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二章
22話
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誓約の儀から6日目。
αと誓約者のΩは儀式の後は、最低でも一週間共に過ごす。しかし、エンティーとシャングアはそうではない。その理由は、シャングアの任されている公務が関係している。彼が任されているのは、生き物全般に関するもの。植物から家畜まで様々だ。彼は半年前から神殿の騎士団の所有する飛竜の引退と新任を行う交代式の準備を行っていた。それは、二人の誓約の儀から12日後にそれが行われる。大規模である為、延期は不可能。今が最も多忙な時期だ。
エンティーとの誓約の儀は延期が可能であったが、シャングアは彼を守る事を優先した。
「シャングア様。本日もお疲れ様でした」
「うん……」
日が暮れ、エンティーとの夕食の時間に間に合わなかったシャングアは、蝋燭立てを持つヴァンジュと共に廊下を歩いていた。シャングアは軽い夕食を一人で済ませ、あとは明日の為に眠るだけだ。
「リュクからの報告は?」
「エンティー様は今日も問題なく平和に過ごされたそうです。適量の料理を完食し、体調も良いとのことです」
貴族達が近づかない様に部屋の周囲の警護。胃に優しく栄養のある食事に甘いお菓子。綺麗で新しい衣服。管理者を通さず、全てシャングアが指示を行い、思う通りに動いている。
シャングアは籠の中の傷付いた小鳥を見守る様に、過干渉になり過ぎないようリュクとヴァンジュに相談しながら、エンティーの生活環境の管理を行っている。
「その報告からして、エンティーは今日も外出をしていなかったようだね」
「エンティー様は危害が加えられるのを恐れて、仕事の無い時間は部屋に籠っていたと聞いています。その癖はそう簡単には治せません」
「わかっている。リュクと一緒なら、あるいはと思ったんだ」
食事を小さくほんの少しずつ、丁寧に食べる癖。会話をしつつも通路と隠れる場所を探す癖。時間を掛けて貴重な食べ物を大事に味わい、加害されそうになったら物陰に息を潜め、隙を付いて一目散に逃げられる道を見つける。長年、積み重ねてきたエンティーの生存する為の手段は、生活の一部となって沁みついている。
それが直ぐに治るとはシャングアは一切思っていない。むしろ、これから何かが悪化するのではと心配をしている。
「あそこにいるのは、エンティー様では?」
「え?」
ヴァンジュの言葉に我に返ったシャングアは、廊下の先を見る。
廊下に座りうつらうつらと船を漕ぐエンティーと、心配するリュクがシャングアの部屋の前に立っている。
「エンティー様はこの時間帯は就寝している筈です」
「うん。その筈だ」
エンティーの就寝時間はかなり早く、夕食が終わると直ぐに風呂や寝る支度を済ませ二時間ほどするとベッドに入る。
元の生活は、一切の娯楽は無く蝋燭一本も貰えなかったから、夜になると暗くて眠るしかなかった。そうシャングアはエンティーから聞いていた。夜更かししてみたい、とも聞いていたが今の様子からして無理なようだ。
「あっ! おい。エンティー起きろ」
蝋燭立てを持つリュクは、シャングア達が来ている事に気づき、エンティーの体を軽く揺すった。
「エンティー。シャングア様が来たぞ。」
「えっ!?」
飛び起きたエンティーは直ぐに蝋燭で示された方角を見る。
「あ、本当だ!」
彼の元へと駈け出そうとするエンティーだったが、寝起きの為に体が言う事を聞かず、足がもつれ壮大に転んだ。その際に、大事に持っていた布から手を離してしまう。
「エンティー!?」
シャングアは急いで駆け寄り、リュクに起こされたエンティーの額は若干赤くなっている。
「だ、大丈夫。所々痛いけど、足は捻ってないし、大丈夫……」
打ってしまったらしき膝を撫でつつ、座ったままエンティーは言う。
「待っていて貰えるのは嬉しいけれど、怪我をしたら大変だ。今度はゆっくり来てね」
声音を穏やかにしながらシャングアはエンティーに注意を促す。
