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九、
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あれはまだ四つになったばかりの頃、父に手を引かれて都へ向かったことがある。
農作物の行商を兼ねて、昔城下でお世話になった先生に会いに行くのだと父は言っていた。
今にして思えば、常盤を学塾にという算段もあったに違いない。
女の身ながら、寺子屋では主席を譲ったことがなく、学者であった父をして神童と言わしめたほどの才を、呉里村に捨て置くのはあまりに惜しいと考えたのだろう。
だが、あと一つ関所を越えれば都というところで、二人は積み荷を狙った賊に襲われた。
気づいた時には四方を囲まれ、抜刀するやいなや斬りかかってくる者たちを前に、父は筵の中に常盤を押し込めて隠した。
震え上がって声も出ぬ常盤は、割って入った人影に息を呑んだ。
「そこで何をしている」
朗々たる美声、闊達な笑顔。
豪壮な武者たちを供に引き連れ、彼は堂々たる口ぶりで告げた。
「俺の領地で民を傷つけ奪うこと、何人たりともまかりならんぞ」
賊たちをあっという間に成敗した、めっぽう剣の強い若者。
腰が抜けた父の手を引いて助け起こし、荷台の隅で小さくなっている常盤に向かって笑いかけた。
「怪我はないか」
こくりと頷くと、力強い腕で荷台から抱き降ろしてくれた。
「若様」
馬で追いかけてきた初老の男が、呆れ顔で、
「朝議にもお出ましにならず、このような僻地まで供を連れてお遊びとは……大概になさりませ。上様もご立腹ですぞ」
「やれやれ。もう見つかってしまったか。うるさいな、爺は」
ぽりぽりと頭を掻いている若者をきょとんと見つめていた常盤は、我に返った父親に頭を押さえられて膝をついた。
「このような卑しい身で、御前を汚すご無礼をどうぞお許しください。お救いいただいた、この命尽きるまで若君の御恩に報いる所存にございます」
穏和で物に動じない父の、これほど恐縮しきった様子は初めてだった。
何が何やら分からぬまま、常盤は泥まみれになって頭を下げ続ける。
やがて彼は連れてこられた馬に跨り、颯爽と地を駆けていった。
「何と運の強い子だ。我々は僥倖に巡り合ったのだよ」
父は常盤を抱きしめると、興奮冷めやらぬ瞳で言った。
どういうことかと問うた常盤に、父は若者が去って行った方角をまぶしそうに見つめて呟いた。
「あの方はいずれこの国を背負って立つ、何よりも貴いお方だ。お屋形様のご次男、秋月の二の君だ」
思えばあの時、秋月家の領主には六名の子がおり、京次郎の兄である政信も存命であった。
だが、父のあの目は確信していた。京次郎こそが次の当主であると。
何によって運命を読み解いたかは分からないが、まさしく今、領主となった京次郎を目の当たりにすると、父の一言一句と眼差しが、遠い記憶の底から呼び覚まされてあらわれるのだった。
農作物の行商を兼ねて、昔城下でお世話になった先生に会いに行くのだと父は言っていた。
今にして思えば、常盤を学塾にという算段もあったに違いない。
女の身ながら、寺子屋では主席を譲ったことがなく、学者であった父をして神童と言わしめたほどの才を、呉里村に捨て置くのはあまりに惜しいと考えたのだろう。
だが、あと一つ関所を越えれば都というところで、二人は積み荷を狙った賊に襲われた。
気づいた時には四方を囲まれ、抜刀するやいなや斬りかかってくる者たちを前に、父は筵の中に常盤を押し込めて隠した。
震え上がって声も出ぬ常盤は、割って入った人影に息を呑んだ。
「そこで何をしている」
朗々たる美声、闊達な笑顔。
豪壮な武者たちを供に引き連れ、彼は堂々たる口ぶりで告げた。
「俺の領地で民を傷つけ奪うこと、何人たりともまかりならんぞ」
賊たちをあっという間に成敗した、めっぽう剣の強い若者。
腰が抜けた父の手を引いて助け起こし、荷台の隅で小さくなっている常盤に向かって笑いかけた。
「怪我はないか」
こくりと頷くと、力強い腕で荷台から抱き降ろしてくれた。
「若様」
馬で追いかけてきた初老の男が、呆れ顔で、
「朝議にもお出ましにならず、このような僻地まで供を連れてお遊びとは……大概になさりませ。上様もご立腹ですぞ」
「やれやれ。もう見つかってしまったか。うるさいな、爺は」
ぽりぽりと頭を掻いている若者をきょとんと見つめていた常盤は、我に返った父親に頭を押さえられて膝をついた。
「このような卑しい身で、御前を汚すご無礼をどうぞお許しください。お救いいただいた、この命尽きるまで若君の御恩に報いる所存にございます」
穏和で物に動じない父の、これほど恐縮しきった様子は初めてだった。
何が何やら分からぬまま、常盤は泥まみれになって頭を下げ続ける。
やがて彼は連れてこられた馬に跨り、颯爽と地を駆けていった。
「何と運の強い子だ。我々は僥倖に巡り合ったのだよ」
父は常盤を抱きしめると、興奮冷めやらぬ瞳で言った。
どういうことかと問うた常盤に、父は若者が去って行った方角をまぶしそうに見つめて呟いた。
「あの方はいずれこの国を背負って立つ、何よりも貴いお方だ。お屋形様のご次男、秋月の二の君だ」
思えばあの時、秋月家の領主には六名の子がおり、京次郎の兄である政信も存命であった。
だが、父のあの目は確信していた。京次郎こそが次の当主であると。
何によって運命を読み解いたかは分からないが、まさしく今、領主となった京次郎を目の当たりにすると、父の一言一句と眼差しが、遠い記憶の底から呼び覚まされてあらわれるのだった。
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