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第3章 学校生活は薔薇色ですか?
10.何度転んでも
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わたしが、レティシアを誤解している……?
真剣な表情で私にそう告げたお兄ちゃんは、視線をわたしに向けたままで使い魔のナータに言う。
「ナータ、済まないがレティシアを探してきてくれ。見付けたら僕とサーナリアが会いに行くと伝えてくれ」
「わ、分かりましたにゃ……」
お兄ちゃんに言われ、ナータは部屋を出て行った。
わたしとお兄ちゃんだけが残ったこの空間は、まるで空気が凍り付いたようだった。
「アレク先生のお陰で覚悟が出来たよ。僕はもう、お前を甘やかさない。僕ももう甘えない。僕達兄妹は、あまりにも自覚が無さすぎたんだ」
こんなお兄ちゃんを、私は知らない。
涙が止まらなくて、それでもわたしは言われた通りに顔を向けた。
今のお兄ちゃんに逆らったら、これ以上嫌われてしまったら──わたしはもう、終わりだ。
「サーナリア。お前はレティシア・アルドゴールという女性がどれだけ我が一族にとって大切な人物なのか、本当に理解しているのか?」
「あの、子は……」
「彼女は父さん達を危険な犯罪集団から救い出し、商会の評判を取り戻すべく貢献した。そもそもアルドゴール公爵家は、商会にとってとてつもなく重要なお得意様なんだぞ。それをお前に伝えていたというのに……」
……その事は、わたしも事実としては知っていた。
でも、それだってお兄ちゃんに恩を売る為の策略かもしれない。少なくともわたしは、そう思って……。
「……いや、何も考えていないからあんな愚かな真似が出来るんだな」
「ごめ、なさっ……」
「僕に謝るよりも先に、謝るべき人が居るだろう!」
「……はい……兄様」
「彼女が居なければ、父さん達がどうなっていたかも分からないんだ。それにお前は……僕が惚れた女性に手を出した」
冷たい声で呟いたお兄ちゃんは、わたしに背を向ける。
「いくらお前が僕の妹だったとしても、許せる事と許せない事があると覚えておいてくれ。ナータが戻り次第、すぐに彼女に会いに行く。そして、二人で誠心誠意謝罪する。分かったな」
「はい、兄様……」
お兄ちゃんの人を見る目は、本物だ。
そんなお兄ちゃんがここまで言うのなら、彼女は──正しい心で生きようとしている女性なのだと……わたしはそう信じる事にした。
******
しばらくしてナータが戻り、レティシアは寮に居ると報告を受けた。
それを聞いた直後に僕らは彼女の部屋へ行き、一緒に居たルームメイトのミーチャには席を外してもらう。
突然の訪問だったにも関わらず、彼女は落ち着いて僕達を部屋へ通してくれた。
「……ケントさんの妹が、サーナリアさんだったんですの?」
「この愚妹が、君にとんでもない無礼を働いた事……心の底から申し訳ないと思っている。二年もこの事を伝えられなかった僕にも責任がある。本当に……済まなかった」
「申し訳、ありませんでした……」
震える声で僕と一緒に頭を下げるサーナリア。
今回妹が引き起こした事件は、ミンクレール家の家族関係とつまらない誤解が招いたものだったのだと、レティシアに全てを打ち明けた。
「……サーナリアさん。よくお聞きなさい」
僕らはそのままの姿勢で、彼女の言葉を待つ。
「貴女はミンクレールの名に泥を塗るような真似をしたのですよ。貴女のお父様と、いつかはケントさんが背負っていく看板を汚した。ですが、クラスメイト全員の前で包み隠さず言ってしまった私も、貴女と同じく愚か者です」
「でも、それは……わたしが使い魔にあんな事を頼んだのが発端です。あなたは悪くない……わたしが、馬鹿だっただけで……」
「……いいえ。私も商会に身を置いていたのですから、後の事を考えずに発言してしまった責任がありますわ。お二人共、顔を上げて下さい」
彼女にそう言われても、簡単に顔を上げられなかった。
妹に一番近かった僕が、育て方を間違えた。そのせいで、僕の大切な想い人を傷付けたのだ。
自分が不甲斐なさすぎて、彼女の目を直視出来なかった。
「……今回の件は、不問に致します。私はケントさんに救われ、会長様のご厚意で商会での二年を過ごした身です。そのご恩に報いるという形で、私が教室でした発言は、互いの勘違いが招いた誤解だったと訂正する事にします」
