狂い咲き

広越 遼

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  ■ ■ ■ ■ ◆ ◆ ◆

 休みの日は本当に最悪だ。図書館に引きこもってくれればいいのに、土日は昔の同級生がいるかもしれないとかで、姉は一日中家にいる。

 趣味もパートもない母も家にいる。

 二人の仲を取り持つ父や兄は、土日も休まず仕事をしている。

 何が起こるかなど、わざわざ説明するまでもないだろう。

 朝起きて朝ご飯を食べにリビングに行くと、昨日よりも険悪な空間がそこにはあった。

 細かな嫌みが飛び交う中、しかし今日の私はその会話を聞かないことができた。

 昨日のことに思いを馳せていたのだ。

 黄君は私の涙が自然に止まるまで、何も言わなかった。ずいぶん長い時間だったはずなのに、黄君はずっと私のそばにいた。本当に大した男の子だ。あれで背が高ければ、相当モテただろうに。

 そんなことを思うと、自然と口元に笑みが浮かんだ。


 夕暮れになって大分気温が下がり、私が豪快にくしゃみをすると、黄君は言った。

「里沙は疲れてたんだね」


 私の涙の意味も、私のプライドも、何もかもを見透かしているような発言だった。
 そして彼が疲れてたと過去形で言ったことは、どうやら的を射ていたらしい。

 ふと母と姉の嫌みに耳を傾けると、ただバカバカしいと思うだけで、私の気持ちは落ち着いていた。

 朝食を食べ終えると、私は自室に戻った。姉も自分の部屋へ勉強をしに戻るが、そうすると母の興味の対象が私に移ってくるのだ。

 自室に戻っては来たが、やることがない。今日はこの冬一番の冷え込みらしいので、とりあえずエアコンのリモコンを探す。

 部屋はとても散らかっている。読み終えた雑誌は閉じもせずにそこら中にはびこっている。棚から落ちたぬいぐるみも、埃を被るくらいに放置されている。洋服はタンスの中よりも外に出ている物の方が多い。夏用のストッキングがまだしまわれていない。ちょうど夏頃から母と姉の関係が悪くなり、それから片付けをする気にならなくなったのだ。


 さて、リモコンはこの部屋のどこにあるのだろう。

 夏に使ったのが最後だったので、おそらくはこの自堕落の樹海最奥地に秘められている。

 私は大きく溜め息を吐き出す。

 やるか。

 気分はアマゾンの秘境に向かう探検家だ。

 まずは哀れなウサギを棚の上に戻してやる。
 衣類をたたむのは時間がかかりそうなので、とりあえずは雑誌からやろう。




  ■ ■ ■ ■ ◆ ◆ ◆

 千里の道も一歩から。

 一歩ずつ確実に歩を進めていくことによって、昼ごろには大分ましな状態になっていた。あいにくリモコンは見つからなかったが、体を動かしていたのでそれほど寒くはなかった。

 お昼ご飯ができたと呼びに来た母が、私の午前中の努力を賞賛した。
 姉に比べてこれしきのことで誉められるとは、私がいかに期待されていないかが分かる。
 母は娘の苦笑いに気付かず、上機嫌でリビングに戻った。


