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エピローグ
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「……ま、いいけど。聞いたか、亜子の奴、ちゃっかり結婚だとよ」
加奈子はぎょっとしたが、恵果は涼しい顔で頷いた。
「相手は先生でしょ?お金持ちの人らしいね。卒業式終わってから、結婚式挙げるんですって」
「永久就職、玉の輿!亜子ちゃんて人、やるねー!」
加奈子が無邪気にぱちぱちと拍手する。
複雑な表情の律に近づき、恵果は耳元でささやいた。
「寂しくなるね、『お兄ちゃん』?」
「……嫌味か、こら」
律は恵果を小突いた。
そして、あどけなさが徐々に抜けて、日に日に美しさを増す恵果の顔立ちをじっと見つめる。
加奈子は雰囲気に気づいたのか、そそくさと店から出ていった。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
恵果は明るく返事する。
律は怪訝な顔で尋ねた。
「どこ行ったんだ?」
「理人君とデートでしょ」
「ああ、あのクソ生意気なガキか」
理人はあれから何度か加奈子に会いに(と、恵果は思っている)店に遊びにきたのだが、そのとき律と鉢合わせして、以来なぜか犬猿の仲である。
「中学生のくせに色気づきやがって」
悪態をつく律を見て、恵果はくすくす笑った。
「何だよ」
「お兄ちゃんも同じようなこと言ってたなあと思って」
律は驚きはおくびにも出さず、ただ相づちを打った。
「へえ」
恵果はあれ以来、一切何も語らないままである。
実兄のことすら、口にするのは稀だった。
嫌っているわけではないのだろうが、兄のことを話せば、自然と思い出してしまう男がいるからだろうと律は踏んでいた。
しばらく沈黙した後、恵果は律のそばを離れながら言った。
「今日はお客さん来るからね。あんまり長居しないでよ」
あまりの素っ気なさに、律は反論した。
「ちっとは口を慎めよ。それがお得意様兼用心棒に対する口の聞き方かね」
恵果は背を向けたまま、明るいトーンで言った。
「はいはい。せいぜいしっかり守ってくださいね、番犬さん」
律が言い返そうとしたとき、客の入店を告げる鈴の音がした。
今日のクライアントか、ただ単に和みにきた酔狂な客か。
どちらにせよ、構わない。律は思った。
恵果は振り向き、最上級の笑顔でこう言うのだ。
「いらっしゃいませ」
と。
【終わり】
加奈子はぎょっとしたが、恵果は涼しい顔で頷いた。
「相手は先生でしょ?お金持ちの人らしいね。卒業式終わってから、結婚式挙げるんですって」
「永久就職、玉の輿!亜子ちゃんて人、やるねー!」
加奈子が無邪気にぱちぱちと拍手する。
複雑な表情の律に近づき、恵果は耳元でささやいた。
「寂しくなるね、『お兄ちゃん』?」
「……嫌味か、こら」
律は恵果を小突いた。
そして、あどけなさが徐々に抜けて、日に日に美しさを増す恵果の顔立ちをじっと見つめる。
加奈子は雰囲気に気づいたのか、そそくさと店から出ていった。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
恵果は明るく返事する。
律は怪訝な顔で尋ねた。
「どこ行ったんだ?」
「理人君とデートでしょ」
「ああ、あのクソ生意気なガキか」
理人はあれから何度か加奈子に会いに(と、恵果は思っている)店に遊びにきたのだが、そのとき律と鉢合わせして、以来なぜか犬猿の仲である。
「中学生のくせに色気づきやがって」
悪態をつく律を見て、恵果はくすくす笑った。
「何だよ」
「お兄ちゃんも同じようなこと言ってたなあと思って」
律は驚きはおくびにも出さず、ただ相づちを打った。
「へえ」
恵果はあれ以来、一切何も語らないままである。
実兄のことすら、口にするのは稀だった。
嫌っているわけではないのだろうが、兄のことを話せば、自然と思い出してしまう男がいるからだろうと律は踏んでいた。
しばらく沈黙した後、恵果は律のそばを離れながら言った。
「今日はお客さん来るからね。あんまり長居しないでよ」
あまりの素っ気なさに、律は反論した。
「ちっとは口を慎めよ。それがお得意様兼用心棒に対する口の聞き方かね」
恵果は背を向けたまま、明るいトーンで言った。
「はいはい。せいぜいしっかり守ってくださいね、番犬さん」
律が言い返そうとしたとき、客の入店を告げる鈴の音がした。
今日のクライアントか、ただ単に和みにきた酔狂な客か。
どちらにせよ、構わない。律は思った。
恵果は振り向き、最上級の笑顔でこう言うのだ。
「いらっしゃいませ」
と。
【終わり】
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