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第3章 学校生活は薔薇色ですか?

番外編 あの頃の王子様(一周目セグウェール視点)

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 長いようで短かった学院生活も、もう四年目を迎えた。
 このまま無事に学園生活が続けば、僕らはもうすぐこのルディエルを卒業する事になる。

「セグウェールさまぁ、そろそろお昼の時間ですよぉ? 他の子たちも集まってくるでしょうから、食堂まであたしとご一緒しませんかぁ?」

 渡り廊下で空を見上げていると、マリアンヌが僕の制服の裾を軽く引っ張ってそう言った。
 最近、僕はこうして一人で空を見上げる事が多くなったような気がする。
 それはきっと、卒業までの時間が少なくなってきた事と、もう一つ……。
 僕の七人の花乙女の中から、正妃となる女性を選ぶ期限が迫っているせいなのだろう。

「もうそんな時間だったか……。ありがとう、マリアンヌ。それじゃあ二人で皆の所へ行こうか」
「はぁい!」

 ルディエル王家の王位継承者は、建国当時からこのしきたりを守って今日まで繁栄してきた王国である。
 僕と共にこの国の未来を歩み、民を導く王族となるに相応しい女性を見付け、子供を産む事。それが僕に求められる王子としての役割だ。
 そして僕は、卒業後の式典で正妃となる花乙女を発表する。
 それぞれ僕を慕ってくれ、共に過ごした時間に差はあれど、この学院で毎日一緒に生活してきた彼女達。
 花乙女の中から、誰か一人を正妃にするだなんて──なんて残酷なのだろう。
 皆違った魅力があって、それぞれの強さと優しさを備えた素敵な女性達だ。僕自ら会いに行った子も居る。この娘はどうだと見合いを持ち掛けられた事もあったし、偶然の出会いもあった。
 彼女達の事を少しずつ知っていく中で、僕の中でどんどん恐怖が膨れ上がっていった。
 七人の中から一番を決めなくてはならない──
 この決定事項が、僕の心を強く蝕んでいたのだ。




 僕の手を取り、上機嫌に歩くマリアンヌ。
 ベリーのように鮮やかなピンク色の髪に、エメラルドグリーンの海のような煌めく瞳を持つ、小柄で愛らしい女の子だ。
 フリルの付いたドレスが大好きで、可愛い物をよく好む。
 甘え上手ですぐに僕と仲良くなって、新しいドレスを誇らしげにお披露目する姿は毎回微笑ましい。

「あらセグ。ワタシもアナタを迎えに行こうと思っていたのに、マリーに先を越されてしまったわね」

 食堂へと向かっていると、前方からパトリシアがやって来た。
 彼女は花乙女の第二位で、その肩書きの通り二番目に長い付き合いとなる少女だった。

「まあ良いわ。せっかくこうして会えたのだから、ワタシもご一緒させて頂戴な。アナタも良いわよね、マリー?」
「はぁい、ぜーんぜん構わないよぉ!」

 パトリシアは夜の海のような黒に、波打つように流れるその髪が自慢なのだと、初めて会った時に話してくれた。
 朝の空を連想させる明るい青の瞳とのコントラストが美しく、僕の生誕祝いのパーティーではかなり大胆なドレス姿を披露していたな。
 マリアンヌとは対照的に、とても大人の女性らしい雰囲気を持つ彼女。この少女もまた、前向きで向上心のある性格をしている。

 二人に挟まれる形で校舎を歩き、僕達は食堂へと到着した。
 花乙女の皆とは毎食を共にしていて、最早僕ら専用となってしまったテーブル席へ今日も向かう。
 既に集まっていた花乙女達は、僕の顔を見ると一気に花が開いたような笑顔で迎え入れてくれる。

「セグウェール! ほらほら、早くこちらへいらして!」
「お待ちしていましたよ」
「……うん、待ってた」

 眩しい黄金のような髪と笑顔を持つ、第三位のブランカ。
 真紅のルビーを宿した燃え盛る赤髪に、落ち着いた微笑みを零す第四位のシャロン。
 深い海のような冷たさを感じる濃紺の髪に、控えめながらも頬を染める第五位のトリーナ。
 そして──

