人間ならざる者たちよ

辻本 羽音

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二章

13 竜人

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 ウィリアムとエルマーは歩きづらい森の小道を歩いていた。空は分厚い雲に覆われていて不気味な雰囲気が漂っている。ウィリアムはランタンを持って、先をいくエルマーの背中を追いかけていた。

「本当にその竜人が天使の場所を知ってるんだろうな」
「ああ、ノアなら知っているはずだよ。地底街を管理しているのは彼だし、誰よりも亜人について詳しいんだ。マナエルやガルとも面識がある。何かしら手がかりを持っているのは間違いないよ」

 ウィリアムは見知らぬ亜人の姿を脳内に思い描いた。竜の姿にれる人間がいると噂では聞いていたが、実際に会うのは今回が初めてだった。
 想像を膨らませながら歩いていると、森の奥深くにそびえ立つ塔に到着した。今にも崩れてしまいそうな形をしており、まるで子どもが思い描く空想上の建物のようだった。

「ここは何度見ても不気味だ」

 エルマーは塔を見上げて呟いた。彼が先陣を切って階段を登り、扉へと向かっていく。ウィリアムはエルマーの後ろをついて歩いた。
 エルマーがドアノッカーを叩けば、しばらくしてから扉が開いた。中から出てきたのは、どこか神聖な雰囲気をまとった男だった。銀色の髪はまるで糸のようにまっすぐ伸びている。深い緑色の目をした彼からはハーブの香りがした。

「こんばんは」

 ノアは乏しい表情で言った。感情が見えない平坦な声だった。
 只者ではない雰囲気を纏っている男を見て、ウィリアムは彼が竜人だとすぐに悟った。

「やあノア、急に来てしまってすまないね」
「来る前に連絡の一つくらいできませんでしたか?なんのために手紙のやり取りをしていると思っているんですか」
「急ぎの要件なんだ。いちいち手紙を書いていたら時間がかかるだろう?」
「ええ。それでも最低限のマナーとしてするのが正しいと思います」
「相手が君じゃなきゃしていたよ」

 エルマーとノアは淡々と言葉の応酬を繰り広げた。
 普段は穏やかに対応するエルマーがここまで雑な会話をすることは滅多にないため、ウィリアムは驚いた。それほど打ち解けた仲なのだと思うと、妙な嫉妬心を抱いた。

「とりあえず中で話をしましょう」

 ノアは多くを語らずに塔の中へと戻ってしまった。ウィリアムとエルマーは彼の言葉に従い、おとなしくついていった。
 塔の中には長い螺旋階段があり、等間隔でつけられた照明が床を照らしていた。ウィリアムは持っているランタンの火を消して、二人に遅れないよう早足で階段を登った。
 長い階段を登った先には、物で溢れた小さな部屋があった。古びた骨董品や小瓶に入った薬草が所狭しと並んでおり、とにかく物が多い部屋だった。
 部屋の奥には書斎らしき場所があって、机に封筒やシーリングスタンプなどのレターセットが置かれている。物は多いがきっちり整理整頓されているようで、散らかっているような印象は持たなかった。
 部屋の中央にテーブルがあり、形が不揃いな椅子がテーブルを囲うように置かれていた。「好きなところに座ってください」とノアに言われ、二人は近くの椅子に腰掛けた。
 ウィリアムの前にはハーブティーが、エルマーの前には深紅色の血液がそれぞれ置かれた。エルマーはカップに手をつけなかった。それを見て、ウィリアムもなんとなくカップには触らなかった。
 ノアは無表情のままの二人と向かい合うように座った。

「会うのは三十年ぶりですね。お変わりないようで良かったです」
「君のほうこそ、全然変わらないな」
「僕は変わりましたよ」

 ノアは細長い足を組み変え、じっとエルマーを見つめた。

「何が必要なんですか?いけ好かない相手の力を借りなければいけないほど困っているんですよね?ちなみに不死身の亜人を死に至らしめる薬はまだ完成していませんよ」

 恐ろしいノアの言葉にウィリアムは動揺した。この男は不死身の亜人を死に至らしめる毒を作っているのだと、敵意を剥き出しにしてノアを睨みつけた。
 ウィリアムは詳しく話を聞こうとしたが、先に声を出したのはエルマーだった。

