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第2章 セイガフ入学試験
2.過去と今とその先へ
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ミンクレールのお屋敷で私専用の部屋が用意され、身の回りの世話をする侍女も何人か付けて頂ける事になった私は、次の日から婦人服担当として働きに出ていた。
私に仕事を教えて下さる先輩は中年の男性で、名前をマルコという。
マルコさんの助手という形で仕事の流れを覚えていき、最初は知らない事や戸惑う事の多い日々だったけれど、数ヶ月も経てばやりがいを感じられるようになっていた。
公爵令嬢の私がごく普通にここで働いていると騒ぎになってしまうかもしれないので、髪の色を変える魔法薬を飲んでいる。
その効果がどれだけあるかは未知数だけれど、何もしないよりはマシだと思いたい。
それにしても、学院で学んだ知識がこんな場面でも発揮されるとは……前の人生も、全てが無駄という訳ではありませんでしたわね。
この魔法薬の効果は一ヶ月は続き、元の色に戻したければ、それ専用の薬を飲んでしまえば良い。
これで染めた宵闇のような黒い髪を一つに纏め、従業員用の制服に着替えるのだ。
そうやって働いていた、ある日の事。
遂に私にも、仕事を任せてもらえる事になった。
「今回レティシアさんに担当して頂きたいのは、アルシャント侯爵家のご令嬢、マリアンヌ様のオーダーメイドドレスです」
「マリアンヌ・アルシャント……」
ああ、まさか私の初仕事があの女だなんて!
マリアンヌは六番目の花乙女になる令嬢で、やはり私とは気が合わない子だった。
彼女はセグの事を自分の獲物だとしか思っていなくて、常日頃から、彼の『王子』という地位以外には興味が無いのだと言っていた少女だ。
「おや、その様子だとお知り合いでしたか?」
「いいえ、こちらが一方的に知っているだけです。一筋縄ではいかない相手ですけれど、任されたからにはしっかり仕事を果たしてみせますわ!」
「貴女のこれまでの働きは、僕が一番よく知っています。確かに少々手こずるお相手ではありますが、きっと良い結果が出ると信じていますよ」
今回はマルコさんが私の助手としてサポートして下さる。
私達はマリアンヌが待つ個室へと移動し、彼女と対面した。
「お待たせ致しました。今回お仕事を担当させて頂きます、レティシアと申します。こちらは補佐役のマルコさん。私と彼の二人で、アルシャント様のドレス製作に携わらせて頂きますわ」
ああ~! こんな女に下手に出てやらなければならないだなんて!
……でも、お仕事ですものね! お金という報酬を戴くのですから、それに見合った対応をするのが商売人というものですわよねっ!
これがもしボランティアだったら、こんな女、今すぐ魔法でボッコボコですわ。
あの子の護衛の騎士達ごと、ボッコボコにしちゃいますわよっ!
すると、ド派手に着飾ったマリアンヌはその濃いピンク色の髪を指先でくるくると弄りながら、私の爪先から頭のてっぺんまでを舐め回すように眺めた。
「見たところ、あたしとそんなに変わらない歳だと思うんだけど……。本当にこんな子に任せて大丈夫なのぉ?」
……キレて良いかしら?
