白銀の城の俺と僕

片海 鏡

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四章

44話

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 以前ゼリーを一緒に食べた中庭。療養の時には、毎日のようにここへ2人は訪れている。

「エンティー。お待たせ」
「俺もついさっき来たばかりだよ」

 ベンチに座っていたエンティーはシャングアが来ると、彼の元へ行こうと立ち上がろうとする。しかし一歩踏み出そうとした瞬間、ふらついてしまう。
すぐさまシャングアが駆け寄り、立て直せず倒れそうになったエンティーを抱き留める。

「あ、ありがとう」

 一気に近距離になる2人。αの活性化は落ち着いて来たがシャングアの残り香は、今もエンティーの鼻をくすぐっている。ふわふわとした気持ちだけでなく、最近は鼓動が不自然に早く鳴り、胸が痛い。その痛みに不快さは無く、病気ではないとエンティーはテンテネから聞いている。
 ちゃんと立たなければ、とエンティーは一歩後ろに下がろうとしたが、彼の腕は解ける気配が無い。

「シャングアどうしたの? さっきはふらついたけれど、もう大丈夫だよ」

 見上げると、彼の頬がほんのりと赤みをさしている。つられるように、エンティーの頬も赤く染まる。

「ごめん。今離してしまうのは、いや……その、もうちょっとだけ、こうしていても良い……かな?」

 必死に、振り絞る様に言われたお願い。

「う、うん。良いよ」

 エンティーは小さく頷き、了承をする。彼もまたシャングアの傍にいたいと思っている。

「ありがとう……」

 シャングアはそう言うと、繊細なガラス細工に触れる様にエンティーを優しく抱き寄せる。
 ゆっくりと呼吸に合わせて上下するシャングアの胸に顔を埋め、ますます赤く染まるエンティーは身体が熱くなっている様な感覚があり、彼と寄り添っていたいと自然と思う。
 療養の一週間で2人は、αとΩとしてお互いの存在を強く意識するようになった。
 会話を重ね、考えを伝え、シャングアがエンティーの心の刺さる棘を取り除いてくれた。

 貴族やその周囲に想い人は居らず、これまでの事は全てエンティーが原因ではない。
 エンティーはとても大切な人。

 少し不器用なシャングアの言葉は、エンティーを安心させる。

「シャングア。あのさ」
「うん」
「俺は君に色んなものを貰っているでしょう? いつも、何を返せるのかなって考えているんだ。欲しいものがあったら、作ったり、お金を貯めたら買うから、教えて」

 大切にされているのであれば、相手にもその様に返したい。まだ誓約の儀式の祝いの品のお返しは全員分済んでいないが、エンティーはシャングアの欲しいものが知りたかった。

「僕も君から貰っているよ」
「俺の目線からだと、分からないの」

 少しだけ赤みが引き、落ち着いたエンティーはシャングアを見上げる。近距離であり、目線があった瞬間、シャングアは視線を逸らしてしまう。

「趣味を肯定してくれて、位に関係なくずっと仲良くしてくれているし……僕が無理やりこちらへ引き入れたのに、一度も悪く言わなかったし……」

 言っている事は良い内容ではあるが、シャングアはどこか歯切れが悪い。

「ちゃんとこっちを向いて言って」
「わ、わかったよ」

 シャングアは深呼吸をすると、エンティーを真っすぐと見つめる。

「……望むことがあるとすれば、君に許してほしい」
「え?」

 思わぬ願いに、エンティーは戸惑う。

「君と出会って、酷い目に遭っている事に気づいていた筈なのに、ずっと何もしなかった。もっと早くに僕が行動していたのなら、君が辛い思いをして、傷つく数が減っていたはずなんだ。なのに……」

 言いかけた時、エンティーは右手がシャングアの左頬に触れる。

「許すも何も、シャングアは悪くないよ。シャングアには皇族の立場があって、慎重に動かないと君の命に関わる時もあるんだ。同情を誘おうとしたΩが、暗殺者の場合だってあり得る。俺は確かに辛い日々だったけれど、シャングアが思い悩む事ではないんだよ」

 エンティーは、講師より皇族に纏わる事件を教えられている。αを生むための誓約者同士の争い。皇族の番か誓約をさせる為にΩを生ませようとする貴族。Ωの貴族を陥れようとする別の貴族。不要と見なされたβの子供達の死。そして、αの皇子たちによる争い。蟲毒の様に、閉鎖的な空間で常に誰かが誰かを喰らい続ける。血で血を洗う時代が確かに存在していた。
 先代聖皇メルエディナと聖皇バルガディンの尽力によって治められたが、常に虎視眈々と狙っている者達は必ずどこかに潜んでいる。

「うん……それでも僕は、何もしてあげられなかった日々が悔しいんだ」

「何もして無いなんて言わないでよ。当時、君が友達になってくれて俺はすごく嬉しかったんだ。いつもあの場所で待っていてくれる気がして、早く終われって思っていた日々が少し楽しくなったんだよ」

 Ωを庇った事で誰かが傷付くのが嫌だからと、虐げられるのを容認し続けていた。非力である為に、耐えるしかなかった。エンティーにとって、あの日々の中で見つけた小さな光の一つだった。

「俺は、君の傍に居られてとても幸せだよ。贅沢って思える位に、幸せ」

 ほんの少し瞳を潤ませたシャングアは、エンティーの右手に自らの左手を添える。

「ありがとう」

 エンティーはにっこりとシャングアに笑いかける。










「確かおまえは、エンティー様の主治医だな。どうした?」
 見回りをしている聖騎士が、柱の影に隠れているテンテネに声を掛ける。彼女の手には、2人分のティーセットとお菓子の盛られた皿が乗せられたボードがあり、主人の元へ行かないのは奇妙に見える。
「……2人の邪魔をしてはいけないので、待機しています」
 小声のテンテネの答えに聖騎士は直ぐに察し、頷く。
「わかった。邪魔が入らないよう、我々が周囲を警備する」
 聖騎士は足音を立てない様に細心の注意を払いながら移動し、テンテネは静かに息を吐く。
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