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第5章 闇夜に羽ばたく不穏な影
5.願いと誓いを胸に
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「さあ、かっとばしていくよマリーゴ! タルカーラまでひとっ飛びだー! やるぞーっ!」
「ギュグォォォォン!」
カナリアさんの掛け声に応え、暗いオレンジ色の鱗に覆われた竜の咆哮が、早朝の少し冷たい空気を震わせる。
出発の時刻が近付いていて、竜舎の隣に私達と騎士団の方々が集合していた。
寝坊を心配していたリアンさんはヘンリー先生が起こしに行ってくれていだお陰で、無事に集合時間に間に合った。
そのまま先生は私達の見送りに来ていて、今は騎士の方と最後の確認で話し合っているようだ。
私達が乗る竜車は定員が十名で、巨大な飛竜マリーゴ──名付け親はカナリアさんの妹さんだそうだ──が、空を飛びながら引いてくれるのだと若い騎士の男性が説明して下さった。
基本的には箱馬車と似たような造りになっているようで、カナリアさんが御者として竜車を飛ばすらしい。早く出発したくて、うずうずしているのが見て取れる。
「離着陸や飛行中は、我々が交代で風魔法で竜車の揺れを抑えます。タルカーラ大森林までは数カ所での休憩を挟みつつ、十一時半頃の到着を予定しています」
「森のすぐ側で団長達が野営の用意をしてるんだ。そこで一旦腹ごしらえを済ませるぞ」
隣に居たもう一人の男性騎士も、加えて予定を話してくれた。
「それから二手に別れて森に入る。お前らも団長の隊と副団長の隊に二人ずつ分けて、魔物討伐と環境調査に参加してもらうからな」
「移動中にどちらの隊に加わるか、皆さんで相談しておいて下さい。団長は厳しいお方ではありますが、皆さんが来ると聞き楽しみにしています。悪い人ではありませんので、あまり怖がらないで差し上げて下さいね」
「団長さんって怖い人なの……?」
「うーん……顔がちょっとばかし迫力があるな。いや、かなりか? まあ、人は見かけによらないから不安がる必要はねえさ」
リアンさんの質問に笑って答えた男性騎士に促され、早速竜車に乗り込んだ。
コの字型の座席に順に座る。勿論私の両隣にはウォルグさんとルークさんの二人が陣取った。
すると、前方の小窓から竜車の中を覗き込むカナリアさん。
「よーし、全員乗り込んだね? じゃ、そろそろ出発するよ!」
「あんまりスピード出しすぎるなよ副団長! 今日は学生さん達が居るんだ、安全運転で頼むぜ?」
「はいはい、気を付けますよーっと」
本当に、気を付けてくれるのだろうか……。
「……安全に飛行出来るよう我々がサポートしますので、心配はいりません。カナリア副団長が竜車を墜落させたのは、数え切れぬ飛行回数の中でたった一度しかありませんから」
「落ちてるの? あの人に任せてホントに大丈夫なの? 今日がボクらの命日になるとか冗談でも笑えないからね?」
「いざとなったら……レティシア、頼む」
「は、はい……」
眉間に皺を寄せるウォルグさん。
墜落の危機を迎えてしまったら、私の防御魔法が最後の命綱だ。油断せずにいきましょう。
けれども、竜車の墜落事故の件数は全国的にそれほど多くはないそうなので、本当に何らかの異常が発生しなければそうそう起きないだろうと騎士達が言ってくれた。
そして、私達の空の旅が始まった。
騎士達のサポートもあって、カナリアさんが操る竜車は無事に目的地に着陸した。
ただ一つ驚いたのは、リアンさんの事だ。
彼はまだ寝足りなかったのか、飛行中ずっとハラハラしていた私と違って、思い切り爆睡していたのだ。
度胸があるのか、それとも本当に眠気に襲われていただけだったのか……その真相は分からない。
第三騎士団のキャンプ地のすぐ近くに降りたので、竜車から出た私達の目の前には、いくつもの天幕と多くの騎士達の姿が見える。
