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この世界には、妊娠検査薬なんていうものはない。

妊娠は女性が自分で気づいて申告し、自分で母体を管理する。医師や助産婦は、出産のときに立ち会うだけだ。

確かにアンナは『妊娠した』と言ったけれど、よく考えると、それを裏づける証拠は何もない――。

「でも……そんなことをして何になるの?」

「アレックス様と結婚できます」

決まっているでしょうと言わんばかりにユリウスは言う。

「そんなことしなくたって、アレックスはアンナのことが好きなんだから結婚するでしょう。それに、もし嘘がばれたら信頼関係も崩れてしまうし」

「……分かってないですね、あなたは」

ユリウスはかすかに苦笑した。

「アンナ嬢が妊娠していなければ、アレックスはあなたとの婚約破棄には及びませんでしたよ。彼はあなたに構ってほしくて、犬のように周りをうろついていたのだから。
アンナ嬢があなたに唯一勝てるチャンスが、妊娠だった。アレックスにとっての初めての、人生にとって大きな経験ですからね」

ユリウスの言っていることは分かる。

でも、もし本当にそうだとしたら、やっていることがえげつなさすぎる。

「でも……アンナがそこまでするなんて」

「そりゃ、しますよ。アンナ嬢には地位も富も何もない。守るものがない分、どこまでも捨て身になれる。結婚さえしてしまえば、後のことはどうとでもなりますしね」

私には信じられなかった。

アンナのことはよく知らないけれど――アレックスとの結婚のために、そこまでやる??

「妊娠が嘘だということがばれそうになったから、流産したとさらに嘘をついたんでしょう。しかも、タイミングよくあなたに会ったことを利用して、流産の原因をあなたに押しつけている。公爵様の言ったとおり、アンナ嬢はとことん被害者になることが得意らしい」

ユリウスの口元は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。
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