる彼を見て、ウィリアムの緊張の糸が一瞬だけほどけた。
賑やかな店内の空気を吸い込んでいると、ウェイターがビールを運んできた。
「こちらビールでーす」
ウェイターは手荒くビールを置いた。溢れたビールがテーブルを汚したが、ウェイターは謝りもせずに去っていった。ウェイターは骨格から見て男性のようだったが、女性と勘違いしてしまいそうなほど綺麗な顔立ちをしていた。髪は一つに結んであり、露出した腕に大きな火傷のあとがある。
ウィリアムは男をチラリと一瞥し、目をそらした。
「さあ、私の分も飲んでくれ」
エルマーはジョッキをウィリアムの方に差し出した。少し迷ってからウィリアムは一気にビールを飲み干した。彼の豪快な飲みっぷりにエルマーは拍手を送った。ウィリアムは顔色ひとつ変えずに口を拭い、空のジョッキをエルマーに渡した。
ちょうどその時、店内で楽器の演奏が始まり、酔っ払った人たちが一斉に踊り出した。
「あんた、いい飲みっぷりだな。どっちが多く飲めるか勝負しようぜ?」
突然、近くの席に座っていた酔っ払いの男がウィリアムに声をかけてきた。男はビールジョッキと椅子を持ってきて強引に二人の間に座った。サングラスをかけており目元は見えないが、鍛え抜かれた腕を見れば健康体なのは明らかだった。
礼儀知らずな男の行動にあきれたウィリアムは、彼と向かい合わずにそっぽを向いた。
「他を当たってくれ」
「俺が勝ったら今日の酒代奢ってくれよ。あんたが勝ったらなんでも知りたいことを教えてやるからさ。なあ頼むって」
「なんでも?」
「この街で情報通って言ったら俺だよ。右に出るものはいない。ちなみにこの街で一番の色男も俺だから覚えておきな」
男は口角を上げて得意げに笑った。彼の態度を見てウィリアムは顔をしかめた。相手が馴れ馴れしいせいか、昔から知り合いだったかのような、妙な親近感を覚えてしまいそうになる。
ウィリアムは関わりたくないという思いをひた隠して真顔になった。
「連続放火事件についてなにか知ってるか?」
「ああ、教会ばっか狙われてるやつだろ。知ってるぜ。とびきりの情報を持ってる」
ウィリアムの質問に男はにやりと胡散臭い笑みを浮かべた。ウィリアムは男の返答を聞いて、自分のビールジョッキを持ち上げた。男は「そう来なくっちゃ!マスター、ありったけのビールをくれ!」とカウンターの方に叫んだ。なんとなく空気を読んだのか、エルマーは少し離れたところに椅子を運び、遠くから見守っていた。
正面から向かい合った二人は、同時にジョッキを傾け一気にビールを飲み干した。
「ビールでーす」
再びウェイターがやってきて両手一杯に持ったビールジョッキを置いて行く。二人は勢いよくビールを飲み干し、空いたジョッキをどんどん重ねていく。気づけば周りの客が集まっていて、会場は謎の盛り上がりを見せていた。
途中まで張り合っていた二人だが、徐々に男が遅れをとり始め、いつの間にか一杯分の差が生まれていた。
ウィリアムはさらに差をつけようとビールを飲み干した。男は真っ赤な顔でジョッキを握っており、限界なのは一目瞭然だった。
「そろそろ諦めろ、お前に勝ち目はないぞ」
「俺は、負けてない!まだ飲めるぞ!」
威勢よく立ち上がった男は、腰に手を当てて再びビールを飲み始めた。見物客が手拍子をして男を煽る。男がビールを飲み切った途端、見物客は大きな歓声を上げた。男たちの声が渦となって店を揺らしているようだった。
盛り上がりが最高潮に達したとき、男は後ろ向きに倒れていった。勝負が決まり、今度はウィリアムが歓声を浴びた。周りの客たちは熱狂していたが、当の本人はいたって冷静であり、立ち上がって床に寝転がっている男を見下ろした。革靴の先でチョンと肩を押してみるが反応はない。
「お前の負けだ。約束通り知ってることを全部吐け」
ウィリアムが話しかけた途端、男は眠ったまま噴水のような吐瀉物を吹き出した。店内は大騒ぎとなり、ウィリアムもエルマーを連れてカウンターへ逃げた。
混沌とする店内の様子を眺めながら、やっぱり関わらなきゃ良かったと、ウィリアムは心底後悔した。
席と席の間の狭い道を進み、ウィリアムはカウンターに向かった。カウンターに立っていたのは肌がこんがり焼けた、いかにも快活そうな男だった。ウィリアムはよそ行きの愛想笑いを浮かべて男に声をかけた。
「すみません、宿は空いていますか?今夜から泊まりたいんですけど」
「おお空いてるぜ。店が空き始めたら案内してやるよ。その辺の席に座って待ってな。注文はビールでいいかい?」
「ええ、お願いします」
カウンターを後にしたウィリアムは、目立たないよう隅の席に座っているエルマーの元にやってきた。彼は深く帽子をかぶっており、周りを警戒しているようだった。
「私はビールなんて飲まないよ」
「酒場でなにも頼まなかったら怪しまれるだろ」
二人はこそこそと小声で話し、存在感を消そうと必死になっていた。
