12 / 13
二章
12 目撃者
しおりを挟む「あの野郎、飲むだけ飲んで勝手に倒れやがって。結局何にも聞けなかった」
「あれだけ飲んだら当然だよ。君が強すぎるんだ」
ウィリアムは涼しい顔で椅子に座り、デスクに書類を広げた。その隣でエルマーは本やら手帳やら謎の箱やらをカバンから出し、荷物整理をしているようだった。
宿は思っていたよりも可愛らしい内装をしており、なぜかテーブルの上に熊のぬいぐるみが置かれていた。
「夜明けまで三時間はあるけど、これからどうするんだい?」
「今日はもう休もうぜ。こんな夜中に聞き込みしたってどうしようもないだろ」
「じゃあ少しだけ散歩をしてこようかな」
「だめだ。部屋から一歩も出るな」
不満そうな顔をしたエルマーは、外の探索を諦めたのか、静かにベッドへ腰掛けた。彼がおとなしくなったのを確認してから、ウィリアムは再び書類に目を通し始めた。
情報をまとめようとしたその時、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。二人は同時に扉を見つめ、顔を見合せた。
ウィリアムはエルマーに「俺がいく」と声をかけて扉に向かった。
「すみませーん、マスターからサービスのフルーツですー」
間延びしたウェイターの声が聞こえ、ウィリアムはゆっくりと扉を開けた。
部屋の前に立っていたのは大きなカゴを持ったウェイターだった。溢れんばかりのフルーツがカゴに乗っており、ウィリアムは「ああ、どうも」と言ってそれを受け取った。
すぐにドアを閉めようとしたが、何を思ったか、男が扉の隙間につま先を突っ込んできた。
「ねえ、放火の犯人知りたくない?」
思わぬ言葉を聞いてウィリアムは目を見開いた。男は眉一つ動かさずにウィリアムを凝視していた。
「あんまり聞かれたくない話だから中に入れてよ」
「……ボディチェックをさせてくれるなら」
「意外とむっつりなんだね。一回だけならどうぞ。でも殴ったりするのはやめてね。あと僕、男だから」
「頼むから黙っててくれ」
ウィリアムはフルーツを部屋のテーブルに置き、男のボディチェクを始めた。時間をかけて武器がないことを確認したウィリアムは、男を部屋に入れてやった。男はベッドに座っているエルマーへ視線を向け、ウィリアムを見上げた。
「なんでここに亜人がいるの。あんなに目が赤いってことは悪魔?まさか吸血鬼じゃないよね?」
「口外したらお前を殺す」
ウィリアムはドスの聞いた声で脅した。男は全く怖気付かずにテーブル近くの椅子へ座った。腹が減っていたのか、男はカゴに乗っていたリンゴを手に取り、勝手に食べ始めたのだった。
「……お前何しに来たんだ」
「ごめんなさい、お腹すいちゃって。今日も朝から働いてたからさ。朝は郵便配達をして、夜はここで働いてるんだ。意外と真面目でしょ?どう僕のこと信頼してくれる?」
男は聞いてもいないことを饒舌に話した。
その言葉を聞いた途端、エルマーがバタバタと動き出し、謎の紙箱を開いた。中には歪な形のアップルパイが入っていた。お世辞でも広いとは言えない部屋にリンゴの甘い香りが広がった。
「君、アップルパイは好きかい?」
エルマーはなぜか目をキラキラと輝かせていた。男は頷きながらアップルパイを穴があくほど見つめている。エルマーがテーブルにアップルパイを置いた途端、男は腹をすかせた獣のように噛り付いた。
「おいしい、素朴な味っていうか、なんか懐かしい感じがする」
男の食べっぷりに感動したのか、エルマーは嬉しそうに笑って「いっぱいお食べ!」と言った。
二人の楽しげな様子を見てウィリアムはため息をついた。そんな場合じゃないだろと心の中でぼやきつつ、椅子に座って手帳とペンを手に取った。
「放火の犯人を知ってるって言ってたな?」
「うん、現場にいたから。教会 の近くにある酒場でも働いてるんだけど、急に教会がぼわって燃えて、人がうわーって逃げて、消防隊がザーって水をかけてた。近くで見てたら火の粉が飛んできてさ、腕を火傷しちゃったんだよね」
男は食べ物で頬を膨らませながら話した。無駄な描写が多いせいで何を言ってるのかわからず、ウィリアムは頭を抱えた。与えられた情報を整理しながら手帳に書き記していく。
エルマーは男の食べっぷりに見惚れているようで、全く役に立たなかった。
「その現場で犯人を見たのか?」
「うん」
「犯人は誰だった?」
「天使」
ペンを走らせていたウィリアムの手が止まる。男はごくりとアップルパイを飲み込み、ウィリアムを見た。
「見ちゃったんだ、白い羽の生えた女の子が松明を持ってるの」
予期せぬ展開にウィリアムとエルマーは黙り込んだまま顔を見合わせた。なんと言ったらいいかわからず、気まずい沈黙が続いた。
ウィリアムはガルの言葉を思い出し、どちらを信じればいいのか頭を悩ませたのだった。
「放火しても天使でいられるなんておかしいよ」
男は小さな声で呟いた。これまでの淡々とした話し方とは違い、かすかに憎しみのような感情がこもっていた。男は最後の一かけらを飲み込み、アップルパイを完食した。空っぽの箱にはパイのかけらがいくつも落ちていた。
「他に現場で見たものはあるか?犯人の特徴が知りたいんだ」
「ネックレス」
「ネックレス?」
「その天使がネックレスをつけてた。赤い宝石がついてるやつ」
聞いた話を手帳に書き留めていたウィリアムは、なんの気なしにエルマーのほうを見た。彼はひどく驚いたような表情を浮かべていた。
「私はその天使を知ってるかもしれない」
深く考え込んでいるのか、エルマーは顎に手を添えながら言った。様々な情報が交差していて、ウィリアムの思考は追いついていなかった。
部屋にはアップルパイの香りが広がっていて、そこにシナモンのスパイスの香りが混じっている。謎多き事件のように、刺激的なにおいだった。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
異国妃の宮廷漂流記
花雨宮琵
キャラ文芸
唯一の身内である祖母を失った公爵令嬢・ヘレナに持ち上がったのは、元敵国の皇太子・アルフォンスとの縁談。
夫となる人には、愛する女性と皇子がいるという。
いずれ離縁される“お飾りの皇太子妃”――そう冷笑されながら、ヘレナは宮廷という伏魔殿に足を踏み入れる。 冷徹と噂される皇太子とのすれ違い、宮中に渦巻く陰謀、そして胸の奥に残る初恋の記憶。
これは、居場所を持たないお転婆な花嫁が、庇護系ヒーローに静かに溺愛されながら、逞しく美しい女性に成長するまでの、ときに騒がしく、とびきり愛おしい――笑って泣ける、ハッピーエンドのサバイバル譚です。
※しばらくの間、月水金の20時~/日の正午~更新予定です。
© 花雨宮琵 2025 All Rights Reserved. 無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
※本作は2年前に別サイトへ掲載していた物語を大幅に改稿し、別作品として仕上げたものです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる