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第1章 悪役令嬢にはなりません!
5.クールなシスコンお兄様
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「もうっ、重すぎですわ! ルーファスの腰にも、私の腰にも負担が掛かりますわよ、この扉っ!」
冷静に考えれば、私のような細腕の女性がこんなものを持ち上げようだなんて、到底無理な話だったのだ。
私は一度姿勢を正し、魔法の構築に入る。
「レティシアお嬢様、やはり私がここをどうにか致しますので……!」
「いいえ、結構ですわ。貴方はそこで見ていて頂戴。これから私に身体強化の魔法を使用します。これで筋力を上げて、パーンと扉を押し上げてしまいますわよ!」
力仕事だなんて今の今まで一度もした事の無い私が、学院で学んだこの魔法を今こそ役立てる時が来た。
大気中に宿るマナを掻き集める。
私の魔力に呼び寄せられた精霊の気を感じたところで、身体強化魔法の呪文を唱えた。
「我が呼び声に応えよ、巡りし魂たる精霊達よ。汝らの加護を、我が身に与え給給え……!」
詠唱によって発動した魔法は、暖かな光の粒となり、私の身に降り注ぐ。
光の雨が止んだ後、身体全体が精霊の力に優しく包まれたのを実感する。
これは精霊との簡易的な契約魔法の一つだ。
しばらくすれば彼らと結んだ契約が解除され、身体能力は全て元に戻ってしまう。
もたもたしてはいられない。この魔法も、事件のタイムリミットも、あまり残されていないはずだから。
「さあ、これで準備は整いましたわよ」
私はもう一度挑戦する。
すると、扉はいとも簡単に持ち上がり、そのままルーファスの手を借りる必要も無く上まで開ききった。
「やりましたわよ、ルーファス! これで搬入口の周りを調べ──」
「──正面の出入り口から裏に回るという発想は無かったのか、レティよ」
私の言葉を遮った声の持ち主が、呆れた様子で目の前に立っていた。
いつから扉の先に居たのだろう。
そして、何故ここに彼が居るのだろう。
伸ばした前髪を後ろに流し、鋭い氷のような印象を受ける白銀の髪。
理知的なその瞳は綺麗なスミレ色で、言葉に出来ない神秘的な雰囲気を醸し出している。
「お前はもう少し落ち着きを覚えるべきだぞ。……全く、いつまでも手の掛かる奴だ」
「れ、レオンハルトお兄様!? どうしてお兄様がこちらに……」
私と同じ髪と瞳を持つレオンハルトお兄様は、驚き戸惑う私とは正反対の落ち着きぶりを見せていた。
「お前が屋敷を飛び出してから、影からずっと行動を監視していたのだ。見知らぬ蛮族に警戒せずついて行き、スラムに向かった時は頭を抱えたぞ」
「そ、そうだったんですの……。あの時は軽率な行動を取ってしまったと反省しています。ですが、どうしてお兄様が私を……?」
「レオノーラの占いに従ったのだ」
「お姉様の?」
「今朝王子が訪ねて来る前、彼奴がこう言った。『レティが何か突拍子もない行動に出る。その結果もたらされるものは、レティにとって掛け替えのない成長を促してくれるだろう』とな。お前の自主性を尊重し、見守ってやるのが、俺達家族の役割だと念押しされたのだ」
レオノーラお姉様の占いは、よく当たる。
私達兄妹の中で一番穏やかな性格のお姉様の占いが理由で、お兄様は今朝からずっと私を追っていたというのか。
きっと私がスラムで攫われそうになった時も、ケントさんが来なければお兄様に助けられていたのだろう。
妹思いの兄と姉に心が温まる。
それと同時に、急に家を出てしまって心配を掛けているであろうお母様と、遠くの街まで視察に行っていて何も知らないお父様の事を思うと胸が痛んだ。
……ごめんなさい。全て片付いたらきちんと連絡しますわね。
すると、突然姿を現したお兄様に慌てて頭を下げたルーファス。
「お久しゅうございます、レオンハルト様! 以前ご依頼頂いた猟銃の整備が終わりましたので、明日にでもお届けにあがろうと思っていたのですが……」
「ああ、そうだったのか。では後程持ち帰らせてもらおう」
……え? 二人は面識があったんですの?