カナリアさんが、よく通る大きな声で叫ぶ。
「だーんちょー! 生徒さん達が到着しましたよー!」
ほらほら、と手招きする彼女に従って、ウォルグさんを先頭にぞろぞろとその後を追う。
すると、彼女の声が届いたのか、奥にあった天幕の中から鎧を着ていても分かる筋骨隆々の大男が現れた。
話に聞いていた通りちょっぴり……ええと、威厳のある顔立ちの男性だから、彼がきっと例の団長なのでしょうね。
「……ほう。中々面白そうな連中だな」
巨岩のような無骨な彼のその声は、地の底から這い上がるような低い響きで、より近付き難い印象をこちらに与える。
しかし、彼という存在に絶対的な安心感があるのも確かだった。
彼が戦場に立つだけで騎士達は奮い立ち、人々を護り、勝利を勝ち取る──まるで戦神のような働きをするのだろうと、容易に想像が出来た。
「カナリア、ご苦労だった。無事この場所まで彼らを送り届けられたようで、私は勿論、皆も安堵している事だろう」
「いやいや団長、アタシが竜車落っことしたの何年前の話だと思ってんですか! そう何度も墜落なんてさせないですし、そもそもあの時は──」
「理由があったというのは私も理解している。ほんの冗談だ」
冗談を言い合える関係……というか、あの強面の団長とあんな距離感で会話が出来るだなんて、彼女はかなり怖いもの知らずなようだ。
「さて、君達はセイガフ魔法武術学校の生徒で間違い無いな? 私はルディエル王国騎士団第三師団団長、ベンドバルフ・バルヴァーノだ。今日は急な依頼にも関わらず、こうしてここまで足を運んでくれた事、感謝する」
バルヴァーノ家といえば、代々続く有名な騎士の家系だ。
以前の人生では、同学年にバルヴァーノ家の息子が居たから間違い無い。彼の父は、この方だったのかしら。
「ボクは三年生のルーク。こっちの無表情も同じ三年のウォルグで、こっちは後輩のリアンとレティシアね!」
「一言余計だ」
「仲が良いようで何よりだ。ルークにウォルグ、リアンとレティシアだな。既に話は聞いているだろうが、我々は今回タルカーラ大森林に生息する魔物の定期討伐、及び森林内の環境調査を目的としている。そこで二つの隊を結成し、東と西とで作業を分担する」
静かに怒れるウォルグさんをスルーして、ベンドバルフ団長は続ける。
「東は私、西はカナリア副団長が隊を率いて進む。君達にはそのどちらかを選んで行動を共にしてもらいたい」
「それならもう決まっておりますわ。私とウォルグさんがカナリアさんの隊へ、ルークさんとリアンさんは団長様の隊にご同行させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ふむ、それで構わない。では昼食を済ませた後、君達はその組み分けでそれぞれの隊の天幕前へ集合するように」
******
期待していた以上に面白い顔だった団長さんの隊に入ったボクとリアンは、それなりに美味しかったランチを終えて森を歩いていた。
キャンプで荷物番をする人達を含めれば、ざっと三百人程度がこの任務にあたっているようだね。それを東西に分けて、繁殖した魔物が森から溢れてしまわないように狩り、おかしな様子がないかどうか調査して回るんだって。
森で育った魔物が人里に出て来たら、畑は荒らすし通行人は襲うし、知らない間にとんでもない魔物が生まれていたりする事もあるらしい。
それを未然に防ぐ為にこうして騎士が派遣される。
討伐専門のギルドは主に民間人からお金を貰って動くから、報酬の支払いが厳しい村なんかがある田舎の方の土地には騎士が出向くんだってさ。税金を支払っているなら、どれだけ大規模な遠征だとしても無償で働いてくれるしね。
でも、支払いが滞っている村だと、優先順位が後回しにされるんだ。騎士達だって人間だから、遠征に必要な食料や回復薬、そして給料が貰えなかったら生きていくのが難しい。