「うん。そうする」
羞恥を覚えながらも彼は頷く。
「これは、どうしたの?」
シャングアは膝を折り、落ちてしまった布を拾い上げた。
「あ、それは……俺が織った布なんだ」
布を綺麗に畳み、返そうとしていたシャングアの手が止まる。
「ここ4日間の間ずっと織っていて、今日仕上げたんだ」
違う意味合いで恥ずかしそうにしつつ、エンティーは言う。
湯通しを行い、風通しの良い場所で乾燥させ、針等の道具で一つ一つゴミを取り除いた。その作業によって布は美しい仕上がりを見せ、蝋燭の光によって柔らかな光沢が表れている。
「本のお礼にと思って……」
「渡す為に待っていてくれたんだね」
「うん」
大きく頷くエンティーの頬が徐々に赤くなり、シャングアの頬も若干赤くなる。彼もエンティーの血色がよくなる理由は知っているが、目の前にすると心が揺れる。
「あ、ありがとう。とても嬉しい」
もっと場に見合った良い言葉を選びたかったシャングアであったが、疲れの為に何も出てこない。
「次に作る服には、この布を使わせてもらうよ」
「うん」
照れた様子のエンティーはもう一度頷くと、立ち上がる。
「俺、もう寝るよ」
「うん。待っていてくれて、ありがとう。おやすみ」
「おやすみ! また明日!」
そそくさとエンティーは自室に入り、二人へと一礼をしたリュクがそれに続く。
立ち上がったシャングアは腕の中にある布を見る。
「……ヴァンジュ。今までの話、聞いていたよね?」
「はい。しっかりと」
「この布を交代式用の衣装に加えるように、裁縫職人に頼んで欲しい」
エンティーが作った布を使用する事で、周囲にシャングアが誓約者を思っているのか知らしめる良い機会となる。そしてエンティーへ、贈って貰えてとても嬉しかったと表現できるとシャングアは思った。
「急ぎの為、マントのように装飾品になると考えられます」
「分かりやすい方が良い。それで頼む」
「分かりました。こちらで布を預からせていただきますので、シャングア様はお休みください」
シャングアは名残惜しそうに布を撫でた後、ヴァンジュに渡した。
αと誓約者のΩは儀式の後は、最低でも一週間共に過ごす。しかし、エンティーとシャングアはそうではない。その理由は、シャングアの任されている公務が関係している。彼が任されているのは、生き物全般に関するもの。植物から家畜まで様々だ。彼は半年前から神殿の騎士団の所有する飛竜の引退と新任を行う交代式の準備を行っていた。それは、二人の誓約の儀から12日後にそれが行われる。大規模である為、延期は不可能。今が最も多忙な時期だ。
エンティーとの誓約の儀は延期が可能であったが、シャングアは彼を守る事を優先した。
「シャングア様。本日もお疲れ様でした」
「うん……」
日が暮れ、エンティーとの夕食の時間に間に合わなかったシャングアは、蝋燭立てを持つヴァンジュと共に廊下を歩いていた。シャングアは軽い夕食を一人で済ませ、あとは明日の為に眠るだけだ。
「リュクからの報告は?」
「エンティー様は今日も問題なく平和に過ごされたそうです。適量の料理を完食し、体調も良いとのことです」
貴族達が近づかない様に部屋の周囲の警護。胃に優しく栄養のある食事に甘いお菓子。綺麗で新しい衣服。管理者を通さず、全てシャングアが指示を行い、思う通りに動いている。
シャングアは籠の中の傷付いた小鳥を見守る様に、過干渉になり過ぎないようリュクとヴァンジュに相談しながら、エンティーの生活環境の管理を行っている。
「その報告からして、エンティーは今日も外出をしていなかったようだね」
「エンティー様は危害が加えられるのを恐れて、仕事の無い時間は部屋に籠っていたと聞いています。その癖はそう簡単には治せません」
「わかっている。リュクと一緒なら、あるいはと思ったんだ」
食事を小さくほんの少しずつ、丁寧に食べる癖。会話をしつつも通路と隠れる場所を探す癖。時間を掛けて貴重な食べ物を大事に味わい、加害されそうになったら物陰に息を潜め、隙を付いて一目散に逃げられる道を見つける。長年、積み重ねてきたエンティーの生存する為の手段は、生活の一部となって沁みついている。
