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第3章 学校生活は薔薇色ですか?

3.番となる者

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 ウィリアムさん達と校内を見回っていると、中庭でケントさんに遭遇した。
 彼の隣にはグレーの髪の男子生徒が居て、二人は私に気が付くとすぐに声を掛けてきた。

「ああ、レティシア。ようやく見付けたよ」
「ケントさん、私に何かご用でした?」
「僕じゃなくて、彼がね」

 そう言って、隣の方に目をやるケントさん。

「この人達、キミの知り合いなの?」
「ええ。ケントさんにはとてもお世話になっていて……」
「君の同級生か。僕はケント。今年で三年生になる。それから、こっちのちょっと無愛想なのがウォルグだ」
「えっ、ウォルグさん? この方が……?」

 ケントさんが紹介したその人は、私を品定めするかのような眼差しを向けている。
 深い海の色を宿したその瞳に、私の困惑した顔が映り込んでいるのが見えた。
 彼が本当にウォルグさんなのだとすれば、こんな無口で無愛想な方が趣味でお菓子作りをしている事になる。想像していた彼とは正反対の姿に、私は言葉を失ってしまった。

「……お前がレティシアか」
「は、はい」

 とても低く響く声。
 感情の起伏きふくを感じさせない彼の言葉が、やけに耳に残る。

「俺のパートナーになる気はあるか」
「パートナー……ですか?」

 突然何を言っているのか、理解が追い付かずに困る私。
 そこに助け舟を出してくれたのはケントさんだった。
 彼は眉を八の字にしながら、申し訳なさそうに言う。

「いきなりでごめんね。君達一年生は、これから三年生の誰か一人とパートナーを組んで、二年間様々な行事や討伐授業をこなしたりするんだ。本来なら来週ぐらいに先生から説明されるかと思うんだけど、彼はすぐにでも君をパートナーにしたいらしいんだ」
「そうなんですか……」
「けれど、急にこんな事を言われても困ってしまうよね? 返事はすぐじゃなくて良いよ。君もそれで良いよね、ウォルグ?」
「……なるべく早く返答を聞きたいがな。しばらくは待とう」

 間接的には知り合ってはいたけれど、ウォルグさんと顔を合わせたのは今回が初めてだ。
 そんな相手にパートナーを申し込まれても、すぐに返事が出来ないのは当然である。
 ……まあ、顔の整った男性だとは思うのだけれど。
 というか、この学校にはやけに格好良い殿方が多くありませんこと!? 生徒は勿論、担任の先生まで美形ってどういう事なんですの!?
 心の中でそう叫んでいると、ケントさんが何か思い出したように口を開いた。

「あ、そうだ! そろそろお昼時だし、せっかくだから皆でご飯でもどうだい?」
「オレ達も良いんですか?」
「うん。デザートも期待してくれて構わないよ!」
「女神とのランチがどんどん大人数に……」
「もう諦めちゃった方が良いよウィル。皆で食べた方が賑やかで楽しいと思いますよー」

 ウィリアムさんは少し落ち込んでいたけれど、結局全員でお昼をご一緒する事に決まった。
 六人で食堂へと向かうと、既に他の生徒達も大勢集まっていた。
 ランチセットにはどれもサラダとスープが付いていて、メインの料理を数種類のメニューの中から選ぶ仕組みになっているようだ。
 トレーを持って列に並び、温かい料理を一品ずつ受け取っていく。私は白身魚のフライを選んで、全ての料理が揃った人から空いている席へと向かった。
 丁度六人掛けのテーブルが空いていたので、スムーズに食事が出来た。
 その後はウォルグさんが焼いたというケーキを持ち込んで、皆で談笑しながら味わった。

「ウォルグさん、今日も美味しいケーキをありがとうございました!」
「……口に合ったのなら、良かった」

 ああ、やっと直接お礼が言えましたわ!
 いつも素敵なお菓子を作って下さるこの方が、どうして私をパートナーにしたいのかは分からない。
 けれど、丁寧な仕事が要求されるお菓子作りを完璧にこなす人なのだから、きっと真面目で正直な性格なのだと思う。
 それにウォルグさんはケントさんのご友人なのだから、悪い人なはずがない。

「ケーキを焼ける男ってもの、案外良いのかもしれねぇな」
「オレなら絶対黒焦げにする妙な自信があるな!」
「今度皆で一緒に何か作ろうか? ウォルグ先生の、男のお菓子教室! みたいな?」
「いかにも手の掛かりそうな奴が居るだろうが」