 昼食を済ませて部屋に戻ってくると、千代から電話が来ていた。千代とはもちろん親友だが、休みの日に電話が来るのは珍しい。私はすぐに折り返しの電話を入れた。


「よ」

「よ。どした?」

「ちょっと相談っていうかさ、里沙に聞いてもらいたくて。暇してた?」

「暇すぎて部屋の片付けしてたわ。ジャングルが森くらいにはなったね」

「心よりおめでとう。どうせエアコンのリモコンが見つからなかったとかでしょ」

「よく分かんな。そしてまだ見つかってない」

「どんだけのジャングルだったんだよ」

「アマゾンを思い浮かべながら片付けてたぜ。んでなんかあったん?」

「んとさ、なんかね」

「ふむふむ?」

「私なんと告白されちゃったみたいなのよ」

 ……。
「お! 良かったじゃん! どんな人?」

「コーラス部の後輩君。顔は中の下くらいかな」

「微妙なとこだねぇ。どーすんの?」

「どーしよーか悩み中なの。里沙はどー思う?」

「悩めるくらいの相手ならいいんじゃん? 私の立川君と違って名前くらいは分かるんでしょ?」

「里沙のなのかよ。じゃあ付き合ってみようかなー」


 それじゃあこれからは一緒にいる時間少なくなるね。喉元まで出掛かった本音は、友の門出に相応しい言葉ではない。言わないでいられた自分を誉めてあげたい。

 だけどもし電話じゃなかったら、私の表情から、千代は私の本音を感じ取っていただろう。

 だから千代の報告が電話で良かった。

 本当に良かった。

 電話を切ったあと、私はふと黄君の顔を思い浮かべた。千代のことはまだ考えたくなくて、私は無理やり黄君のことを考え始めた。

 連絡先聞いとくんだったな。

 話をして何になる訳でもないが、一人でいたくはなかった。
 片付けの続きをする気にもならない。

 私は居ても立ってもいられなくなり家を出た。




  ■ ■ ■ ■ ◆ ◆ ◆

 コートも着ていなかった。当然ノーメイクだし、近くのコンビニにでも行こうか。

 そういえば、黄君と知り合ったのはいつのことだっただろう。不思議と思い出そうとしても思い出せない。

 彼とはいつの間にか話をするようになっていた。お互い屋上で一人だったからだろう。

 彼はなぜ屋上にいたのだろう。そしてなぜ一人だったのだろう。

 見た目はすこぶるいい。少し幼く見えるが、明るそうな見た目だ。ユーモアは欠片もないが、口下手なわけでもない。
 普通もっと周りに友達がいていいはずだ。

 家がヘンピなところだなんて言っていたけど、この周辺にそんなところがあっただろうか? 普通より二時間早く登校するなんて、相当ヘンピなところだ。

 それにしても、知り合ったのはつい最近ではない。それなのに、連絡先や住んでる地域どころか、ついこの間まで名前も知らなかったのだ。私の適当さ加減には本当に驚かされる。

 彼はハーフなのだろうか? それとも両親共に外国人なのだろうか。目鼻立ちはくっきりしているし、髪の毛はきれいな金一色だ。瞳も完全な緑色。しかし身長は平均より大分低い。私より少し大きいくらいだから、百六十をそう大きくは超えていないだろう。それとも外人さんも高校生くらいまでは背が低いのだろうか?

 そういえば苗字はいまだに知らない。

 今度会ったときに色々聞いてみよう。七不思議よりも大分興味がある。


 と、そんなことを考えながら歩いていたからだろう。私の無意識は通い慣れた道へと足を動かしたらしい。

 毎朝歩く、家からの徒歩二十分。

 つまり私が今たどり着いたのは、高校の校門の前だった。

 あぁ、何というかもう。

 少なくとも、こんな格好で来る場所じゃない。
 ノーメイクだし、無意識とはいえ二十分も外を歩く格好じゃない。体が冷え切っている。唯一の救いは、部屋着にしていた今の格好が高校指定のジャージだったことだ。ずぼらな性格が功を奏した。

 私は教室に持ち込んでいるブランケットの存在を思い出していた。

 あれにくるまって家に戻るか。

 部活もない私が土曜日に校門をくぐるのには抵抗があった。ただとにかく寒いという一事が、私の背中を後押ししたのだった。




  ■ ■ ■ ■ ■ ◆ ◆

 冬休み目前の土曜に部活をしているのは、運動部だけだ。校舎の中は静まり返っていた。
 怖い話が嫌いな私なのに、なぜかこんなときには頭の中にそういう話が浮かんでくる。

 無限に続く廊下。
 死の十三階段。

 実際廊下は普通の長さで、階段は十二段だった。

 そして教室には忘れ物の妖精はいなかった。

「あれ?」

 独り言なんてものは自己顕示欲の表れだ。よって恥ずべきことだ。と、私は思っている。
 だから私は誰もいないことを確認するため、きょろきょろと辺りを見回した。

 四十組の机と椅子が、ある物は整然と、ある物は雑然と、しかし概ねきれいに整列している。

 幸い私の独り言を聞いた人はいないようだった。

 実際突然何かに出くわしたときや、ふと思いがけないことを考えついたとき、自己顕示欲じゃない独り言は出てくるものだった。

 忘れ物の妖精。

 その話を耳にしたのはいつだったろう?

 開かずの屋上、狂い咲く桜、告白の木、夢の木、オレンジの校舎、紫の空。

 なんだ、あとの一つは元から知っていたようだ。

 大した七不思議ではなかった。それほどの興味があったわけではないのに、どこか拍子抜けする思いがした。

 結局最初の告白の木を知ってから、一週間もしないで全ての情報が揃った。そして揃ったところで何も起こらない。

 何も……

 私は何か起こることを期待していたのだろうか?

 新鮮さのない学校。見飽きた親友。無意識に行われる習慣。耳慣れた音。

 もう分かっただろう。私の心が求めていたのは、何かが起こることだったのだ。

 そして七不思議とは関係がなく、何かは起こった。


 私のブランケットは、なぜか千代の机の上でたたまれていた。コーラス部のあとに、勝手に千代が使ったのだろう。

 千代はここで後輩君の告白を聞いたのだろうか。

 ブランケットをそっと胸に押し当てる。冷えた体はすぐには温まらない。

 電気の消えた教室は、いつもの喧騒からは考えられない静けさだ。

 この静けさの中だと、さぞ私のすすり泣く声は目立っただろう。

 ブランケットを肩に羽織って、私は教室を出た。自然と足が向かったのは、下駄箱ではなく屋上だった。

 数えてみたら、屋上へ続く階段は十三段だった。

 私は口元に笑みを浮かべた。十三だからといってなんだというのだ。




 紫の空。
 舞い落ちる雪。
 オレンジの校舎。
 狂い咲く桜。
 ……。
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