いや、駄目ですわ。もし私があの子の立場だったらきっと同じ事を言うはずですもの。
というか、私の方が酷い言い方をするでしょうし。
私よりはマシ。私よりは全然マシですわ……。
「……担当させて頂く以上、必ずやご満足していただけるドレスをご用意致します」
「随分自信があるのね? ……まあ良いわ。ダメだったらまた別のお店に行けば良いだけだもの」
「では早速、どのようなデザインになさるかのご希望をお伺い致しますわ」
早いとこ終わらせてしまいましょう。
こんなのを長時間相手にしていたら、こっちが疲れるだけですもの。
「そうねぇ……。パーティーに着て行くものだから、なるべく派手なものが良いわねぇ」
ちょっと、彼女の派手ってどれだけ派手なのを言ってるのか分かりませんわ……。
今マリアンヌが着ているドレスには、フリルがこれでもかと使われている。
それも布地の色がピンク色だから、彼女の髪色と合わせて全身が真っピンクの塊なのだ。
これだけでもある意味注目は集められると思うのだけれど……まだ足りないというのだろうか。
「こう、色もデザインも華やかで、会場の誰よりも目立つようなものにして!」
「派手で華やか、ですね。そのご希望に沿ったデザイン案を後日お持ち致しますので、その際に製作するドレスを決定しましょう」
「ええ、そうしてちょうだい。ついでに、そのドレスに合わせたアクセサリーも欲しいわね」
「そちらの担当者とも相談しますわ。両方のデザインには時間が掛かってしまうかもしれませんが……アルシャント様がご出席なされるパーティーの日付をお伺いしても?」
「秋の始め頃に毎年あるから……二ヶ月程度かしらねぇ? それに間に合うようにお願いね」
「畏まりました」
マリアンヌはそう言ってソファーから立ち上がり、護衛を引き連れて部屋を出る。
すれ違う時にまたじろりと顔を見られたけれど、もう私は怒らない。
この感じの悪い小娘が──私も同い年ではあるけれど、マリアンヌが喜びすぎてヒィヒィ言うような、彼女の理想に合うドレスを売ってみせますわ!
そうして私は彼女のドレスの為に、名のあるドレスのデザイナーにデザインをお願いしに向かった。
出来るだけ派手なものを、と頼まれたので、そういったデザインを何パターンか描いてもらうのだ。
しかし、私は彼女に会ってから、ずっと胸に引っ掛かっていた事がある。
花乙女として選ばれた後の彼女も、確かに派手好きではあった。けれど、今ほど酷いセンスではなかったと私は記憶していた。
マリアンヌは、きちんと手入れのされたピンク色の髪と、私には劣るけれど、それなりに整った顔の持ち主だ。
衣装に頼りすぎた今の彼女は、花乙女時代よりもその魅力が引き出せていない気がする。
私と違って可愛らしいタイプの顔付きなのだから、もっとその雰囲気に合ったデザインが似合うはずなのに……。
────────────
翌日、私の仕事は休みだった。
休みはケントさんが帰って来る日に合わせているので、昼過ぎには彼が屋敷に顔を出して下さった。
今まで制服姿の彼を見た事がないのが少し悔しいのだけれど、休日の私服姿のケントさんもそれはそれで格好良いから、全然許します。
天気が良かったので、今日はお庭でお茶をする事になった。
「今日はマドレーヌを持って来たよ。ウォルグの自信作だそうだから、味は保証するよ」
「ウォルグさんのお菓子はいつも美味しいですわよ。まだ直接お礼を出来ていないのが残念ですわ」
そう。まだ私はケントさんの友人であるウォルグさんと会った事がないのだ。
初めて手作りのお菓子を戴いた時から、ケントさんを通じて間接的に関係を持っただけ。
お礼の手紙は何度か送っているのだけれど、そのお返事は一度も貰えていない。
ケントさんが言うには、相手が女の子だから照れているのだそうだ。きっと女性慣れしていない、控え目な性格の方なのだろう。
「君の手紙はちゃんと読んでくれているから、気持ちは伝わっているはずだよ。味の違いが分かる相手になら、喜んで作ってくれる男だからね」
「お菓子作りに誇りを持っていらっしゃるのですね」
「うん。だけど、来年からはあまりお菓子作りに時間を割けなくなるんだよね」
「あら、どうしてですの?」
「僕とウォルグは、二年生から魔物との戦闘を想定した授業を選択するからね。遠くまで魔物を討伐しに行く事もあるから、その間は寮に居られない。けれどそれは彼が望んで選ぶ事だから、仕方が無いのだけれど」