私は思わず、お兄様とルーファスの顔を交互に見てしまう。
「……という事は、レティシアお嬢様はレオンハルト様の妹君であらせられたのですね! いやはや、その煌めく銀糸の髪と、紫水晶のような瞳で気付くべきでございましたな」
「多少抜けている所がお前の好感が持てる部分だ。気にせずとも良い。それよりレティ、流石にこれ以上はお前だけに任せてはおけぬぞ? 事は一刻を争う事態に直面しているらしい」
「それは……どういった意味なのですか? お兄様」
これまで私の好きなようにさせてくれていたお兄様が、そんな事を仰るだなんて。
もしかすると、私達はとんでもない事件に遭遇してしまったのかもしれない。
お兄様は真剣な面持ちで、とんでもない話を私達に語り出した。
******
せっかくの休日。
それも、ウォルグの大好きなお菓子作りの真っ最中に、水を差してしまった。
けれど、事は一分一秒を争う誘拐事件だ。
レティシアにはああ言ったけれど、本当は犯人の目星はついていた。
「方角は北西で間違い無いんだね?」
『ああ。その方向へ猛スピードで走り去る馬車を見たらしい』
「分かった。また何か動きがあったらすぐに報せてくれ」
『ああ』
僕は装備していた通信ピアスで彼とやり取りをして、父さんを連れ去った連中の行方を伝えてもらいながら、学校から借りた馬を走らせていた。
ウォルグは人間の父と、エルフの母との間に産まれたハーフエルフ。
彼が持つエルフ固有の能力──動植物に干渉し、それらの周囲の音や景色、意識を感じ取る力で助けてもらっている。
まずは、商会の向かいにある花屋から干渉してもらった。
店先に置かれた植木が、父さんを攫った馬車が走り去った方向を記憶していた。
続いてその先の十字路にある、民家の二階のベランダで、植木鉢に咲くエリューナの花。
そこで馬車は左に曲がったというから、学校とは反対側に逃げた事になる。
その先もしばらく生き物達の力を借り、現在進行形で移動する馬車を鳥が追っているらしい。
ウォルグから報告を受けながら、馬にかけた持久力を上げる魔法が切れないよう注意して進む。
「あの噂は聞いていたけれど……父さんと皆は、何が何でも僕が連れ戻す……!」
何代も続く老舗の商会である、僕の生まれたミンクレール家。
これまで何度かトラブルに巻き込まれた事はあったが、これだけの人数を巻き込んだ事件は、僕の知る中では今回で二度目だった。
一度目は十年前。
あの日の惨劇は、今でも脳裏にこびり付いて離れない。
あんな事件に大切な家族や従業員、そして友人達がまた巻き込まれたらと思うと、まだ幼かった当時の僕は恐怖で震えるしかなかった。
それからしばらくしてウォルグと知り合う機会に恵まれて、僕のトラウマは和らいでいった。
そうして少しずつ心が落ち着き始めたその頃、僕は決意したのだ。
僕をただの一人の人間として大切に思ってくれる人達を、慕ってくれる人達を、何が何でも護れるような強さを手に入れる──
だから僕は、身分だけで差別しない実力主義のセイガフに入学を決めた。
セイガフに入る為に、僕はがむしゃらに特訓を重ねた。
飲み込みが早いタイプだったお陰で、魔法の腕はみるみる上達し、成績優秀者として期待を一身に受けて試験に合格出来た。
僕はまだまだ未熟だけれど、あの学校でならもっと上を目指す事だって夢じゃない。
そして今頃、ウォルグから連絡を受けた警備騎士達も僕の後を追っているだろう。
その連絡役たる彼は、きっとお菓子作りを中断されて機嫌が悪いのだろうけれど。でも彼は優しい人だから、こうして力になってくれている。
例え相手が、国際指名手配されるような極悪人達であろうとも、僕の強さを信頼してくれたのだから──
******
「犯行集団は国際指名手配されている、『ガリメヤの星』というグループで間違い無いだろう。先日、其奴らがこの街付近に拠点を移したのではないか、という報せが各地に届けられている」