 まだ彼の事はよく知らないけれど、パートナーの件は前向きに考えてみても良いかもしれない。



 ******



「どうだった? 実際に彼女に会ってみた感想は」

 昼飯を済ませ、俺とケントは寮に戻って来た。
 淹れたてのカモミールティーを傾けながら、奴は俺に笑いかける。

「良質な魔力を感じた。あれを他の奴に譲るのは勿体無い」
「レオンハルト元生徒会長の妹だものね。あんな人と同じ血を引いていて、優れていない方がおかしいよ」

 噂にしか聞いていない、レオンハルトという卒業生。
 あのレティシアの兄貴らしいが、化け物級の魔力量と、高火力の魔法を連発出来る技術を持つ男だという。
 俺の身体に流れるエルフの血が、あの女に秘められた魔力の質を敏感に察知した。
 レティシアの姿を一目見て、全身に電流が走ったかのような、魂が強く揺さぶられる感覚に陥っていた。
 こいつは並の女じゃない。鍛えればもっとその魔力を引き出せる、無限に湧き出でる泉のような可能性が見えたのだ。
 俺の槍術と、エルフの血。
 レティシアの高等魔法と、良質な魔力。
 この二人が組めば、更なる高みに到達出来る──

「あいつは誰にも譲らない……お前にもだ、ケント」
「君だからこそ分かる、彼女の価値か……」

 あいつの魔力の波動を思い出し、自然と口角が上がる。
 あんなに俺を楽しませてくれそうな女は、きっとあいつしか存在しない。
 エルフの血が通っているこの身体に、こんなにも喜びを感じたのは生まれて初めてだ。

「あいつが側に居るだけで、いくらでも戦えそうな高揚感に支配されるんだ。あの魔力をこの血で感じ、魂が震え、そして……暴れ出したくなる」

 ああ……レティシアと戦いに行くのが今から楽しみだ。
 魔物の巣窟に乗り込んで、敵を貫き、つたで縛り上げて、四肢(しし)を引きちぎり、また刺して……!
 この昂(たかぶ)りを解き放つ時が訪れたら、きっとむせるような血の香りに呑まれるのだろう。
 獲物を喰らう獣のように、ただ本能に忠実に。
 それが、俺が求めている自由な姿。ありのままの、俺──

「怖い顔してるよ? また魔物の事を考えていたんだろう」

 茶化すように言うケントに、俺は口を開く。

「仕方が無いだろう。ハーフエルフはこういう生き物なんだ。争い嫌いで引きこもりのエルフとは正反対の、好戦的で血に飢えた獣のような半端者はんぱもの……それが俺達なんだ」

 俺を捨てたエルフの母親。
 どうして人間との間に俺を作ったのかは興味も無いが、俺は今の俺で良かったと心から思っている。
 ただのエルフでは感じられない、血を浴びる程に戦った後の充足感。
 あの瞬間は、この世のどんな快楽よりも甘美で尊い。一度知ったら忘れられない、禁断の味だ。
 あれ程素晴らしい瞬間を味わえるハーフエルフは、どの種族よりも恵まれた存在だとしか思えない。

「一応忠告はしておこう。彼女は血だの何だのといったものとは無縁の世界を生きてきた女の子だ。最初から過激な場面を見せすぎてしまわないようにね」
「……努力はする」
「出来るだけ簡単な討伐からこなしていってくれ。君はつまらないかもしれないけど、レティシアにとっては初めての魔物との戦いになるんだ。いきなりトラウマを植え付けてしまったら、君の望むパートナーは完成しないよ」
「ああ」

 少しずつ着実に、あの女を血に慣らしていけば良いんだろう?
 そうしていつの日か、あの穢れを知らぬような無垢な瞳は狂気に染まる。
 返り血を浴びた白銀の髪をなびかせ、逃げ惑う魔物に容赦無くとどめを刺すようになる。
 そんな夢のような時間を共に過ごせたら、どれだけの幸福をこの身に感じる事が出来るのだろうか。

 ……ああ、一つ思い出した。
 ハーフエルフと契りを結んだ相手は、互いの力を共有出来るようになるのだと、古い文献に記されているのを見た事があった。
 つまり、俺とあの女がつがいになれば……肉体的にも精神的にも、最強の二人が出来上がるではないか。

「は……ははっ、あはははははっ!」

 こうなったらもう逃がさない。
 あの女は──レティシアは俺の女にする。
 そうすれば俺はもう誰にも止められない。そして、この手であいつらを……!

「え、ちょ……何? 何か笑いのツボに入ったのかい?」
「これが笑わずにはいられるか! ああ、最高だ……最高のパートナーを見付けた……! ははははは!」

 レティシア……俺だけの、唯一の番……!
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