守護霊は吸血鬼❤

凪子

文字の大きさ
77 / 87

76

しおりを挟む
夜空の中ほどに浮かぶ白い月の光が室内に差し込んで、聖の憂い顔を照らし出す。

それは一枚の絵のように完成され洗練された、美しい眺めであった。

月は丸々と肥え太っている。もうすぐあの些細な欠落も光で埋められ、綻びのない円へと結実するだろう。

月満ちるときが迫っている。

(満月……あいつと初めて会ったのも満月の夜だった) 

どうしてだろう。心の隙間を冷たい風が吹く。

ヴァンが姿を消してからこっち、何故だか落ち着かない日々が続いている。

まるで、どこかに重大な何かを置き忘れてしまったかのように。

思わずため息を漏らすと、遥は見透かしたように言った。

「彼に帰ってきてほしい?」

聖は肩をびくっとさせた。驚いて見つめると、遥の表情は真剣に張り詰めていた。

「それは……」

躊躇するような長い間があった。未だに答えを見つけることができず、聖は自分を歯がゆく思った。

あの男を突っぱねることができない自分を。

「聖君。僕は君に一つ嘘をついていたことがあるんだ」

黙っていると、遥は真剣な面持ちで切り出した。

「え……」

聖の髪が風になびき、簪が澄んだ音を立てて揺れる。聖は一瞬状況さえ忘れて唾を飲んだ。

「この前君に話したとき、君は月代彼方が栞の命の恩人だと言ったね」

確認するように問われ、聖はおずおずと頷いた。

「……はい」

「でも、それは本当のことじゃない。確かに月代彼方はヴァンの封印に成功した。だけど、その後まもなく栞さんは十六歳の若さで夭折している」

時が凍って結晶のように凝結した。さわさわと穏やかに流れていた風が、止まる。

「どういう……ことですか」

震える声で尋ねた聖に、遥は静かに言った。

「吸血鬼は人の血を吸って、それを生命力に長い寿命を生きている。だけどそれは、彼ら自身が血を生命力に転換しているわけじゃない。血を媒介に、生命力そのものを奪い、自分の身体に取り込んでいるんだよ。生命力を血もろとも吸い上げていると言えば分かるかな」

難解な説明を自分の中で把握するのは容易なことではなかった。

聖は頷きながら、必死で話についていこうとした。話の先が決して良いものではないことが見えていたからだった。

「栞さんはそれを知らなかったのか、あるいは知っていたけれどヴァンに逆らえなかったのか……それは分からない。だけど結果的に、彼女の中に蓄えられていた生命力は急速に吸い上げられて枯渇し、彼女は早世することになった」

「そんな」

聖は口を手で覆った。それでは、ヴァンが栞を殺したようなものではないか。

遥はそんな聖の動揺を見抜いてか、追い討ちをかけるように言った。

「君は、ヴァンに血を吸われたあと眩暈が続いたり、うまく立てなくなったりしたことはなかったかい?
……吸血鬼が一度に吸う血の量は知れている。たかだかコップ一杯や二杯程度のものだ。健康な人間なら、貧血を起こして倒れるほどの量じゃない」

遥の言いたいことが読めて、聖は慄然とした。

「聖君の血が特別だというのは、そういう意味でもある。おそらく、血液が含有する生命力の質が他の人間よりも多いんだろう。そのお陰で効率よく力を得られるし、理想的な霊媒の資質もある。彼にとっては、まさに最高に都合の良い存在というわけだ」

「霊媒って……」

ああ、と遥は思い出したように、

「霊視をすることができ、霊体に力を貸し与えることのできる存在のことだよ。ヴァンは今、肉体と切り離された霊体の状態だから、普通の人間からは力を得られない」

聖は後頭部を鈍器で殴りつけられたような衝撃を受けていた。

(じゃあ、あいつにとって俺は本当に、ただの餌だったのか)

ヴァンは聖を特別だと呼んだ。愛しているとも言った。

けれどそれが、自分が貪るための犠牲の子羊に対する愛情だとしたら?

「君はヴァンに命そのものを吸い上げられているんだよ。二百年前、栞さんを殺すことで彼は強大な力を得た。そして今度は君を殺すことで、完全に復活しようとしている」

このままでは自分の命を削り取られ、行きつく先は死しかない。

恐怖は小刻みな震えとなり、震えは全身に伝わり、やがて激しいわななきに変わった。

初夏の涼しい夜だというのに、聖は極寒の地を吹雪の中さすらう旅人のように、体の芯から凍りついていた。

遥はそれを哀憐の情をこめて見つめると、そっと目を伏せた。

「ごめん。君を怖がらせまいと思って、今まで言わないようにしていたんだ。できることなら、何も知らせずに全てを終わらせたかった」

遥の気遣いが身に染みて、聖は痛烈な悔恨が胸を襲うのが分かった。一体、自分は何を考えていたのだろう。

「すみません。俺、自分がこのままじゃ死んでしまうだなんて思わなかった。ただ血を吸われているだけだと思っていたんです。それなのに、何も知らないで遥さんの邪魔をして、遥さんが色々考えて配慮してくれてたことも、全部無駄にして」 

不安と罪悪感のあまり、聖は泣き出しそうになった。俯いて小さく肩を震わせる。

「駄目だよ」

遥は押し殺したような声で言った。

「え、」

顔を上げかけた聖の肩に手を回して、後ろから羽交い絞めにする。

「駄目だよ、僕の前でそんな顔をしちゃ」

そう言って、遥は聖のうなじに手をかけて大きくはだけさせ、わざと傷跡に沿って唇を這わせた。

「やっ……!」

音をたてて吸い上げられ、聖がかすかに上ずった声をあげる。

力なく抵抗しようとした聖の手首を掴んで、遥は耳元で言った。

「君を守れるのは僕しかいない。絶対に、誰にも渡したりはしない」

窓外に広がる夜の闇が、二人を包み込んでいた。




















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら

たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生 海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。 そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…? ※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。 ※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。

悪の策士のうまくいかなかった計画

迷路を跳ぶ狐
BL
いつか必ず返り咲く。それだけを目標に、俺はこの学園に戻ってきた。過去に、破壊と使役の魔法を研究したとして、退学になったこの学園に。 今こそ、復活の時だ。俺を切り捨てた者たちに目に物見せ、研究所を再興する。 そのために、王子と伯爵の息子を利用することを考えた俺は、長く温めた策を決行し、学園に潜り込んだ。 これから俺を陥れた連中を、騙して嵌めて蹂躙するっ! ……はず、だった……のに?? 王子は跪き、俺に向かって言った。 「あなたの破壊の魔法をどうか教えてください。教えるまでこの部屋から出しません」と。 そして、伯爵の息子は俺の手をとって言った。 「ずっと好きだった」と。 …………どうなってるんだ?

転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが

松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。 ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。 あの日までは。 気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。 (無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!) その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。 元日本人女性の異世界生活は如何に? ※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。 5月23日から毎日、昼12時更新します。

幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。 「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」 里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。 ★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2) ☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。 ☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

処理中です...