仕方無い事だとは思うけど……そのせいで滅んだ村を、ボクは知っている。
「タルカーラは広いからな。はぐれないようにしっかりついて来るように」
「はーい!」
小さな子供みたいに応えたリアンに、ボクはくすりと笑った。
あーあ。コイツみたいに何も考えないでいられたら、どれだけ楽になれるんだろ。
「……ま、この役を引き受けちゃったボクが悪いんだけどね」
ちょっとだけ、リアンが羨ましく思えたんだ。
「ルーク先輩、今何か言った?」
「いいや、ただの独り言。ボクの事より、足元を気にした方が良いんじゃないの?」
「え? っとと、あっぶなかったー! 先輩に言ってもらえなきゃオレ転んでたよー。こんなところに木の根っこがはみ出てるなんてなぁ。ありがとね、先輩!」
そう言って、ヘラヘラした笑顔を向けるリアン。
「お礼なら今度の休みにでもランチ奢ってくれればそれでチャラにしてあげるよ?」
「あ、じゃあこないだ見付けた穴場の店で良いかな? 結構ボリュームあるのに安くて美味いんだよねー!」
「そう。じゃ、そこで良いよ」
「なら来週の休みに行こうよ! オレも先輩に買い物付き合ってもらおうかなって思ってたから丁度良いや」
リアンはモヤモヤしていたものが吹っ飛ぶような明るさの持ち主で、コイツとパートナーを組んでから何かが変わったような気がする。
コイツの周りにはいつも誰かが居て、ボクも気が付くとその輪の中に入っていて──これまで他人と関わりはするけれど、決して深くは関わらなかった長い日々。それは、いとも容易く変化を迎えた。
この感覚……随分久し振りだなぁ。
もしかしたらリアンが……いや、まだ結論は出せないね。もう少し時間が必要だ。
けれども、タイムリミットも近付いている。
急がなければいけないけど、手掛かりが足りない。あと数年保てば良いんだけど、彼女の魂の輝きはなかなか探し当てられないのが現状だしなぁ。
「……アイツの動きも怪しいし、近々何か起きそうな気はするんだけどねー」
この面倒な呪いさえ解ければ良いだけなのに。
本来の力が戻れば、学生の真似事なんてしないでも単独で気楽に動けたんだろうけど、残念ながらそれはまだ叶いそうにない。
ボソッと漏らした言葉は、今度はリアンの耳には届かなかったようだ。
その時だった。
頭から氷水を掛けられたような鋭い魔力が、ボクらの頭上を高速で通り過ぎていった。
ボクの知らない魔力。けれど、これによく似た魔力なら嫌でも知っている。
遂に……遂に動きを見せたか!
「ごめんね団長さん! ちょっと単独行動させてもらうよ!」
「突然どうしたのだ?」
「説明してる時間無いの! また後で!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってよ先輩!」
戸惑う騎士達とリアンに構わずボクは無詠唱で風魔法を発動し、勢い良くその場から飛び出した。
皆には申し訳ないけど、今はホントに説明してる暇なんて無いんだよ。
あの魔力が向かった先は森の西側だった。狙われているのはレティシアかカナリアか……そのどちらかだろう。
だってあの魔力の特徴は……魔族の中でも高位にあたる──ヴァンパイアのものだった。
高位魔族が──魔王軍が、千年の時を経て動き出したのかもしれない。
あれに力を与えてしまったら、ヤツらの兵力が格段に上がってしまう。
アイツが真っ先に狙うとしたら、極上の魔力を持ったレティシアだろう。カノジョは接近戦は苦手みたいだし、不意打ちを喰らう恐れがある。
もしもレティシアがヤツらに取り込まれてしまったら……ボクはカノジョを相手に、真剣な殺し合いをしなくちゃいけなくなる。
「間に合え……間に合えよボク! 同じ間違いを繰り返しちゃならない。カノジョの願いを託された一人として、やり遂げなくちゃ……!」
だってエルーレ──キミの願いは、ボクの願いでもあるんだから!