「国際指名手配ですって!? ケントさんは勿論、彼のお父様や他の方々が危ないですわ!」
「ああっ、お坊っちゃまも旦那様もどうかご無事でいて下され~!!」
お兄様のその発言に、私は思わず目眩がしてしまった。
「これだけ大きな商会を狙い、誘拐に成功したのだ。他には考えられん」
「そんなに危険な輩が、どうして今も野放しにされたままなんですの!?」
「捕らえようとしても、討伐隊を組んでも、冒険者ギルドに依頼しても……全員生きて帰って来なかったからだ」
「そんな……っ、そんなの酷すぎますわ! ケントさんは相手がそんな連中だと知らずに行ってしまいましたのよ!?」
「故に事は一刻を争うと言ったのだ。……ルーファス、お前はここを頼む。レティは私と共に来い」
「いかがなされるおつもりなのでございますか、レオンハルト様……?」
涙目で恐る恐る尋ねるルーファスに、お兄様は口元に笑みを浮かべて答える。
「彼奴らは、この俺が贔屓にしている店の会長と、その従業員に手を出したのだぞ? この手で直接、奴らを叩き潰さねば俺の気が晴れぬのでな」
湧き上がる怒りをひしひしと感じつつ、お兄様は私の手を取った。
「本来ならば散々痛め付けてやりたいところだったのだが……レティなら自分も連れて行けと我儘を言うに決まっている。恩人であるケントを助ける為だとな」
そう言って私を見下ろす瞳は、優しく細められた。
「可愛い妹も共に行くというのに、血飛沫が乱れ舞ってしまっては刺激が強かろう? 出来るだけ外傷の無いよう、生け捕りにしてくる。なるべく早く戻るつもりだ」
お兄様は私達二人の足元に複雑な魔法陣を構築し、そこにみるみる膨大なマナが流れ込んでいくのを感じる。
「では、行って来る」
無詠唱で発動されたその魔法によって、私はお兄様と共に倉庫から姿を消した。
冷静に考えれば、私のような細腕の女性がこんなものを持ち上げようだなんて、到底無理な話だったのだ。
私は一度姿勢を正し、魔法の構築に入る。
「レティシアお嬢様、やはり私がここをどうにか致しますので……!」
「いいえ、結構ですわ。貴方はそこで見ていて頂戴。これから私に身体強化の魔法を使用します。これで筋力を上げて、パーンと扉を押し上げてしまいますわよ!」
力仕事だなんて今の今まで一度もした事の無い私が、学院で学んだこの魔法を今こそ役立てる時が来た。
大気中に宿るマナを掻き集める。
私の魔力に呼び寄せられた精霊の気を感じたところで、身体強化魔法の呪文を唱えた。
「我が呼び声に応えよ、巡りし魂たる精霊達よ。汝らの加護を、我が身に与え給給え……!」
詠唱によって発動した魔法は、暖かな光の粒となり、私の身に降り注ぐ。
光の雨が止んだ後、身体全体が精霊の力に優しく包まれたのを実感する。
これは精霊との簡易的な契約魔法の一つだ。
しばらくすれば彼らと結んだ契約が解除され、身体能力は全て元に戻ってしまう。
もたもたしてはいられない。この魔法も、事件のタイムリミットも、あまり残されていないはずだから。
「さあ、これで準備は整いましたわよ」
私はもう一度挑戦する。
すると、扉はいとも簡単に持ち上がり、そのままルーファスの手を借りる必要も無く上まで開ききった。
「やりましたわよ、ルーファス! これで搬入口の周りを調べ──」
「──正面の出入り口から裏に回るという発想は無かったのか、レティよ」
私の言葉を遮った声の持ち主が、呆れた様子で目の前に立っていた。
いつから扉の先に居たのだろう。
そして、何故ここに彼が居るのだろう。
伸ばした前髪を後ろに流し、鋭い氷のような印象を受ける白銀の髪。
理知的なその瞳は綺麗なスミレ色で、言葉に出来ない神秘的な雰囲気を醸し出している。
「お前はもう少し落ち着きを覚えるべきだぞ。……全く、いつまでも手の掛かる奴だ」