それが直ぐに治るとはシャングアは一切思っていない。むしろ、これから何かが悪化するのではと心配をしている。
「あそこにいるのは、エンティー様では?」
「え?」
ヴァンジュの言葉に我に返ったシャングアは、廊下の先を見る。
廊下に座りうつらうつらと船を漕ぐエンティーと、心配するリュクがシャングアの部屋の前に立っている。
「エンティー様はこの時間帯は就寝している筈です」
「うん。その筈だ」
エンティーの就寝時間はかなり早く、夕食が終わると直ぐに風呂や寝る支度を済ませ二時間ほどするとベッドに入る。
元の生活は、一切の娯楽は無く蝋燭一本も貰えなかったから、夜になると暗くて眠るしかなかった。そうシャングアはエンティーから聞いていた。夜更かししてみたい、とも聞いていたが今の様子からして無理なようだ。
「あっ! おい。エンティー起きろ」
蝋燭立てを持つリュクは、シャングア達が来ている事に気づき、エンティーの体を軽く揺すった。
「エンティー。シャングア様が来たぞ。」
「えっ!?」
飛び起きたエンティーは直ぐに蝋燭で示された方角を見る。
「あ、本当だ!」
彼の元へと駈け出そうとするエンティーだったが、寝起きの為に体が言う事を聞かず、足がもつれ壮大に転んだ。その際に、大事に持っていた布から手を離してしまう。
「エンティー!?」
シャングアは急いで駆け寄り、リュクに起こされたエンティーの額は若干赤くなっている。
「だ、大丈夫。所々痛いけど、足は捻ってないし、大丈夫……」
打ってしまったらしき膝を撫でつつ、座ったままエンティーは言う。
「待っていて貰えるのは嬉しいけれど、怪我をしたら大変だ。今度はゆっくり来てね」
声音を穏やかにしながらシャングアはエンティーに注意を促す。
「うん。そうする」
羞恥を覚えながらも彼は頷く。
「これは、どうしたの?」
シャングアは膝を折り、落ちてしまった布を拾い上げた。
「あ、それは……俺が織った布なんだ」
布を綺麗に畳み、返そうとしていたシャングアの手が止まる。
「ここ4日間の間ずっと織っていて、今日仕上げたんだ」
違う意味合いで恥ずかしそうにしつつ、エンティーは言う。
湯通しを行い、風通しの良い場所で乾燥させ、針等の道具で一つ一つゴミを取り除いた。その作業によって布は美しい仕上がりを見せ、蝋燭の光によって柔らかな光沢が表れている。
「本のお礼にと思って……」
「渡す為に待っていてくれたんだね」
「うん」
大きく頷くエンティーの頬が徐々に赤くなり、シャングアの頬も若干赤くなる。彼もエンティーの血色がよくなる理由は知っているが、目の前にすると心が揺れる。
「あ、ありがとう。とても嬉しい」
もっと場に見合った良い言葉を選びたかったシャングアであったが、疲れの為に何も出てこない。
「次に作る服には、この布を使わせてもらうよ」
「うん」
照れた様子のエンティーはもう一度頷くと、立ち上がる。
「俺、もう寝るよ」
「うん。待っていてくれて、ありがとう。おやすみ」
「おやすみ! また明日!」
そそくさとエンティーは自室に入り、二人へと一礼をしたリュクがそれに続く。
立ち上がったシャングアは腕の中にある布を見る。
「……ヴァンジュ。今までの話、聞いていたよね?」
「はい。しっかりと」
「この布を交代式用の衣装に加えるように、裁縫職人に頼んで欲しい」
エンティーが作った布を使用する事で、周囲にシャングアが誓約者を思っているのか知らしめる良い機会となる。そしてエンティーへ、贈って貰えてとても嬉しかったと表現できるとシャングアは思った。
「急ぎの為、マントのように装飾品になると考えられます」
「分かりやすい方が良い。それで頼む」
「分かりました。こちらで布を預からせていただきますので、シャングア様はお休みください」
シャングアは名残惜しそうに布を撫でた後、ヴァンジュに渡した。
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