「そうなんですの……」
来年度から、ウォルグさんのお菓子があまり食べられなくなってしまいますのね……。
ちょっぴり寂しいけれど、私がセイガフに入学した際には直接お会い出来るのだから、その時にきちんとお礼の言葉を伝えなくては。
侍女が淹れたての紅茶を用意したので、それと一緒にマドレーヌを味わおう。
プレーン生地とチョコレート生地の二種類があり、まずはプレーンから頂いた。
「ああ、とっても美味しいです! この紅茶もマドレーヌによく合って、幸せで心が満たされるようですわ!」
「本当に美味しいね! この街の菓子職人達も顔負けの出来栄えだよ」
二人で感想を言い合いながら、あっという間に皿の上からマドレーヌが無くなっていく。
美味しいものを食べると、自然と笑顔になってしまう。ケントさんの笑顔もマドレーヌの美味しさを引き立てて、とっても楽しい時間が過ごせている。
「そうだレティシア。ご家族とは、ちゃんと連絡を取っているのかい?」
「ええ、この間はお兄様からお手紙が届きました。またあの連中が遠くの村で事件を引き起こしたそうで、お兄様が対処にあたっているそうです」
あの連中──『ガリメヤの星』は、商会での事件の後も度々騒ぎを起こしている。
あの事件での働きが評価され、国王陛下の指示により結成された対策本部で指揮を執るお兄様。
手紙の内容によれば、彼らによる犯行を阻止・解決、そしてグループを壊滅させるべく動いているらしい。
「初めてうちに来店した時から只者ではないと思っていたけれど……凄い人を兄に持ったものだね」
「ええ。私もまさかお兄様がそんな責任のあるお仕事を任されるようになるだなんて、思いもしていませんでしたもの」
私がケントさんと関わったからなのか、私の知る過去とは違う歴史が紡がれているようだ。
「君と初めて会った時は、まさか君がレオンハルト様の妹さんだなんて思いもしなかった。可愛い妹が居る、という話は聞いていたのだけれどね」
「か、かわ……っ!?」
そんな平然とした態度でさらっと言わないで! 不意打ちすぎて心臓に悪いですわ!
「けれど、今となってはしっくり来るよ。父さん達を護ってくれた君の結界は勿論、訓練で見せてもらった他の魔法も、学校に通う前だというのに、とても高度なものばかりだった。将来はレオンハルト様にだって劣らない、素晴らしい魔法使いになれるだろう」
「け、ケントさんだって凄い方ではないですか! 私をスラムで助けて下さった時だって、一年生とはとても思えない完成度の風魔法でしたわ!」
「まあ、ね。……僕はもっと、強くなりたいからさ」
そう口にした彼の言葉は、風に溶けるように、寂しさを残して消えていった。
「もう誰も、大切な人を失わないで済むように……もっと力が欲しいんだ。だから僕は、本来ルディエルの学院に通うべきなのに、我儘を押し通してセイガフに入学した。……馬鹿だよね。未来のお得意様を開拓する絶好の機会を、こんな我儘で捨ててしまうだなんてさ」
「……深い理由は聞きません。けれど、私はそれで良いと思いますわ」
辛そうな顔で吐き捨てるように言った彼に、私はそのライトグリーンの瞳を真っ直ぐに見詰めて言葉を続ける。
「レオンハルトお兄様も、そうでしたの。まだ幼い頃から魔法の才能があって、その力を愛する家族を護る為に使いたいと……」
けれど、お兄様のその願いは叶わなかった。
だから今、『ガリメヤの星』がしている事が余計に許せないのだろう。
もしも、私とケントさんが商会に行くのがもう少し早かったら、私達も彼らに捕まっていたかもしれない。
私の身にまで何かがあったら、きっとお兄様は……もう二度と、立ち直れないだろうから。
「きっとお兄様が今頑張っていらっしゃるのは、国民を護るのと同時に、それが私達家族を護る事にも繋がっているからだと思うのです。セイガフにだって貴族や富豪の子は居りますし、社交界に赴けば、学院の生徒とも関われますわ。何も歩むべき道は一つだけではありませんもの」
「レティシア……」
馬車に轢かれて死ぬ直前に、自分の歩んだ人生を悔いた私だからこそ、伝えられる事だと思うから──
