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始まり

もっと優しくしなさい!

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「こちらが、兄のアルフレッドです」

 私はエルに案内され、何やら豪華な部屋に居る。
 テーブルは最後の晩餐を彷彿とさせるほどの長いもので、それを贅沢に端の方だけ使っていた。
 私の向かい側にはエル、そしてエルの隣には今紹介されたアルフレッドと呼ばれた、くそぽっちゃりである。

 そのアルフレッドくそぽっちゃりが暴れないように後ろからゴルデスマンさんが首をガッシリ掴んでいた。
 止めに入ってくれたのはゴルデスマンさんで、ここに来るまでずっとその体制なのだ。

 大人しいと思ったら結構顔を青ざめてるのは大丈夫なのだろうか?

「えっと、マリア・スメラギです」

 とりあえず王族にする挨拶の仕方など知らない私は座ったまま頭を下げる。
 きっと今の彼に私の声は届いていない。

「うぐっ……マリアが生きてて良かった……うぐっ、本当に良かったよ……」
「うぇ!? ちょ、泣かないでよ! 私もエルが生きてて良かったと思ってるよ」

 さっきまでは普通にしてたのにまるで情緒が不安定かと思わせるほどエルはぎゃんぎゃんと泣き始めた。
 それを見た私は驚き、泣き止むようにお願いをしてみたが、まぁ中々泣き止まない。

 私たちの見た目と年齢の差は多分大した違いはないが、二十年分の重みが私には乗っかっているので、きっとそれが無かったら私もエルのようにぎゃんぎゃん泣いていたに違いない。

 でもそれだけ私のことを心配してくれたと考えたら少しこそばゆくなる。

「エル坊はまだ子供だからな……エル坊を守ってくれたんだってな」
「ううん、それは少し違います。私が何も知らなくて好奇心でプリティラビットに近寄っちゃって、危ない所をエルが助けてくれたんです」

 先日のことを思い出し、私もじわじわと目頭が熱くなる。
 最初からエルの言うことを聞いて近付いてさえいなければこんなことにならなかったんだ。
 自分の不甲斐なさに悲しくなってくる。

「それで私はムカついて倒そうとしたけど、結構は……」

 倒せなかった。
 本当に不甲斐ない。

「そう気に病むな。どの道遅かれ早かれ、エル坊はあのプリティラビットと遭遇していたに違いない」

 アルフレッドを掴む手を離し、私へ近寄ると頭を撫でた。

「にしてもマリア嬢ちゃんも運がいい。エル坊があれだけ負傷してたもんだから急いで王都から宮廷魔術師を呼んでこさせていたからマリア嬢ちゃんも死なずに済んだ」
「はぁ……?」

 王都? 宮廷魔術師?
 何だか凄そうな人に私は助けられたみたい。
 まぁここに居る面々も王族な時点で凄いんだけど。

「その反応から察するに嬢ちゃんは記憶喪失・・・・、なのだろうな」
「たぶん?」

 ここに居るエルと、意識が遠のいてテーブルに伏せてしまっているくそぽっちゃりにも分かるようにわざと記憶喪失の部分を強めに発音していた。
 部屋でそれとなく話していたのでゴルデスマンさんは最初から理解していそう。

「んえ!? マリアが記憶喪失だって?」

 いつの間にか泣いていたエルは私たちの話を聞いていて、立ち上がるほど驚いている。

「愚者の洞窟……だったっけ? 気が付いたらあそこに居たからね」
「獣人と間違えられて追われてあの洞窟まで迷い込んでしまったのかな……」

 ううん、くそ女神様にあそこで転生させられたのだよ。
 とは言えず、私は悲しそうな顔をしたエルをただ見ることしか出来ない。
 後、君の隣でビクビク痙攣しているそれは大丈夫なのほんと?

「そう、問題はそこだ」
「何処だ?」

 首を傾げてハテナマークを頭の上にいっぱい乗せる。

「こーれーだ! どうして人間なのに獣耳なんか生やしている。それもだ!」
「いだだだだた──!?」

 私の獣耳をこれでもかと右手で引っ張り、左手で尻尾にも指を差した。

 薄々問題なのか分かっていたけど、ずっと言ってこなかったし何よりも摘まれた獣耳が痛い、痛すぎ、千切れるよ!!!

「ゴルさん!?」

 エルが大きな声を出してゴルデスマンさんを制止てくれてやっと手を離してくれた。
 マジで死ぬかと思った……耳を引きちぎられて死ぬとか猫型ロボットもビックリ。

「済まない、取り乱した。引っ張れば取れるかと思ってな」
「それで取れたらこんなに苦労してません! 全く、ゴルデスマンさんはもう少しレディに優しくなるべきです。そんなんじゃ一生結婚できませんよ」

 野太い声を除けば優しくて頼り甲斐がある人かと思えば、とんだ暴力男だった。
 私は最大限の怒りを彼にぶつける。

「うぐっ……アナ……アナスタシア……アナスタシアぁぁぁあああ──」

 すると、ゴルデスマンさんは膝から崩れ落ち、床に向かって誰かの名前を叫び、エルよりも大きな声で泣き始めてしまった。

「俺が悪かった……だから戻ってきてくれ! また楽しかったあの日々を俺は取り戻したいんだ──」

 幻覚でも見ているのだろうか?
 ずっと床に向かって話し掛けている。

「ええ……」
「つい先日、ゴルさんは交際していたアナスタシアさんに愛想を尽かされ別れてしまったんです」

 いきなり始まったこの光景にドン引いていると、エルが前のめりになり私にこっそりと教えてくれた。

 あら、ソウだったの? 可哀想にネ。
 つい心の中でオネエ口調になってしまうワ。

「何でも"もう少し私に優しくして欲しかった"と書き置きだけが残されていたそうです」
「地雷踏んじゃった訳かぁ……でもまぁ自業自得だよね」

 どうすることも出来ず、私とエルはゴルデスマンさんのアナスタシアさんに対する愛がそこを尽きるまでただ呆然と眺めていた。
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