「あの、セグウェールさま。道中でレティシアさまに会われませんでしたか? まだこちらに来ていらっしゃらないようでして……」

 去年から第七位として選ばれた、最後の花乙女のエリミヤ。
 彼女の言う通り、まだここにレティシアは来ていないようだった。

「いや、彼女は見ていないよ」
「わたし、レティシアさまを呼んで来ましょうか?」

 エリミヤが席から立ち上がろうとすると、隣に居たブランカがそれを引き留めた。

「別にそんなのいいですよエリミヤ! レティシアも小さな子供じゃあるまいし、ちゃんとお昼には来るでしょうから」
「で、でも……」
「呼びに行くのはまだ早いんじゃないかしら? アナタがあの子を探しに行っている間に入れ違いにでもなったら、そっちの方が面倒だもの」
「パトリシアさままで……」
「セグウェール様も、そのまま立たれていてはお疲れになってしまうでしょう。ここはひとまずブランカさんの仰るように、皆で彼女の到着を待たれてはいかがでしょうか」

 シャロンにまでそう言われ、僕は彼女達の意見に従う事にした。
 それからしばらくレティシアが来るのを待っていたが、なかなか彼女は現れない。
 今までこんな事は一度も無かったから、ここに居る花乙女達も彼女の遅刻に驚きを隠せないようだった。

「時間はきっちり守る子だと思っていたけど、こんな珍しい事もあるものなのね」
「何の断りも入れずに外食してる……なんて事はないですよね?」
「自分勝手な面もある彼女の事ですから、絶対にあり得ない話ではないと思われます」
「もし、そうだったら……トリーナ達、いつまでもご飯が……食べれない……?」
「わ、わたし、やっぱりレティシアさまを……!」
「セグウェールさまぁ……もうあたし達だけで先にご飯にしちゃいませんかぁ? もしもブランカの言った通りだったとしたら、あたしたちこのまま待ちぼうけですよぅ……」

 周囲を見渡せば、既に食事を終えた生徒達が席を立ち始めていた。
 お腹を空かせて機嫌が悪くなったマリアンヌは、溶け始めた氷のように項垂れてしまっている。

「……ワタシ、この後行かなければならない所があるのよね。午後からは選択授業も入っているから、このままだとお昼抜きで授業に出なくちゃいけなくなるわ」
「私もパトリシアさんと同じく、午後には予定が入っています。これ以上時間が掛かってしまうようですと、お相手を待たせてしまいます」

 パトリシアとシャロンがそう言うと、続いてブランカが慌てて口を開く。

「わ、わたしもそういえば予定があるんでした! どうしましょう、どうしましょう!?」
「トリーナも……待ち人……いえ、待ち竜が……」

 ぼそりと呟いたトリーナは、食堂の窓から顔を覗かせる竜と見つめ合っていた。
 四人共この後に予定があるのなら、無理に引き留めるのも良くない。
 レティシアには後できちんと理由を説明して、彼女達には先に食事を済ませてもらった方が良いだろう。

「僕は予定が空いているから、彼女が来てからランチにしようかな。まだあまり食欲も出ないし、皆誰か待たせているのだったら、先に食事を済ませてくれて構わないよ」
「ほ、ほんと……?」
「ああ。君のお友達も待ちくたびれているようだからね」
「ありがとう、セグ……! 午後は、一緒に……お茶会しようね……レティも一緒に……」
「うん。また後で会おう」

 トリーナは嬉しそうに席を立ち、配給係に小さめのパンをいくつかかごに用意してもらって外へと向かって行った。
 彼女を見送ると、シャロンが口を開いた。

「……セグウェール様には申し訳ありませんが、わたくしはこのまま失礼させて頂きたく思います。この埋め合わせは後日、必ず……」
「ああ、分かった。後できちんと何か食べておくんだよ?」
「ええ、分かりました。それでは皆様、これにて失礼致します」
「ワタシもどこかで適当に済ませてくるわ。お茶の時間にまた会いましょう、セグ」
「ああ、また後で」

 また二人も食堂を出て、残ったのは僕とエリミヤとマリアンヌだけになってしまった。
 エリミヤは僕とマリアンヌの顔を交互に窺っていて、とても困っているようだった。マリアンヌもお腹が空きすぎたのか、口をへの字にして黙り込んでいる。