「ケントさん。貴方はとても優しい方ですわ。そして大切なものの為に、光り輝くように真っ直ぐに生きていらっしゃる。その人生に、後悔の闇を抱えてしまってはいけませんわ。誰かの為に強くあろうと、優しくあろうとするその心は、とても尊いものなのですから」
「……僕は、このままでも良いのかな」
「それが貴方の理想に繋がると信じ、選び取った道なのでしょう? でしたら、後悔しないように努力し続けるだけではありませんか」
私自身も、そんな人生を歩めるようにしたい。
「私は好きですよ、今のケントさん。理想の自分になる為に己を磨いて、大切なものを護る……。恰好良いじゃないですか。ケントさんなら、きっと何だって出来ますわ。努力家ですもの」
「ここまで女性に励ましてもらうだなんて……僕ったら、紳士失格だなぁ」
「ケントさん程の紳士は他に居ませんわよ。もっと自分に自信をお持ちになって下さいませ」
すると彼は、冷め始めていた紅茶を一気に飲み干した。
もう彼の顔に迷いの色は無い。
「君が僕を信じてくれているというのに、自分が自分を疑ってしまうだなんてねぇ。……もう、情けない姿は見せないよ。そうだよね、人生はまだまだ長いのだから──やってみせるさ。強くなる事も、商会を発展させていく事も……全てね」
見違えるようなその清々しい笑顔は、私の好きないつものケントさんの姿だった。
******
ティータイムの後、彼女はレオンハルト様への手紙の返事を書いてくると言って庭で別れた。
……レティシアには、本当に情けない姿を見せてしまったな。軽蔑されなくて本当に良かった。
いつか彼女になら、あの日の事を全て打ち明けられるような気がする。
僕の心を包み込んでくれるようなあの言葉に、本当に救われたような気持ちになったんだ。
彼女には、ブレない芯がある。
またいつか、僕は今日のように自分を信じてあげられなくなるかもしれない。そんな時、彼女にだけは甘えられる……そして、たっぷり甘やかしてくれるような、そんな気がする。
真っ直ぐに生きて輝いているのは、彼女の方だ。僕は、その光に救われたのだから。
「だから僕は、君も護りたい。もっと強くなって、店をもっと大きくして……君をずっと、僕の隣に……」
この願い、全て叶えてみせるから──
私に仕事を教えて下さる先輩は中年の男性で、名前をマルコという。
マルコさんの助手という形で仕事の流れを覚えていき、最初は知らない事や戸惑う事の多い日々だったけれど、数ヶ月も経てばやりがいを感じられるようになっていた。
公爵令嬢の私がごく普通にここで働いていると騒ぎになってしまうかもしれないので、髪の色を変える魔法薬を飲んでいる。
その効果がどれだけあるかは未知数だけれど、何もしないよりはマシだと思いたい。
それにしても、学院で学んだ知識がこんな場面でも発揮されるとは……前の人生も、全てが無駄という訳ではありませんでしたわね。
この魔法薬の効果は一ヶ月は続き、元の色に戻したければ、それ専用の薬を飲んでしまえば良い。
これで染めた宵闇のような黒い髪を一つに纏め、従業員用の制服に着替えるのだ。
そうやって働いていた、ある日の事。
遂に私にも、仕事を任せてもらえる事になった。
「今回レティシアさんに担当して頂きたいのは、アルシャント侯爵家のご令嬢、マリアンヌ様のオーダーメイドドレスです」
「マリアンヌ・アルシャント……」
ああ、まさか私の初仕事があの女だなんて!
マリアンヌは六番目の花乙女になる令嬢で、やはり私とは気が合わない子だった。
彼女はセグの事を自分の獲物だとしか思っていなくて、常日頃から、彼の『王子』という地位以外には興味が無いのだと言っていた少女だ。
「おや、その様子だとお知り合いでしたか?」
「いいえ、こちらが一方的に知っているだけです。一筋縄ではいかない相手ですけれど、任されたからにはしっかり仕事を果たしてみせますわ!」
「貴女のこれまでの働きは、僕が一番よく知っています。確かに少々手こずるお相手ではありますが、きっと良い結果が出ると信じていますよ」
今回はマルコさんが私の助手としてサポートして下さる。
私達はマリアンヌが待つ個室へと移動し、彼女と対面した。
「お待たせ致しました。今回お仕事を担当させて頂きます、レティシアと申します。こちらは補佐役のマルコさん。私と彼の二人で、アルシャント様のドレス製作に携わらせて頂きますわ」
ああ~! こんな女に下手に出てやらなければならないだなんて!