「それでは駄目だ! 妹は僕ら親子の大恩人である君に手を出した。それなのに、そんな判断をされてしまっては……!」
思わず顔を上げ、僕は叫ぶように言う。
すると、目が合った彼女は僕に微笑んだ。
「安心して下さい、ケントさん。『今回だけ』は、貴方と会長様の為に、私がこうしたいと思ったから決めた事なのです。……もしまた同じような事があれば、次はありませんわ」
僕と父さんへの恩があるから、サーナリアは許された。
妹の存在自体は、この寛大な処置に何の影響も与えていない。
「このままでは商会の評判に響く危険性がありますから、クラスメイト達へのフォローは私とサーナリアさんが協力して行うとして……まだケントさんの気が収まらないようですわね」
「子供のいたずら程度のものではあったけれど、公爵家のご令嬢である君と商会の娘では立場が違いすぎる。本来ならば、もっと厳しい処分を受けるべき愚行だったのは間違いないだろう。せめて君に何かお詫びをさせてほしいんだ」
「わ、わたしも……兄様に叱られて、ようやく事の重大さを実感しました。わたしに出来る事なら何でもやります! だから……」
また泣き出しそうになるサーナリアを、レティシアはただ見つめている。
******
「……今はまだ、特に頼みたい事もありませんわね。その時が来たら、いつでも一つだけ私の言う通りになさい。これがサーナリア・ミンクレールへの、私からの罰ですわ」
「そんな事で良いのかい? 君が望めば、もっと良い条件を求める事だって出来るというのに……」
ケントさんはそう言うけれど、本当に私は大して困らなかったのだから仕方が無い。
サーナリアにやられた程度のものは、花乙女時代では嫌がらせにすらカウントされないレベルの幼稚なものだった。
確かに公爵令嬢である私に商人の娘が手を出したのは大問題だけれど、私がとてもお世話になっているケントさんの妹ならば、一度くらいは簡単に許してあげますとも。
「なら、もう一つ追加しても良いかしら?」
「は、はい……わたしに出来る事なら……」
何を命令されるのかと、彼女は怯えた様子でおずおずと顔を上げる。
「一度、死んだつもりでやり直しなさい」
「死んだ、つもりで……?」
兄に叱られて泣き腫らしたのであろう、赤くなった目で私を見上げるサーナリア。
「貴女は今、後悔している。だから貴女は、ここからもう一度人生をやり直すつもりで生きるのです」
私は涙が伝っていたであろう頬にそっと触れ、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて言う。
「私もそうやって今を生きています。同じ間違いを繰り返さない為に」
「……わたしにも、出来るんでしょうか」
「出来る出来ないの問題ではありません。やるんです。今の貴女を変えなければ、この先貴族を相手に仕事なんてしていけませんわよ? それに貴女は女性なのですから、どこへお嫁に行っても恥ずかしくないレディにおなりなさい」
この子はまるで、昔の私を見ているようだった。
大切な人が奪われて、嫉妬で心の中がめちゃくちゃに荒れて、どうしようもなくなって……。
そうして私は、馬車に轢かれて死んだのだ。
あんな風に人生を終えるなんて、お粗末すぎるにも程がある。
「お兄様が大好きならば、お兄様の一番の自慢となれるような妹を目指すのです。死に物狂いで自分を変えなさい。でなければ、貴女は本当に駄目な妹で終わってしまいますわ」
「兄様……兄様の、自慢に……」
「そう思えば、頑張れる気がしませんこと?」
そう言って笑い掛ければ、彼女は泣き笑いでこう返す。
「やれる気がします……わたし、自分を変えられるように、頑張りますっ……!」
私は黙ってサーナリアを抱き締める。
すると、彼女はわんわんと大泣きし始めた。
それを見て、私は気が抜けたんだか安心したんだか、何だか分からない気持ちに包まれる。
「本当にありがとう、レティシア。君にはどれだけ感謝しても足りないよ……」
「私の方こそ、ありがとうございました」
彼がこうして間に入ってくれなければ、こんな風にサーナリアと分かり合える事なんてなかっただろう。
二人はアレク先生に後押しして頂いたようだけれど、私も私で反省すべき点があった。
躓いて、立ち上がって……少しずつでも良い。