ウィリアムはポケットからガルにもらった書類を取り出し、目を通し始めた。殺害された天使の情報が簡潔にまとめられている。偶然なのか、天使はみな同じ髪色であり、体型も似ているようだった。天使は亡くなっても骨が残らないらしく、遺体が完全に消滅しているため証拠は不十分であると書き記されている。
事件はどれも教会の近くで起こっていて、同時に何者かによる教会の放火も起きていた。
「どうしてこの宿を拠点にしたんだい?君はこういう騒がしいところが苦手なのに」
「人が多いところのほうがうまく紛れられる。ものが溢れかえった街に住んでる奴らは、刺激に疲れて周りを気にしている余裕もないんだ」
「へえ、そういうものなのか」
エルマーは物珍しそうにあたりを見渡した。人間の暮らしに興味津々のようだった。ワクワクと目を輝かせる彼を見て、ウィリアムの緊張の糸が一瞬だけほどけた。
賑やかな店内の空気を吸い込んでいると、ウェイターがビールを運んできた。
「こちらビールでーす」
ウェイターは手荒くビールを置いた。溢れたビールがテーブルを汚したが、ウェイターは謝りもせずに去っていった。ウェイターは骨格から見て男性のようだったが、女性と勘違いしてしまいそうなほど綺麗な顔立ちをしていた。髪は一つに結んであり、露出した腕に大きな火傷のあとがある。
ウィリアムは男をチラリと一瞥し、目をそらした。
「さあ、私の分も飲んでくれ」
エルマーはジョッキをウィリアムの方に差し出した。少し迷ってからウィリアムは一気にビールを飲み干した。彼の豪快な飲みっぷりにエルマーは拍手を送った。ウィリアムは顔色ひとつ変えずに口を拭い、空のジョッキをエルマーに渡した。
ちょうどその時、店内で楽器の演奏が始まり、酔っ払った人たちが一斉に踊り出した。
「あんた、いい飲みっぷりだな。どっちが多く飲めるか勝負しようぜ?」
突然、近くの席に座っていた酔っ払いの男がウィリアムに声をかけてきた。男はビールジョッキと椅子を持ってきて強引に二人の間に座った。サングラスをかけており目元は見えないが、鍛え抜かれた腕を見れば健康体なのは明らかだった。
礼儀知らずな男の行動にあきれたウィリアムは、彼と向かい合わずにそっぽを向いた。
「他を当たってくれ」
「俺が勝ったら今日の酒代奢ってくれよ。あんたが勝ったらなんでも知りたいことを教えてやるからさ。なあ頼むって」
「なんでも?」
「この街で情報通って言ったら俺だよ。右に出るものはいない。ちなみにこの街で一番の色男も俺だから覚えておきな」
男は口角を上げて得意げに笑った。彼の態度を見てウィリアムは顔をしかめた。相手が馴れ馴れしいせいか、昔から知り合いだったかのような、妙な親近感を覚えてしまいそうになる。
ウィリアムは関わりたくないという思いをひた隠して真顔になった。
「連続放火事件についてなにか知ってるか?」
「ああ、教会ばっか狙われてるやつだろ。知ってるぜ。とびきりの情報を持ってる」
ウィリアムの質問に男はにやりと胡散臭い笑みを浮かべた。ウィリアムは男の返答を聞いて、自分のビールジョッキを持ち上げた。男は「そう来なくっちゃ!マスター、ありったけのビールをくれ!」とカウンターの方に叫んだ。なんとなく空気を読んだのか、エルマーは少し離れたところに椅子を運び、遠くから見守っていた。
正面から向かい合った二人は、同時にジョッキを傾け一気にビールを飲み干した。
「ビールでーす」
再びウェイターがやってきて両手一杯に持ったビールジョッキを置いて行く。二人は勢いよくビールを飲み干し、空いたジョッキをどんどん重ねていく。気づけば周りの客が集まっていて、会場は謎の盛り上がりを見せていた。
途中まで張り合っていた二人だが、徐々に男が遅れをとり始め、いつの間にか一杯分の差が生まれていた。
ウィリアムはさらに差をつけようとビールを飲み干した。男は真っ赤な顔でジョッキを握っており、限界なのは一目瞭然だった。
「そろそろ諦めろ、お前に勝ち目はないぞ」
「俺は、負けてない!まだ飲めるぞ!」
威勢よく立ち上がった男は、腰に手を当てて再びビールを飲み始めた。見物客が手拍子をして男を煽る。男がビールを飲み切った途端、見物客は大きな歓声を上げた。男たちの声が渦となって店を揺らしているようだった。
盛り上がりが最高潮に達したとき、男は後ろ向きに倒れていった。勝負が決まり、今度はウィリアムが歓声を浴びた。周りの客たちは熱狂していたが、当の本人はいたって冷静であり、立ち上がって床に寝転がっている男を見下ろした。革靴の先でチョンと肩を押してみるが反応はない。
「お前の負けだ。約束通り知ってることを全部吐け」
ウィリアムが話しかけた途端、男は眠ったまま噴水のような吐瀉物を吹き出した。店内は大騒ぎとなり、ウィリアムもエルマーを連れてカウンターへ逃げた。
混沌とする店内の様子を眺めながら、やっぱり関わらなきゃ良かったと、ウィリアムは心底後悔した。
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