……でも、お仕事ですものね! お金という報酬を戴くのですから、それに見合った対応をするのが商売人というものですわよねっ!
これがもしボランティアだったら、こんな女、今すぐ魔法でボッコボコですわ。
あの子の護衛の騎士達ごと、ボッコボコにしちゃいますわよっ!
すると、ド派手に着飾ったマリアンヌはその濃いピンク色の髪を指先でくるくると弄りながら、私の爪先から頭のてっぺんまでを舐め回すように眺めた。
「見たところ、あたしとそんなに変わらない歳だと思うんだけど……。本当にこんな子に任せて大丈夫なのぉ?」
……キレて良いかしら?
いや、駄目ですわ。もし私があの子の立場だったらきっと同じ事を言うはずですもの。
というか、私の方が酷い言い方をするでしょうし。
私よりはマシ。私よりは全然マシですわ……。
「……担当させて頂く以上、必ずやご満足していただけるドレスをご用意致します」
「随分自信があるのね? ……まあ良いわ。ダメだったらまた別のお店に行けば良いだけだもの」
「では早速、どのようなデザインになさるかのご希望をお伺い致しますわ」
早いとこ終わらせてしまいましょう。
こんなのを長時間相手にしていたら、こっちが疲れるだけですもの。
「そうねぇ……。パーティーに着て行くものだから、なるべく派手なものが良いわねぇ」
ちょっと、彼女の派手ってどれだけ派手なのを言ってるのか分かりませんわ……。
今マリアンヌが着ているドレスには、フリルがこれでもかと使われている。
それも布地の色がピンク色だから、彼女の髪色と合わせて全身が真っピンクの塊なのだ。
これだけでもある意味注目は集められると思うのだけれど……まだ足りないというのだろうか。
「こう、色もデザインも華やかで、会場の誰よりも目立つようなものにして!」
「派手で華やか、ですね。そのご希望に沿ったデザイン案を後日お持ち致しますので、その際に製作するドレスを決定しましょう」
「ええ、そうしてちょうだい。ついでに、そのドレスに合わせたアクセサリーも欲しいわね」
「そちらの担当者とも相談しますわ。両方のデザインには時間が掛かってしまうかもしれませんが……アルシャント様がご出席なされるパーティーの日付をお伺いしても?」
「秋の始め頃に毎年あるから……二ヶ月程度かしらねぇ? それに間に合うようにお願いね」
「畏まりました」
マリアンヌはそう言ってソファーから立ち上がり、護衛を引き連れて部屋を出る。
すれ違う時にまたじろりと顔を見られたけれど、もう私は怒らない。
この感じの悪い小娘が──私も同い年ではあるけれど、マリアンヌが喜びすぎてヒィヒィ言うような、彼女の理想に合うドレスを売ってみせますわ!
