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四、
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大名家の氏族の名を呼ぶことは無礼に当たるため、臣下の者は君主の名を呼ぶことはない。
ゆえに、その者たちの本名が下々に伝わってくることはごく少ない。
上様、若君、殿様、姫、ご側室、奥方様――と身分で呼び分けられるからだ、
だからこそ、その名を軽々しく呼ぶことのできる身分は限られている。
信じられないものでも見るかのように、部屋中から一斉に容花に視線が注がれた。
常盤は常盤で、物思いに耽っていた。
――そうか。秋月家の新しい当主は、京次郎様とおっしゃるのか。
容花とふと目が合う。
常盤は微笑み、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは。先ほどはどうも」
だが容花はつと視線を逸らし、常盤の言葉を最初からなかったもののように無視してのけた。
「ちょっと、」
突っかかるように立ちあがったのは夕霧だった。
「そりゃ、あんまりな態度じゃないのかい。これから五日間同室になったんだ。挨拶くらいしてしかるべきだろう。どこぞのお姫さんか知らないが、」
「控えよ」
雅な唐衣の裾を翻し、容花はぴしゃりと言った。
氷柱のようだ。常盤は思った。
人の上に立つことに慣れた者の発する、容赦のない声音だった。
真覚など、自分が叱られたかのようにちぢみ上がっている。
「そちらのような下民や遊女上がりが、無礼にもわたくしに声をかけるなど、許されると思うてか」
冷ややかな侮辱に、夕霧の顔にかっと朱が差した。
「何だって」
ぴりぴりとした緊迫が部屋中を覆った時、
「ごめんくださーい」
あっけらかんとした明るい声が響き、不意に襖が開いた。
ゆえに、その者たちの本名が下々に伝わってくることはごく少ない。
上様、若君、殿様、姫、ご側室、奥方様――と身分で呼び分けられるからだ、
だからこそ、その名を軽々しく呼ぶことのできる身分は限られている。
信じられないものでも見るかのように、部屋中から一斉に容花に視線が注がれた。
常盤は常盤で、物思いに耽っていた。
――そうか。秋月家の新しい当主は、京次郎様とおっしゃるのか。
容花とふと目が合う。
常盤は微笑み、ぺこりと頭を下げた。
「こんにちは。先ほどはどうも」
だが容花はつと視線を逸らし、常盤の言葉を最初からなかったもののように無視してのけた。
「ちょっと、」
突っかかるように立ちあがったのは夕霧だった。
「そりゃ、あんまりな態度じゃないのかい。これから五日間同室になったんだ。挨拶くらいしてしかるべきだろう。どこぞのお姫さんか知らないが、」
「控えよ」
雅な唐衣の裾を翻し、容花はぴしゃりと言った。
氷柱のようだ。常盤は思った。
人の上に立つことに慣れた者の発する、容赦のない声音だった。
真覚など、自分が叱られたかのようにちぢみ上がっている。
「そちらのような下民や遊女上がりが、無礼にもわたくしに声をかけるなど、許されると思うてか」
冷ややかな侮辱に、夕霧の顔にかっと朱が差した。
「何だって」
ぴりぴりとした緊迫が部屋中を覆った時、
「ごめんくださーい」
あっけらかんとした明るい声が響き、不意に襖が開いた。
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