「れ、レオンハルトお兄様!? どうしてお兄様がこちらに……」
私と同じ髪と瞳を持つレオンハルトお兄様は、驚き戸惑う私とは正反対の落ち着きぶりを見せていた。
「お前が屋敷を飛び出してから、影からずっと行動を監視していたのだ。見知らぬ蛮族に警戒せずついて行き、スラムに向かった時は頭を抱えたぞ」
「そ、そうだったんですの……。あの時は軽率な行動を取ってしまったと反省しています。ですが、どうしてお兄様が私を……?」
「レオノーラの占いに従ったのだ」
「お姉様の?」
「今朝王子が訪ねて来る前、彼奴がこう言った。『レティが何か突拍子もない行動に出る。その結果もたらされるものは、レティにとって掛け替えのない成長を促してくれるだろう』とな。お前の自主性を尊重し、見守ってやるのが、俺達家族の役割だと念押しされたのだ」
レオノーラお姉様の占いは、よく当たる。
私達兄妹の中で一番穏やかな性格のお姉様の占いが理由で、お兄様は今朝からずっと私を追っていたというのか。
きっと私がスラムで攫われそうになった時も、ケントさんが来なければお兄様に助けられていたのだろう。
妹思いの兄と姉に心が温まる。
それと同時に、急に家を出てしまって心配を掛けているであろうお母様と、遠くの街まで視察に行っていて何も知らないお父様の事を思うと胸が痛んだ。
……ごめんなさい。全て片付いたらきちんと連絡しますわね。
すると、突然姿を現したお兄様に慌てて頭を下げたルーファス。
「お久しゅうございます、レオンハルト様! 以前ご依頼頂いた猟銃の整備が終わりましたので、明日にでもお届けにあがろうと思っていたのですが……」
「ああ、そうだったのか。では後程持ち帰らせてもらおう」
……え? 二人は面識があったんですの?
私は思わず、お兄様とルーファスの顔を交互に見てしまう。
「……という事は、レティシアお嬢様はレオンハルト様の妹君であらせられたのですね! いやはや、その煌めく銀糸の髪と、紫水晶のような瞳で気付くべきでございましたな」
「多少抜けている所がお前の好感が持てる部分だ。気にせずとも良い。それよりレティ、流石にこれ以上はお前だけに任せてはおけぬぞ? 事は一刻を争う事態に直面しているらしい」
「それは……どういった意味なのですか? お兄様」
これまで私の好きなようにさせてくれていたお兄様が、そんな事を仰るだなんて。
もしかすると、私達はとんでもない事件に遭遇してしまったのかもしれない。
お兄様は真剣な面持ちで、とんでもない話を私達に語り出した。
******
せっかくの休日。
それも、ウォルグの大好きなお菓子作りの真っ最中に、水を差してしまった。
けれど、事は一分一秒を争う誘拐事件だ。
レティシアにはああ言ったけれど、本当は犯人の目星はついていた。
「方角は北西で間違い無いんだね?」
『ああ。その方向へ猛スピードで走り去る馬車を見たらしい』
「分かった。また何か動きがあったらすぐに報せてくれ」
『ああ』
僕は装備していた通信ピアスで彼とやり取りをして、父さんを連れ去った連中の行方を伝えてもらいながら、学校から借りた馬を走らせていた。
ウォルグは人間の父と、エルフの母との間に産まれたハーフエルフ。
彼が持つエルフ固有の能力──動植物に干渉し、それらの周囲の音や景色、意識を感じ取る力で助けてもらっている。
まずは、商会の向かいにある花屋から干渉してもらった。
店先に置かれた植木が、父さんを攫った馬車が走り去った方向を記憶していた。
続いてその先の十字路にある、民家の二階のベランダで、植木鉢に咲くエリューナの花。
そこで馬車は左に曲がったというから、学校とは反対側に逃げた事になる。
その先もしばらく生き物達の力を借り、現在進行形で移動する馬車を鳥が追っているらしい。
ウォルグから報告を受けながら、馬にかけた持久力を上げる魔法が切れないよう注意して進む。