そうして私は彼女のドレスの為に、名のあるドレスのデザイナーにデザインをお願いしに向かった。
出来るだけ派手なものを、と頼まれたので、そういったデザインを何パターンか描いてもらうのだ。
しかし、私は彼女に会ってから、ずっと胸に引っ掛かっていた事がある。
花乙女として選ばれた後の彼女も、確かに派手好きではあった。けれど、今ほど酷いセンスではなかったと私は記憶していた。
マリアンヌは、きちんと手入れのされたピンク色の髪と、私には劣るけれど、それなりに整った顔の持ち主だ。
衣装に頼りすぎた今の彼女は、花乙女時代よりもその魅力が引き出せていない気がする。
私と違って可愛らしいタイプの顔付きなのだから、もっとその雰囲気に合ったデザインが似合うはずなのに……。
────────────
翌日、私の仕事は休みだった。
休みはケントさんが帰って来る日に合わせているので、昼過ぎには彼が屋敷に顔を出して下さった。
今まで制服姿の彼を見た事がないのが少し悔しいのだけれど、休日の私服姿のケントさんもそれはそれで格好良いから、全然許します。
天気が良かったので、今日はお庭でお茶をする事になった。
「今日はマドレーヌを持って来たよ。ウォルグの自信作だそうだから、味は保証するよ」
「ウォルグさんのお菓子はいつも美味しいですわよ。まだ直接お礼を出来ていないのが残念ですわ」
そう。まだ私はケントさんの友人であるウォルグさんと会った事がないのだ。
初めて手作りのお菓子を戴いた時から、ケントさんを通じて間接的に関係を持っただけ。
お礼の手紙は何度か送っているのだけれど、そのお返事は一度も貰えていない。
ケントさんが言うには、相手が女の子だから照れているのだそうだ。きっと女性慣れしていない、控え目な性格の方なのだろう。
「君の手紙はちゃんと読んでくれているから、気持ちは伝わっているはずだよ。味の違いが分かる相手になら、喜んで作ってくれる男だからね」
「お菓子作りに誇りを持っていらっしゃるのですね」
「うん。だけど、来年からはあまりお菓子作りに時間を割けなくなるんだよね」
「あら、どうしてですの?」
「僕とウォルグは、二年生から魔物との戦闘を想定した授業を選択するからね。遠くまで魔物を討伐しに行く事もあるから、その間は寮に居られない。けれどそれは彼が望んで選ぶ事だから、仕方が無いのだけれど」
「そうなんですの……」
来年度から、ウォルグさんのお菓子があまり食べられなくなってしまいますのね……。
ちょっぴり寂しいけれど、私がセイガフに入学した際には直接お会い出来るのだから、その時にきちんとお礼の言葉を伝えなくては。
侍女が淹れたての紅茶を用意したので、それと一緒にマドレーヌを味わおう。
プレーン生地とチョコレート生地の二種類があり、まずはプレーンから頂いた。
「ああ、とっても美味しいです! この紅茶もマドレーヌによく合って、幸せで心が満たされるようですわ!」
「本当に美味しいね! この街の菓子職人達も顔負けの出来栄えだよ」
二人で感想を言い合いながら、あっという間に皿の上からマドレーヌが無くなっていく。
美味しいものを食べると、自然と笑顔になってしまう。ケントさんの笑顔もマドレーヌの美味しさを引き立てて、とっても楽しい時間が過ごせている。
「そうだレティシア。ご家族とは、ちゃんと連絡を取っているのかい?」
「ええ、この間はお兄様からお手紙が届きました。またあの連中が遠くの村で事件を引き起こしたそうで、お兄様が対処にあたっているそうです」
あの連中──『ガリメヤの星』は、商会での事件の後も度々騒ぎを起こしている。
あの事件での働きが評価され、国王陛下の指示により結成された対策本部で指揮を執るお兄様。
手紙の内容によれば、彼らによる犯行を阻止・解決、そしてグループを壊滅させるべく動いているらしい。
「初めてうちに来店した時から只者ではないと思っていたけれど……凄い人を兄に持ったものだね」
「ええ。私もまさかお兄様がそんな責任のあるお仕事を任されるようになるだなんて、思いもしていませんでしたもの」
私がケントさんと関わったからなのか、私の知る過去とは違う歴史が紡がれているようだ。
「君と初めて会った時は、まさか君がレオンハルト様の妹さんだなんて思いもしなかった。可愛い妹が居る、という話は聞いていたのだけれどね」
「か、かわ……っ!?」
そんな平然とした態度でさらっと言わないで! 不意打ちすぎて心臓に悪いですわ!
