秋月の鬼

凪子

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九、

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二人には時間が必要だった。

偽りの泥から白い蓮の花のように咲いた真心をそっと抱き、温めてゆくだけの時間が。

たとえ信じることのできない捨て駒であろうとも、決して傍を離れず、失うことはないものが手のひらにあり続ければ、嘘もまことに変わるだろう。

命乞いどころか媚びもおもねりもせず、初姫はただ京次郎に寄り添った。

邪険にされようと、無視されようとくじけず、ひと欠片の見返りも期待せずに。

京次郎は冷ややかに初姫を遇したが、命の猶予は与え続けた。細く長い糸のように。

朝、目が覚める。

今日もまた生きながらえたことを、初姫は京次郎に感謝する。

明日を迎えられるとは思わず、毎日死を覚悟する。

刺客を嫁に娶り、毎夜を共に過ごす京次郎の胆力も凄まじいものであったが、初姫も微笑みこそ穏やかだが壮絶な覚悟を胸の内に秘めていた。

「よく続くな」

性懲りもなく返事もないのににこやかに話しかける初姫に、京次郎は呆れを隠さなかった。

夜更けの空には星がまたたいて、遠く虫のすだく声がする。

初姫が春に嫁いでから、早半年が過ぎようとしていた。

「家に文を送っているのだろう。俺を殺すのに手間取っているからもう少し待ってくれ、あまり早く死んで怪しまれてもいけないからと」

初姫は息を呑んで目を丸くした。

京次郎は腕を組み薄く笑う。

「城内のことは何でも俺に筒抜けだ。俺の目に届かぬものはないし、耳に聞こえぬものはない」

幾重にも張り巡らされた情報網。危険を察知し、陰謀を駆使し、自らの身を守り生き抜くための。

知らず嘆息が洩れた。

心から休まる瞬間は、永遠に訪れることはないのだろうか。

「どうした。嫁ごっこは疲れたか」

「いいえ」

初姫は俯く。

「……あまりに若様が憐れで」

京次郎はからからと笑った。

「面白いことを言うな。憐れはお前のほうだろう。高き家柄の一の姫に生まれながら、俺のような粗忽者に捨て石として嫁がされ、できもしない暗殺の任を負わされている」

細めた目が矢のように初姫を射た。

「倉橋家もそう愚かではない。最初から、お前に俺が殺せるとは思っていなかったさ。お前は次の手を打つための、単なる布石にすぎない」

なぜだろう、とても嫌な予感が胸を滑った。
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