「ギュグォォォォン!」
カナリアさんの掛け声に応え、暗いオレンジ色の鱗に覆われた竜の咆哮が、早朝の少し冷たい空気を震わせる。
出発の時刻が近付いていて、竜舎の隣に私達と騎士団の方々が集合していた。
寝坊を心配していたリアンさんはヘンリー先生が起こしに行ってくれていだお陰で、無事に集合時間に間に合った。
そのまま先生は私達の見送りに来ていて、今は騎士の方と最後の確認で話し合っているようだ。
私達が乗る竜車は定員が十名で、巨大な飛竜マリーゴ──名付け親はカナリアさんの妹さんだそうだ──が、空を飛びながら引いてくれるのだと若い騎士の男性が説明して下さった。
基本的には箱馬車と似たような造りになっているようで、カナリアさんが御者として竜車を飛ばすらしい。早く出発したくて、うずうずしているのが見て取れる。
「離着陸や飛行中は、我々が交代で風魔法で竜車の揺れを抑えます。タルカーラ大森林までは数カ所での休憩を挟みつつ、十一時半頃の到着を予定しています」
「森のすぐ側で団長達が野営の用意をしてるんだ。そこで一旦腹ごしらえを済ませるぞ」
隣に居たもう一人の男性騎士も、加えて予定を話してくれた。
「それから二手に別れて森に入る。お前らも団長の隊と副団長の隊に二人ずつ分けて、魔物討伐と環境調査に参加してもらうからな」
「移動中にどちらの隊に加わるか、皆さんで相談しておいて下さい。団長は厳しいお方ではありますが、皆さんが来ると聞き楽しみにしています。悪い人ではありませんので、あまり怖がらないで差し上げて下さいね」
「団長さんって怖い人なの……?」
「うーん……顔がちょっとばかし迫力があるな。いや、かなりか? まあ、人は見かけによらないから不安がる必要はねえさ」
リアンさんの質問に笑って答えた男性騎士に促され、早速竜車に乗り込んだ。
コの字型の座席に順に座る。勿論私の両隣にはウォルグさんとルークさんの二人が陣取った。
すると、前方の小窓から竜車の中を覗き込むカナリアさん。
「よーし、全員乗り込んだね? じゃ、そろそろ出発するよ!」
「あんまりスピード出しすぎるなよ副団長! 今日は学生さん達が居るんだ、安全運転で頼むぜ?」
「はいはい、気を付けますよーっと」
本当に、気を付けてくれるのだろうか……。
「……安全に飛行出来るよう我々がサポートしますので、心配はいりません。カナリア副団長が竜車を墜落させたのは、数え切れぬ飛行回数の中でたった一度しかありませんから」
「落ちてるの? あの人に任せてホントに大丈夫なの? 今日がボクらの命日になるとか冗談でも笑えないからね?」
「いざとなったら……レティシア、頼む」
「は、はい……」
眉間に皺を寄せるウォルグさん。
墜落の危機を迎えてしまったら、私の防御魔法が最後の命綱だ。油断せずにいきましょう。
けれども、竜車の墜落事故の件数は全国的にそれほど多くはないそうなので、本当に何らかの異常が発生しなければそうそう起きないだろうと騎士達が言ってくれた。
そして、私達の空の旅が始まった。
騎士達のサポートもあって、カナリアさんが操る竜車は無事に目的地に着陸した。
ただ一つ驚いたのは、リアンさんの事だ。
彼はまだ寝足りなかったのか、飛行中ずっとハラハラしていた私と違って、思い切り爆睡していたのだ。
度胸があるのか、それとも本当に眠気に襲われていただけだったのか……その真相は分からない。
第三騎士団のキャンプ地のすぐ近くに降りたので、竜車から出た私達の目の前には、いくつもの天幕と多くの騎士達の姿が見える。
カナリアさんが、よく通る大きな声で叫ぶ。
「だーんちょー! 生徒さん達が到着しましたよー!」
ほらほら、と手招きする彼女に従って、ウォルグさんを先頭にぞろぞろとその後を追う。