「けれど、今となってはしっくり来るよ。父さん達を護ってくれた君の結界は勿論、訓練で見せてもらった他の魔法も、学校に通う前だというのに、とても高度なものばかりだった。将来はレオンハルト様にだって劣らない、素晴らしい魔法使いになれるだろう」
「け、ケントさんだって凄い方ではないですか! 私をスラムで助けて下さった時だって、一年生とはとても思えない完成度の風魔法でしたわ!」
「まあ、ね。……僕はもっと、強くなりたいからさ」
そう口にした彼の言葉は、風に溶けるように、寂しさを残して消えていった。
「もう誰も、大切な人を失わないで済むように……もっと力が欲しいんだ。だから僕は、本来ルディエルの学院に通うべきなのに、我儘を押し通してセイガフに入学した。……馬鹿だよね。未来のお得意様を開拓する絶好の機会を、こんな我儘で捨ててしまうだなんてさ」
「……深い理由は聞きません。けれど、私はそれで良いと思いますわ」
辛そうな顔で吐き捨てるように言った彼に、私はそのライトグリーンの瞳を真っ直ぐに見詰めて言葉を続ける。
「レオンハルトお兄様も、そうでしたの。まだ幼い頃から魔法の才能があって、その力を愛する家族を護る為に使いたいと……」
けれど、お兄様のその願いは叶わなかった。
だから今、『ガリメヤの星』がしている事が余計に許せないのだろう。
もしも、私とケントさんが商会に行くのがもう少し早かったら、私達も彼らに捕まっていたかもしれない。
私の身にまで何かがあったら、きっとお兄様は……もう二度と、立ち直れないだろうから。
「きっとお兄様が今頑張っていらっしゃるのは、国民を護るのと同時に、それが私達家族を護る事にも繋がっているからだと思うのです。セイガフにだって貴族や富豪の子は居りますし、社交界に赴けば、学院の生徒とも関われますわ。何も歩むべき道は一つだけではありませんもの」
「レティシア……」
馬車に轢かれて死ぬ直前に、自分の歩んだ人生を悔いた私だからこそ、伝えられる事だと思うから──
「ケントさん。貴方はとても優しい方ですわ。そして大切なものの為に、光り輝くように真っ直ぐに生きていらっしゃる。その人生に、後悔の闇を抱えてしまってはいけませんわ。誰かの為に強くあろうと、優しくあろうとするその心は、とても尊いものなのですから」
「……僕は、このままでも良いのかな」
「それが貴方の理想に繋がると信じ、選び取った道なのでしょう? でしたら、後悔しないように努力し続けるだけではありませんか」
私自身も、そんな人生を歩めるようにしたい。
「私は好きですよ、今のケントさん。理想の自分になる為に己を磨いて、大切なものを護る……。恰好良いじゃないですか。ケントさんなら、きっと何だって出来ますわ。努力家ですもの」
「ここまで女性に励ましてもらうだなんて……僕ったら、紳士失格だなぁ」
「ケントさん程の紳士は他に居ませんわよ。もっと自分に自信をお持ちになって下さいませ」
すると彼は、冷め始めていた紅茶を一気に飲み干した。
もう彼の顔に迷いの色は無い。
「君が僕を信じてくれているというのに、自分が自分を疑ってしまうだなんてねぇ。……もう、情けない姿は見せないよ。そうだよね、人生はまだまだ長いのだから──やってみせるさ。強くなる事も、商会を発展させていく事も……全てね」
見違えるようなその清々しい笑顔は、私の好きないつものケントさんの姿だった。
******
ティータイムの後、彼女はレオンハルト様への手紙の返事を書いてくると言って庭で別れた。
……レティシアには、本当に情けない姿を見せてしまったな。軽蔑されなくて本当に良かった。
いつか彼女になら、あの日の事を全て打ち明けられるような気がする。
僕の心を包み込んでくれるようなあの言葉に、本当に救われたような気持ちになったんだ。
彼女には、ブレない芯がある。
またいつか、僕は今日のように自分を信じてあげられなくなるかもしれない。そんな時、彼女にだけは甘えられる……そして、たっぷり甘やかしてくれるような、そんな気がする。
真っ直ぐに生きて輝いているのは、彼女の方だ。僕は、その光に救われたのだから。
「だから僕は、君も護りたい。もっと強くなって、店をもっと大きくして……君をずっと、僕の隣に……」
この願い、全て叶えてみせるから──
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