以前の人生よりも先に進めていけるのなら、私は何度でも歩き続けていくから。
真剣な表情で私にそう告げたお兄ちゃんは、視線をわたしに向けたままで使い魔のナータに言う。
「ナータ、済まないがレティシアを探してきてくれ。見付けたら僕とサーナリアが会いに行くと伝えてくれ」
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お兄ちゃんに言われ、ナータは部屋を出て行った。
わたしとお兄ちゃんだけが残ったこの空間は、まるで空気が凍り付いたようだった。
「アレク先生のお陰で覚悟が出来たよ。僕はもう、お前を甘やかさない。僕ももう甘えない。僕達兄妹は、あまりにも自覚が無さすぎたんだ」
こんなお兄ちゃんを、私は知らない。
涙が止まらなくて、それでもわたしは言われた通りに顔を向けた。
今のお兄ちゃんに逆らったら、これ以上嫌われてしまったら──わたしはもう、終わりだ。
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「あの、子は……」
「彼女は父さん達を危険な犯罪集団から救い出し、商会の評判を取り戻すべく貢献した。そもそもアルドゴール公爵家は、商会にとってとてつもなく重要なお得意様なんだぞ。それをお前に伝えていたというのに……」
……その事は、わたしも事実としては知っていた。
でも、それだってお兄ちゃんに恩を売る為の策略かもしれない。少なくともわたしは、そう思って……。
「……いや、何も考えていないからあんな愚かな真似が出来るんだな」
「ごめ、なさっ……」
「僕に謝るよりも先に、謝るべき人が居るだろう!」
「……はい……兄様」
「彼女が居なければ、父さん達がどうなっていたかも分からないんだ。それにお前は……僕が惚れた女性に手を出した」
冷たい声で呟いたお兄ちゃんは、わたしに背を向ける。
「いくらお前が僕の妹だったとしても、許せる事と許せない事があると覚えておいてくれ。ナータが戻り次第、すぐに彼女に会いに行く。そして、二人で誠心誠意謝罪する。分かったな」
「はい、兄様……」
お兄ちゃんの人を見る目は、本物だ。
そんなお兄ちゃんがここまで言うのなら、彼女は──正しい心で生きようとしている女性なのだと……わたしはそう信じる事にした。
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しばらくしてナータが戻り、レティシアは寮に居ると報告を受けた。
それを聞いた直後に僕らは彼女の部屋へ行き、一緒に居たルームメイトのミーチャには席を外してもらう。
突然の訪問だったにも関わらず、彼女は落ち着いて僕達を部屋へ通してくれた。
「……ケントさんの妹が、サーナリアさんだったんですの?」
「この愚妹が、君にとんでもない無礼を働いた事……心の底から申し訳ないと思っている。二年もこの事を伝えられなかった僕にも責任がある。本当に……済まなかった」
「申し訳、ありませんでした……」
震える声で僕と一緒に頭を下げるサーナリア。
今回妹が引き起こした事件は、ミンクレール家の家族関係とつまらない誤解が招いたものだったのだと、レティシアに全てを打ち明けた。
「……サーナリアさん。よくお聞きなさい」
僕らはそのままの姿勢で、彼女の言葉を待つ。
「貴女はミンクレールの名に泥を塗るような真似をしたのですよ。貴女のお父様と、いつかはケントさんが背負っていく看板を汚した。ですが、クラスメイト全員の前で包み隠さず言ってしまった私も、貴女と同じく愚か者です」
「でも、それは……わたしが使い魔にあんな事を頼んだのが発端です。あなたは悪くない……わたしが、馬鹿だっただけで……」
「……いいえ。私も商会に身を置いていたのですから、後の事を考えずに発言してしまった責任がありますわ。お二人共、顔を上げて下さい」
彼女にそう言われても、簡単に顔を上げられなかった。
妹に一番近かった僕が、育て方を間違えた。そのせいで、僕の大切な想い人を傷付けたのだ。
自分が不甲斐なさすぎて、彼女の目を直視出来なかった。
「……今回の件は、不問に致します。私はケントさんに救われ、会長様のご厚意で商会での二年を過ごした身です。そのご恩に報いるという形で、私が教室でした発言は、互いの勘違いが招いた誤解だったと訂正する事にします」
「それでは駄目だ! 妹は僕ら親子の大恩人である君に手を出した。それなのに、そんな判断をされてしまっては……!」