すると、彼女の声が届いたのか、奥にあった天幕の中から鎧を着ていても分かる筋骨隆々の大男が現れた。
話に聞いていた通りちょっぴり……ええと、威厳のある顔立ちの男性だから、彼がきっと例の団長なのでしょうね。
「……ほう。中々面白そうな連中だな」
巨岩のような無骨な彼のその声は、地の底から這い上がるような低い響きで、より近付き難い印象をこちらに与える。
しかし、彼という存在に絶対的な安心感があるのも確かだった。
彼が戦場に立つだけで騎士達は奮い立ち、人々を護り、勝利を勝ち取る──まるで戦神のような働きをするのだろうと、容易に想像が出来た。
「カナリア、ご苦労だった。無事この場所まで彼らを送り届けられたようで、私は勿論、皆も安堵している事だろう」
「いやいや団長、アタシが竜車落っことしたの何年前の話だと思ってんですか! そう何度も墜落なんてさせないですし、そもそもあの時は──」
「理由があったというのは私も理解している。ほんの冗談だ」
冗談を言い合える関係……というか、あの強面の団長とあんな距離感で会話が出来るだなんて、彼女はかなり怖いもの知らずなようだ。
「さて、君達はセイガフ魔法武術学校の生徒で間違い無いな? 私はルディエル王国騎士団第三師団団長、ベンドバルフ・バルヴァーノだ。今日は急な依頼にも関わらず、こうしてここまで足を運んでくれた事、感謝する」
バルヴァーノ家といえば、代々続く有名な騎士の家系だ。
以前の人生では、同学年にバルヴァーノ家の息子が居たから間違い無い。彼の父は、この方だったのかしら。
「ボクは三年生のルーク。こっちの無表情も同じ三年のウォルグで、こっちは後輩のリアンとレティシアね!」
「一言余計だ」
「仲が良いようで何よりだ。ルークにウォルグ、リアンとレティシアだな。既に話は聞いているだろうが、我々は今回タルカーラ大森林に生息する魔物の定期討伐、及び森林内の環境調査を目的としている。そこで二つの隊を結成し、東と西とで作業を分担する」
静かに怒れるウォルグさんをスルーして、ベンドバルフ団長は続ける。
「東は私、西はカナリア副団長が隊を率いて進む。君達にはそのどちらかを選んで行動を共にしてもらいたい」
「それならもう決まっておりますわ。私とウォルグさんがカナリアさんの隊へ、ルークさんとリアンさんは団長様の隊にご同行させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「ふむ、それで構わない。では昼食を済ませた後、君達はその組み分けでそれぞれの隊の天幕前へ集合するように」
******
期待していた以上に面白い顔だった団長さんの隊に入ったボクとリアンは、それなりに美味しかったランチを終えて森を歩いていた。
キャンプで荷物番をする人達を含めれば、ざっと三百人程度がこの任務にあたっているようだね。それを東西に分けて、繁殖した魔物が森から溢れてしまわないように狩り、おかしな様子がないかどうか調査して回るんだって。
森で育った魔物が人里に出て来たら、畑は荒らすし通行人は襲うし、知らない間にとんでもない魔物が生まれていたりする事もあるらしい。
それを未然に防ぐ為にこうして騎士が派遣される。
討伐専門のギルドは主に民間人からお金を貰って動くから、報酬の支払いが厳しい村なんかがある田舎の方の土地には騎士が出向くんだってさ。税金を支払っているなら、どれだけ大規模な遠征だとしても無償で働いてくれるしね。
でも、支払いが滞っている村だと、優先順位が後回しにされるんだ。騎士達だって人間だから、遠征に必要な食料や回復薬、そして給料が貰えなかったら生きていくのが難しい。
仕方無い事だとは思うけど……そのせいで滅んだ村を、ボクは知っている。
「タルカーラは広いからな。はぐれないようにしっかりついて来るように」
「はーい!」
