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わが終わりにわが始めあり――『終わりなき夜に生れつく』アガサ・クリスティー

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推理小説を読んで面白いのは、ほとんどが『誰が殺したか?』の犯人当てだと思う。

次に、『どうやって殺したか?』のトリックが来て、『なぜ殺したか?』も欠かせない要素ではあるけれど、何といってもメインディッシュは、『犯人が誰か』だと思う。

しかし、この作品、犯人がほぼ最初から分かっている。

これから起こることも、大体予想できる。

なのに、めちゃくちゃ面白いって、すごくないですか?

限られた登場人物や、派手な事件が起こらなくても、舞台設定と心理描写で私たちを飽きさせない。

圧倒的なストーリーテリングと、時を経ても色あせない魅力、アガサ・クリスティーが『ミステリの女王』と綽名される所以が、この1冊で分かる。

◇あらすじ
誰が言いだしたのか、その土地は呪われた〈ジプシーが丘〉と呼ばれていた。だが、僕は魅了された。なんとしてでもここに住みたい。
そしてその場所で、僕はひとりの女性と出会った。彼女と僕は恋に落ち、やがて……。


あらすじだけ読むと、単なるラブロマンスか、はいはいとなってしまうかもしれない。

クリスティー作品には、ロマンスがつきもの。

実際、ヒロインのエリーはアメリカでも指折りの大富豪のお嬢さんである。

主人公のマイクが彼女と出会い、呪われた土地ジプシーが丘に、豪華な屋敷を建てて暮らす。

はたから見れば、めでたしめでたしなんですが、むしろそこから始まる悲劇こそがメインストーリーだ。

アガサ・クリスティーの作品で好きなのは、殺人が起こる前の不吉さや不穏な空気だ。

何かがおかしい、危険が迫っていると分かっているのに、それが何か分からない。

疑い、怯え、混乱、恐怖がピークに達し、具体的な『殺人』という形をとるまでの、風船が破裂する前の瞬間。

心理描写はもちろん、登場人物の些細な仕草や台詞、全てにおいて素晴らしく不吉だ。

今回で言うなら、「ジプシーが丘にかかわるんじゃない。ここは危険と死をもたらす」と、のっけから警告してくる占い師のおばあさん。

「馬鹿野郎……なぜ別の道を選ばなかったんだ?」と言い残した建築家のサントニックス。

そして、「むしろ怖がってるわね。あの子のことを知りすぎていますからね」と言ったマイクの母親。

人が死ぬことそれ自体よりも、恐怖のピークは最後の場面にある。

マイクと、エリーの再会。

最初読んだときは意味が分かっていなかったし、実際、それほど怖いことが書いているわけではない。

だけど、意味を知ったとき、切なさと同時に恐ろしくなる。

その道を進めば、もう二度と戻れないということを、これほど美しく恐ろしい表現で示した物語はないと思う。

英語の表題は『Endless night』。

これはこれで、とても美しいけれど、『終わりなき夜に生れつく』と訳した方は天才だと思う。

夜ごと朝ごと 
甘やかな喜びに生れつく人もいる
甘やかな喜びに生れつく人もいれば 
終わりなき夜に生れつく人もいる

何度も繰り返し物語に出てくる、この歌こそが、全てを表している。

物語はフィクションだけれど、この歌で語られていることはまぎれもない真実だ。

だからこそ、これほどまでに切なく、恐ろしく、そして美しいのだろう。

◇好きな一文
「なぜそんなふうに私を見つめてるの、マイク?」
「どんなふうに?」
「まるで愛しているみたいな目で……」

◇こんな方におすすめ
ラブロマンスがお好きな方
サスペンスがお好きな方
ミステリーがお好きな方
こたつに入って寝ころびながら本を読みたい方
イギリスの建築物がお好きな方
大金持ちのお嬢様と聞いて、ぐっとくる方
心理描写がしっかりしている話を読みたい方
読後、ゆっくりと切なさを噛みしめたい方
アガサ・クリスティーを初めて読んでみようかなという方
何度読んでも面白い物語と出会いたい方
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