上 下
2 / 58
恋愛編

-1°F(金髪ピアス)

しおりを挟む
「気持ち悪いですね」

 忘れもしない、彼女と出会って一番最初に言われた言葉がそれである。

 当時僕、田中 蓮はガチャ要素のあるスマホゲームにハマっていて、お目当てのSSSキャラを引き当てて喜んでいた最中に、彼女のその台詞である。

「いきなり横から失礼だな、あんた」
「だって所詮はじゃないですか。
 何が良くて喜んでるやら」
 無視すればいいのに思わず反応してしまった僕に、追い討ちの彼女の台詞。

 いやうん、言いたいことは分からんでもない。
 例えば立場が逆で、女子がBLっぽいゲームのガチャでニヤニヤしてたらちょっと引くかも。あえて声はかけないけどな!

 だがそもそも、

「あんたアニメや漫画を見ないのか?」
「見ませんね。小説やドラマ、実写映画は見ますが空想物は全般的に嫌いです。
 私の中で、あり得ない事はくだらない事なので」

 何だこの人、明治とかその時代からタイムスリップでもしてきたのか?
 写真撮られたら魂抜かれるとか言っちゃう系?

「だとしてもだ。
 それが好きな人だっているんだ、それを気持ち悪いの一言で否定するのはどうかと」

 そう僕が言うと、彼女は少し考えて。

「……そういう事ですか。
 でしたら、その件については謝ります」

 お?
 ここで何故か僕は謝罪された。

「ため息つくのと『気持ち悪い』は私の口癖なので。魔除けにもなりますし」
「ま、魔除け?」
「……失礼します」
「あっおい!」

 訳がわからないまま、彼女はその場を去ったのだった。


「あはは、そうか彼女に遭遇したか。
 そりゃ災難だったな」
 大学の先輩、木村 翔吾しょうごがそう言って笑う。

「えっ有名人なんすか?
 何者なんすか彼女」
「何だ田中、本当に知らんのか?」
 僕の言葉に木村先輩は肩をすくめる。

「この大学に来てるって、噂を聞いたことぐらいはあるだろう。
 ほら、彼女は六華宮ろっかのみやの……」
霙子えいこ内親王殿下!
 ああ、あの人がそうなんすね」

 この国の天皇陛下と皇族は苗字を持たず、○○宮と言った名称が苗字代わりだ。
 六華宮は陛下の弟にあたる宮家で、霙子内親王は次女になる。

 姉で長女の霰子さんこ内親王殿下はニュースにも取り上げられるほどの気さくで慈愛溢れる女性なのに、姉妹でこうも違うものか。

「立てば芍薬シャクヤク、座れば牡丹ボタン
 なのに口を開いて出る言葉は雪嵐ブリザード

 だもんだから、ついたあだ名がツンデレならぬツンドラ系女子」

 ツンドラ……シベリア辺りの一年中氷点下の地域の事だっけ?
 確かに言い得て妙かも。
 そして、本来ならもう関わらない方が良いだろうし、関わって欲しくないオーラが全開だった。

 でも。

『……魔除けにもなりますし』

 気になるんだよなあ、あの一言が。

   ❄️  ❄️  ❄️

「気持ち悪いですね」
 と言う言葉が聞こえて、振り返る。

 声の主はあの六華宮 霙子であったが、今回は僕にかけられた言葉ではなかった。

 見れば彼女が声をかけた相手は金髪で耳に幾つものピアス、袖なしの服から剥き出した肩にはタトゥーといういかにも半グレな奴。

 ちょっと六華宮!
 流石に喧嘩売る相手は選ぼうよ。

「何だとテメエ……」
 
 ああほら、スゲエおっかない顔で睨んでる。それで全く動じない六華宮も凄いけど。

「ああダメですよ先輩、彼女はその……」
 取り巻きと思われる後輩が、何やら金髪ピアスに耳うちする。

「ふん、高貴な方なのかアンタ。
 ……んじゃまあ、それ相応の責任の取り方をしてもらおうかね」
「それ相応、ですか?」
 金髪ピアスの言葉に首をかしげる六華宮。

「要するに慰謝料か、その体でって事だよ」
「あら、慰謝料を頂けるのですか?」
「んな訳あるかいっ!
 オメーが払うんだよ!?」

 金髪ピアスが声を張り上げるが、六華宮は首をかしげたままだ。
 どうやら嫌味でなく本当に理解していないらしい。

「先ほどから時間を拘束されて、不快感を感じているのは私の方なのですが」
「ああああ、もう面倒くせぇ!!」

 そう言って彼が手を振り上げ、彼女を殴ろうとしたその刹那。
 何故そうしようと思ったか自分でもよく分からないが、僕は彼女と金髪ピアスの間に割って入る。
 結果僕が殴り倒され、地面に叩きつけられる。

「おい何してんだ田中ぁ、邪魔すんじゃねえ!」
 金髪ピアスがまだ怒り収まらずといった口調で言う。

「いや、理由はどうあれ女性に暴力はダメっしょ」 
 と僕は言って、笑ってみせる。

「チッ、格好つけやがって」
 金髪ピアスは吐き捨てる様に言い、

「なんか興醒めした、行くぞ」
 そう言うと、取り巻きを連れてその場を立ち去って行ったのだった。


「田中くん……と言うのですか、あなたは」
 と尋ねてくる六華宮。

「うん、田中 蓮ってのがフルネームだけど」
「田中 レン……」
 と反芻するように彼女は言うと、

「……本当に馬鹿ですね、レンくんは」
 いきなり辛辣な言葉を浴びせてきた。

 えええっ?
 助けたのに僕、罵倒される側なの!?

「レンくんは知らないかもしれませんが、私は柔道黒帯で合気道も段位持ちです。
 もし殴られそうになったら投げ飛ばすつもりでした」

 ええっ、そうなの!?

「おまけにこの大学には数人のSPごえいが紛れ込んでいます。
 万が一の事が起これば、そちらも動いたでしょう」
「……と言う事は」 
「ええ、あなたの行為は全くの無駄で、ただ痛い思いをしただけですね」
「うわマジかあ……」

 しかも彼女に無慈悲な言葉を浴びせられてな。
 あー、何やってんだろ僕。
 と思っていると。

 チュッ。

 何やら頬に柔らかい物が。
 これはまさか、六華宮の、くくくく口付け?ナンデ?

「結果無駄足でしたが、その勇気に敬意を表してのご褒美です」

 だからって頬にキスまでするか普通!

 ああそうか。
 多分皇族の間では頬にチュウなんて日常茶飯事……

「ちなみに私の父にもした事のない、特別な行為ですから」

 ええっ!?
 だったら益々意味が分からない。

「それじゃ」

 と言って、気持ち足早にその場を去って行く六華宮。

 いや説明っ!
 納得行く説明をしていってくれぇー!!



 

 

しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

草花の祈り

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:1,976pt お気に入り:24

【短編完結】仏の舌

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

ロマンドール

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:3,920pt お気に入り:25

麻雀少女青春奇譚【財前姉妹】~牌戦士シリーズepisode1~

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:1,221pt お気に入り:36

我が輩はロリである

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...