40 / 74
七、
40
しおりを挟む
「これより、皆様には本丸へ入城していただきます」
朝の慌ただしい身支度を終えたところで、控えの間にやってきた使者は粛々と告げた。
まるで図ったようなタイミングである。これも容花は予測していたのだろうか。
内宮は城の内奥にある。忍び込むには、まず本丸へ足を運ぶ必要がある。
今自分たちのいる離れからの侵入は厳しいが、試練が本丸で行われるというのなら、隙を見て忍び込むことができる
かもしれない。
「ただし、皆様方は試練が終わり次第、離れの部屋へ戻っていただきます。悪しからずご了承ください」
そう釘を刺された後、姫君達は大広間に集められ、そこから丹塗りの浮橋を渡り、堀を越え、とうとう安曇城に入城することとなった。
誰もが不安を隠せない様子で周りを窺っている。疑心暗鬼とはこのことだ。
もう既に誰もが昨夜、末乃が惨たらしい死に方をしたことを知っている。
秋月の鬼、という言葉がまことしやかに囁かれだした。
お姫様やお嬢様は、死の穢れを見ることさえ心に打撃を受ける。
常盤は病や飢え、乾きや寒さに死んでいく者を幼いころから数多く目にしてきたため、他の人々よりも動揺は少なかった。
どれだけ人が死んでも平然としていられること。
それが、上様の正室たりうる条件の一つなのだろうか。
「常盤さんは怖くないのですか」
尋ねられて顔を上げると、隣を歩いていたのは福部清子だった。
福部というのは都の豪商「万福屋」の主人の姓だと噂で聞いた。
ということは、この娘も富豪の家に育った令嬢。
さすがに、怯えの色を隠せないように見える。
「人死にがですか?」
いいえと清子は首を振り、抑えた声で、
「秋月の鬼が」
今まさにその事を考えていたところだったので、常盤は少々目をみはった。
清子は不安げな面持ちで、
「みんな噂しています。秋月の当主様が嫁御を探しているというのは嘘で、この試練はただの見せかけ、囮にすぎないと」
とっぴな推論に、常盤は首をかしげた。
「どういうことです」
清子はいっそう声をひそめ、
「あなたも知っているでしょう、秋月に棲む鬼のことを。鬼は際限なく人を喰らうものです。その鬼が暴れるのを飼いならし、城内の者が殺されるのを防ぐために、わたくし達のような若い娘を集め、人身御供として鬼に捧げているのではないか――と」
呆気にとられた常盤の頭を、末乃の死に様がよぎった。
朝の慌ただしい身支度を終えたところで、控えの間にやってきた使者は粛々と告げた。
まるで図ったようなタイミングである。これも容花は予測していたのだろうか。
内宮は城の内奥にある。忍び込むには、まず本丸へ足を運ぶ必要がある。
今自分たちのいる離れからの侵入は厳しいが、試練が本丸で行われるというのなら、隙を見て忍び込むことができる
かもしれない。
「ただし、皆様方は試練が終わり次第、離れの部屋へ戻っていただきます。悪しからずご了承ください」
そう釘を刺された後、姫君達は大広間に集められ、そこから丹塗りの浮橋を渡り、堀を越え、とうとう安曇城に入城することとなった。
誰もが不安を隠せない様子で周りを窺っている。疑心暗鬼とはこのことだ。
もう既に誰もが昨夜、末乃が惨たらしい死に方をしたことを知っている。
秋月の鬼、という言葉がまことしやかに囁かれだした。
お姫様やお嬢様は、死の穢れを見ることさえ心に打撃を受ける。
常盤は病や飢え、乾きや寒さに死んでいく者を幼いころから数多く目にしてきたため、他の人々よりも動揺は少なかった。
どれだけ人が死んでも平然としていられること。
それが、上様の正室たりうる条件の一つなのだろうか。
「常盤さんは怖くないのですか」
尋ねられて顔を上げると、隣を歩いていたのは福部清子だった。
福部というのは都の豪商「万福屋」の主人の姓だと噂で聞いた。
ということは、この娘も富豪の家に育った令嬢。
さすがに、怯えの色を隠せないように見える。
「人死にがですか?」
いいえと清子は首を振り、抑えた声で、
「秋月の鬼が」
今まさにその事を考えていたところだったので、常盤は少々目をみはった。
清子は不安げな面持ちで、
「みんな噂しています。秋月の当主様が嫁御を探しているというのは嘘で、この試練はただの見せかけ、囮にすぎないと」
とっぴな推論に、常盤は首をかしげた。
「どういうことです」
清子はいっそう声をひそめ、
「あなたも知っているでしょう、秋月に棲む鬼のことを。鬼は際限なく人を喰らうものです。その鬼が暴れるのを飼いならし、城内の者が殺されるのを防ぐために、わたくし達のような若い娘を集め、人身御供として鬼に捧げているのではないか――と」
呆気にとられた常盤の頭を、末乃の死に様がよぎった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる