秋月の鬼

凪子

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九、

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露姫の案内で夕霧の元に辿りついた常盤は、青白い顔で臥せっている彼女をじっと見つめた。

「目を覚ますには、しばらく時間が必要かと」

「夕霧姐さんをお助けいただき、心よりお礼申し上げます」

畳に手をついて頭を下げると、医者は首を振った。

「上様のご意向に沿うたまでです」

そのとき襖を開け放って現れたのは、男物の衣服をまとった春日だった。

「どうもー」

化粧を落とし、髪を切った姿はどこから見ても少年のもので、常盤は一瞬絶句する。

春日はからかうように言った。

「おかしいな。君が言ったんでしょ。僕が上様の送りこんだ密偵だって。何をそんなにびっくりしてるの?」

医者が目をむいて常盤を見つめる。

「何と。容花様以外に見破られた方がいらっしゃったとは」

「本当だよね。結構、変装には自信あったのにさ」

と、春日は唇を尖らせる。

「本来のお姿に戻られたということは、春日様はもう表だって試練には参加なさらないということですか」

問いかけると、薄く笑みを浮かべて、

「ほらね。こういうところが侮れないんだよなあ」

と言い、常盤の肩に手を置いた。

「でも、勘は良くても真正面から聞いちゃうところが、まだまだ甘いよね。もう分かってるだろ?こんな悪鬼巣窟で、人の善意とか正直さとかを信じてたら、あっという間に死んじゃうよ」

立ち上がって大きく伸びをすると、障子を透いて流れ込んできた陽射しを浴びて、春日の頬は白く光った。

「僕がどうしてこの人を助けたと思う?」

夕霧を指さして言う。

「上様に、格別なるお計らいをとお願いしてくださったからではないのですか」

「うん。で、許可が下りただけなんだけどね。何で僕がそうしたかっていう理由」

常盤は首をひねった。

あの時は切羽詰まった状況で、差し伸べられた救いに無我夢中でしがみついただけだ。

底意だとか思惑に見向きもしなかった。

くっくっと春日は喉の奥を鳴らして笑う。

「まさか僕が善人だから無償の愛で助けただなんて、本気で思ってるわけじゃないだろ?」

「そうではありませんが……」


「この人を生かしておいたのはね、利用価値があると思ったから」

ぎくりと常盤の背筋が強張った。

口元は笑みを形作っているのに、春日の目は笑っていない。

「他の姫君たちは大名や親にとって上様への人質であると同時に、大きな後ろ盾を背負っていることが彼女たちにとっての枷でもある。下手な行動を取って上様の怒りを買おうものなら、お家取り潰しとか粛清とか平気でされちゃうからね。
でも、君だけは違う。家族を捨て、故郷を捨て、文字通り身一つでここまでやって来た。
だからこそ君は強い。失うものが何一つない人間だから」

どこまで調べ上げているのだろう。背筋が震えた。

「でも、この夕霧って人は君の恩人だ。恩人を簡単に見捨てることはできないよね。だから君が上様に害をなさないと信用できるまで、いわば保険として生かしておくんだよ。もし君が何かを企てていても、城中にこの人がいるということが、多少の歯止めにはなるだろうと思ってね」

常盤は冷や汗の浮いた拳を握り締めた。

「ではなぜ、そのことを私に話すのです」

「さあね。これも全部、真っ赤な嘘かもしれないよ?」

春日は得体の知れぬ笑みを浮かべる。

白い歯の隙間からちろりとのぞく真っ赤な舌が、蛇のように妖しく動いていた。






















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