「マリアンヌ、エリミヤと一緒に先にご飯にしていても良いんだよ?」
「……セグウェールさまが食べないなら、あたしもまだ食べないです」
「わ、わたしも……レティシアさまが来られるまでは、まだ結構です」

 そう答えた二人だったが、マリアンヌは目に見えて限界が近付いているようだ。
 僕の事なんて気にしないで良いのに……彼女達を気遣うあまり、何だか全てが上手くいかない。

「……じゃあ、僕達は紅茶だけ先に貰おうか。小腹が空いているようなら、パンも少し用意してもらおう」

 二人は僕の言葉に頷いて、ひとまずテーブルには淹れたての紅茶と温かいパンが用意された。
 しばらくは三人で紅茶だけを胃に入れていたけれど、遂にマリアンヌがそっとパンに手を伸ばす。
 小さく千切ったそれを口に運ぶと、空腹だった彼女の手は止まらなくなっていた。元々食べるのが好きな子だから、パンが美味しくて止められなくなってしまったのだろう。
 ある程度腹を満たしたマリアンヌは、何とも言えない表情でこう言った。

「……あ、あたし……お茶会用のお菓子を用意してきます。なのでその、また後でいつもの場所でお待ちしてます。最後までご一緒出来なくてごめんなさい。……レティシアにも、謝っておいて下さるとありがたいです」
「ううん、気にしないで。美味しいお茶菓子を期待しているよ」
「……エリミヤも、また後で」
「はい、また」

 こうして僕とエリミヤだけが残った、大きなテーブル。
 彼女達は、僕の前ではいつも明るく振舞っている。
 それでもたまに、他の花乙女に対して棘を含んだ発言を漏らす事もある。複数の婚約者達が集まっているのだから、互いに思う事があるのは間違い無いだろう。

 ……僕が七人も選んでいなければ、彼女達に嫌な思いをさせる事も無かっただろうに。
 今更やり直しなんてきかないし、彼女達の覚悟や想いを考えると、思うように振る舞えなくなる。
 僕はどうしたら良かったのだろう。全員を妻にすれば、皆悲しまずに済むだろうか?
 ……いや、それも違う。本気で僕と向き合ってくれる女の子に対して、何人もの側室を抱えるのは不誠実だ。
 けれど、僕は既に七人もの女の子を側に置いている。この時点でもう、彼女達の想いを踏みにじっているんじゃないのか?

「……っ、申し訳ございません! 昼食に遅れてしまい、本当にごめんなさい!」

 知らぬ間に俯いていた顔を上げれば、そこには息を切らした彼女の姿があった。
 月夜の光を束ねた銀糸の髪が揺れ、甘い紫の瞳が僕を捉える。

「レティシアさま……! セグウェールさまも心配していらしたんですよ。一体何があったのですか?」
「卒業研究の調べ物に熱中しすぎてしまいまして……もうこんな時間になっているだなんて、本当にごめんなさい。……そういえば、他の方々は?」
「皆さん午後からご予定があったりしていて、先に行かれてしまいました……」
「そうですか……あの、セグとエリミヤさんはもうお昼を?」

 レティシア・アルドゴール。
 僕が初めて心を奪われた、始まりの花乙女──

「いや、僕達はまだなんだ。君は午後の予定は?」
「今日は丸々空いていますけれど……」
「それなら丁度良かった。これから三人でゆっくりランチにしようじゃないか」

 種類の違う宝石のように、誰もが異なる輝きを放つ少女達。
 きっと僕は、全員を幸せにする事は出来ないのだろう。どんな道を選んでも、誰かが必ず悲しむ結果を生んでしまう。
 もしも僕がただの男だったのなら、一人だけなら幸せに出来たはずなのに……。
 けれども僕は王家の人間で、言われるがままに花乙女の選定を始めて、今日まで生きてきた。
 ああ、僕はなんて決断力の無い人間なのだろう。

 誰かを必ず不幸にする、正妃発表の式典。
 その日は刻一刻と近付いて、僕らの未来で待ち構えている。
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