小さな子供みたいに応えたリアンに、ボクはくすりと笑った。
あーあ。コイツみたいに何も考えないでいられたら、どれだけ楽になれるんだろ。
「……ま、この役を引き受けちゃったボクが悪いんだけどね」
ちょっとだけ、リアンが羨ましく思えたんだ。
「ルーク先輩、今何か言った?」
「いいや、ただの独り言。ボクの事より、足元を気にした方が良いんじゃないの?」
「え? っとと、あっぶなかったー! 先輩に言ってもらえなきゃオレ転んでたよー。こんなところに木の根っこがはみ出てるなんてなぁ。ありがとね、先輩!」
そう言って、ヘラヘラした笑顔を向けるリアン。
「お礼なら今度の休みにでもランチ奢ってくれればそれでチャラにしてあげるよ?」
「あ、じゃあこないだ見付けた穴場の店で良いかな? 結構ボリュームあるのに安くて美味いんだよねー!」
「そう。じゃ、そこで良いよ」
「なら来週の休みに行こうよ! オレも先輩に買い物付き合ってもらおうかなって思ってたから丁度良いや」
リアンはモヤモヤしていたものが吹っ飛ぶような明るさの持ち主で、コイツとパートナーを組んでから何かが変わったような気がする。
コイツの周りにはいつも誰かが居て、ボクも気が付くとその輪の中に入っていて──これまで他人と関わりはするけれど、決して深くは関わらなかった長い日々。それは、いとも容易く変化を迎えた。
この感覚……随分久し振りだなぁ。
もしかしたらリアンが……いや、まだ結論は出せないね。もう少し時間が必要だ。
けれども、タイムリミットも近付いている。
急がなければいけないけど、手掛かりが足りない。あと数年保てば良いんだけど、彼女の魂の輝きはなかなか探し当てられないのが現状だしなぁ。
「……アイツの動きも怪しいし、近々何か起きそうな気はするんだけどねー」
この面倒な呪いさえ解ければ良いだけなのに。
本来の力が戻れば、学生の真似事なんてしないでも単独で気楽に動けたんだろうけど、残念ながらそれはまだ叶いそうにない。
ボソッと漏らした言葉は、今度はリアンの耳には届かなかったようだ。
その時だった。
頭から氷水を掛けられたような鋭い魔力が、ボクらの頭上を高速で通り過ぎていった。
ボクの知らない魔力。けれど、これによく似た魔力なら嫌でも知っている。
遂に……遂に動きを見せたか!
「ごめんね団長さん! ちょっと単独行動させてもらうよ!」
「突然どうしたのだ?」
「説明してる時間無いの! また後で!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってよ先輩!」
戸惑う騎士達とリアンに構わずボクは無詠唱で風魔法を発動し、勢い良くその場から飛び出した。
皆には申し訳ないけど、今はホントに説明してる暇なんて無いんだよ。
あの魔力が向かった先は森の西側だった。狙われているのはレティシアかカナリアか……そのどちらかだろう。
だってあの魔力の特徴は……魔族の中でも高位にあたる──ヴァンパイアのものだった。
高位魔族が──魔王軍が、千年の時を経て動き出したのかもしれない。
あれに力を与えてしまったら、ヤツらの兵力が格段に上がってしまう。
アイツが真っ先に狙うとしたら、極上の魔力を持ったレティシアだろう。カノジョは接近戦は苦手みたいだし、不意打ちを喰らう恐れがある。
もしもレティシアがヤツらに取り込まれてしまったら……ボクはカノジョを相手に、真剣な殺し合いをしなくちゃいけなくなる。
「間に合え……間に合えよボク! 同じ間違いを繰り返しちゃならない。カノジョの願いを託された一人として、やり遂げなくちゃ……!」
だってエルーレ──キミの願いは、ボクの願いでもあるんだから!
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