「マナエルの居場所を知りたいんだ」
「情報屋に聞くべきではないですか?」
「ジャックはマナエルと面識がないから知らないはずだ。それに彼が持っている情報は、ほとんど君が教えたものだろう?」
「教えてなんていませんよ。僕はただあそこで酒を飲みながら、興味深い話を彼に伝えているだけです」
「それで、マナエルの居場所は知っているのかい?」
「ええ、知ってます。それを飲みながら少し待っていてください」

 ノアは椅子から立ち上がり部屋を出ていった。階段を登る足音に耳を傾けながら、ウィリアムはエルマーに視線を向けた。

「不気味なやつだな。ずっと無表情で何考えてるのかさっぱりわからないし、本当に亜人なのか?人造人間の間違いじゃなくて?なんであんなやつを頼ったんだよ」
「ノアはああ見えて私と同じくらい長く生きているんだ。マナエルとも面識があるし、なにより情報通だからね。ジャックが情報屋としてやっていけているのも彼のおかげだ。彼に聞けば大体のことが解決する」

 ウィリアムはエルマーの回答に釈然としない気持ちを抱いた。
 しかし他に聞きたいことがあったため、深くは追及しなかった。彼は透き通ったハーブティーを見下ろしながら、恐る恐る問いかけたのだった。

「亜人を死に至らしめる薬って、なんのことだ」

 ウィリアムの問いかけに、エルマーは答えなかった。
 不穏な静寂の中、階段を降りる音と共にノアが帰ってきた。彼はメガネをかけており、手には羊皮紙のメモを持っている。ノアはその紙をエルマーに差し出した。

「これがマナエルの住所です」
「ああ、ありがとう、助かるよ」

 エルマーが羊皮紙を受け取ろうとした瞬間、ノアはひょいと手を引いた。

「渡す前に一つ聞きたいことがあります。もしも亜人と人間が対立したら、あなたはどちらに味方しますか?」
「対立なんかしないさ。亜人と人間は共存しているんだ」
「もしもの話ですよ」
「……私はどちらの味方もしない。中立の立場でいるよ」
「やはり、あなたはなにも変わっていないですね。いつまでたっても幼稚な偽善者のままだ。犠牲を生む覚悟すらないのに平和を語るなんて、愚かだと思いませんか」

 ノアは蔑むような顔つきで言った。
 ウィリアムは彼の態度に苛立ちを覚え、いてもたってもいられずに席を立った。ノアからメモを奪い取り「帰るぞ」と言ってエルマーの腕を掴んだ。彼を強引に引っ張って、ウィリアムは階段を駆け降りた。置いて行かれないように必死なのか、背後から慌ただしいエルマーの足音が聞こえてくる。下まで降りたウィリアムは扉を思い切り開け放った。
 そのまま立ち止まらずに大きな歩幅で歩き続け、掴んだ腕は意地でも離さなかった。

「ウィリアム、怒っているのかい?」

 エルマーの言葉を聞いて、ウィリアムは歩みを止めた。振り返れば困惑したような表情のエルマーが視界に映った。

「お前が怒らないからだ」

 ウィリアムは苛立ちをぶつけるように声を張り上げた。エルマーはきょとんとした顔をしてから「君は優しいね」と笑った。彼の笑顔を見た途端、ウィリアムの心に様々な感情が生まれた。怒りや照れ臭さが複雑に混ざり合い、くすんだ色に変わっていく。「別に優しくなんてない」とぶっきらぼうに捨て吐き、掴んでいた手を離した。
 ウィリアムが一人で歩き始めれば、小走りでエルマーが隣にやってきた。なぜか嬉しそうな彼を一瞥し、すぐに目を逸らす。耳障りな鼓動に呆れながら、ウィリアムは慣れた手つきでランタンに火をつけた。
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