思わず顔を上げ、僕は叫ぶように言う。
すると、目が合った彼女は僕に微笑んだ。
「安心して下さい、ケントさん。『今回だけ』は、貴方と会長様の為に、私がこうしたいと思ったから決めた事なのです。……もしまた同じような事があれば、次はありませんわ」
僕と父さんへの恩があるから、サーナリアは許された。
妹の存在自体は、この寛大な処置に何の影響も与えていない。
「このままでは商会の評判に響く危険性がありますから、クラスメイト達へのフォローは私とサーナリアさんが協力して行うとして……まだケントさんの気が収まらないようですわね」
「子供のいたずら程度のものではあったけれど、公爵家のご令嬢である君と商会の娘では立場が違いすぎる。本来ならば、もっと厳しい処分を受けるべき愚行だったのは間違いないだろう。せめて君に何かお詫びをさせてほしいんだ」
「わ、わたしも……兄様に叱られて、ようやく事の重大さを実感しました。わたしに出来る事なら何でもやります! だから……」
また泣き出しそうになるサーナリアを、レティシアはただ見つめている。
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「……今はまだ、特に頼みたい事もありませんわね。その時が来たら、いつでも一つだけ私の言う通りになさい。これがサーナリア・ミンクレールへの、私からの罰ですわ」
「そんな事で良いのかい? 君が望めば、もっと良い条件を求める事だって出来るというのに……」
ケントさんはそう言うけれど、本当に私は大して困らなかったのだから仕方が無い。
サーナリアにやられた程度のものは、花乙女時代では嫌がらせにすらカウントされないレベルの幼稚なものだった。
確かに公爵令嬢である私に商人の娘が手を出したのは大問題だけれど、私がとてもお世話になっているケントさんの妹ならば、一度くらいは簡単に許してあげますとも。
「なら、もう一つ追加しても良いかしら?」
「は、はい……わたしに出来る事なら……」
何を命令されるのかと、彼女は怯えた様子でおずおずと顔を上げる。
「一度、死んだつもりでやり直しなさい」
「死んだ、つもりで……?」
兄に叱られて泣き腫らしたのであろう、赤くなった目で私を見上げるサーナリア。
「貴女は今、後悔している。だから貴女は、ここからもう一度人生をやり直すつもりで生きるのです」
私は涙が伝っていたであろう頬にそっと触れ、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて言う。
「私もそうやって今を生きています。同じ間違いを繰り返さない為に」
「……わたしにも、出来るんでしょうか」
「出来る出来ないの問題ではありません。やるんです。今の貴女を変えなければ、この先貴族を相手に仕事なんてしていけませんわよ? それに貴女は女性なのですから、どこへお嫁に行っても恥ずかしくないレディにおなりなさい」
この子はまるで、昔の私を見ているようだった。
大切な人が奪われて、嫉妬で心の中がめちゃくちゃに荒れて、どうしようもなくなって……。
そうして私は、馬車に轢かれて死んだのだ。
あんな風に人生を終えるなんて、お粗末すぎるにも程がある。
「お兄様が大好きならば、お兄様の一番の自慢となれるような妹を目指すのです。死に物狂いで自分を変えなさい。でなければ、貴女は本当に駄目な妹で終わってしまいますわ」
「兄様……兄様の、自慢に……」
「そう思えば、頑張れる気がしませんこと?」
そう言って笑い掛ければ、彼女は泣き笑いでこう返す。
「やれる気がします……わたし、自分を変えられるように、頑張りますっ……!」
私は黙ってサーナリアを抱き締める。
すると、彼女はわんわんと大泣きし始めた。
それを見て、私は気が抜けたんだか安心したんだか、何だか分からない気持ちに包まれる。
「本当にありがとう、レティシア。君にはどれだけ感謝しても足りないよ……」
「私の方こそ、ありがとうございました」
彼がこうして間に入ってくれなければ、こんな風にサーナリアと分かり合える事なんてなかっただろう。
二人はアレク先生に後押しして頂いたようだけれど、私も私で反省すべき点があった。
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