人間ならざる者たちよ

辻本 羽音

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二章

12 目撃者

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「あの野郎、飲むだけ飲んで勝手に倒れやがって。結局何にも聞けなかった」
「あれだけ飲んだら当然だよ。君が強すぎるんだ」

 ウィリアムは涼しい顔で椅子に座り、デスクに書類を広げた。その隣でエルマーは本やら手帳やら謎の箱やらをカバンから出し、荷物整理をしているようだった。
 宿は思っていたよりも可愛らしい内装をしており、なぜかテーブルの上に熊のぬいぐるみが置かれていた。

「夜明けまで三時間はあるけど、これからどうするんだい?」
「今日はもう休もうぜ。こんな夜中に聞き込みしたってどうしようもないだろ」
「じゃあ少しだけ散歩をしてこようかな」
「だめだ。部屋から一歩も出るな」

 不満そうな顔をしたエルマーは、外の探索を諦めたのか、静かにベッドへ腰掛けた。彼がおとなしくなったのを確認してから、ウィリアムは再び書類に目を通し始めた。
 情報をまとめようとしたその時、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。二人は同時に扉を見つめ、顔を見合せた。
 ウィリアムはエルマーに「俺がいく」と声をかけて扉に向かった。

「すみませーん、マスターからサービスのフルーツですー」

 間延びしたウェイターの声が聞こえ、ウィリアムはゆっくりと扉を開けた。
 部屋の前に立っていたのは大きなカゴを持ったウェイターだった。溢れんばかりのフルーツがカゴに乗っており、ウィリアムは「ああ、どうも」と言ってそれを受け取った。
 すぐにドアを閉めようとしたが、何を思ったか、男が扉の隙間につま先を突っ込んできた。

「ねえ、放火の犯人知りたくない?」

 思わぬ言葉を聞いてウィリアムは目を見開いた。男は眉一つ動かさずにウィリアムを凝視していた。

「あんまり聞かれたくない話だから中に入れてよ」
「……ボディチェックをさせてくれるなら」
「意外とむっつりなんだね。一回だけならどうぞ。でも殴ったりするのはやめてね。あと僕、男だから」
「頼むから黙っててくれ」

 ウィリアムはフルーツを部屋のテーブルに置き、男のボディチェクを始めた。時間をかけて武器がないことを確認したウィリアムは、男を部屋に入れてやった。男はベッドに座っているエルマーへ視線を向け、ウィリアムを見上げた。

「なんでここに亜人がいるの。あんなに目が赤いってことは悪魔?まさか吸血鬼じゃないよね?」
「口外したらお前を殺す」

 ウィリアムはドスの聞いた声で脅した。男は全く怖気付かずにテーブル近くの椅子へ座った。腹が減っていたのか、男はカゴに乗っていたリンゴを手に取り、勝手に食べ始めたのだった。

「……お前何しに来たんだ」
「ごめんなさい、お腹すいちゃって。今日も朝から働いてたからさ。朝は郵便配達をして、夜はここで働いてるんだ。意外と真面目でしょ?どう僕のこと信頼してくれる?」

 男は聞いてもいないことを饒舌に話した。
 その言葉を聞いた途端、エルマーがバタバタと動き出し、謎の紙箱を開いた。中には歪な形のアップルパイが入っていた。お世辞でも広いとは言えない部屋にリンゴの甘い香りが広がった。

「君、アップルパイは好きかい?」

 エルマーはなぜか目をキラキラと輝かせていた。男は頷きながらアップルパイを穴があくほど見つめている。エルマーがテーブルにアップルパイを置いた途端、男は腹をすかせた獣のように噛り付いた。

「おいしい、素朴な味っていうか、なんか懐かしい感じがする」

 男の食べっぷりに感動したのか、エルマーは嬉しそうに笑って「いっぱいお食べ!」と言った。
 二人の楽しげな様子を見てウィリアムはため息をついた。そんな場合じゃないだろと心の中でぼやきつつ、椅子に座って手帳とペンを手に取った。

「放火の犯人を知ってるって言ってたな?」
「うん、現場にいたから。教会 の近くにある酒場でも働いてるんだけど、急に教会がぼわって燃えて、人がうわーって逃げて、消防隊がザーって水をかけてた。近くで見てたら火の粉が飛んできてさ、腕を火傷しちゃったんだよね」

 男は食べ物で頬を膨らませながら話した。無駄な描写が多いせいで何を言ってるのかわからず、ウィリアムは頭を抱えた。与えられた情報を整理しながら手帳に書き記していく。
 エルマーは男の食べっぷりに見惚れているようで、全く役に立たなかった。

「その現場で犯人を見たのか?」
「うん」
「犯人は誰だった?」
「天使」

 ペンを走らせていたウィリアムの手が止まる。男はごくりとアップルパイを飲み込み、ウィリアムを見た。

「見ちゃったんだ、白い羽の生えた女の子が松明を持ってるの」

 予期せぬ展開にウィリアムとエルマーは黙り込んだまま顔を見合わせた。なんと言ったらいいかわからず、気まずい沈黙が続いた。
 ウィリアムはガルの言葉を思い出し、どちらを信じればいいのか頭を悩ませたのだった。

「放火しても天使でいられるなんておかしいよ」

 男は小さな声で呟いた。これまでの淡々とした話し方とは違い、かすかに憎しみのような感情がこもっていた。男は最後の一かけらを飲み込み、アップルパイを完食した。空っぽの箱にはパイのかけらがいくつも落ちていた。

「他に現場で見たものはあるか?犯人の特徴が知りたいんだ」
「ネックレス」
「ネックレス?」
「その天使がネックレスをつけてた。赤い宝石がついてるやつ」

 聞いた話を手帳に書き留めていたウィリアムは、なんの気なしにエルマーのほうを見た。彼はひどく驚いたような表情を浮かべていた。

「私はその天使を知ってるかもしれない」

 深く考え込んでいるのか、エルマーは顎に手を添えながら言った。様々な情報が交差していて、ウィリアムの思考は追いついていなかった。
 部屋にはアップルパイの香りが広がっていて、そこにシナモンのスパイスの香りが混じっている。謎多き事件のように、刺激的なにおいだった。
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