「あの噂は聞いていたけれど……父さんと皆は、何が何でも僕が連れ戻す……!」
何代も続く老舗の商会である、僕の生まれたミンクレール家。
これまで何度かトラブルに巻き込まれた事はあったが、これだけの人数を巻き込んだ事件は、僕の知る中では今回で二度目だった。
一度目は十年前。
あの日の惨劇は、今でも脳裏にこびり付いて離れない。
あんな事件に大切な家族や従業員、そして友人達がまた巻き込まれたらと思うと、まだ幼かった当時の僕は恐怖で震えるしかなかった。
それからしばらくしてウォルグと知り合う機会に恵まれて、僕のトラウマは和らいでいった。
そうして少しずつ心が落ち着き始めたその頃、僕は決意したのだ。
僕をただの一人の人間として大切に思ってくれる人達を、慕ってくれる人達を、何が何でも護れるような強さを手に入れる──
だから僕は、身分だけで差別しない実力主義のセイガフに入学を決めた。
セイガフに入る為に、僕はがむしゃらに特訓を重ねた。
飲み込みが早いタイプだったお陰で、魔法の腕はみるみる上達し、成績優秀者として期待を一身に受けて試験に合格出来た。
僕はまだまだ未熟だけれど、あの学校でならもっと上を目指す事だって夢じゃない。
そして今頃、ウォルグから連絡を受けた警備騎士達も僕の後を追っているだろう。
その連絡役たる彼は、きっとお菓子作りを中断されて機嫌が悪いのだろうけれど。でも彼は優しい人だから、こうして力になってくれている。
例え相手が、国際指名手配されるような極悪人達であろうとも、僕の強さを信頼してくれたのだから──
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「犯行集団は国際指名手配されている、『ガリメヤの星』というグループで間違い無いだろう。先日、其奴らがこの街付近に拠点を移したのではないか、という報せが各地に届けられている」
「国際指名手配ですって!? ケントさんは勿論、彼のお父様や他の方々が危ないですわ!」
「ああっ、お坊っちゃまも旦那様もどうかご無事でいて下され~!!」
お兄様のその発言に、私は思わず目眩がしてしまった。
「これだけ大きな商会を狙い、誘拐に成功したのだ。他には考えられん」
「そんなに危険な輩が、どうして今も野放しにされたままなんですの!?」
「捕らえようとしても、討伐隊を組んでも、冒険者ギルドに依頼しても……全員生きて帰って来なかったからだ」
「そんな……っ、そんなの酷すぎますわ! ケントさんは相手がそんな連中だと知らずに行ってしまいましたのよ!?」
「故に事は一刻を争うと言ったのだ。……ルーファス、お前はここを頼む。レティは私と共に来い」
「いかがなされるおつもりなのでございますか、レオンハルト様……?」
涙目で恐る恐る尋ねるルーファスに、お兄様は口元に笑みを浮かべて答える。
「彼奴らは、この俺が贔屓にしている店の会長と、その従業員に手を出したのだぞ? この手で直接、奴らを叩き潰さねば俺の気が晴れぬのでな」
湧き上がる怒りをひしひしと感じつつ、お兄様は私の手を取った。
「本来ならば散々痛め付けてやりたいところだったのだが……レティなら自分も連れて行けと我儘を言うに決まっている。恩人であるケントを助ける為だとな」
そう言って私を見下ろす瞳は、優しく細められた。
「可愛い妹も共に行くというのに、血飛沫が乱れ舞ってしまっては刺激が強かろう? 出来るだけ外傷の無いよう、生け捕りにしてくる。なるべく早く戻るつもりだ」
お兄様は私達二人の足元に複雑な魔法陣を構築し、そこにみるみる膨大なマナが流れ込んでいくのを感じる。
「では、行って来る」
無詠唱で発動されたその魔法によって、私はお兄様と共に倉庫から姿を消した。
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