秋月の鬼

凪子

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七、

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「待ってください。一体何が」

包丁を掴もうと伸ばした手を振り払われ、床に転がり身を強張らせると、唐突に腕を引っ張り上げられてたたらを踏んだ。

「下がって」

突き飛ばしたのは春日、見ると隣には次姫と呼ばれた少女の姿もあった。

春日はどこから持ち出したのか細身の剣を構えると、踊るような動きで間合いを詰めて斬りかかった。

容赦ない剣戟の音が響く。

力任せに暴れている少女とは違い、春日の動きは滑らかで淀みなく美しかった。

――強い。

常盤は目を見開いた。

少女の攻撃を簡単にあしらわれ、鳩尾に一撃を食らって悶絶した。

春日は剣の調子を確かめて鞘に収めると、こちらに向き直った。

快活な笑み。息も切らしていない。

物言わぬ死体と気絶した人間の発する得体の知れない不気味な空気が、室内に重くたちこめていた。

むごいことだわ」

と、次姫は口元を袖で覆う。

「たかだか正室の座一つのために、ここまで殺し合わなくてもよかろうに」

「ならば次姫。あなたは譲ってくれるの?私に」

春日は真顔で反駁した。

「誰かが錯乱の香を焚いたのでしょう。これは、精神的に不安定な状態であるほど効果を発するものです。今の状況なら、香を吸い込んだ者同士が殺し合っても無理はありません」

清子は言って、痛ましげに夕霧と常盤のほうを見た。

夕霧のなよやかな手を取って、常盤は自分の頬に当てた。

体温はなく、氷のように冷たい。息をしていない。

揺さぶっても、頬をたたいても反応はなかった。

「危ういが、まだ死んじゃいない。医者に引き渡そう」

春日の言葉に、弾かれたように顔を上げる。

「そんなことが可能なのですか」

清子も目を丸くしている。

何が起こっても不介入であるこの試練に、誰かの助力が得られるとは思えない。

「できれば、あまり使いたくない手なんだけどね」

と言って春日は夕霧を安静にさせると、どこかへ消え、戻って来たときには確かに医者を連れていた。

常盤は心を尽くして礼を述べると、夕霧の白いうりざね顔を見つめた。

声を封じられ、悲鳴を上げることすら叶わなかったろう。

正面から刺されているということは、逃げることをしなかったのか。

襲いかかってくる人間を止めようとしたのか。

きっと彼女は、最後まで誇りを忘れなかった。

押し殺した嗚咽が喉を引きつらせ、常盤は思わず床に身を伏せた。
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