白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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一章

13話

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 一週間後に出された精密検査の結果、エンティーの臓器には異常は一切見られなかった。その後は特に大きな問題は無く、衣装と装飾品が完成するまでの間、エンティーは心殻からやって来た講師の元で礼儀作法等の勉学に励んでいた。未成年の仕事管理者αの計らいで、基礎学習教室の一室利用できることになり、エンティーは集中して学ぶことが出来た。
 あっと言う間に一日が終わり、衣装が完成間近になる。しかし、エンティーはシャングアと会う機会がなかった。合間を見つけては毎日のように小さな噴水の前に行っても、会えなかったのだ。来る日も来る日も会いに行こうとするが、何処にもいない。同年代のβ達に聞いても、最近は姿を見ていないと口をそろえて言った。
 そして、衣装完成から2週間後。2人が誓約を結んで2か月後のその日。誓約の儀が執り行われる。

「心殻では、色んな問題があったんだね……」

 儀式の当日の早朝。エンティーとリュクは、心殻の聖堂に隣接する控室に来ている。
 エンティーの新たな自室の確認や内部構造を覚えるため、事前に心殻を行き来していたリュクによると、皇族と貴族の間で小競り合いがあったらしい。散々見合いを断っていたシャングアが、最初に受け入れた相手が平民のΩだったことを貴族達は快く思っていないのだ。年頃のΩの子供を持つ貴族達は抗議した。番は居らず、ハーレムを作る第一歩であるとして、聖皇とシャングアの一番目の兄がそれを諫め、やがて静かになった。シャングアは今後の心殻での生活を考え、エンティーと距離を置き、番ではなく誓約者であると貴族達に示した。

「俺、全然知らなかった」
「行ってから、オレも知った。エンティーの周りには護衛兵が潜伏していたとか色々聞かされて驚いたよ」

 金糸の入った白い布で髪を結び、銀の装飾品を付けたリュクは苦笑する。

「シャングア様の兄姉様には、番様と誓約者様がいらっしゃる。貴族達は、まだハーレムを作っていない彼に近づいて皇族と仲良くなる算段だったのだろうさ」
「周囲の人たちにまで、迷惑を掛けちゃったってことか……」

 耳飾りを付けながら、深刻そうな顔でエンティーは言う。
 青の衣装は真珠やガラスビーズがキラキラと輝き、広がる裾は長く、足首まである。袖には二の腕の部分に絞りがなされ、袖口は花のように広がっている。股引きに青い宝石が埋め込まれた靴。エンティーの長い髪は大きく膨らみのある三つ編みに結われている。

「気にするなって。センテルシュアーデ様だって、リル姉ちゃんと誓約結んだんだし。あっちの方が、もっと派手に騒がれていただろ」
「そうかもしれないけどさぁ……」

 センテルシュアーデ。聖皇の嫡子。27歳になるシャングアの一番目の兄だ。エンティーは式典の際に遠目でしか見たことは無いが、聖皇になるに相応しい人物であると聞いている。
 リルとは、エンティーと同じく平民のΩだ。生まれつき耳と口がきけず、手話と筆記でしか意思疎通が出来なかった。エンティーよりも4歳年上であり、機織りが誰よりも上手く、小さな子供達の面倒をよく見てくれていた。二人も彼女を慕い、小さな頃は後ろを付いて回るほどだった。そんな彼女は、二年前にセンテルシュアーデに見初められ、誓約を結んだ。  
 二人の出会いは5年前。この見事な布を作った職人と会ってみたい、と彼は機織り場へ向かい、二人は出会った。その2か月後、誓約を結んだのだ。シャングアとエンティーをはるかに上回る早さだ。貴族達は、障害を持つ者が神聖な心殻に入る事を危惧し、生まれてくる子供に障害が移ってしまうと根拠もない事を言い出し、強く反対した。衣装と装飾品が完成しても、リルは半年以上心殻に入る事が出来ずいた。しかしセンテルシュアーデが、これ以上期間を延ばすならば心殻を出ると言い出し、貴族達は大慌てでリルを迎え入れた。彼は、αの長男として生まれただけでなく、4人の皇位継承者の中でも高い実力と権力を持っている。そんな彼が、内殻、外殻にまで手を伸ばしたとなれば、神殿の勢力図が大きく変わってしまう。貴族達はそれを恐れた。彼は貴族が慌てるのを見越して言ったのだ、と陰で囁かれている。

「そこまで思い詰めると、今後の生活に支障が出るぞ。気楽にいけって」
「う、うん」

 リュクはエンティーに4種の首飾りと額飾りに3種の腕輪を装着させる。装飾品の重みに、エンティーは少しだけ苦しい表情をする。

「重いけど、我慢だ。ここが正念場」

 リュクは、装飾品を全てつけ終わると後、透ける程薄い布をエンティーの上に掛ける。

「うん。頑張る」

 儀式が執り行われるのは、聖皇の待つ聖堂。水の医神エンディリアムの目である聖皇の立会いの下、誓いの言葉を述べる。二週間前から心殻の聖堂のみ入室が許可され、儀式の流れの予習と誓いの言葉の練習を行ってきた。衣装を着ての練習も四回行ったが、エンティーは緊張している。
 聖皇や皇族と会うのは、今回が初めてなのだ。

「ちゃんと言えるかな」
「大丈夫だって」

 二人が話していると、ドアを軽く叩く音がした。

「間もなくお時間です」

「よし。行くぞ」
「うん」

 控室から廊下へと出ると、扉の横で待機していた兵士達が二人に一礼をする。エンティーも一礼をしたが、頭を下げた後、装飾品の重みで上手く上半身を起こしきれず、リュクに助けてもらった。

「皇族の皆さまは既にお待ちです」
「ご案内いたします」

「ありがとうございます」

 一人はエンティー達の後ろに付き、もう一人は玉座の間へと先導する。リュクは、エンティーの頭から被せた布が地面につかない様、彼の斜め後ろについて歩く。
 心殻は内殻とはまた違う顔をしている。
 石畳に彫り込まれた水路を、水晶を彷彿とされる清水が流れ、青々とした樹々と色彩豊かな花々が、白銀の世界に彩を添えている。柱の一つ一つ、天井、石畳、細部にいたるまで、植物や動物を模した繊細な彫刻が施され、荘厳な雰囲気を身に纏っている。
 住み慣れた内殻の活気はなく、全てが穏やかな静寂の元にある。子供達の笑い声や駆け回る足音は聞こえない。エンティーは、あの汚れていながらも懐かしいあの場所を、ふと思い出していた。

「さぁ、付きました。準備はよろしいですか?」

 兵士は、玉座の間の大扉の前警護する同胞に敬礼をした後、エンティーに問いかける。

「は、はい!大丈夫です」

 エンティーは己を奮い立たせる。
 玉座の間へと繋がる大扉が開かれる。
 エンティーが足を踏み入れた瞬間、大きな歓声が上がり、花弁が宙を舞う。
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